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89 暴かれた秘密
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その日、学園から帰宅すると、応接室でアイザックが待ち構えていた。
「ただいま、ジョエル」
「お帰りなさい。姉上」
あからさまに不貞腐れた顔でお茶を飲みながらアイザックのお相手をしていたジョエルは、帰宅した私を見て表情を一変させる。
「アイザック様もいらしていたのですね。お待たせしてしまいましたか?」
「いや。お帰り、オフィーリア」
アイザックは微笑みながら立ち上がり、私をキュッと抱き締めた。
「…………アイザック?」
挨拶にしては長過ぎるハグに戸惑って名前を呼ぶと、小さく息を吐き出してゆっくり私の体を離した彼は、代わりに手首を緩く握った。
「サディアス殿下に手紙を出しているのは、オフィーリアだね?」
「…………はっ…」
唐突に投げられた問いに思わず吐息の様な微かな声が零れ、一瞬でサアッと血の気が失せる。
自分の心臓の音が煩く鳴り響いて、視界がグラリと揺れた気がした。
(どうしてバレたの?)
その思いだけが何度も脳裏を駆け巡る。
「……何の、事でしょう?」
辛うじて絞り出した私の声は、自分で思った以上にか細く掠れていた。
「いつもより脈が早いよ。
嘘をつかれるのは、あまり好きじゃない」
そう言ったアイザックの目が少し悲しそうだったから、私は早々に誤魔化すのを諦めて、そっと溜息をついた。
「そうだと言ったら?」
「話して欲しい。君が抱えている秘密を」
どうせいつかはバレるかもしれないと思っていたのだ。
ならば、アイザックに話してしまった方が良いかもしれない。
勿論、全ては無理だけど。
「分かりました。
取り敢えず、座りましょうか」
ジョエルの扱いについては一瞬悩んだが、ここまで意味深な会話を聞いたら今更席を外せと言われても、簡単には応じないだろう。
それにジョエルになら話してしまっても問題ない気がした。
二人に横並びのソファーを勧めて、私は向かい側に腰を下ろす。
侍女達には、お茶を淹れ直してから席を外してもらった。
お茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせてから、ホゥ……と小さく息を吐き出す。
もしもの時には前世の事や乙女ゲームの事以外なら、全て話しても構わないと思っていた。
話せない部分については『予知夢』として誤魔化すつもりだ。
二人がそれで誤魔化されてくれるかどうかは少しだけ不安だけど、私は彼らの事を『フィクションの中の住人』だなんて言いたくない。
覚悟を決めて、私はゆっくりと語り始めた。
ほんの少しの嘘を混ぜ込んだ真実を。
「自分が見ている夢の一部が予知夢であると、子供の頃に気付きました。
私が見る夢は基本モノクロですが、予知夢の時だけ色が付いています。
夢の内容は様々ですが、この国の未来に起きる大きな災いなどが見える事もありました。
だから私は、それを防いでもらいたくて、意見箱を通じて王太子殿下に手紙を出したのです」
予知夢ではないが、断罪の悪夢の時だけカラーで見ているのは本当の事だ。
だから、あの悪夢はより一層リアルで、物凄く怖い。
「そんな……。
どうして、今迄教えてくれなかったのです?」
少し咎める様な口調でそう言ったジョエルの瞳には、心配と困惑が滲んでいる。
こんな絵空事の様な話を急に聞かされても全く疑いを持たず、絶対的な味方として私の心配だけをしてくれる。
それを嬉しく感じると同時に、私の言葉に嘘が混ざっている事が申し訳なかった。
「私が未来を知っている事を、誰かに知られるのが怖かったの。
疑われるのも利用されるのも気持ち悪がられるのも、怖かったけど……。
一番怖かったのは、信じて味方になってくれた人を巻き込んで危険に晒したり、罪悪感を持たせてしまうかもしれない事」
未来に起きる凶事を自分達だけが知っているというのは、とても重い。
それが現実に起きてしまった時、『もっと上手く立ち回れていれば』と、助けられなかった人に思いを馳せてしまうだろう。
出来る事なら、そんな重荷を誰かに一緒に背負わせたくはなかった。
「それでもっ……、僕は、話して欲しかった。
ずっと姉上が一人で悩んだり苦しんだりしていたかと思うと……、とても苦しいです」
俯いたジョエルの肩は微かに震えてる。
「ごめんね、ジョエル」
「サディアス殿下を選んだのは何故?」
問い掛けられて顔を向けると、アイザックの水色の瞳はなんの表情も浮かべず、静かに私を映していた。
「私が知る全ての災いに対して、干渉出来る可能性が高い人だから。
信じてもらえなかったとしても、相手が遠い存在ならば、仕方がないと諦められるから。
もしも災いが防げなくて犠牲が出たとしても、私だけのせいじゃなかったと、責任転嫁できる相手だと思ったから。
…………って、改めて言葉にしてみると、私、物凄く狡い奴ですね」
ハッと小さく自嘲の笑みを零した私を見て、アイザックの顔が苦しそうに歪んだ。
「狡いだなんて思えない。
そんなの、一人で抱えていられる訳がないじゃないか」
「慰めてくださるんですね。ありがとうございます。
正直言って、私の予知なんて単体では何の役にも立たないのです。
夢から読み取れる情報は非常に断片的で、発生する日が分からなかったり、場所が分からなかったり、そういう重要な情報がいくつも欠けているのです。
自分が知りたい未来を選んで、夢に見られる訳でもないですし……」
これは本当に、常に歯痒く思っている部分だ。
ゲームに出て来る事なんて、必要としている情報のほんの一部だし、もしも具体的な日時が出てきていたとしても、そんな細かい部分なんて一々覚えていられるはずがない。
前世の私に瞬間記憶能力みたいな特殊な才能でもあればよかったのだけど、残念ながら極々平凡な人間だったから。
「それでも知り得た情報の全てを書いて、手紙を出したんだね」
「はい。ボンヤリとした内容でしたが。
ですから、手紙を出した後どうなるかは、完全に賭けでした」
「だとしたら、君は賭けに勝ったよ」
ずっと難しい顔をしていたアイザックは、そう言って少しだけ微笑んだ。
「ただいま、ジョエル」
「お帰りなさい。姉上」
あからさまに不貞腐れた顔でお茶を飲みながらアイザックのお相手をしていたジョエルは、帰宅した私を見て表情を一変させる。
「アイザック様もいらしていたのですね。お待たせしてしまいましたか?」
「いや。お帰り、オフィーリア」
アイザックは微笑みながら立ち上がり、私をキュッと抱き締めた。
「…………アイザック?」
挨拶にしては長過ぎるハグに戸惑って名前を呼ぶと、小さく息を吐き出してゆっくり私の体を離した彼は、代わりに手首を緩く握った。
「サディアス殿下に手紙を出しているのは、オフィーリアだね?」
「…………はっ…」
唐突に投げられた問いに思わず吐息の様な微かな声が零れ、一瞬でサアッと血の気が失せる。
自分の心臓の音が煩く鳴り響いて、視界がグラリと揺れた気がした。
(どうしてバレたの?)
その思いだけが何度も脳裏を駆け巡る。
「……何の、事でしょう?」
辛うじて絞り出した私の声は、自分で思った以上にか細く掠れていた。
「いつもより脈が早いよ。
嘘をつかれるのは、あまり好きじゃない」
そう言ったアイザックの目が少し悲しそうだったから、私は早々に誤魔化すのを諦めて、そっと溜息をついた。
「そうだと言ったら?」
「話して欲しい。君が抱えている秘密を」
どうせいつかはバレるかもしれないと思っていたのだ。
ならば、アイザックに話してしまった方が良いかもしれない。
勿論、全ては無理だけど。
「分かりました。
取り敢えず、座りましょうか」
ジョエルの扱いについては一瞬悩んだが、ここまで意味深な会話を聞いたら今更席を外せと言われても、簡単には応じないだろう。
それにジョエルになら話してしまっても問題ない気がした。
二人に横並びのソファーを勧めて、私は向かい側に腰を下ろす。
侍女達には、お茶を淹れ直してから席を外してもらった。
お茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせてから、ホゥ……と小さく息を吐き出す。
もしもの時には前世の事や乙女ゲームの事以外なら、全て話しても構わないと思っていた。
話せない部分については『予知夢』として誤魔化すつもりだ。
二人がそれで誤魔化されてくれるかどうかは少しだけ不安だけど、私は彼らの事を『フィクションの中の住人』だなんて言いたくない。
覚悟を決めて、私はゆっくりと語り始めた。
ほんの少しの嘘を混ぜ込んだ真実を。
「自分が見ている夢の一部が予知夢であると、子供の頃に気付きました。
私が見る夢は基本モノクロですが、予知夢の時だけ色が付いています。
夢の内容は様々ですが、この国の未来に起きる大きな災いなどが見える事もありました。
だから私は、それを防いでもらいたくて、意見箱を通じて王太子殿下に手紙を出したのです」
予知夢ではないが、断罪の悪夢の時だけカラーで見ているのは本当の事だ。
だから、あの悪夢はより一層リアルで、物凄く怖い。
「そんな……。
どうして、今迄教えてくれなかったのです?」
少し咎める様な口調でそう言ったジョエルの瞳には、心配と困惑が滲んでいる。
こんな絵空事の様な話を急に聞かされても全く疑いを持たず、絶対的な味方として私の心配だけをしてくれる。
それを嬉しく感じると同時に、私の言葉に嘘が混ざっている事が申し訳なかった。
「私が未来を知っている事を、誰かに知られるのが怖かったの。
疑われるのも利用されるのも気持ち悪がられるのも、怖かったけど……。
一番怖かったのは、信じて味方になってくれた人を巻き込んで危険に晒したり、罪悪感を持たせてしまうかもしれない事」
未来に起きる凶事を自分達だけが知っているというのは、とても重い。
それが現実に起きてしまった時、『もっと上手く立ち回れていれば』と、助けられなかった人に思いを馳せてしまうだろう。
出来る事なら、そんな重荷を誰かに一緒に背負わせたくはなかった。
「それでもっ……、僕は、話して欲しかった。
ずっと姉上が一人で悩んだり苦しんだりしていたかと思うと……、とても苦しいです」
俯いたジョエルの肩は微かに震えてる。
「ごめんね、ジョエル」
「サディアス殿下を選んだのは何故?」
問い掛けられて顔を向けると、アイザックの水色の瞳はなんの表情も浮かべず、静かに私を映していた。
「私が知る全ての災いに対して、干渉出来る可能性が高い人だから。
信じてもらえなかったとしても、相手が遠い存在ならば、仕方がないと諦められるから。
もしも災いが防げなくて犠牲が出たとしても、私だけのせいじゃなかったと、責任転嫁できる相手だと思ったから。
…………って、改めて言葉にしてみると、私、物凄く狡い奴ですね」
ハッと小さく自嘲の笑みを零した私を見て、アイザックの顔が苦しそうに歪んだ。
「狡いだなんて思えない。
そんなの、一人で抱えていられる訳がないじゃないか」
「慰めてくださるんですね。ありがとうございます。
正直言って、私の予知なんて単体では何の役にも立たないのです。
夢から読み取れる情報は非常に断片的で、発生する日が分からなかったり、場所が分からなかったり、そういう重要な情報がいくつも欠けているのです。
自分が知りたい未来を選んで、夢に見られる訳でもないですし……」
これは本当に、常に歯痒く思っている部分だ。
ゲームに出て来る事なんて、必要としている情報のほんの一部だし、もしも具体的な日時が出てきていたとしても、そんな細かい部分なんて一々覚えていられるはずがない。
前世の私に瞬間記憶能力みたいな特殊な才能でもあればよかったのだけど、残念ながら極々平凡な人間だったから。
「それでも知り得た情報の全てを書いて、手紙を出したんだね」
「はい。ボンヤリとした内容でしたが。
ですから、手紙を出した後どうなるかは、完全に賭けでした」
「だとしたら、君は賭けに勝ったよ」
ずっと難しい顔をしていたアイザックは、そう言って少しだけ微笑んだ。
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