73 / 200
73 男って馬鹿ね《ベアトリス》
しおりを挟む
「で? 先触れもなく急にやって来るなんて、一体何の用なの?」
アディンセル侯爵邸内の一室。
眉間に薄ら皺を寄せたメイナードが、何が面白いのか小難しい論文を夢中になって読んでいる。
ついさっきまで、その向かいのソファーに座り、お気に入りの小説を開きながら優雅にお茶を飲んでいたベアトリスは、突然の訪問者に剣呑な眼差しを向けた。
折角の休日。
近年仲を深めつつある弟との交流(…と言っても、同じ空間で別々の事をして過ごすだけだが)を邪魔されたベアトリスは、とても不機嫌だった。
「アレは誰だ?」
招かれざる客であるアイザックは、どんよりと曇った瞳をこちらに向けながら、掠れた声で呟く。
「はぁっ? アレってどれよ?」
「……オフィーリアと一緒にいた男」
そこでベアトリスは、学園でオフィーリアに聞いた話を思い出した。
「ああ、そう言えば、隣国の従兄が仕事の関係で来てるって言ってたけど。
ほら、カヴァナー商会の」
「従兄……。それだけなのか?
妙に馴れ馴れしい態度だったが……」
「知らないわよ。その現場見てないし」
ベアトリスは溜息混じりに呟く。
何故自分に聞きに来るのか? 本人に聞けば良いだろうに。
「さっきなんて、頭を優しく撫でて幸せそうに微笑み合ったり(被害妄想)……それに、あんなに顔を近付けて(被害妄想)……」
「ああそう。じゃあ、婚約者候補なのかもね。
まぁ、従兄妹同士なら一応結婚出来る訳だし?」
いい加減、面倒臭くなって投げやりにそう言うと、アイザックの顔が絶望に染まる。
「嫌だ、無理。絶対に無理。諦められる気がしない」
「そんな顔しないでよ。私が虐めてるみたいじゃない。
あのねぇ、あの子の異性に対する距離感がおかしいのは、そもそも貴方のせいでしょう?」
うんざりしながら咎めれば、アイザックは俯けていた顔をゆるりと上げ、小さく首を傾げた。
「……僕?」
「そうよ。貴方が『友達だ』なんて嘯きながら、人目も憚らずに手を繋いだり、好き勝手に髪を撫でたりするから、あの子はいつの間にかそれが普通だと思う様になったんじゃないの」
そう指摘すると、彼は苦い表情を浮かべた。
「言葉で伝えれば無理強いする事になりかねないから、行動で示せば良いんじゃないかと思ってたんだ。
だけど、彼女は全然気付かないし、なんなら偶に存在すら忘れられるし、やっと告白したと思った途端に気まずそうにされるし、ちょっと距離を置けば他の男と一緒にいるし……。
もうどうすれば良いのか分からない」
(存在を忘れられてた件、まだ引き摺ってたのね……)
こうして並べてみると、なかなかにオフィーリアの彼への扱いは酷い。
だが、一番単純な解決策があるじゃないか。
「そんなの簡単だわ」
この世の終わりみたいな顔をしているアイザックに、ベアトリスは何でもない事の様にサラリと言葉を返した。
「簡単?」
「そう、簡単よ。
形振り構わず愛を乞えば良いじゃないの。
貴方だって知っているでしょう?
オフィーリアは優しい。優し過ぎて、縋って来る友人を強く突き離せない」
「……だが、それでは彼女の優しさを利用しているだけで、心までは手に入らない」
確かにそうかもしれないが、その言葉はオフィーリアに嫌われたくないアイザックの言い訳の様にベアトリスには感じられた。
「心を手に入れるのは、囲い込んでからでも遅くはないわ」
「……」
眉を顰めて黙り込んだアイザック。
「何よ、自信が無いの?
ならばサッサと諦めておしまいなさい。
オフィーリアは私にとっても大切な友人なのよ?
『絶対に振り向かせて、誰よりも幸せにする』って強い覚悟と自信を持って言えないのなら、応援してあげられないわ」
そう言いながらも、ベアトリスには分かっていた。
アイザックが誰よりも、何よりも、オフィーリアを大切にしているという事が。
ただ、彼には少し自信が足りないだけなのだ。
「……幸せにするさ。絶対に」
力強く答えた彼の瞳には、いつの間にか光が戻っていた。
「そう。
だったら、早くそれを本人に伝えに行きなさいよ」
ベアトリスはアイザックの背中をグイグイ押して、部屋から追い出す。
足早に立ち去る際、一瞬だけ振り返ったアイザック。
「……ありがとう」
小さく零されたお礼の言葉に、ベアトリスはフッと笑った。
アイザックを乗せた馬車が遠ざかって行くのを、窓から見送ったベアトリスは、呆れた様に溜息をつく。
「オフィーリアだって、そろそろ自分の気持ちに気付いた頃でしょうに……。
本当に、男って馬鹿よねぇ」
その言葉に、それまで手元の論文に目を通しながら無言で二人の会話を聞いていたメイナードが一瞬だけ視線を上げた。
「性別で一括りにするの、良くないですよ」
「まあ、それもそうね」
苦言を呈する弟に、ベアトリスは素直に頷きを返した。
アディンセル侯爵邸内の一室。
眉間に薄ら皺を寄せたメイナードが、何が面白いのか小難しい論文を夢中になって読んでいる。
ついさっきまで、その向かいのソファーに座り、お気に入りの小説を開きながら優雅にお茶を飲んでいたベアトリスは、突然の訪問者に剣呑な眼差しを向けた。
折角の休日。
近年仲を深めつつある弟との交流(…と言っても、同じ空間で別々の事をして過ごすだけだが)を邪魔されたベアトリスは、とても不機嫌だった。
「アレは誰だ?」
招かれざる客であるアイザックは、どんよりと曇った瞳をこちらに向けながら、掠れた声で呟く。
「はぁっ? アレってどれよ?」
「……オフィーリアと一緒にいた男」
そこでベアトリスは、学園でオフィーリアに聞いた話を思い出した。
「ああ、そう言えば、隣国の従兄が仕事の関係で来てるって言ってたけど。
ほら、カヴァナー商会の」
「従兄……。それだけなのか?
妙に馴れ馴れしい態度だったが……」
「知らないわよ。その現場見てないし」
ベアトリスは溜息混じりに呟く。
何故自分に聞きに来るのか? 本人に聞けば良いだろうに。
「さっきなんて、頭を優しく撫でて幸せそうに微笑み合ったり(被害妄想)……それに、あんなに顔を近付けて(被害妄想)……」
「ああそう。じゃあ、婚約者候補なのかもね。
まぁ、従兄妹同士なら一応結婚出来る訳だし?」
いい加減、面倒臭くなって投げやりにそう言うと、アイザックの顔が絶望に染まる。
「嫌だ、無理。絶対に無理。諦められる気がしない」
「そんな顔しないでよ。私が虐めてるみたいじゃない。
あのねぇ、あの子の異性に対する距離感がおかしいのは、そもそも貴方のせいでしょう?」
うんざりしながら咎めれば、アイザックは俯けていた顔をゆるりと上げ、小さく首を傾げた。
「……僕?」
「そうよ。貴方が『友達だ』なんて嘯きながら、人目も憚らずに手を繋いだり、好き勝手に髪を撫でたりするから、あの子はいつの間にかそれが普通だと思う様になったんじゃないの」
そう指摘すると、彼は苦い表情を浮かべた。
「言葉で伝えれば無理強いする事になりかねないから、行動で示せば良いんじゃないかと思ってたんだ。
だけど、彼女は全然気付かないし、なんなら偶に存在すら忘れられるし、やっと告白したと思った途端に気まずそうにされるし、ちょっと距離を置けば他の男と一緒にいるし……。
もうどうすれば良いのか分からない」
(存在を忘れられてた件、まだ引き摺ってたのね……)
こうして並べてみると、なかなかにオフィーリアの彼への扱いは酷い。
だが、一番単純な解決策があるじゃないか。
「そんなの簡単だわ」
この世の終わりみたいな顔をしているアイザックに、ベアトリスは何でもない事の様にサラリと言葉を返した。
「簡単?」
「そう、簡単よ。
形振り構わず愛を乞えば良いじゃないの。
貴方だって知っているでしょう?
オフィーリアは優しい。優し過ぎて、縋って来る友人を強く突き離せない」
「……だが、それでは彼女の優しさを利用しているだけで、心までは手に入らない」
確かにそうかもしれないが、その言葉はオフィーリアに嫌われたくないアイザックの言い訳の様にベアトリスには感じられた。
「心を手に入れるのは、囲い込んでからでも遅くはないわ」
「……」
眉を顰めて黙り込んだアイザック。
「何よ、自信が無いの?
ならばサッサと諦めておしまいなさい。
オフィーリアは私にとっても大切な友人なのよ?
『絶対に振り向かせて、誰よりも幸せにする』って強い覚悟と自信を持って言えないのなら、応援してあげられないわ」
そう言いながらも、ベアトリスには分かっていた。
アイザックが誰よりも、何よりも、オフィーリアを大切にしているという事が。
ただ、彼には少し自信が足りないだけなのだ。
「……幸せにするさ。絶対に」
力強く答えた彼の瞳には、いつの間にか光が戻っていた。
「そう。
だったら、早くそれを本人に伝えに行きなさいよ」
ベアトリスはアイザックの背中をグイグイ押して、部屋から追い出す。
足早に立ち去る際、一瞬だけ振り返ったアイザック。
「……ありがとう」
小さく零されたお礼の言葉に、ベアトリスはフッと笑った。
アイザックを乗せた馬車が遠ざかって行くのを、窓から見送ったベアトリスは、呆れた様に溜息をつく。
「オフィーリアだって、そろそろ自分の気持ちに気付いた頃でしょうに……。
本当に、男って馬鹿よねぇ」
その言葉に、それまで手元の論文に目を通しながら無言で二人の会話を聞いていたメイナードが一瞬だけ視線を上げた。
「性別で一括りにするの、良くないですよ」
「まあ、それもそうね」
苦言を呈する弟に、ベアトリスは素直に頷きを返した。
2,548
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる