13 / 200
13 我が子の初恋《ヘーゼルダイン公爵》
しおりを挟む
久し振りに夕食前に帰宅したアイザックの父、ヘーゼルダイン公爵は、以前よりも痩せて窶れた顔をしていた。
「まだフレデリカは臍を曲げているのか?」
食卓に娘の姿が見えない事に、彼は微かな苛立ちを浮かべる。
「臍を曲げているのか、塞ぎ込んでいるのかは分かりませんが、今日も部屋から出て来ませんでしたわ。
本当に、何であんな風になってしまったのかしら?」
妻も頬に手を当てて眉を下げると、大きな溜息を吐き出した。
「扉を開けてくれるか分からないが、私も後で部屋を訪ねてみるよ。
今後は教育方針の見直しも必要かもしれんな……」
仕事を言い訳に、子供達の教育が疎かになってしまっていたのかもしれない。
使用人達も、多忙な両親を持ったせいで常に淋しい思いをしているフレデリカには同情的で、厳しく叱る者がいなかったのだ。
「……そうですわね」
「まあ、取り敢えず、食事にしようか」
公爵が席に着いたのを合図に、給仕のメイド達が音もなく動き出す。
「ところで、数日前は確か、例のご令嬢との顔合わせだっただろう?
アイザック、どうだった?」
公爵は少し緊張気味に、自分の息子へ問い掛けた。
先の竜巻では、短時間で多くの建物が瓦礫と化し、人命も失われた。
寸断された道の整備や瓦礫の撤去、行方不明者の捜索、怪我人の受け入れ先や医療従事者の確保、被災者への支援など、やる事は山積みで、時間も人手も全く足りていなかった。
だから、『フレデリカが森でお茶会をしたいと言い張って困っている』との手紙を読んでも、つい『茶会くらい好きにやらせてやれ』と返信をしてしまったのだ。
まさか、充分な準備期間もなく決行されるなんて、夢にも思わずに。
その結果、怪我人が出てしまったのを、公爵は深く後悔していた。
「なかなか面白いご令嬢でしたよ」
オフィーリアとの交流を思い出したのか、少し頬を染めて嬉しそうに答えたアイザック。
女性を苦手としていたはずの彼の意外な反応に、公爵は目を見張った。
「…………そうか、それは良かった」
まだ幼い息子に責任を押し付ける形で婚約を結ばせる事を申し訳なく思っていたのだが、お相手の令嬢を気に入ったのならば僥倖である。
しかし、次の瞬間、アイザックの顔色が僅かに曇った。
「いや、でも……、やっぱりちょっと面白くなかったな」
「は? どっちだ?」
(面白いのに面白くないとは……???)
意味不明な言葉を零したアイザックへ、公爵は怪訝な眼差しを向ける。
「貴方は相変わらず鈍いですわね。
『自分はオフィーリア嬢に興味を引かれたのに、向こうは自分に対して全く、少しも、これっぽっちも興味を示してくれなくて面白くなかった』って意味ですわ」
(全く? 少しも? これっぽっちも?)
「……何もそこまで強調しなくても」
余りにも辛辣な母親の解説に、アイザックが苦い表情を浮かべた。
「ハハッ。そうか、あちらは無関心だったのか。
それは面白くなかっただろうな」
「ええ、歯牙にも掛けない様子でしたわ」
息子が振られたと言うのに、妻はなんだか楽しそうだ。
きっと、妻もその令嬢の事を気に入ったのだろう。
「いや、全く無関心という訳では……」
「違うのか?」
「………………………違いませんけど」
拗ねた様子のアイザックはボソッと呟いた。
「まあ、挫折も人生に必要な経験だからな。
ここから頑張って挽回してみろ」
「そうよね。
一応、友人のポジションは確保したのだから、これからの頑張り次第よ。
偉大な母が口添えしたお陰なのだから、存分に感謝するが良いわ」
「…………はい」
母親の恩着せがましい励ましに、アイザックは眉根を寄せながら不服そうに返事をする。
「だが、無理強いだけはするんじゃないぞ。
彼女をこれ以上傷付けたり困らせたりしない様にな」
「分かってます」
真面目な表情で念を押せば、アイザックも今度はしっかりと頷いた。
(アイザックの拗ねた表情なんて、初めて見たかもしれんな)
なんでも淡々とこなしてしまう息子にとって、上手く行かなくてもどかしい思いをするのは珍しい経験なのだろう。
(いつか、オフィーリア嬢がアイザックの想いを受け取ってくれると良いのだが……)
女嫌いだった息子の甘酸っぱい初恋が叶う事を、公爵は心の中で密かに願った。
「まだフレデリカは臍を曲げているのか?」
食卓に娘の姿が見えない事に、彼は微かな苛立ちを浮かべる。
「臍を曲げているのか、塞ぎ込んでいるのかは分かりませんが、今日も部屋から出て来ませんでしたわ。
本当に、何であんな風になってしまったのかしら?」
妻も頬に手を当てて眉を下げると、大きな溜息を吐き出した。
「扉を開けてくれるか分からないが、私も後で部屋を訪ねてみるよ。
今後は教育方針の見直しも必要かもしれんな……」
仕事を言い訳に、子供達の教育が疎かになってしまっていたのかもしれない。
使用人達も、多忙な両親を持ったせいで常に淋しい思いをしているフレデリカには同情的で、厳しく叱る者がいなかったのだ。
「……そうですわね」
「まあ、取り敢えず、食事にしようか」
公爵が席に着いたのを合図に、給仕のメイド達が音もなく動き出す。
「ところで、数日前は確か、例のご令嬢との顔合わせだっただろう?
アイザック、どうだった?」
公爵は少し緊張気味に、自分の息子へ問い掛けた。
先の竜巻では、短時間で多くの建物が瓦礫と化し、人命も失われた。
寸断された道の整備や瓦礫の撤去、行方不明者の捜索、怪我人の受け入れ先や医療従事者の確保、被災者への支援など、やる事は山積みで、時間も人手も全く足りていなかった。
だから、『フレデリカが森でお茶会をしたいと言い張って困っている』との手紙を読んでも、つい『茶会くらい好きにやらせてやれ』と返信をしてしまったのだ。
まさか、充分な準備期間もなく決行されるなんて、夢にも思わずに。
その結果、怪我人が出てしまったのを、公爵は深く後悔していた。
「なかなか面白いご令嬢でしたよ」
オフィーリアとの交流を思い出したのか、少し頬を染めて嬉しそうに答えたアイザック。
女性を苦手としていたはずの彼の意外な反応に、公爵は目を見張った。
「…………そうか、それは良かった」
まだ幼い息子に責任を押し付ける形で婚約を結ばせる事を申し訳なく思っていたのだが、お相手の令嬢を気に入ったのならば僥倖である。
しかし、次の瞬間、アイザックの顔色が僅かに曇った。
「いや、でも……、やっぱりちょっと面白くなかったな」
「は? どっちだ?」
(面白いのに面白くないとは……???)
意味不明な言葉を零したアイザックへ、公爵は怪訝な眼差しを向ける。
「貴方は相変わらず鈍いですわね。
『自分はオフィーリア嬢に興味を引かれたのに、向こうは自分に対して全く、少しも、これっぽっちも興味を示してくれなくて面白くなかった』って意味ですわ」
(全く? 少しも? これっぽっちも?)
「……何もそこまで強調しなくても」
余りにも辛辣な母親の解説に、アイザックが苦い表情を浮かべた。
「ハハッ。そうか、あちらは無関心だったのか。
それは面白くなかっただろうな」
「ええ、歯牙にも掛けない様子でしたわ」
息子が振られたと言うのに、妻はなんだか楽しそうだ。
きっと、妻もその令嬢の事を気に入ったのだろう。
「いや、全く無関心という訳では……」
「違うのか?」
「………………………違いませんけど」
拗ねた様子のアイザックはボソッと呟いた。
「まあ、挫折も人生に必要な経験だからな。
ここから頑張って挽回してみろ」
「そうよね。
一応、友人のポジションは確保したのだから、これからの頑張り次第よ。
偉大な母が口添えしたお陰なのだから、存分に感謝するが良いわ」
「…………はい」
母親の恩着せがましい励ましに、アイザックは眉根を寄せながら不服そうに返事をする。
「だが、無理強いだけはするんじゃないぞ。
彼女をこれ以上傷付けたり困らせたりしない様にな」
「分かってます」
真面目な表情で念を押せば、アイザックも今度はしっかりと頷いた。
(アイザックの拗ねた表情なんて、初めて見たかもしれんな)
なんでも淡々とこなしてしまう息子にとって、上手く行かなくてもどかしい思いをするのは珍しい経験なのだろう。
(いつか、オフィーリア嬢がアイザックの想いを受け取ってくれると良いのだが……)
女嫌いだった息子の甘酸っぱい初恋が叶う事を、公爵は心の中で密かに願った。
3,173
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる