10 / 200
10 公爵夫人の部屋
しおりを挟む
関係を断つという当初の計画通りには行かなかったアイザックとのお茶会の直後、今度は何故か公爵夫人の私室に呼ばれた。
「いきなり母上と二人にされては、オフィーリア嬢も緊張するでしょうから、僕も同席させて下さい」
「あら嫌だ。女同士の話に割り込もうなんて、無粋な子ねぇ」
アイザックの有り難い申し出は、公爵夫人にあっさり却下されてしまった。
彼は心配そうに何度も私を振り返りながら、すごすごと去って行く。
幼いながらもしっかりしているアイザックだが、まだまだ母親の方が何枚も上手らしい。
本音を言えば、もう少し粘って欲しかった。
公爵夫人と二人きりだなんて、何を話せば良いのか皆目見当がつかない。
部屋に私と二人だけになると、公爵夫人は上品な仕草で一口お茶を飲みながら、チラリと私の額に視線を向けて、痛ましそうに眉を寄せた。
その顔が先程のお茶会序盤のアイザックと重なって、思わず苦笑が漏れそうになる。
「娘の我儘を止めなかったせいで貴女を酷い目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる夫人を慌てて止めた。
「もう何度も謝罪の言葉を頂きましたし、公爵様に充分な賠償もお約束頂きましたので、そんなにお気になさらないで下さいませ」
「本当ならば、フレデリカにも同席させて謝らせようと思ったのだけど……。
あれ以来、部屋に引き篭もってしまっていて、もう、どうすれば良いのか……」
夫人は眉根を寄せて溜息を零す。
少し疲れが見えるその表情は、子育てへの苦悩のせいなのかもしれない。
「フレデリカ様も現場に居たのですから、怖い思いをしたのでしょう。
きっとまだ、動揺なさっているのではないでしょうか」
「ありがとう。
オフィーリア嬢の方がよっぽど怖かったでしょうに、貴女は優しいのね」
純粋な優しさから出た言葉ではない。怒るのにもエネルギーが要るのだよ。
「……まだ傷は痛むの?」
「いいえ。お陰様で、もうすっかり」
私の答えを聞いて、夫人は漸く安心した様に小さく息を吐いた。
「そう、良かった……いえ、良くは無いわよね。
大変なのは、これからだもの。今後も出来る限りの事はさせてもらうつもりよ」
「ありがとうございます。
ご紹介頂いたお医者様にも良くして頂いておりますし、逆に申し訳ないくらいですわ」
「貴女へのお詫びには全然足りないわ。
それで、アイザックとのお茶会はどうだったかしら?」
どう答えるのが正解なのか、慎重に言葉を選びながら、私は口を開いた。
「ご本人には既にお伝えしたのですが、やはり私ではアイザック様の婚約者になるには、残念ながら力不足だと思います。
ご厚意は本当に嬉しかったのですが……」
言葉尻を濁せば、公爵夫人は僅かに眉を下げた。
「あら、そうなの?
残念だけど仕方が無いわね。これは謝罪の一環なのだから、オフィーリア嬢が望まないのならば意味がないもの。
それにしても、貴女は随分しっかりした考えをお持ちなのね」
「勿体無いお言葉ですわ」
褒められたと言う事は、おそらく公爵夫人にとってもこの答えで正解だったのだろう。
……と、安堵したのも束の間。
「だけど、さっきの様子だとアイザックは随分貴女に執心してしまったみたいだったわ」
アイザックが私を心配して同席しようとしていた事を言っているのだろう。
「その事なのですが……、恐れ多くもアイザック様は私に『友人になって欲しい』と仰ってくださっているのです」
私はここで一旦言葉を止めて、チラリと公爵夫人の顔色を窺った。
公爵夫人が本音では婚約をさせたくなかったのだとしたら、友人になるのも歓迎されないかもしれないと考えたからだ。
彼女の顔に不快感は浮かんでいない様に見えるが、その笑みの奥にある感情までは窺い知れない。
公爵夫人の表情を読もうだなんて、無謀だった。
私はそのまま話を続けた。
「……ですが、名ばかりの伯爵家の令嬢である私が友人になったとて、アイザック様が得る物は何も無いと思うのです。
寧ろ、婚約を決める年頃の異性同士が友情を深めては余計な憶測を呼びますし、互いにとって喜ばしく無い結果を齎すのではないかと懸念しております」
「そうかしら?
貴女と交流を深めればアイザックにとって、色々と良い影響がありそうだと私は思うのだけど」
「そんな……。買い被り過ぎですわ」
「ウフフ。息子が我儘を言って、ごめんなさいね。
でも、アイザックは言い出したら聞かない子だから、オフィーリア嬢が嫌じゃなかったら、仲良くしてあげてくれないかしら?」
そんな言われ方したら、頷く以外の選択肢は残されていない。
「……わかりました」
嬉しさと不安が入り混じった複雑な気持ちを抱えたまま、了承した。
「もしもあの子が貴女に何かを強要したり、あの子と一緒にいるせいで周囲から攻撃される様な事があれば、いつでも相談しなさいな。
私が何とかするから」
そう言った公爵夫人の悪戯っぽい微笑みは、やっぱりアイザックとそっくりだ。
きっとこれが公爵夫人の素に近い表情なのだろう。
私に素の顔を見せてくれるという事は、それだけ私を評価し、信頼してくれているという証だと思う。
普通ならば、社交界でも絶大な権力を持つ公爵夫人に気に入って貰えたのは、喜ばしい事なのだけど───。
少々厄介な親子に捕まってしまった気がするのは、私の考え過ぎだろうか?
「いきなり母上と二人にされては、オフィーリア嬢も緊張するでしょうから、僕も同席させて下さい」
「あら嫌だ。女同士の話に割り込もうなんて、無粋な子ねぇ」
アイザックの有り難い申し出は、公爵夫人にあっさり却下されてしまった。
彼は心配そうに何度も私を振り返りながら、すごすごと去って行く。
幼いながらもしっかりしているアイザックだが、まだまだ母親の方が何枚も上手らしい。
本音を言えば、もう少し粘って欲しかった。
公爵夫人と二人きりだなんて、何を話せば良いのか皆目見当がつかない。
部屋に私と二人だけになると、公爵夫人は上品な仕草で一口お茶を飲みながら、チラリと私の額に視線を向けて、痛ましそうに眉を寄せた。
その顔が先程のお茶会序盤のアイザックと重なって、思わず苦笑が漏れそうになる。
「娘の我儘を止めなかったせいで貴女を酷い目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる夫人を慌てて止めた。
「もう何度も謝罪の言葉を頂きましたし、公爵様に充分な賠償もお約束頂きましたので、そんなにお気になさらないで下さいませ」
「本当ならば、フレデリカにも同席させて謝らせようと思ったのだけど……。
あれ以来、部屋に引き篭もってしまっていて、もう、どうすれば良いのか……」
夫人は眉根を寄せて溜息を零す。
少し疲れが見えるその表情は、子育てへの苦悩のせいなのかもしれない。
「フレデリカ様も現場に居たのですから、怖い思いをしたのでしょう。
きっとまだ、動揺なさっているのではないでしょうか」
「ありがとう。
オフィーリア嬢の方がよっぽど怖かったでしょうに、貴女は優しいのね」
純粋な優しさから出た言葉ではない。怒るのにもエネルギーが要るのだよ。
「……まだ傷は痛むの?」
「いいえ。お陰様で、もうすっかり」
私の答えを聞いて、夫人は漸く安心した様に小さく息を吐いた。
「そう、良かった……いえ、良くは無いわよね。
大変なのは、これからだもの。今後も出来る限りの事はさせてもらうつもりよ」
「ありがとうございます。
ご紹介頂いたお医者様にも良くして頂いておりますし、逆に申し訳ないくらいですわ」
「貴女へのお詫びには全然足りないわ。
それで、アイザックとのお茶会はどうだったかしら?」
どう答えるのが正解なのか、慎重に言葉を選びながら、私は口を開いた。
「ご本人には既にお伝えしたのですが、やはり私ではアイザック様の婚約者になるには、残念ながら力不足だと思います。
ご厚意は本当に嬉しかったのですが……」
言葉尻を濁せば、公爵夫人は僅かに眉を下げた。
「あら、そうなの?
残念だけど仕方が無いわね。これは謝罪の一環なのだから、オフィーリア嬢が望まないのならば意味がないもの。
それにしても、貴女は随分しっかりした考えをお持ちなのね」
「勿体無いお言葉ですわ」
褒められたと言う事は、おそらく公爵夫人にとってもこの答えで正解だったのだろう。
……と、安堵したのも束の間。
「だけど、さっきの様子だとアイザックは随分貴女に執心してしまったみたいだったわ」
アイザックが私を心配して同席しようとしていた事を言っているのだろう。
「その事なのですが……、恐れ多くもアイザック様は私に『友人になって欲しい』と仰ってくださっているのです」
私はここで一旦言葉を止めて、チラリと公爵夫人の顔色を窺った。
公爵夫人が本音では婚約をさせたくなかったのだとしたら、友人になるのも歓迎されないかもしれないと考えたからだ。
彼女の顔に不快感は浮かんでいない様に見えるが、その笑みの奥にある感情までは窺い知れない。
公爵夫人の表情を読もうだなんて、無謀だった。
私はそのまま話を続けた。
「……ですが、名ばかりの伯爵家の令嬢である私が友人になったとて、アイザック様が得る物は何も無いと思うのです。
寧ろ、婚約を決める年頃の異性同士が友情を深めては余計な憶測を呼びますし、互いにとって喜ばしく無い結果を齎すのではないかと懸念しております」
「そうかしら?
貴女と交流を深めればアイザックにとって、色々と良い影響がありそうだと私は思うのだけど」
「そんな……。買い被り過ぎですわ」
「ウフフ。息子が我儘を言って、ごめんなさいね。
でも、アイザックは言い出したら聞かない子だから、オフィーリア嬢が嫌じゃなかったら、仲良くしてあげてくれないかしら?」
そんな言われ方したら、頷く以外の選択肢は残されていない。
「……わかりました」
嬉しさと不安が入り混じった複雑な気持ちを抱えたまま、了承した。
「もしもあの子が貴女に何かを強要したり、あの子と一緒にいるせいで周囲から攻撃される様な事があれば、いつでも相談しなさいな。
私が何とかするから」
そう言った公爵夫人の悪戯っぽい微笑みは、やっぱりアイザックとそっくりだ。
きっとこれが公爵夫人の素に近い表情なのだろう。
私に素の顔を見せてくれるという事は、それだけ私を評価し、信頼してくれているという証だと思う。
普通ならば、社交界でも絶大な権力を持つ公爵夫人に気に入って貰えたのは、喜ばしい事なのだけど───。
少々厄介な親子に捕まってしまった気がするのは、私の考え過ぎだろうか?
2,857
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる