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112 我慢の限界
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「フェネリー様。
少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
再びニコラスへと視線を向け、改めて問い掛けると、彼は「なんだ?」と話の先を促した。
「隣国にいる私の従兄に聞いたのですが、あちらの学園の剣術の授業では、武器を持っていない時の対処法も伝授されるのだそうです。
それはこの学園でも同じでしょうか?」
「ああ、武器を奪われたり、戦闘中に武器が壊れる場合や、帯剣出来ない場所での急襲なども無いとは限らないからな。
そういった不測の事態を想定した訓練も行う」
この世界の剣術は剣道の様なスポーツではなく、命を懸けて戦う技術を身につける為の訓練である。
だから、剣技の美しさなんてどうでも良い。どんな手段を使ってでも生き残る事や、警護対象を守り抜く事が重視される。
「例えば、どの様な訓練ですか?」
「体術が基本だが、その場にある物を利用する場合もある。
手頃な木の枝が落ちていれば剣の代わりに使うとか、ガラスの破片をナイフ代わりに使うとか……」
そこでニコラスはハッと何かに気付いた顔をして言葉を止めた。
しかしプリシラとクリスティアンは相変わらず全く意味が分かっていないみたいなポカン顔なので、私が続きを話す。
「……その辺に落ちている石を、敵の顔めがけて投げる……、とか?」
「…………そうだ」
神妙な顔で頷くニコラスを見て、私は笑みを深める。
「私の言いたい事がお分かりになったみたいですね。
因みに、髪の色を誤魔化す手段はありますが、身長は誤魔化すのが難しいです」
制服で高すぎるハイヒールを履いていたら不自然だし、逃げにくい。
それに、この世界にシークレットシューズみたいな物は存在しない。
「そうだな……。
殿下。申し訳ありませんが確かめたい事が出来ましたので、俺はお先に失礼します」
私の言葉に頷いたニコラスは、クリスティアンに頭を下げてそう言い残すと踵を返した。
「あぁ、お待ちになって。
くれぐれも、どなたかみたいに証拠も持たず、思い込みだけでご令嬢を問い詰める様な短絡的な真似はなさいません様に」
今にも走り出しそうなニコラスを呼び止めて注意を促すと、彼は「ああ」と短く答えてこの場を去った。
私の嫌味が伝わったのか、『どなたか』に該当する人物は苛立ちを堪える様に歯を食いしばっている。
私は名指しをしていないのに、ここで文句を言ったら自分の事だと認めるみたいになっちゃうものね。
このイベントを起こす犯人は、ニコラスルートの悪役令嬢だ。
婚約者がいないニコラスのルートの悪役は、騎士科の同級生で彼に片想いをしている女子である。
彼女は赤毛ではないが、この事件の際には、ベアトリスに罪をなすり付けて自分は容疑者から外れる為に赤毛の鬘を被っていた。
ニコラスルート以外ではゲームに登場しない筈の彼女が事件を起こした動機は、私の想像でしかないが───。
クリスティアンとプリシラが一緒にいれば、クリスティアンを警護するニコラスもプリシラと共に行動する機会が多いのは必然だ。
という事は、ニコラスルートの悪役令嬢だって面白くないに決まってる。
ゲームの中では、ベアトリスとオフィーリアが率先してプリシラを虐げるので溜飲を下げていたのだろう。
もしかしたら、私達がゲームと違ってプリシラを虐めないから、ニコラスルートの悪役のストレスが爆発して自ら行動に出たのかもしれない。
「さて、どうやらフェネリー様は、犯人にお心当たりがお有りだったみたいですが……。
これでもまだ、ベアトリス様が犯人だと仰るのでしょうか?」
「………………いや。
……その、一方的に決め付けたのは、……悪かった」
気まずそうに視線を逸らしたクリスティアンは、ベアトリスに向かってとても小さな声で謝罪らしき言葉を吐き出した。
その姿を見たベアトリスはフッと冷笑を浮かべる。
「謝罪を受け取るつもりはございません。
そもそも、こんな公の場で婚約者に冤罪をかけておいて、謝っただけで済むとでもお思いなのですか?」
「……」
ベアトリスに責められたクリスティアンは、悔しそうに唇を噛み締めて押し黙った。
「此度の件は、第二王子殿下といえども許される事ではありませんわ。
義務だと思ってずっと耐えて参りましたが、流石に我慢の限界です。
父と相談の上、王家に正式に抗議を致しますので、お覚悟なさってくださいませ。
おそらく私達の婚約は破棄させて頂く事になるでしょう」
ベアトリスが婚約破棄を口にした途端、プリシラの瞳がパァッと一瞬輝いた。
そーゆーとこだぞ、エセヒロイン。
愛するポンコツがフリーになりそうで嬉しいのは分かるが、ここでそれを顔に出しちゃイカンでしょうが。
一応貴族令嬢なんだから、表情くらいは取り繕いなさいよ。
まぁ、ベアトリスに取っては『ゴミを嬉々として回収してくれるリサイクル業者』くらいにしか見えていないかもしれないけど。
そんなエセヒロインの隣に立つクリスティアンはと言えば……。
どう見ても困った顔をして、呆然と立ち尽くしている。
嬉しそうでない事は、誰が見ても明らかだ。
こっちも全く取り繕えていない。
(プリシラの事が好きなんだろうに、何故かしら?)
前にベアトリスが言ってたみたいに、プリシラが聖女として認定されるまでは、アディンセル侯爵家との婚約を保険として取っておきたかったのかな?
それとも婚約破棄はしたかったけど、自分の有責では困るって事?
まあ、どちらの理由にしても、クソ野郎なのは変わらないけどね。
「…………一時の感情に流されて婚約破棄などしたら後悔するぞ。
それに侯爵がそう簡単に婚約を破棄するはずがない」
まるで婚約破棄を回避したいみたいな事を言い出したクリスティアンを、プリシラは驚いた表情で見つめている。
メイナードがベアトリスを庇う様にクリスティアンの前へと歩み出た。
「ご心配には及びません。
姉も父も、かねてより婚約の解消を望んでおりましたので」
「なんだとっ!?
どういう意味だ、メイナード」
「そのまんまの意味ですが……。
そんな事より、殿下の大切な『光の乙女』が先程の貴方の言葉にショックを受けておられる様ですよ」
メイナードの言葉を受けて、クリスティアンはハッとプリシラに視線を向ける。
「あ、プリシラ、これは……、違うんだ」
浮気男のテンプレみたいな言い訳が飛び出したな。
思わずちょっと笑ってしまいそうになり、慌てて口元を引き締めた。
「………良いのです」
プリシラは瞳を潤ませながら儚げに微笑む。
なんなんだ、この三文芝居。
二人きりで勝手にやってくれよ。
「姉上、もう今日は早退しましょう」
私と同じ気持ちだったのか、メイナードがベアトリスに退場を促した。
「そうね。早く帰宅して、お父様に報告しないと」
ベアトリスは嬉々としてメイナードが差し伸べた手を取った。
やっとベアトリスとクリスティアンの婚約破棄が出来そうで、本当に良かった。
仲良く寄り添うアディンセル姉弟の姿を感慨深く眺めていると、ポンと私の肩に大きな手が乗せられた。
「頑張ったね、オフィーリア。
凄く格好良くって惚れ直した」
「フフッ。ありがとうございます。
アイザック様が隣にいて下さったので心強かったです」
クリスティアンが最後まで私に対して声を荒げなかったのは、きっとアイザックが隣で睨みを効かせてくれていたからだろう。
「僕達も、今日は帰ろう」
「ええ」
アイザックにエスコートされて、ベアトリス達の後に続く。
(帰ったら、ユーニスに調査をちょっと急いで欲しいってお願いしなきゃいけないわね)
そんな事を考えながら、私は帰路に着いた。
少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
再びニコラスへと視線を向け、改めて問い掛けると、彼は「なんだ?」と話の先を促した。
「隣国にいる私の従兄に聞いたのですが、あちらの学園の剣術の授業では、武器を持っていない時の対処法も伝授されるのだそうです。
それはこの学園でも同じでしょうか?」
「ああ、武器を奪われたり、戦闘中に武器が壊れる場合や、帯剣出来ない場所での急襲なども無いとは限らないからな。
そういった不測の事態を想定した訓練も行う」
この世界の剣術は剣道の様なスポーツではなく、命を懸けて戦う技術を身につける為の訓練である。
だから、剣技の美しさなんてどうでも良い。どんな手段を使ってでも生き残る事や、警護対象を守り抜く事が重視される。
「例えば、どの様な訓練ですか?」
「体術が基本だが、その場にある物を利用する場合もある。
手頃な木の枝が落ちていれば剣の代わりに使うとか、ガラスの破片をナイフ代わりに使うとか……」
そこでニコラスはハッと何かに気付いた顔をして言葉を止めた。
しかしプリシラとクリスティアンは相変わらず全く意味が分かっていないみたいなポカン顔なので、私が続きを話す。
「……その辺に落ちている石を、敵の顔めがけて投げる……、とか?」
「…………そうだ」
神妙な顔で頷くニコラスを見て、私は笑みを深める。
「私の言いたい事がお分かりになったみたいですね。
因みに、髪の色を誤魔化す手段はありますが、身長は誤魔化すのが難しいです」
制服で高すぎるハイヒールを履いていたら不自然だし、逃げにくい。
それに、この世界にシークレットシューズみたいな物は存在しない。
「そうだな……。
殿下。申し訳ありませんが確かめたい事が出来ましたので、俺はお先に失礼します」
私の言葉に頷いたニコラスは、クリスティアンに頭を下げてそう言い残すと踵を返した。
「あぁ、お待ちになって。
くれぐれも、どなたかみたいに証拠も持たず、思い込みだけでご令嬢を問い詰める様な短絡的な真似はなさいません様に」
今にも走り出しそうなニコラスを呼び止めて注意を促すと、彼は「ああ」と短く答えてこの場を去った。
私の嫌味が伝わったのか、『どなたか』に該当する人物は苛立ちを堪える様に歯を食いしばっている。
私は名指しをしていないのに、ここで文句を言ったら自分の事だと認めるみたいになっちゃうものね。
このイベントを起こす犯人は、ニコラスルートの悪役令嬢だ。
婚約者がいないニコラスのルートの悪役は、騎士科の同級生で彼に片想いをしている女子である。
彼女は赤毛ではないが、この事件の際には、ベアトリスに罪をなすり付けて自分は容疑者から外れる為に赤毛の鬘を被っていた。
ニコラスルート以外ではゲームに登場しない筈の彼女が事件を起こした動機は、私の想像でしかないが───。
クリスティアンとプリシラが一緒にいれば、クリスティアンを警護するニコラスもプリシラと共に行動する機会が多いのは必然だ。
という事は、ニコラスルートの悪役令嬢だって面白くないに決まってる。
ゲームの中では、ベアトリスとオフィーリアが率先してプリシラを虐げるので溜飲を下げていたのだろう。
もしかしたら、私達がゲームと違ってプリシラを虐めないから、ニコラスルートの悪役のストレスが爆発して自ら行動に出たのかもしれない。
「さて、どうやらフェネリー様は、犯人にお心当たりがお有りだったみたいですが……。
これでもまだ、ベアトリス様が犯人だと仰るのでしょうか?」
「………………いや。
……その、一方的に決め付けたのは、……悪かった」
気まずそうに視線を逸らしたクリスティアンは、ベアトリスに向かってとても小さな声で謝罪らしき言葉を吐き出した。
その姿を見たベアトリスはフッと冷笑を浮かべる。
「謝罪を受け取るつもりはございません。
そもそも、こんな公の場で婚約者に冤罪をかけておいて、謝っただけで済むとでもお思いなのですか?」
「……」
ベアトリスに責められたクリスティアンは、悔しそうに唇を噛み締めて押し黙った。
「此度の件は、第二王子殿下といえども許される事ではありませんわ。
義務だと思ってずっと耐えて参りましたが、流石に我慢の限界です。
父と相談の上、王家に正式に抗議を致しますので、お覚悟なさってくださいませ。
おそらく私達の婚約は破棄させて頂く事になるでしょう」
ベアトリスが婚約破棄を口にした途端、プリシラの瞳がパァッと一瞬輝いた。
そーゆーとこだぞ、エセヒロイン。
愛するポンコツがフリーになりそうで嬉しいのは分かるが、ここでそれを顔に出しちゃイカンでしょうが。
一応貴族令嬢なんだから、表情くらいは取り繕いなさいよ。
まぁ、ベアトリスに取っては『ゴミを嬉々として回収してくれるリサイクル業者』くらいにしか見えていないかもしれないけど。
そんなエセヒロインの隣に立つクリスティアンはと言えば……。
どう見ても困った顔をして、呆然と立ち尽くしている。
嬉しそうでない事は、誰が見ても明らかだ。
こっちも全く取り繕えていない。
(プリシラの事が好きなんだろうに、何故かしら?)
前にベアトリスが言ってたみたいに、プリシラが聖女として認定されるまでは、アディンセル侯爵家との婚約を保険として取っておきたかったのかな?
それとも婚約破棄はしたかったけど、自分の有責では困るって事?
まあ、どちらの理由にしても、クソ野郎なのは変わらないけどね。
「…………一時の感情に流されて婚約破棄などしたら後悔するぞ。
それに侯爵がそう簡単に婚約を破棄するはずがない」
まるで婚約破棄を回避したいみたいな事を言い出したクリスティアンを、プリシラは驚いた表情で見つめている。
メイナードがベアトリスを庇う様にクリスティアンの前へと歩み出た。
「ご心配には及びません。
姉も父も、かねてより婚約の解消を望んでおりましたので」
「なんだとっ!?
どういう意味だ、メイナード」
「そのまんまの意味ですが……。
そんな事より、殿下の大切な『光の乙女』が先程の貴方の言葉にショックを受けておられる様ですよ」
メイナードの言葉を受けて、クリスティアンはハッとプリシラに視線を向ける。
「あ、プリシラ、これは……、違うんだ」
浮気男のテンプレみたいな言い訳が飛び出したな。
思わずちょっと笑ってしまいそうになり、慌てて口元を引き締めた。
「………良いのです」
プリシラは瞳を潤ませながら儚げに微笑む。
なんなんだ、この三文芝居。
二人きりで勝手にやってくれよ。
「姉上、もう今日は早退しましょう」
私と同じ気持ちだったのか、メイナードがベアトリスに退場を促した。
「そうね。早く帰宅して、お父様に報告しないと」
ベアトリスは嬉々としてメイナードが差し伸べた手を取った。
やっとベアトリスとクリスティアンの婚約破棄が出来そうで、本当に良かった。
仲良く寄り添うアディンセル姉弟の姿を感慨深く眺めていると、ポンと私の肩に大きな手が乗せられた。
「頑張ったね、オフィーリア。
凄く格好良くって惚れ直した」
「フフッ。ありがとうございます。
アイザック様が隣にいて下さったので心強かったです」
クリスティアンが最後まで私に対して声を荒げなかったのは、きっとアイザックが隣で睨みを効かせてくれていたからだろう。
「僕達も、今日は帰ろう」
「ええ」
アイザックにエスコートされて、ベアトリス達の後に続く。
(帰ったら、ユーニスに調査をちょっと急いで欲しいってお願いしなきゃいけないわね)
そんな事を考えながら、私は帰路に着いた。
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