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163 伯爵令嬢の遺体《サディアス》
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サディアスが応接室へ入ると、既にソファーに座していたブリンドル伯爵家の面々が、慌てて立ち上がった。
本日呼び出されたのは、エイリーンの両親である現ブリンドル伯爵夫妻と、後継者となる予定のエイリーンの弟である。
その下にもう一人女児がいるらしいが、まだ幼い彼女が事件に関連しているとも思えないので、呼び出しの書簡に名は記さなかった。
一斉に臣下の礼をとる三人に、「顔を上げて構わない。座って楽にしてくれ」と、サディアスは鷹揚に指示をした。
その言葉に従い、三人は再び腰を下ろす。
とは言え、密室で王太子と対峙しているのに寛いでいられる様な心臓に毛が生えた人間なんて、広い国内を探してもきっと一握りしか存在しないだろう。
特に当主であるブリンドル伯爵は、何故呼び出されたのか心当たりすら無く、オロオロと視線を彷徨わせていた。
その様子を眺めながら、サディアスはフッと小さく笑う。
「そんなに緊張するな。
少々確認したい事があるだけなのだから」
「は、はぁ。……何なりと、お聞きください」
「思い出すのが辛い話かも知れないが、四年程前に、君達はご家族を一人亡くしているよね?」
サディアスのその言葉に、伯爵夫妻は一気に顔色を悪くさせた。
その様子は死んだ娘を思い出して悲しんでいるというよりは、何か疚しい事でもあるかの様に、サディアスには見えた。
一方、嫡男の方はあまり表情が変わらない。
良くも悪くも、姉に対する感情が薄い様に思える。
「……エイリーンの、事でしょうか?」
そう確認する伯爵の声は、少し震えていた。
「そうだ。彼女の死亡の経緯や葬儀について詳しく話をして欲しい」
葬儀は行われていないと既に調べがついていた。
家族のみでひっそりと弔ったのか、それとも埋葬だけ済ませたのか……。
「いや、その……」
気まずそうに口籠る伯爵。
「何か話せない理由でも?」
「あ、いえ、話せないと申しますか……、知らないと申しますか……」
「知らない?」
「……いやぁ、お恥ずかしながら、エイリーンは、その……当時、療養施設に入っておりまして」
しどろもどろに話し始める伯爵に、サディアスは頷きを返した。
「それは知ってるよ」
死亡届によれば、エイリーンは入所していた療養施設で亡くなったのだとされていた。
だが、死亡の際の詳しい状況や遺体の引き取り手などについては、療養施設に記録が残っていなかった。
「そうですか。でしたら話が早い。
施設に入って割と早い段階で精神状態が落ち着いたらしく、これなら自宅に戻せると喜んでいた所だったのですが……。
そんな時に運悪く、あの子が流行病に罹ったと施設から連絡がありましてね」
「それで、取る物も取り敢えず駆け付けたのか?」
「え、ええ! 勿論、その通りです!
しかし、一気に病状が悪化したらしく、私と妻が駆け付けた頃には、もう……」
夫婦は痛まし気な表情を作って俯いているが、どうにも態とらしい。
当時は確かに、王都内で小規模ながら病の流行があった。
感染力は弱いが、毒性の強いウイルスであったから、エイリーンが死亡したのも分からなくはない。
だが、それにしたって、王都の邸に住んでいる家族が、王都の施設に駆け付ける間に亡くなるなんて不自然過ぎる。
おそらく、ブリンドル伯爵家にとって、心を病んでいたエイリーンは厄介者だったのだろう。
だから、連絡があっても、きっと直ぐには駆け付けなかったのだ。
療養施設に入れる前は、娘を酷く甘やかしていたと聞くが、そんな簡単に見捨てるとは……。
多分、子供達の事などアクセサリーか道具くらいにしか思っていないのだろう。
「ご息女は、確実に亡くなっていたのか?」
「「「…………は?」」」
確信をつく質問をすると、ブリンドル一家は皆、その言葉の意味を直ぐには理解出来なかったらしく、一様にキョトンとした顔で間抜けな声を零した。
「新聞を見ていないのか?
事件関係者として手配されている『レイラ』と名乗っている女の記事だ。
その女が、エイリーンなのではないかという説が浮かんでいる」
「その記事なら読みましたが、亡くなった娘が生きているだなんて、そんな荒唐無稽な……」
「遺体の確認はしたのか?
似た顔の別人である可能性は無いと言い切れるか?」
改めてそう聞かれると自信が無いのか、伯爵は眉根を寄せて微かに視線を泳がせた。
「…………いえ、実は私達が見た時は、既にエイリーンの体は棺に納められ、蓋も釘で打ち付けられた状態でした」
「まさか、中身は確認していないのかっ!?
貴殿等の娘だろうっ!!」
サディアスも娘を持つ親として、思わず語気が強まる。
夫人はバツが悪そうに視線を逸らしたが、伯爵は「違います!」声を上げた。
「その、伝染する病だから、蓋を開けると危険だと施設長に言われて……」
言い訳めいた言葉に、サディアスは伯爵夫妻を睥睨した。
「葬儀を行わなかったのも、そのせいか?
棺はブリンドル伯爵家の墓に埋葬したのか?」
更に質問を重ねると、伯爵の顔色は益々悪くなっていく。
「いや、それが、その……」
「失礼ですが、僕がお答えしてもよろしいでしょうか?」
煮え切らない態度の両親に辟易した様子で、嫡男が挙手をした。
「ああ、話してくれ」
「おいっ!」
隣に座る伯爵が、黙らせようと息子の肩を掴んだが、彼は構わず口を開いた。
「父母は姉の遺体の引き取りを拒否しました。
遺体は身寄りの無い者達と同様に、教会で埋葬して下さったらしいです。
僕も我儘だった姉の事は嫌っておりましたが、流石に両親の所業は人として如何な物かと常々思っておりました」
「そうか。
では、伯爵夫妻は実の娘の遺体も確認せず、その埋葬すら他人任せにしたのだな」
「「も、申し訳ございませんっっ!!」」
サディアスが冷ややかな眼差しを向けると、伯爵夫妻は大慌てで深く頭を下げた。
本日呼び出されたのは、エイリーンの両親である現ブリンドル伯爵夫妻と、後継者となる予定のエイリーンの弟である。
その下にもう一人女児がいるらしいが、まだ幼い彼女が事件に関連しているとも思えないので、呼び出しの書簡に名は記さなかった。
一斉に臣下の礼をとる三人に、「顔を上げて構わない。座って楽にしてくれ」と、サディアスは鷹揚に指示をした。
その言葉に従い、三人は再び腰を下ろす。
とは言え、密室で王太子と対峙しているのに寛いでいられる様な心臓に毛が生えた人間なんて、広い国内を探してもきっと一握りしか存在しないだろう。
特に当主であるブリンドル伯爵は、何故呼び出されたのか心当たりすら無く、オロオロと視線を彷徨わせていた。
その様子を眺めながら、サディアスはフッと小さく笑う。
「そんなに緊張するな。
少々確認したい事があるだけなのだから」
「は、はぁ。……何なりと、お聞きください」
「思い出すのが辛い話かも知れないが、四年程前に、君達はご家族を一人亡くしているよね?」
サディアスのその言葉に、伯爵夫妻は一気に顔色を悪くさせた。
その様子は死んだ娘を思い出して悲しんでいるというよりは、何か疚しい事でもあるかの様に、サディアスには見えた。
一方、嫡男の方はあまり表情が変わらない。
良くも悪くも、姉に対する感情が薄い様に思える。
「……エイリーンの、事でしょうか?」
そう確認する伯爵の声は、少し震えていた。
「そうだ。彼女の死亡の経緯や葬儀について詳しく話をして欲しい」
葬儀は行われていないと既に調べがついていた。
家族のみでひっそりと弔ったのか、それとも埋葬だけ済ませたのか……。
「いや、その……」
気まずそうに口籠る伯爵。
「何か話せない理由でも?」
「あ、いえ、話せないと申しますか……、知らないと申しますか……」
「知らない?」
「……いやぁ、お恥ずかしながら、エイリーンは、その……当時、療養施設に入っておりまして」
しどろもどろに話し始める伯爵に、サディアスは頷きを返した。
「それは知ってるよ」
死亡届によれば、エイリーンは入所していた療養施設で亡くなったのだとされていた。
だが、死亡の際の詳しい状況や遺体の引き取り手などについては、療養施設に記録が残っていなかった。
「そうですか。でしたら話が早い。
施設に入って割と早い段階で精神状態が落ち着いたらしく、これなら自宅に戻せると喜んでいた所だったのですが……。
そんな時に運悪く、あの子が流行病に罹ったと施設から連絡がありましてね」
「それで、取る物も取り敢えず駆け付けたのか?」
「え、ええ! 勿論、その通りです!
しかし、一気に病状が悪化したらしく、私と妻が駆け付けた頃には、もう……」
夫婦は痛まし気な表情を作って俯いているが、どうにも態とらしい。
当時は確かに、王都内で小規模ながら病の流行があった。
感染力は弱いが、毒性の強いウイルスであったから、エイリーンが死亡したのも分からなくはない。
だが、それにしたって、王都の邸に住んでいる家族が、王都の施設に駆け付ける間に亡くなるなんて不自然過ぎる。
おそらく、ブリンドル伯爵家にとって、心を病んでいたエイリーンは厄介者だったのだろう。
だから、連絡があっても、きっと直ぐには駆け付けなかったのだ。
療養施設に入れる前は、娘を酷く甘やかしていたと聞くが、そんな簡単に見捨てるとは……。
多分、子供達の事などアクセサリーか道具くらいにしか思っていないのだろう。
「ご息女は、確実に亡くなっていたのか?」
「「「…………は?」」」
確信をつく質問をすると、ブリンドル一家は皆、その言葉の意味を直ぐには理解出来なかったらしく、一様にキョトンとした顔で間抜けな声を零した。
「新聞を見ていないのか?
事件関係者として手配されている『レイラ』と名乗っている女の記事だ。
その女が、エイリーンなのではないかという説が浮かんでいる」
「その記事なら読みましたが、亡くなった娘が生きているだなんて、そんな荒唐無稽な……」
「遺体の確認はしたのか?
似た顔の別人である可能性は無いと言い切れるか?」
改めてそう聞かれると自信が無いのか、伯爵は眉根を寄せて微かに視線を泳がせた。
「…………いえ、実は私達が見た時は、既にエイリーンの体は棺に納められ、蓋も釘で打ち付けられた状態でした」
「まさか、中身は確認していないのかっ!?
貴殿等の娘だろうっ!!」
サディアスも娘を持つ親として、思わず語気が強まる。
夫人はバツが悪そうに視線を逸らしたが、伯爵は「違います!」声を上げた。
「その、伝染する病だから、蓋を開けると危険だと施設長に言われて……」
言い訳めいた言葉に、サディアスは伯爵夫妻を睥睨した。
「葬儀を行わなかったのも、そのせいか?
棺はブリンドル伯爵家の墓に埋葬したのか?」
更に質問を重ねると、伯爵の顔色は益々悪くなっていく。
「いや、それが、その……」
「失礼ですが、僕がお答えしてもよろしいでしょうか?」
煮え切らない態度の両親に辟易した様子で、嫡男が挙手をした。
「ああ、話してくれ」
「おいっ!」
隣に座る伯爵が、黙らせようと息子の肩を掴んだが、彼は構わず口を開いた。
「父母は姉の遺体の引き取りを拒否しました。
遺体は身寄りの無い者達と同様に、教会で埋葬して下さったらしいです。
僕も我儘だった姉の事は嫌っておりましたが、流石に両親の所業は人として如何な物かと常々思っておりました」
「そうか。
では、伯爵夫妻は実の娘の遺体も確認せず、その埋葬すら他人任せにしたのだな」
「「も、申し訳ございませんっっ!!」」
サディアスが冷ややかな眼差しを向けると、伯爵夫妻は大慌てで深く頭を下げた。
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