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55 怖いもの知らず
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態々聞こえる様に悪口を言っておきながら、面と向かって対峙する勇気はなかったらしい。
「貴女が行きなさいよ」「いえ、貴女が……」と小声で醜いなすり付け合いが始まった。
やがて意を決した一人の令嬢が、ベアトリスの正面に重い足取りで歩み出た。
「……ア、アディンセル様が光の乙女であるプリシラ様を虐げていらっしゃるという話を聞きました。
侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです。
お立場を利用して、他者を攻撃するなど、許される事ではありません」
「へぇ、そう。
……貴女は私が侯爵家の娘だと理解した上で、その物言いなのね?
その勇気だけは褒めてさしあげましょう」
どうやら、王子の寵愛を受けるプリシラに侍っている事で、気が大きくなっているらしい。
確かにベアトリスと王子は円満な関係ではないけれど、彼女は王子の婚約者である前に侯爵令嬢であり、宰相の娘でもあるのだ。
それに対して、先程少し上擦った声でベアトリスに苦言を呈した女子生徒は、確か伯爵家の令嬢である。
冷静に考えてさえいれば、ベアトリスを敵に回すのは拙いと気付けただろうに。
だが、今頃気付いたとしても、もう遅い。
ベアトリスは完全に戦闘モードだ。
「公衆の面前で、侯爵令嬢を貶める発言を堂々となさったのだから、証拠くらいはお持ちなのよね?」
「証拠……は、ありません…けど。
でもっ、皆んながそう言ってます!!」
「ふぅん。証拠も無しに、声高に叫んでいらしたの?
本当に素晴らしい勇気の持ち主ですわね。とてもじゃないけど、私には真似出来ませんわ」
「……嫌味ですか?」
伯爵令嬢は腹立たしそうに眉根を寄せた。
うん、嫌味でしかないよね。
勇気は勇気でも、蛮勇だもの。
「フフッ。嫌だわ、純粋に褒めてますのに。
因みに、貴女はそのお話、どなたからお聞きになったのかしら?
実は、根も葉もない噂を流されて、私も困っておりますの。
随分と舐めた真似をしでかしてくださったみたいなので、噂の出所となったお方には、アディンセル侯爵家から相応のお礼をさせていただかなければねぇ。
……で? どなたから?」
「「「……」」」
その問いに答える者は誰もおらず、皆、仲間の顔をチラチラと窺うばかり。
しかし、返事が無いのを全く気にせず、ベアトリスは周囲に良く響く声で、一方的に話を続ける。
「う~ん……、被害者とされているプリシラ・ウェブスター嬢かしら? それとも、彼女と仲の良いクリスティアン殿下?
……あら、困りましたわねぇ。
もしもそのお二人だとしたら、王家や教会は、アディンセル侯爵家と今後良好な関係を築く事が難しくなってしまいますわ」
言葉とは裏腹に、ベアトリスは全く困っていない様子で楽し気に微笑んだ。
政治の中枢にいる宰相と国王との関係がギクシャクすれば、国の運営に支障が出るであろうと誰でも簡単に想像できる。
聖女候補プリシラの後見人である教皇と宰相の関係だって、良好に保っておいた方が良いに決まっている。
ベアトリスは伯爵令嬢達に『お前達が無責任な噂を広めているせいで、国の情勢が不安定になる』と暗に示唆したのだ。
「ち、違いますっ!
決してっ……、決して、プリシラ様やクリスティアン殿下が仰ったのではありませんっ!」
慌てた様子で権力者達の関与を否定する女生徒。
まあ、真偽はともかくとして、この場ではそう言うしかないでしょうね。
「あら、そうなのですか?
では、どなたが?
そんなにキッパリと否定なさるぐらいですから、当然ながら貴女は本当の出所をご存知なのですよねぇ?」
「え……、そ、それは……」
口籠もる伯爵令嬢に、ベアトリスはスッと瞳を細める。
「それは?」
伯爵令嬢は自身の一歩後ろに立ち、怯えた様子で成り行きを窺っていた友人達の内の一人に視線を向けた。
「……私に話したのは……、貴女、じゃなかった?」
「なっ、何を言ってるの!? 私じゃないわ!」
「だったら、誰が……?」
「さあ? 私は知らないわよ」
「確か、何処かの家の大きなお茶会の時に、貴女が知らない令嬢に……」
再び仲間内でコソコソと言い争いが勃発する。
「……ねぇ、どうでも良いけど、早く答えてくださらない?
私、貴女達と違って、暇じゃないのよ」
うんざりした表情を隠しもせずにベアトリスが促すと、さっきまで話していた伯爵令嬢がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……いつの間にか、噂になっていて……。
それで、私は……、良く…覚えていません」
「あらあらっ!
それでは、誰から聞いたかも分からない噂を貴女達は堂々と広めていたのね。
あらまあ、それはまた、随分とお上品な行いですこと」
周囲にアピールする様に、大袈裟に驚いて見せるベアトリス。
耳をそば立てて彼女の話を聞いていた者達は小さく騒めき始め、その場の空気が一気に変わった。
ベアトリスは、『噂には証拠もなく、その発信者さえも不明である』と、印象付ける事に成功したらしい。
因みに、最後の嫌味は『侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです』などと偉そうに宣った彼女への意趣返しだろう。
だがその意趣返しは、何故か思った以上に相手のプライドを傷付けたらしい。
「何も、そんな言い方をしなくても……。
そんな風に可愛げが無いから、殿下に見向きもされないのよっっ!!
どうせプリシラ様に嫉妬して虐めたのでしょう?」
キレた伯爵令嬢は、ベアトリスに噛み付いた。
本当に、無駄に勇気がある。
「貴女が行きなさいよ」「いえ、貴女が……」と小声で醜いなすり付け合いが始まった。
やがて意を決した一人の令嬢が、ベアトリスの正面に重い足取りで歩み出た。
「……ア、アディンセル様が光の乙女であるプリシラ様を虐げていらっしゃるという話を聞きました。
侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです。
お立場を利用して、他者を攻撃するなど、許される事ではありません」
「へぇ、そう。
……貴女は私が侯爵家の娘だと理解した上で、その物言いなのね?
その勇気だけは褒めてさしあげましょう」
どうやら、王子の寵愛を受けるプリシラに侍っている事で、気が大きくなっているらしい。
確かにベアトリスと王子は円満な関係ではないけれど、彼女は王子の婚約者である前に侯爵令嬢であり、宰相の娘でもあるのだ。
それに対して、先程少し上擦った声でベアトリスに苦言を呈した女子生徒は、確か伯爵家の令嬢である。
冷静に考えてさえいれば、ベアトリスを敵に回すのは拙いと気付けただろうに。
だが、今頃気付いたとしても、もう遅い。
ベアトリスは完全に戦闘モードだ。
「公衆の面前で、侯爵令嬢を貶める発言を堂々となさったのだから、証拠くらいはお持ちなのよね?」
「証拠……は、ありません…けど。
でもっ、皆んながそう言ってます!!」
「ふぅん。証拠も無しに、声高に叫んでいらしたの?
本当に素晴らしい勇気の持ち主ですわね。とてもじゃないけど、私には真似出来ませんわ」
「……嫌味ですか?」
伯爵令嬢は腹立たしそうに眉根を寄せた。
うん、嫌味でしかないよね。
勇気は勇気でも、蛮勇だもの。
「フフッ。嫌だわ、純粋に褒めてますのに。
因みに、貴女はそのお話、どなたからお聞きになったのかしら?
実は、根も葉もない噂を流されて、私も困っておりますの。
随分と舐めた真似をしでかしてくださったみたいなので、噂の出所となったお方には、アディンセル侯爵家から相応のお礼をさせていただかなければねぇ。
……で? どなたから?」
「「「……」」」
その問いに答える者は誰もおらず、皆、仲間の顔をチラチラと窺うばかり。
しかし、返事が無いのを全く気にせず、ベアトリスは周囲に良く響く声で、一方的に話を続ける。
「う~ん……、被害者とされているプリシラ・ウェブスター嬢かしら? それとも、彼女と仲の良いクリスティアン殿下?
……あら、困りましたわねぇ。
もしもそのお二人だとしたら、王家や教会は、アディンセル侯爵家と今後良好な関係を築く事が難しくなってしまいますわ」
言葉とは裏腹に、ベアトリスは全く困っていない様子で楽し気に微笑んだ。
政治の中枢にいる宰相と国王との関係がギクシャクすれば、国の運営に支障が出るであろうと誰でも簡単に想像できる。
聖女候補プリシラの後見人である教皇と宰相の関係だって、良好に保っておいた方が良いに決まっている。
ベアトリスは伯爵令嬢達に『お前達が無責任な噂を広めているせいで、国の情勢が不安定になる』と暗に示唆したのだ。
「ち、違いますっ!
決してっ……、決して、プリシラ様やクリスティアン殿下が仰ったのではありませんっ!」
慌てた様子で権力者達の関与を否定する女生徒。
まあ、真偽はともかくとして、この場ではそう言うしかないでしょうね。
「あら、そうなのですか?
では、どなたが?
そんなにキッパリと否定なさるぐらいですから、当然ながら貴女は本当の出所をご存知なのですよねぇ?」
「え……、そ、それは……」
口籠もる伯爵令嬢に、ベアトリスはスッと瞳を細める。
「それは?」
伯爵令嬢は自身の一歩後ろに立ち、怯えた様子で成り行きを窺っていた友人達の内の一人に視線を向けた。
「……私に話したのは……、貴女、じゃなかった?」
「なっ、何を言ってるの!? 私じゃないわ!」
「だったら、誰が……?」
「さあ? 私は知らないわよ」
「確か、何処かの家の大きなお茶会の時に、貴女が知らない令嬢に……」
再び仲間内でコソコソと言い争いが勃発する。
「……ねぇ、どうでも良いけど、早く答えてくださらない?
私、貴女達と違って、暇じゃないのよ」
うんざりした表情を隠しもせずにベアトリスが促すと、さっきまで話していた伯爵令嬢がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……いつの間にか、噂になっていて……。
それで、私は……、良く…覚えていません」
「あらあらっ!
それでは、誰から聞いたかも分からない噂を貴女達は堂々と広めていたのね。
あらまあ、それはまた、随分とお上品な行いですこと」
周囲にアピールする様に、大袈裟に驚いて見せるベアトリス。
耳をそば立てて彼女の話を聞いていた者達は小さく騒めき始め、その場の空気が一気に変わった。
ベアトリスは、『噂には証拠もなく、その発信者さえも不明である』と、印象付ける事に成功したらしい。
因みに、最後の嫌味は『侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです』などと偉そうに宣った彼女への意趣返しだろう。
だがその意趣返しは、何故か思った以上に相手のプライドを傷付けたらしい。
「何も、そんな言い方をしなくても……。
そんな風に可愛げが無いから、殿下に見向きもされないのよっっ!!
どうせプリシラ様に嫉妬して虐めたのでしょう?」
キレた伯爵令嬢は、ベアトリスに噛み付いた。
本当に、無駄に勇気がある。
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