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165 トラウマの発現
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マドック男爵領から帰った日は、お土産という名の賄賂が功を奏し、サディアス殿下に帰宅の許可を貰えたアイザック。
しかしその翌日には、元施設長の証言によりエイリーンが生きている事が判明。
しかもレイラと同一人物である可能性が高まった事によって、アイザックもエイリーンの捜索に駆り出されて多忙を極める日々が続き、私と会う時間が殆ど取れなくなっている。
残念ながら、未だにエイリーンの所在は掴めていない。
両親にさえも死んだと思われていたし、現マドック男爵夫妻も母親の死後は連絡を取っていないと言うので、手掛かりはゼロに近い状態なのだから、当然といえば当然かもしれない。
だが、初動の期間は過ぎたので、今後は長期戦で探して行く形に方針が転換されると言う。
もうすぐ始まる新学期からはアイザックも基本的には学園に通いつつ、合間を縫って捜査に参加する事になるらしい。
過労についてはとても心配だが、本人は学園で私と過ごせる事を楽しみにしてくれている様だ。
「公爵家の家政の勉強は進んでいるのかい?」
晩餐の席で、前菜を食べ終わって手を止めたお父様が、珍しく私にそんな質問をした。
「はい。丁寧に教えて頂いてるので、順調ですよ」
「そうか。
その……、アイザック様とはあまりお会い出来ていない様だが、淋しくはないかい?」
ああ、それを心配してくれていたのか。
「多少は淋しいですが、お忙しい方なので仕方のない事です。
お手紙は頂いてますし、会えない間も気に掛けて下さっていますよ」
「うん、二人の気持ちが離れていないのならば良かった。
引き続き、頑張って学びなさい。
オフィーリアなら大丈夫だとは思うが、くれぐれも彼方のお宅にご迷惑が掛からない様にな」
「勿論です」
私の返事に安堵した様子のお父様だが、相変わらず顔色が悪い。
ゆくゆくは姻戚になるのだから、そろそろヘーゼルダイン家に慣れて欲しいものだ。
「姉上はあちらのご家族にも、使用人にも歓迎されているので、心配は要らないと思いますよ」
ジョエルは愛馬であるマノンに会う為に公爵邸に赴く事も多く、両親よりも公爵邸での私の様子を良く知っている。
「ジョエルも彼方のご家族の前では、ちゃんと猫を被っておきなさいね」
なんとも言えないお母様の助言に、ジョエルは「はい」と素直に頷いた。
まあジョエルの不遜な態度は、既にアイザックとフレデリカにはバレてるんだけどね。
そんな会話を楽しんでいると、食卓にとても美味しそうな匂いが漂って来た。
メイド達の手により、本日のメインディッシュである分厚い牛ヒレ肉のステーキが目の前に饗される。
お久し振りの牛肉ちゃん!
お父様があまり牛肉が好きじゃないせいで我が家の食卓にはあまり上らないのだけど、私の好物だから、料理長の気遣いで二ヶ月に一度くらいは、メニューに組み込んでくれていた。
私の好みに合わせてレアに焼き上げられたお肉に、密かに胸を弾ませながらナイフを入れる。
しかし、その瞬間、ゾワリと背筋が粟立った。
「───っ!?」
思わず声が零れそうになるのを何とか堪え、微かに震える手で一口分を切り分けて口に入れる。
とても美味しい。
けど───。
どうしよう。
食感も味も、大丈夫。今迄通り、美味しいと感じられる。血が滴る見た目も、別に嫌じゃない。
だけど、ナイフを入れたりフォークを突き刺す感触が、ダメみたいだ。
脳裏に蘇るのは、リンメル先生の太腿に短剣を突き立てた時の、あの嫌な感触。
あの事件からこれまで、何度も肉を食べる機会はあったが、鶏肉や豚肉の時はナイフで切るのも全く問題無かった。
思えば牛のステーキは、事件以降は食べていなかったかもしれない。
多分、レアで分厚い肉の方が感触がリアルだからダメなのだろう。
美味しいのに、食が進まない。
「姉上」
そんな私をジッと見詰めていたジョエルが、私に自分の皿を差し出した。
その皿の上のステーキは、まるで幼な子にしてやる様に、全て小さく切り分けられている。
「僕のと交換しましょう。
切る感触がダメなんでしょ?」
「え? 何で分かるの!?」
「見てれば想像はつきますよ。あんな事件の後ですしね」
私達の遣り取りを聞いて、お父様も心配そうに口を開いた。
「オフィーリア、ステーキが苦手になったのかい?
あんなに好物だったのに……。
私のは鶏肉だから、交換するか?
それとも、何か別の物を用意させようか?」
そんなお父様の気遣いには、私よりも先にジョエルが返事をした。
「いえ、父上だって牛は苦手なのですから、そのまま鶏肉をお召し上がり下さい。
多分姉上は、食べるのは大丈夫なのですよ。
切るのが嫌なだけで」
「だから、何で分かるのっ!?」
ええ、そうですよ。
ジョエルの言う通りですよ。
でも、普通は顔色を見ただけで、そこまで分からないよね?
読心術でも使ってるの?
「……我が息子ながら、シスコン過ぎて、ちょっと気持ち悪いわね」
お母様が苦笑しながらポツリと呟く。
私も心の中でブンブンと首を縦に振った。
いくら可愛い弟でも、頭の中身をそんなに言い当てられたら、ちょっと怖いよ?
でもまあ、ジョエルに婚約者が出来たら、どうせお姉ちゃんの事なんて構ってくれなくなるんだろうから、今の内に満喫しといた方が良いのかな?
結局私は、ジョエルが小さく切り分けてくれたステーキをフォークの上に乗せて口に運び、一皿ペロリと完食した。
あの事件のせいで日常生活に支障を感じた事はこれまで無かったから、安堵していたのに……。
まさか、こんなに時間が経ってから、トラウマが判明するなんて思わなかった。
まあ、レアなステーキさえ避ければ良いだけなのだから、心の傷が軽く済んで良かったと思うべきなのかもしれないけど。
「これから、ステーキが食べられないと思うと、ちょっと悲しいわね。
鹿肉も好きなのだけど、レアに焼いたのは無理そうだし……」
「心配しなくても、僕が毎回切り分ければ良いだけの話ですし、結婚後はアイザック様が嬉々として切り分けてくれますよ」
しょんぼりしながら愚痴を零した私に、ジョエルは何でもない事の様にそう言った。
「そうか。そうよね」
「いや、別にジョエルが切らなくても、料理長に言って、予め切った状態で出して貰えば良いんじゃないか?」
「父上は余計な事を言わないで下さい」
お父様の尤も過ぎる発言は、ジョエルによって華麗にスルーされた。
しかしその翌日には、元施設長の証言によりエイリーンが生きている事が判明。
しかもレイラと同一人物である可能性が高まった事によって、アイザックもエイリーンの捜索に駆り出されて多忙を極める日々が続き、私と会う時間が殆ど取れなくなっている。
残念ながら、未だにエイリーンの所在は掴めていない。
両親にさえも死んだと思われていたし、現マドック男爵夫妻も母親の死後は連絡を取っていないと言うので、手掛かりはゼロに近い状態なのだから、当然といえば当然かもしれない。
だが、初動の期間は過ぎたので、今後は長期戦で探して行く形に方針が転換されると言う。
もうすぐ始まる新学期からはアイザックも基本的には学園に通いつつ、合間を縫って捜査に参加する事になるらしい。
過労についてはとても心配だが、本人は学園で私と過ごせる事を楽しみにしてくれている様だ。
「公爵家の家政の勉強は進んでいるのかい?」
晩餐の席で、前菜を食べ終わって手を止めたお父様が、珍しく私にそんな質問をした。
「はい。丁寧に教えて頂いてるので、順調ですよ」
「そうか。
その……、アイザック様とはあまりお会い出来ていない様だが、淋しくはないかい?」
ああ、それを心配してくれていたのか。
「多少は淋しいですが、お忙しい方なので仕方のない事です。
お手紙は頂いてますし、会えない間も気に掛けて下さっていますよ」
「うん、二人の気持ちが離れていないのならば良かった。
引き続き、頑張って学びなさい。
オフィーリアなら大丈夫だとは思うが、くれぐれも彼方のお宅にご迷惑が掛からない様にな」
「勿論です」
私の返事に安堵した様子のお父様だが、相変わらず顔色が悪い。
ゆくゆくは姻戚になるのだから、そろそろヘーゼルダイン家に慣れて欲しいものだ。
「姉上はあちらのご家族にも、使用人にも歓迎されているので、心配は要らないと思いますよ」
ジョエルは愛馬であるマノンに会う為に公爵邸に赴く事も多く、両親よりも公爵邸での私の様子を良く知っている。
「ジョエルも彼方のご家族の前では、ちゃんと猫を被っておきなさいね」
なんとも言えないお母様の助言に、ジョエルは「はい」と素直に頷いた。
まあジョエルの不遜な態度は、既にアイザックとフレデリカにはバレてるんだけどね。
そんな会話を楽しんでいると、食卓にとても美味しそうな匂いが漂って来た。
メイド達の手により、本日のメインディッシュである分厚い牛ヒレ肉のステーキが目の前に饗される。
お久し振りの牛肉ちゃん!
お父様があまり牛肉が好きじゃないせいで我が家の食卓にはあまり上らないのだけど、私の好物だから、料理長の気遣いで二ヶ月に一度くらいは、メニューに組み込んでくれていた。
私の好みに合わせてレアに焼き上げられたお肉に、密かに胸を弾ませながらナイフを入れる。
しかし、その瞬間、ゾワリと背筋が粟立った。
「───っ!?」
思わず声が零れそうになるのを何とか堪え、微かに震える手で一口分を切り分けて口に入れる。
とても美味しい。
けど───。
どうしよう。
食感も味も、大丈夫。今迄通り、美味しいと感じられる。血が滴る見た目も、別に嫌じゃない。
だけど、ナイフを入れたりフォークを突き刺す感触が、ダメみたいだ。
脳裏に蘇るのは、リンメル先生の太腿に短剣を突き立てた時の、あの嫌な感触。
あの事件からこれまで、何度も肉を食べる機会はあったが、鶏肉や豚肉の時はナイフで切るのも全く問題無かった。
思えば牛のステーキは、事件以降は食べていなかったかもしれない。
多分、レアで分厚い肉の方が感触がリアルだからダメなのだろう。
美味しいのに、食が進まない。
「姉上」
そんな私をジッと見詰めていたジョエルが、私に自分の皿を差し出した。
その皿の上のステーキは、まるで幼な子にしてやる様に、全て小さく切り分けられている。
「僕のと交換しましょう。
切る感触がダメなんでしょ?」
「え? 何で分かるの!?」
「見てれば想像はつきますよ。あんな事件の後ですしね」
私達の遣り取りを聞いて、お父様も心配そうに口を開いた。
「オフィーリア、ステーキが苦手になったのかい?
あんなに好物だったのに……。
私のは鶏肉だから、交換するか?
それとも、何か別の物を用意させようか?」
そんなお父様の気遣いには、私よりも先にジョエルが返事をした。
「いえ、父上だって牛は苦手なのですから、そのまま鶏肉をお召し上がり下さい。
多分姉上は、食べるのは大丈夫なのですよ。
切るのが嫌なだけで」
「だから、何で分かるのっ!?」
ええ、そうですよ。
ジョエルの言う通りですよ。
でも、普通は顔色を見ただけで、そこまで分からないよね?
読心術でも使ってるの?
「……我が息子ながら、シスコン過ぎて、ちょっと気持ち悪いわね」
お母様が苦笑しながらポツリと呟く。
私も心の中でブンブンと首を縦に振った。
いくら可愛い弟でも、頭の中身をそんなに言い当てられたら、ちょっと怖いよ?
でもまあ、ジョエルに婚約者が出来たら、どうせお姉ちゃんの事なんて構ってくれなくなるんだろうから、今の内に満喫しといた方が良いのかな?
結局私は、ジョエルが小さく切り分けてくれたステーキをフォークの上に乗せて口に運び、一皿ペロリと完食した。
あの事件のせいで日常生活に支障を感じた事はこれまで無かったから、安堵していたのに……。
まさか、こんなに時間が経ってから、トラウマが判明するなんて思わなかった。
まあ、レアなステーキさえ避ければ良いだけなのだから、心の傷が軽く済んで良かったと思うべきなのかもしれないけど。
「これから、ステーキが食べられないと思うと、ちょっと悲しいわね。
鹿肉も好きなのだけど、レアに焼いたのは無理そうだし……」
「心配しなくても、僕が毎回切り分ければ良いだけの話ですし、結婚後はアイザック様が嬉々として切り分けてくれますよ」
しょんぼりしながら愚痴を零した私に、ジョエルは何でもない事の様にそう言った。
「そうか。そうよね」
「いや、別にジョエルが切らなくても、料理長に言って、予め切った状態で出して貰えば良いんじゃないか?」
「父上は余計な事を言わないで下さい」
お父様の尤も過ぎる発言は、ジョエルによって華麗にスルーされた。
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