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197 大切な人だけ
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翌朝、私は王宮の中にお借りした一室で、花嫁衣裳を着付けられていた。
本日の私達の結婚式は、王宮の敷地内にある教会で行われるのだ。
それは本来ならば王族の結婚式や洗礼式などにしか使用されない建物で、臣下に貸し出される事は無い。
しかし、私達の挙式を予定していた中央教会は、例の捕縛劇の際に大きく破損してしまい、現在改修工事中なのだ。
私としては王都の片隅の小さな教会でも構わないのだが、筆頭公爵家の挙式ともなれば、警備の事情などもあって、そうも行かないらしい。
『まあ、ヘーゼルダイン公爵家なら王家の血も混じってるし、良いんじゃないの?
それに王宮の敷地内なら私達も参加し易いしね』
そんなサディアス殿下の鶴の一声で、こちらをお借りする事に決まってしまった。
しかも、いつの間にか、王太子夫妻が勝手に参加する事になっている。
非常に恐れ多い。
お父様の胃の状態を、私は密かに心配している。
薄いレースの生地を何層にも重ねたドレスは溜息が出る程に美しい。
アイザックがデザイナーと何度も打ち合わせをし、私に似合う様にと微調整を繰り返してくれたのだと聞いたが、本当に素晴らしい仕上がりだ。
世のご令嬢達の憧れを詰め込んだ様なその衣装を身に纏うと、なんだか自然と背筋が伸びる様な心地がした。
アクセサリーの類いは、『当日のお楽しみ』とアイザックに言われており、まだ見せて貰っていない。
そんな風に言うのだから、きっと最高の品を用意したのだと思う。
楽しみでもあり、少しだけ怖くもある。
「さぁ、ではネックレスとイヤリングを着けましょうね」
リーザが嬉しそうにいそいそとジュエリーボックスを開くのを見て、本気で目玉が飛び出すかと思った。
「これって、もしかしてブルーダイヤモンドじゃない?」
箱の中には、アイザックの瞳とそっくりな色の、ブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
特に大粒の石が幾つも使われたネックレスの豪華さが凄い。
「ええ、どうやらアイザック様はイヴォルグ王国にツテがあるみたいですよ。
時間が足りなくて残念ながらオーダーメイドではないらしいですが、一点物なんですって」
サラッとそう言われて、軽い眩暈を感じた。
ブルーダイヤモンドといえば、イヴォルグ王国の鉱山で良質な物が産出されるって聞いた事あるけど……。
確か、産出量が少なくて、国外には流通していないんじゃなかったかな?
「こんな希少な物、一体いくらするのよ?
怖っっ!!」
「そんなに怯えなくても……。
もしも万が一、紛失したり破損させたとしても、アイザック様はお怒りにならないと思いますよ」
「いや、そーゆー問題じゃなくない?」
リーザと軽い口論をしていた所へ、扉をノックする音が響いた。
「オフィーリア、支度終わった?」
入室してきたアイザックは私の姿を視界に映すと、ヘニャリと笑み崩れた。
「やっぱり、よく似合ってる。
……凄く綺麗だよ、オフィーリア」
吐息と共にそう呟いたアイザックの瞳には、ジワリと涙が滲んでいる。
「もう、私の周りの殿方は、どうして皆さんこんなに泣き虫なのかしら」
苦笑しながらハンカチを手渡すと、アイザックの眼差しが剣呑な光を帯びた。
「『皆さん』?
僕の他に、誰が居るのかな?」
「ジョエルに決まってますでしょう?
それに、貴方の後ろにいらっしゃる方も」
視線で背後を見ろと促すと、振り返った彼は大きな溜息を吐き出した。
「ハァ……。
またお前か、マクシミリアン!」
「だって、ついにあのアイザック様が結婚ですよっ!?
あの『恋愛ポンコツ野郎』の、『超絶ヘタレむっつりスケベ』のアイザック様が……」
「どさくさに紛れて、随分酷い事言ってないか?」
ダバッと滝の様に涙を流しながら失礼過ぎる発言をかます侍従さんと、それに苦言を呈するアイザック。
むっつりも気になるが、今指摘すべきなのはそこじゃ無い。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。
マクシ……? 誰っっ??」
私が質問を投げると、アイザックがキョトンとした顔で言い放った。
「え? 侍従だけど? 僕の。
知ってるよね、いつも一緒に居るコイツ」
親指でクイっと、泣き顔の侍従さんを指し示すアイザック。
「ええ、ソイツは知ってますよ。
ですが、お名前は初めて聞きました」
「オフィーリア様、『ソイツ』って……」
ついさっきまで泣いていた『侍従』ことマクシミリアンさんは、一瞬で泣き止んで苦い表情を浮かべた。
あら、ビックリし過ぎて、つい言葉遣いが悪くなっちゃったわ。
気を付けなきゃ。
「言われてみれば、長くて呼びにくいから、普段は『おい』とか『お前』とか『コイツ』とかって呼ぶ事が多いかも」
亭主関白の熟年夫婦かよ。
「お気持ちは分からなくもないですけど、せめて愛称で呼んで差し上げたら良いのでは?」
「愛称呼びは大切な人にするものだろ?」
乙女思考だな。
愛称呼びに拘り持ち過ぎじゃない?
ってゆーか、侍従さんだって、ある意味『大切な人』の一人でしょうよ。
そこで私は、ふと気が付いた。
「あ、そういえば、私達も愛称で呼び合ってないですよね」
「それは……、昔オフィーリアに一度拒否されているから、僕からは言い出しにくかったんだよ。
君の従兄が当たり前みたいに『フィー』って呼ぶのが、どれだけ羨ましかったか……」
「だって、あの時は友達になったばかりだったじゃないですか。
今日からは……その……、つ、妻、ですから」
「くぅっ……」
ちょっと照れ臭い気持ちを隠してそう言ったら、アイザックは片手で目元を覆いながら天を仰いで、小さな呻き声をあげた。
「じゃあ、フィーって呼んでも良いの?」
「勿論です」
「僕の事は、アイクって呼んでくれる?」
「はい、アイク」
「……もう一回」
「アイク?」
コテンと首を傾げて再度愛称を呼ぶと、ギュッと強く抱き締められた。
「はあぁぁぁ……。ヤバい。僕の奥さん可愛過ぎる」
そんな私達に、リーザ達とマクシミリアンさんは生温かい眼差しを向けていた。
「私達、何を見せられているのでしょうね?」
「いや、本当に」
本日の私達の結婚式は、王宮の敷地内にある教会で行われるのだ。
それは本来ならば王族の結婚式や洗礼式などにしか使用されない建物で、臣下に貸し出される事は無い。
しかし、私達の挙式を予定していた中央教会は、例の捕縛劇の際に大きく破損してしまい、現在改修工事中なのだ。
私としては王都の片隅の小さな教会でも構わないのだが、筆頭公爵家の挙式ともなれば、警備の事情などもあって、そうも行かないらしい。
『まあ、ヘーゼルダイン公爵家なら王家の血も混じってるし、良いんじゃないの?
それに王宮の敷地内なら私達も参加し易いしね』
そんなサディアス殿下の鶴の一声で、こちらをお借りする事に決まってしまった。
しかも、いつの間にか、王太子夫妻が勝手に参加する事になっている。
非常に恐れ多い。
お父様の胃の状態を、私は密かに心配している。
薄いレースの生地を何層にも重ねたドレスは溜息が出る程に美しい。
アイザックがデザイナーと何度も打ち合わせをし、私に似合う様にと微調整を繰り返してくれたのだと聞いたが、本当に素晴らしい仕上がりだ。
世のご令嬢達の憧れを詰め込んだ様なその衣装を身に纏うと、なんだか自然と背筋が伸びる様な心地がした。
アクセサリーの類いは、『当日のお楽しみ』とアイザックに言われており、まだ見せて貰っていない。
そんな風に言うのだから、きっと最高の品を用意したのだと思う。
楽しみでもあり、少しだけ怖くもある。
「さぁ、ではネックレスとイヤリングを着けましょうね」
リーザが嬉しそうにいそいそとジュエリーボックスを開くのを見て、本気で目玉が飛び出すかと思った。
「これって、もしかしてブルーダイヤモンドじゃない?」
箱の中には、アイザックの瞳とそっくりな色の、ブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
特に大粒の石が幾つも使われたネックレスの豪華さが凄い。
「ええ、どうやらアイザック様はイヴォルグ王国にツテがあるみたいですよ。
時間が足りなくて残念ながらオーダーメイドではないらしいですが、一点物なんですって」
サラッとそう言われて、軽い眩暈を感じた。
ブルーダイヤモンドといえば、イヴォルグ王国の鉱山で良質な物が産出されるって聞いた事あるけど……。
確か、産出量が少なくて、国外には流通していないんじゃなかったかな?
「こんな希少な物、一体いくらするのよ?
怖っっ!!」
「そんなに怯えなくても……。
もしも万が一、紛失したり破損させたとしても、アイザック様はお怒りにならないと思いますよ」
「いや、そーゆー問題じゃなくない?」
リーザと軽い口論をしていた所へ、扉をノックする音が響いた。
「オフィーリア、支度終わった?」
入室してきたアイザックは私の姿を視界に映すと、ヘニャリと笑み崩れた。
「やっぱり、よく似合ってる。
……凄く綺麗だよ、オフィーリア」
吐息と共にそう呟いたアイザックの瞳には、ジワリと涙が滲んでいる。
「もう、私の周りの殿方は、どうして皆さんこんなに泣き虫なのかしら」
苦笑しながらハンカチを手渡すと、アイザックの眼差しが剣呑な光を帯びた。
「『皆さん』?
僕の他に、誰が居るのかな?」
「ジョエルに決まってますでしょう?
それに、貴方の後ろにいらっしゃる方も」
視線で背後を見ろと促すと、振り返った彼は大きな溜息を吐き出した。
「ハァ……。
またお前か、マクシミリアン!」
「だって、ついにあのアイザック様が結婚ですよっ!?
あの『恋愛ポンコツ野郎』の、『超絶ヘタレむっつりスケベ』のアイザック様が……」
「どさくさに紛れて、随分酷い事言ってないか?」
ダバッと滝の様に涙を流しながら失礼過ぎる発言をかます侍従さんと、それに苦言を呈するアイザック。
むっつりも気になるが、今指摘すべきなのはそこじゃ無い。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。
マクシ……? 誰っっ??」
私が質問を投げると、アイザックがキョトンとした顔で言い放った。
「え? 侍従だけど? 僕の。
知ってるよね、いつも一緒に居るコイツ」
親指でクイっと、泣き顔の侍従さんを指し示すアイザック。
「ええ、ソイツは知ってますよ。
ですが、お名前は初めて聞きました」
「オフィーリア様、『ソイツ』って……」
ついさっきまで泣いていた『侍従』ことマクシミリアンさんは、一瞬で泣き止んで苦い表情を浮かべた。
あら、ビックリし過ぎて、つい言葉遣いが悪くなっちゃったわ。
気を付けなきゃ。
「言われてみれば、長くて呼びにくいから、普段は『おい』とか『お前』とか『コイツ』とかって呼ぶ事が多いかも」
亭主関白の熟年夫婦かよ。
「お気持ちは分からなくもないですけど、せめて愛称で呼んで差し上げたら良いのでは?」
「愛称呼びは大切な人にするものだろ?」
乙女思考だな。
愛称呼びに拘り持ち過ぎじゃない?
ってゆーか、侍従さんだって、ある意味『大切な人』の一人でしょうよ。
そこで私は、ふと気が付いた。
「あ、そういえば、私達も愛称で呼び合ってないですよね」
「それは……、昔オフィーリアに一度拒否されているから、僕からは言い出しにくかったんだよ。
君の従兄が当たり前みたいに『フィー』って呼ぶのが、どれだけ羨ましかったか……」
「だって、あの時は友達になったばかりだったじゃないですか。
今日からは……その……、つ、妻、ですから」
「くぅっ……」
ちょっと照れ臭い気持ちを隠してそう言ったら、アイザックは片手で目元を覆いながら天を仰いで、小さな呻き声をあげた。
「じゃあ、フィーって呼んでも良いの?」
「勿論です」
「僕の事は、アイクって呼んでくれる?」
「はい、アイク」
「……もう一回」
「アイク?」
コテンと首を傾げて再度愛称を呼ぶと、ギュッと強く抱き締められた。
「はあぁぁぁ……。ヤバい。僕の奥さん可愛過ぎる」
そんな私達に、リーザ達とマクシミリアンさんは生温かい眼差しを向けていた。
「私達、何を見せられているのでしょうね?」
「いや、本当に」
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