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25 彼女を貶める者《アイザック》
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雑貨店や宝飾店などを何軒か回っていたアイザックが視線を感じて振り返ると、遠くにいた令嬢と目が合ってしまった。
彼女はハチミツ色の大きな瞳を輝かせながら、頬を染めてアイザックの方へと駆け寄って来る。
「何だ、あの令嬢は?
こっちに来るみたいだが、お前の知り合いか?」
「ああ、確かブリンドル伯爵家のご令嬢ですね」
「……あれが例の女か。
名前と顔が一致していなかった」
「アイザック様と正式に挨拶を交わしてはいないと思いますけど、社交の場で見かけた事は何度もある筈ですよ。
あんなに特徴的な髪型(縦ロール)なのに、覚えていないんですか?」
「確かに、クロワッサンみたいな髪が目立っているな。
全くもって興味は無いが。
今日からクロワッサンが嫌いになりそうだ」
「クロワッサン……」
安定の塩対応に侍従は苦笑いを浮かべた。
確かに、ツインテールの縦ロールは、顔の左右に大きなクロワッサンをくっ付けているみたいに見えなくも無い。
いや、一度言われてしまうと、もうそれにしか見えなくなるのだから不思議だ。
彼女はアイザックの大切な人を傷付けようとした過去があるので、辛辣になるのは当然である。
こんがりと焼けた二つのクロワッサン(の様な物)を揺らしながら、小走りでやって来た令嬢は、アイザック達の前でピタリと止まった。
「初めまして。ブリンドル伯爵家のエイリーンと申します。
私、ずっと前からアイザック様に憧れていたのです。
こんな所で偶然お会い出来るなんて、私達、きっと運命の赤い糸で結ばれているのですわ!」
胸の前で祈る様に両手を組み、媚びた眼差しを向けながら早口で捲し立てたエイリーンに、アイザックは心の中で溜息をつく。
偶然出会った程度で赤い糸で結ばれているのならば、無数に伸びた赤い糸があちこちで絡まって大変なことになりそうだ。
「…………ブリンドル伯爵令嬢」
憧れのアイザックに初めて声を掛けられたエイリーンは、感極まった様に「はいっっ!」と元気良く返事をした。
しかし、アイザックから向けられたのは彼女が期待した様な優しさではなく、冷めた眼差しだった。
「君は、社交のマナーを学び直した方が良いんじゃないか?
『高位の者に自分から声を掛けるのはマナー違反だ』なんて、一番最初に習う基本中の基本だろ。
そもそも、初対面の異性にそんなに馴れ馴れしくするなんて、眉を顰められても仕方のない行いだ」
「も、申し訳、ありません……」
先程まで紅潮していたエイリーンの頬が、サッと青褪める。
どうやらマナー違反の自覚はあるらしい。
「それと、君は以前、茶会で僕のオフィーリアに変な言い掛かりを付けたっていうご令嬢だよね?」
「そんなっ、言い掛かりだなんてっ!!
エヴァレット様が何を仰ったのかは知りませんが、誤解ですわ」
「僕にその件を教えてくれたのは、オフィーリアじゃなくてベアトリスだよ。
君はウチの愚妹が彼女に負わせた傷の件で、彼女を貶めたそうだね。
しかも君の友人がオフィーリアに対して『公爵邸に勝手に押し掛けている』と事実無根の言い掛かりを付けていた時も、ニヤニヤ笑っていたと聞く。
何か反論は?」
「……」
アイザックの指摘に対して、エイリーンは何も言えなかった。
口元に笑みを貼り付けたままのアイザックだが、纏う空気は今や氷点下の冷たさで、下手な言い訳をして、これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなったのだろう。
全て事実である事は、既に確認済み。
その件に関してはオフィーリアが自分で反論したみたいだし、その後エイリーンがオフィーリアに接触する様子も見られなかったので保留にしていたのだが、まさか自分の方に接触してくるとは……。
勿論、オフィーリアに絡まれるよりはよっぽどマシだけれど。
「黙ってるって事は認めるんだよね?
僕や僕の家族の交友関係について、無関係な君達にとやかく言われる筋合いは無い。
君達がした事は、オフィーリアだけで無く、ヘーゼルダイン家にまで喧嘩を売ったも同然だ。
今後はオフィーリアにも僕にも関わらない事をお勧めする。
これは、君自身の為の忠告だよ。次は無いと心得て」
呆然と立ち尽くすエイリーンを残して、アイザックは踵を返した。
不機嫌の文字を顔に貼り付けたまま、ズンズンと大股で次の店へと向かう主の後を小走りで追い掛けた侍従は、揶揄う様に口を開いた。
「僕のオフィーリア……ですか?
それをご本人の前で言ってしまえば良いのに」
「煩いよ」
ニヤニヤと笑う侍従を軽く睨む。
果たして、アイザックの初恋が実る日は来るのだろうか?
その道のりは、まだまだ遠そうである。
(オフィーリアを守る為には、体も鍛えた方が良いかもな)
などと思案しながら、アイザックは自身の生っ白い腕と侍従の程良く筋肉が付いた腕を見比べた。
今回の件で、エイリーンがオフィーリアに逆恨みをしないとも限らない。
エイリーンをどう処分するのが最善か、アイザックは頭を悩ませていたのだが……。
この後、事態はアイザックが予期せぬ方向へと転がっていく。
彼女はハチミツ色の大きな瞳を輝かせながら、頬を染めてアイザックの方へと駆け寄って来る。
「何だ、あの令嬢は?
こっちに来るみたいだが、お前の知り合いか?」
「ああ、確かブリンドル伯爵家のご令嬢ですね」
「……あれが例の女か。
名前と顔が一致していなかった」
「アイザック様と正式に挨拶を交わしてはいないと思いますけど、社交の場で見かけた事は何度もある筈ですよ。
あんなに特徴的な髪型(縦ロール)なのに、覚えていないんですか?」
「確かに、クロワッサンみたいな髪が目立っているな。
全くもって興味は無いが。
今日からクロワッサンが嫌いになりそうだ」
「クロワッサン……」
安定の塩対応に侍従は苦笑いを浮かべた。
確かに、ツインテールの縦ロールは、顔の左右に大きなクロワッサンをくっ付けているみたいに見えなくも無い。
いや、一度言われてしまうと、もうそれにしか見えなくなるのだから不思議だ。
彼女はアイザックの大切な人を傷付けようとした過去があるので、辛辣になるのは当然である。
こんがりと焼けた二つのクロワッサン(の様な物)を揺らしながら、小走りでやって来た令嬢は、アイザック達の前でピタリと止まった。
「初めまして。ブリンドル伯爵家のエイリーンと申します。
私、ずっと前からアイザック様に憧れていたのです。
こんな所で偶然お会い出来るなんて、私達、きっと運命の赤い糸で結ばれているのですわ!」
胸の前で祈る様に両手を組み、媚びた眼差しを向けながら早口で捲し立てたエイリーンに、アイザックは心の中で溜息をつく。
偶然出会った程度で赤い糸で結ばれているのならば、無数に伸びた赤い糸があちこちで絡まって大変なことになりそうだ。
「…………ブリンドル伯爵令嬢」
憧れのアイザックに初めて声を掛けられたエイリーンは、感極まった様に「はいっっ!」と元気良く返事をした。
しかし、アイザックから向けられたのは彼女が期待した様な優しさではなく、冷めた眼差しだった。
「君は、社交のマナーを学び直した方が良いんじゃないか?
『高位の者に自分から声を掛けるのはマナー違反だ』なんて、一番最初に習う基本中の基本だろ。
そもそも、初対面の異性にそんなに馴れ馴れしくするなんて、眉を顰められても仕方のない行いだ」
「も、申し訳、ありません……」
先程まで紅潮していたエイリーンの頬が、サッと青褪める。
どうやらマナー違反の自覚はあるらしい。
「それと、君は以前、茶会で僕のオフィーリアに変な言い掛かりを付けたっていうご令嬢だよね?」
「そんなっ、言い掛かりだなんてっ!!
エヴァレット様が何を仰ったのかは知りませんが、誤解ですわ」
「僕にその件を教えてくれたのは、オフィーリアじゃなくてベアトリスだよ。
君はウチの愚妹が彼女に負わせた傷の件で、彼女を貶めたそうだね。
しかも君の友人がオフィーリアに対して『公爵邸に勝手に押し掛けている』と事実無根の言い掛かりを付けていた時も、ニヤニヤ笑っていたと聞く。
何か反論は?」
「……」
アイザックの指摘に対して、エイリーンは何も言えなかった。
口元に笑みを貼り付けたままのアイザックだが、纏う空気は今や氷点下の冷たさで、下手な言い訳をして、これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなったのだろう。
全て事実である事は、既に確認済み。
その件に関してはオフィーリアが自分で反論したみたいだし、その後エイリーンがオフィーリアに接触する様子も見られなかったので保留にしていたのだが、まさか自分の方に接触してくるとは……。
勿論、オフィーリアに絡まれるよりはよっぽどマシだけれど。
「黙ってるって事は認めるんだよね?
僕や僕の家族の交友関係について、無関係な君達にとやかく言われる筋合いは無い。
君達がした事は、オフィーリアだけで無く、ヘーゼルダイン家にまで喧嘩を売ったも同然だ。
今後はオフィーリアにも僕にも関わらない事をお勧めする。
これは、君自身の為の忠告だよ。次は無いと心得て」
呆然と立ち尽くすエイリーンを残して、アイザックは踵を返した。
不機嫌の文字を顔に貼り付けたまま、ズンズンと大股で次の店へと向かう主の後を小走りで追い掛けた侍従は、揶揄う様に口を開いた。
「僕のオフィーリア……ですか?
それをご本人の前で言ってしまえば良いのに」
「煩いよ」
ニヤニヤと笑う侍従を軽く睨む。
果たして、アイザックの初恋が実る日は来るのだろうか?
その道のりは、まだまだ遠そうである。
(オフィーリアを守る為には、体も鍛えた方が良いかもな)
などと思案しながら、アイザックは自身の生っ白い腕と侍従の程良く筋肉が付いた腕を見比べた。
今回の件で、エイリーンがオフィーリアに逆恨みをしないとも限らない。
エイリーンをどう処分するのが最善か、アイザックは頭を悩ませていたのだが……。
この後、事態はアイザックが予期せぬ方向へと転がっていく。
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