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195 それぞれの末路《アイザック》
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「只今戻りました~」
気の抜けた声で帰還の挨拶をしたのは、アイザックの侍従である。
「ご苦労だったな」
アイザックは読んでいた書類から顔を上げて、侍従を労った。
「いや、本当ですよ。
大体にして、こんなの侍従の仕事じゃないですよね? 暗部の仕事でしょ?」
侍従のぼやきは尤もである。
しかし、公爵家の家臣は基本的にはアイザックの父に仕える者達だ。
まだ当主ではないアイザックが自由に使える人間は、実は然程多くない。
勿論、父に相談すれば人員を貸してくれるが、オフィーリアに関する事柄については出来るだけ父に頼らず処理したかった。
そんな自分の我儘にいつも付き合ってくれる侍従に、アイザックは密かに感謝している。
「悪かったよ。
で? 片付いたのか?」
「ええ、勿論です」
「そうか。
詳しい話は後で聞くから、取り敢えず風呂に入れ。臭うぞ」
「酷くないっすか?
早く報告を聞きたいかと思って、寝る間も惜しんで帰って来たのに!!」
「ああ、はいはい。ありがとう。今回も良くやってくれた。
だから、早く風呂に入ってこいよ」
ブツブツ文句を言いながら、風呂へ向かった侍従の背中を見送り、アイザックはクスッと小さく笑った。
アイザックがエイリーンの追放先を選んでいた時、イヴォルグ王家からの接触があった。
『若い女性の犯罪者の追放先を探しているのでしたら、囮捜査に使わせて頂きたい』との申し出だった。
イヴォルグ王国のとある伯爵家の夫人には、かねてより不穏な噂が付き纏っていた。
『違法な黒魔術を使って若さを保っている』だなんて荒唐無稽な話が、社交界で実しやかに囁かれていたのだ。
どうやらその黒魔術の儀式には、若い女性の新鮮な心臓が使われるらしい。
噂は国王の耳にまで届いていたが、最初は信じていなかった。
五十を過ぎている筈の伯爵夫人がいつまでも二十代後半くらいの見目である事に違和感は持っていたが、寧ろそれが妬みを呼んで、あらぬ噂を立てられているのだろうと思ったのだ。
しかし、年々大きくなる噂に、とうとう捨て置く事も出来なくなった。
そして調べてみれば、かの伯爵家の所領の近隣では、若い平民女性が行方不明になる事件が何度か起こっていると判明した。
それを知った国王は本格的な捜査を行わせたが、有力な証拠は掴めず、女性達の遺体も見付からない。
囮捜査をしようにも、かなり危険な任務になる事が予想される為、女性騎士を使うのは避けたかった。
そんな時、丁度良くエイリーンの情報を得て、今回の打診に至ったらしい。
確かにエイリーンは生贄としては適役であろう。
しかしアイザックは少し迷った。
(猟奇殺人鬼みたいな相手に、サクッと簡単に殺されてしまうのもなぁ……)
出来ればもっと苦しんで、生まれて来た事を思いっきり後悔して欲しい。
しかし、折角だから、最後に人の役に立つ事をさせるのも良いかと考え直した。
伯爵領は辺鄙な所にある。
若い領民達は領主夫人の噂を恐れ、皆、領主の邸がある町から出て行ってしまったので、今では老人達が残るのみ。
その老人達も警戒心が強く、決して余所者を助けたりはしない。
隣の町までは、どう頑張っても女性の足で歩いて行ける距離じゃないし、周囲の森には魔獣や野犬の群れが生息しており、住民が減ったせいか頻繁に人里まで降りてくると言う。
エイリーンがもしも伯爵邸から逃げ出したとしても、何処かで野垂れ死ぬ末路しか残されていない。
そう考えれば、なかなか悪くない追放先である。
万が一にもエイリーンが生き延びたりしない様に、アイザックの腹心である侍従を見張りに付けた。
彼は一応『侍従』という名目でアイザックに仕えているが、暗部や護衛の仕事も叩き込まれている、意外とパーフェクトな男である。
ちょっと態度が軽いのが玉に瑕だが。
そんな侍従はアイザックの指示通り、数日振りに風呂に入ってサッパリした顔で戻ってきた。
まだ前髪が少し濡れている。
「座って話を聞こうか」
ソファーへ移動し、向かいに座る様に促す。
果実水をグラスに注いで渡してやると、侍従は一気にそれを飲み干してから、事の顛末を話し始めた。
「───で、最後は野犬の群れに囲まれました。
胸元の傷から流血していたので、きっと血の臭いで呼び寄せられたんでしょうねぇ。
遺体は破損が酷かったから回収しませんでしたけど、良いですよね?」
「ああ、構わない。
疲れただろう。暫く休みをやるから、ゆっくりしてくれ」
「よっしゃ!!
ありがとうございまーっす!」
普段こき使われている侍従は、アイザックの気が変わらない内にと、スキップでもしそうな足取りで執務室を出て行く。
入れ替わりにエイダがアイザック宛ての手紙の束を持って来た。
「本日届いた分です」
「ん、ありがとう」
受け取った束の一番上に乗っていたのは、王家からの書簡である。
封を切って中身を取り出す。
その間にエイダがティーカップをコトリと机に置いた。
紅茶の香りが仄かに漂う中で、書簡に目を通す。
(……そっちも片付いたか)
それは教皇が自殺した事を知らせる物であった。
どうやらカトラリーのナイフで手首を切ったらしい。
骨が見える程に深く切ったと言うのだから、本当は自殺ではなく、魔道具を外したくて手首を切り落とそうとしたんじゃないかと思う。
きっと、それ程までに追い詰められていたのだ。
そもそも、いくら食事の為とはいえ、囚人にナイフを渡すなんて有り得ない。
自殺や脱獄に使ってくれと言っている様な物である。
このタイミングでナイフを渡したのは、おそらくサディアス殿下の意向なのだろう。
教皇は既にかなり正気を失っていたので、これ以上続けても無意味だと判断したのだ。
教皇が死んだという事は、間も無くヴィクターも毒杯を賜る事になるだろう。
「婚姻前に全て片付いた事は、良かったと言うべきか……」
そんな呟きを零しながら、ティーカップを手に取った。
気の抜けた声で帰還の挨拶をしたのは、アイザックの侍従である。
「ご苦労だったな」
アイザックは読んでいた書類から顔を上げて、侍従を労った。
「いや、本当ですよ。
大体にして、こんなの侍従の仕事じゃないですよね? 暗部の仕事でしょ?」
侍従のぼやきは尤もである。
しかし、公爵家の家臣は基本的にはアイザックの父に仕える者達だ。
まだ当主ではないアイザックが自由に使える人間は、実は然程多くない。
勿論、父に相談すれば人員を貸してくれるが、オフィーリアに関する事柄については出来るだけ父に頼らず処理したかった。
そんな自分の我儘にいつも付き合ってくれる侍従に、アイザックは密かに感謝している。
「悪かったよ。
で? 片付いたのか?」
「ええ、勿論です」
「そうか。
詳しい話は後で聞くから、取り敢えず風呂に入れ。臭うぞ」
「酷くないっすか?
早く報告を聞きたいかと思って、寝る間も惜しんで帰って来たのに!!」
「ああ、はいはい。ありがとう。今回も良くやってくれた。
だから、早く風呂に入ってこいよ」
ブツブツ文句を言いながら、風呂へ向かった侍従の背中を見送り、アイザックはクスッと小さく笑った。
アイザックがエイリーンの追放先を選んでいた時、イヴォルグ王家からの接触があった。
『若い女性の犯罪者の追放先を探しているのでしたら、囮捜査に使わせて頂きたい』との申し出だった。
イヴォルグ王国のとある伯爵家の夫人には、かねてより不穏な噂が付き纏っていた。
『違法な黒魔術を使って若さを保っている』だなんて荒唐無稽な話が、社交界で実しやかに囁かれていたのだ。
どうやらその黒魔術の儀式には、若い女性の新鮮な心臓が使われるらしい。
噂は国王の耳にまで届いていたが、最初は信じていなかった。
五十を過ぎている筈の伯爵夫人がいつまでも二十代後半くらいの見目である事に違和感は持っていたが、寧ろそれが妬みを呼んで、あらぬ噂を立てられているのだろうと思ったのだ。
しかし、年々大きくなる噂に、とうとう捨て置く事も出来なくなった。
そして調べてみれば、かの伯爵家の所領の近隣では、若い平民女性が行方不明になる事件が何度か起こっていると判明した。
それを知った国王は本格的な捜査を行わせたが、有力な証拠は掴めず、女性達の遺体も見付からない。
囮捜査をしようにも、かなり危険な任務になる事が予想される為、女性騎士を使うのは避けたかった。
そんな時、丁度良くエイリーンの情報を得て、今回の打診に至ったらしい。
確かにエイリーンは生贄としては適役であろう。
しかしアイザックは少し迷った。
(猟奇殺人鬼みたいな相手に、サクッと簡単に殺されてしまうのもなぁ……)
出来ればもっと苦しんで、生まれて来た事を思いっきり後悔して欲しい。
しかし、折角だから、最後に人の役に立つ事をさせるのも良いかと考え直した。
伯爵領は辺鄙な所にある。
若い領民達は領主夫人の噂を恐れ、皆、領主の邸がある町から出て行ってしまったので、今では老人達が残るのみ。
その老人達も警戒心が強く、決して余所者を助けたりはしない。
隣の町までは、どう頑張っても女性の足で歩いて行ける距離じゃないし、周囲の森には魔獣や野犬の群れが生息しており、住民が減ったせいか頻繁に人里まで降りてくると言う。
エイリーンがもしも伯爵邸から逃げ出したとしても、何処かで野垂れ死ぬ末路しか残されていない。
そう考えれば、なかなか悪くない追放先である。
万が一にもエイリーンが生き延びたりしない様に、アイザックの腹心である侍従を見張りに付けた。
彼は一応『侍従』という名目でアイザックに仕えているが、暗部や護衛の仕事も叩き込まれている、意外とパーフェクトな男である。
ちょっと態度が軽いのが玉に瑕だが。
そんな侍従はアイザックの指示通り、数日振りに風呂に入ってサッパリした顔で戻ってきた。
まだ前髪が少し濡れている。
「座って話を聞こうか」
ソファーへ移動し、向かいに座る様に促す。
果実水をグラスに注いで渡してやると、侍従は一気にそれを飲み干してから、事の顛末を話し始めた。
「───で、最後は野犬の群れに囲まれました。
胸元の傷から流血していたので、きっと血の臭いで呼び寄せられたんでしょうねぇ。
遺体は破損が酷かったから回収しませんでしたけど、良いですよね?」
「ああ、構わない。
疲れただろう。暫く休みをやるから、ゆっくりしてくれ」
「よっしゃ!!
ありがとうございまーっす!」
普段こき使われている侍従は、アイザックの気が変わらない内にと、スキップでもしそうな足取りで執務室を出て行く。
入れ替わりにエイダがアイザック宛ての手紙の束を持って来た。
「本日届いた分です」
「ん、ありがとう」
受け取った束の一番上に乗っていたのは、王家からの書簡である。
封を切って中身を取り出す。
その間にエイダがティーカップをコトリと机に置いた。
紅茶の香りが仄かに漂う中で、書簡に目を通す。
(……そっちも片付いたか)
それは教皇が自殺した事を知らせる物であった。
どうやらカトラリーのナイフで手首を切ったらしい。
骨が見える程に深く切ったと言うのだから、本当は自殺ではなく、魔道具を外したくて手首を切り落とそうとしたんじゃないかと思う。
きっと、それ程までに追い詰められていたのだ。
そもそも、いくら食事の為とはいえ、囚人にナイフを渡すなんて有り得ない。
自殺や脱獄に使ってくれと言っている様な物である。
このタイミングでナイフを渡したのは、おそらくサディアス殿下の意向なのだろう。
教皇は既にかなり正気を失っていたので、これ以上続けても無意味だと判断したのだ。
教皇が死んだという事は、間も無くヴィクターも毒杯を賜る事になるだろう。
「婚姻前に全て片付いた事は、良かったと言うべきか……」
そんな呟きを零しながら、ティーカップを手に取った。
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