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179 暗雲
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卒業が近付くと、最終学年の生徒の登校日はグッと少なくなる。
公爵家の家政の勉強は、ちょっとの間お休み中だ。
『卒業すれば直ぐに嫁いで来るのだから、今は実家で過ごす時間を大事にして欲しい』という、公爵夫人の配慮である。
その気遣いに甘えて、私は今日も自邸の談話室でジョエルの勉強に付き合っていた。
とはいえ、優秀なジョエルが私に教えを乞う事は少ない。
真剣な顔で問題集に取り組むジョエルを見守るのみである。
読んでいた新聞を畳んで脇に置き、代わりにティーカップを手に取った。
リーザが淹れてくれたオリジナルブレンドのハーブティーは、ハイビスカスがベースになっていて、深い紅色が美しい。
香りを楽しみながら喉を潤し、フゥと小さく息を吐く。
今日の新聞のトップニュースは、教皇達の刑の確定についてだった。
王太子妃殿下の懐妊により恩赦が与えられ、彼等は毒杯を賜る事になったらしい。
まあ、命が奪われる事に変わりはないし、教皇についてはその悪質性を鑑みて鞭打ちも追加されたけれど、それでも公開処刑に比べれば遥かに軽い刑である。
正直、私にとっては、ありがたい事この上ない。
もしも公開処刑が決定したら、決行日まで毎日悪夢を見そうだし、当日は窓を閉め切って部屋に引き篭もり、頭から毛布を被って震えていただろう。
しかし、私の為にアイザックが無茶をしたのかもしれないと思うと、なんだか落ち着かない。
「どんな手を使ったのかしら?」
思わず零した小さな呟きに、ジョエルが顔を上げた。
「あ、ごめん。お勉強の邪魔しちゃった?」
「いえ、今日の分が丁度終わった所です。
恩赦の件だったら、姉上は気にしなくて良いと思いますよ。
きっと、たまたまでしょう」
「……そう、かな?」
まあ、妃殿下のおめでたが発表されたばかりだし、タイミング的にはおかしくないけど……。
───コンコンコン。
談話室の扉がノックされた。
アイザックから荷物が届いたらしく、ユーニスが知らせに来たのだ。
「わざわざ呼びに来たって事は、大きな荷物なの?」
「大小幾つか届いています。
一番大きいのは、多分ドレスですね」
「この時期に届いたんですから、卒業パーティーの衣装と装飾品では?」
「あ……、そうね」
ジョエルに言われて初めて、卒業パーティーの存在を思い出した。
今年度に入ってから、色々事件が起こったり、それが落ち着いたら卒業試験があったりで、バタバタしていたとはいえ……。
断罪の可能性がなくなって、すっかり気が抜けていたのだろうか?
私室に運び入れられた大きな箱を開けると、中身はやっぱりドレスだった。
リーザとユーニスが協力して、トルソーに着せる。
プリンセスラインのドレスは、淡い光沢を放つシルクで出来ていた。
上半身の明るい水色からスカートの裾に向かって紫色になるグラデーションが美しい。
金糸で華やかな刺繍が施され、所々に花を模したアメジストのビーズが縫い付けられていた。
「綺麗……」
思わず感嘆の溜息が出る。
「悔しいけど、姉上に似合いそうですね」
ジョエルが複雑な表情でそう言った。
小さな箱にはゴールドのベースに大粒のパールがあしらわれた、上品なネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
「このイヤリングでしたら、髪はアップにした方が良さそうですね」
リーザはもう当日の髪型を考え始めている。
「気が早くない?」
「お嬢様がのんびりし過ぎなんですよ」
その言葉に、ジョエルも深く頷いていたが、ふと何かに気付いて窓から外を覗き込む。
「さっきまで晴れてたのに、雨が降り出しましたね」
言われてみれば、ポツポツと雨粒が窓を叩く音が小さく聞こえる。
空には黒い雲が立ち込めていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
所変わって、王宮のほど近くにある小さな食堂。
カウンターに座った常連の女性客が二人、もう何度目か分からない乾杯をしながら、若い女性店員も交えて会話を楽しんでいた。
「琥珀色の瞳ってだけで、毎回王宮に入るのに髪をチェックされるのよ?
もう、嫌になっちゃう!!」
そう嘆いている方の女性は、今巷で話題になっている『レイラ』と同じ琥珀色の瞳を持っていたが、髪色は淡い金髪である。
彼女は王宮に勤めるメイド。連れの女性は学生時代の友人らしい。
明日は二人とも仕事が休みで家でのんびり過ごす予定らしく、羽目を外して飲んでいた。
既にかなり酔っていて、前後不覚と言っても過言ではない。
「分かります。
私もこの店の面接の時、店長に髪を引っ張られましたもん」
そう言って笑った女性店員も、琥珀色の瞳だ。
髪は、金髪……なのだろうか? かなり傷んでいるけれど。
「お互い苦労するわね。
早く捕まれば良いのに」
「ええ、本当に。
あ、お二人とも、ドリンクお代わり如何ですか?」
「じゃあ、もう一杯!」
「かしこまりました」
笑顔で頷いた女性店員は、ビールを注いだジョッキの片方に、コッソリと透明な液体を垂らしてから提供した。
「マリー、これ三番テーブルね」
「はぁい」
厨房の奥から声を掛けられた女性店員は、カウンターで乾杯する二人を横目で見ながら、料理の皿を手に取った。
公爵家の家政の勉強は、ちょっとの間お休み中だ。
『卒業すれば直ぐに嫁いで来るのだから、今は実家で過ごす時間を大事にして欲しい』という、公爵夫人の配慮である。
その気遣いに甘えて、私は今日も自邸の談話室でジョエルの勉強に付き合っていた。
とはいえ、優秀なジョエルが私に教えを乞う事は少ない。
真剣な顔で問題集に取り組むジョエルを見守るのみである。
読んでいた新聞を畳んで脇に置き、代わりにティーカップを手に取った。
リーザが淹れてくれたオリジナルブレンドのハーブティーは、ハイビスカスがベースになっていて、深い紅色が美しい。
香りを楽しみながら喉を潤し、フゥと小さく息を吐く。
今日の新聞のトップニュースは、教皇達の刑の確定についてだった。
王太子妃殿下の懐妊により恩赦が与えられ、彼等は毒杯を賜る事になったらしい。
まあ、命が奪われる事に変わりはないし、教皇についてはその悪質性を鑑みて鞭打ちも追加されたけれど、それでも公開処刑に比べれば遥かに軽い刑である。
正直、私にとっては、ありがたい事この上ない。
もしも公開処刑が決定したら、決行日まで毎日悪夢を見そうだし、当日は窓を閉め切って部屋に引き篭もり、頭から毛布を被って震えていただろう。
しかし、私の為にアイザックが無茶をしたのかもしれないと思うと、なんだか落ち着かない。
「どんな手を使ったのかしら?」
思わず零した小さな呟きに、ジョエルが顔を上げた。
「あ、ごめん。お勉強の邪魔しちゃった?」
「いえ、今日の分が丁度終わった所です。
恩赦の件だったら、姉上は気にしなくて良いと思いますよ。
きっと、たまたまでしょう」
「……そう、かな?」
まあ、妃殿下のおめでたが発表されたばかりだし、タイミング的にはおかしくないけど……。
───コンコンコン。
談話室の扉がノックされた。
アイザックから荷物が届いたらしく、ユーニスが知らせに来たのだ。
「わざわざ呼びに来たって事は、大きな荷物なの?」
「大小幾つか届いています。
一番大きいのは、多分ドレスですね」
「この時期に届いたんですから、卒業パーティーの衣装と装飾品では?」
「あ……、そうね」
ジョエルに言われて初めて、卒業パーティーの存在を思い出した。
今年度に入ってから、色々事件が起こったり、それが落ち着いたら卒業試験があったりで、バタバタしていたとはいえ……。
断罪の可能性がなくなって、すっかり気が抜けていたのだろうか?
私室に運び入れられた大きな箱を開けると、中身はやっぱりドレスだった。
リーザとユーニスが協力して、トルソーに着せる。
プリンセスラインのドレスは、淡い光沢を放つシルクで出来ていた。
上半身の明るい水色からスカートの裾に向かって紫色になるグラデーションが美しい。
金糸で華やかな刺繍が施され、所々に花を模したアメジストのビーズが縫い付けられていた。
「綺麗……」
思わず感嘆の溜息が出る。
「悔しいけど、姉上に似合いそうですね」
ジョエルが複雑な表情でそう言った。
小さな箱にはゴールドのベースに大粒のパールがあしらわれた、上品なネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
「このイヤリングでしたら、髪はアップにした方が良さそうですね」
リーザはもう当日の髪型を考え始めている。
「気が早くない?」
「お嬢様がのんびりし過ぎなんですよ」
その言葉に、ジョエルも深く頷いていたが、ふと何かに気付いて窓から外を覗き込む。
「さっきまで晴れてたのに、雨が降り出しましたね」
言われてみれば、ポツポツと雨粒が窓を叩く音が小さく聞こえる。
空には黒い雲が立ち込めていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
所変わって、王宮のほど近くにある小さな食堂。
カウンターに座った常連の女性客が二人、もう何度目か分からない乾杯をしながら、若い女性店員も交えて会話を楽しんでいた。
「琥珀色の瞳ってだけで、毎回王宮に入るのに髪をチェックされるのよ?
もう、嫌になっちゃう!!」
そう嘆いている方の女性は、今巷で話題になっている『レイラ』と同じ琥珀色の瞳を持っていたが、髪色は淡い金髪である。
彼女は王宮に勤めるメイド。連れの女性は学生時代の友人らしい。
明日は二人とも仕事が休みで家でのんびり過ごす予定らしく、羽目を外して飲んでいた。
既にかなり酔っていて、前後不覚と言っても過言ではない。
「分かります。
私もこの店の面接の時、店長に髪を引っ張られましたもん」
そう言って笑った女性店員も、琥珀色の瞳だ。
髪は、金髪……なのだろうか? かなり傷んでいるけれど。
「お互い苦労するわね。
早く捕まれば良いのに」
「ええ、本当に。
あ、お二人とも、ドリンクお代わり如何ですか?」
「じゃあ、もう一杯!」
「かしこまりました」
笑顔で頷いた女性店員は、ビールを注いだジョッキの片方に、コッソリと透明な液体を垂らしてから提供した。
「マリー、これ三番テーブルね」
「はぁい」
厨房の奥から声を掛けられた女性店員は、カウンターで乾杯する二人を横目で見ながら、料理の皿を手に取った。
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