婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ

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第1話

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「ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢っ!! 今日をもってこの婚約は破棄させてもらうっ!!」



 豪奢な大広間にこれまた豪華な夜会服やドレスで着飾った人々の間に静寂が落ちた。


(ああ、やっぱり)

 大陸の西の端、トレント王国は麦の生産と、特に風の魔術師を多く輩出していることで名を知られている。

 もちろん他の属性の魔術師もいないことはないが、日照りの際に彼方から雨雲を引き寄せ、反対に大雨の場合には風魔法で雲を散らす風の魔術師の存在は、昔から天候の安定しないこのトレント王国では英雄的な存在だった。


 天候のことで不便が生じたらトレント王国の風の魔術師に頼めばよい。

 他国でそう評される程その事柄は有名で、また良質な風の魔術師は貴族、そして王族のほとんど全ての者が有していた。

 もちろん、何事にも例外はある。

 王族でも風以外の属性の魔力を有する者は存在したし、もちろん貴族も同様。


 だが。

(直系で風の属性がないのはまずいわよね)

 困ったことにロザンナには風の属性がなかった。

 いやそれどころか、他の魔法の属性すら皆無で。

 そのせいか、幼少のころよりの婚約者の王太子はばかにしたような態度を崩さない。どころか、

『お前、風の魔法が使えないのにどうしてこの僕の婚約者になったんだ?』

『それは……』

『ああ、分かってる。この王家のくだらない風習のせいだ』

 ロザンナは反論できなかった。

 現在、ブリオッシュ公爵家にいるのは長男のリチャードとロザンナのみ。

 必然的に王太子妃になるのはロザンナしかいない。

 そのことに王太子はかなり不満を抱いていたようだったが。

(でもまさかここで宣言するなんて)


 ここ、トレント王国の大広間には、王太子殿下が正式に婚約者をお披露目する、ということで国内の貴族という貴族が大勢詰めかけていた。


 そんななかでのこの発言。

(クルクスル殿下、貴方という方は……)


 金髪をかき上げながら言い切った殿下の翠の瞳には満足そうな色が浮かんでいて、もはやこれは決定事項なのだと悟ったロザンナはため息を押し殺した。


(だからって何もこんなところで言わなくとも)



 このトレント王国には、他国の者からみると不可思議な習わしがあった。


『王族の直系の者は必ずブリオッシュ公爵家の直系の者と婚姻しなければならない』

 これは建国時から続くもので、今代の王バラバスト陛下まで絶えたことはなかった。

 建国以来、連綿と続く習わし。


 そのため、ブリオッシュ公爵家に対するやっかみも相当なものがあり、そのことを懸念したのか、亡き母クォーネもロザンナにきつく言い含めていた。

『分かってますね。ブリオッシュ公爵家に生まれた者は決して他の者に劣っていてはいけません』

 王妃教育は厳しかったが、ロザンナは反発しなかった。

(これは将来のために必要なこと)

 クォーネは幼いロザンナにも分かるよう、噛み砕いて教えた後、こう告げたのだ。


『このブリオッシュ公爵家の力はこの王国にとってなくてはならないもの』

 何故そうなのか、それはロザンナがもっと王太子妃として相応しくなった時に教える、とだけ告げられた。


 だから、


『はい、お母様』


 その時はそう答えるしかなかったのだ。




 周囲の物言いたげな視線を感じながらロザンナは、

(どうしてなのか、もっと詳しく聞いておけばよかったわね)


 だが母クォーネはそれきり口を閉ざしたまま、教えてはくれなかった。

 その母ももういない。

 ロザンナが8歳の時に馬車の事故で亡くなってしまった。


 奥方を愛していた公爵は再婚の話を片っ端から断っており、公爵家に後妻に入る者はなく、そのためロザンナの現在の立場は揺るがないはずだった。


(だけど、本当にお母様のおっしゃるとおりならどうして)


 王家にその話が伝わっていないのか。


 現王バラバスト陛下とその妃はまだ現れていなかった。

 ただ憎々し気にこちらを見るクルクスル殿下の様子を窺う限り、それらの事情を知っているようには思えない。


(そもそもなぜこのような場で言われなければならないのっ!?)


 平民の婚約解消ならば、両家の両親が話し合えばいいだけである。

 貴族の場合は少々勝手が違う。


 最初から貴族の婚姻にはそれぞれの後ろ盾や派閥の思惑が絡んでいるため、そちらを調整したり、時には嘆願したり、不利な約定を受け入れたり、と様々な過程を経なければならないため、そう簡単に解消はできないのだ。


(それを、破棄ですって?)


 解消でもなく破棄。


 王族とはいえ、公爵家との縁談である。


 連綿と続いてきた流れを断ち切るというのだ。


――一体、どういうことだ?

――建国からの仕来たりを王族自ら破るとは。

――王家は何を考えてそのようなことを……。



 戸惑いの声がほとんどだったが、


――あら、やっぱりそうでしたの。

――あのような方に未来の王妃は少し、荷が勝ちすぎるのではなくて?

――まあ、あなた不敬罪になりましてよ?

――ふふっ、まだしていないではありませんの。それに彼の方に対するあの態度はね……。

――ま、そうですわね。


 『事情』を知っているかのような囁き声がわざとなのか、ロザンナの元へも届く。


(あれはあなた達もそう言っていたくせにっ!!)





 貴族(王族も含む)の子息、令嬢は15歳になると学園へ入学することと定められていた。

 そしてロザンナも例外なく、トレント王国の王立学園へ通っていたのだが。


 一応ロザンナの成績はよい。

 将来のことを考えるとそうでなくては困るのだが、同じ学級にいるクルクスル殿下が中の下なので何とも微妙な雰囲気になることがあった。


 最初の一年間は我慢したが、さすがにまずいと感じたため、


『殿下、その問題は……』

 見かねて解き方を教えようとしたときだ。


『お前まで僕を愚弄するのか?』

『は?』

 ぎっ、とこちらを睨みつけるクルクスル殿下の翠の瞳は違うところを見ているようだった。


『お前に教えて貰わなくても何とかなる。失せろ』


 なぜか不興を買ってしまったらしい。


『かしこまりまして』

 教わった通りの跪礼カーテシーを返して答えるとクルクスル殿下はどこか歪んだような顔をした。


『……見せつけてくれる』

『?』


 戸惑いの顔が見えていたのだろう。

『もういい。行け』


 どこか突き放すようなそれにロザンナが口を開きかけたとき、授業開始の鐘が鳴った。


 胸につかえを残しながらロザンナは席に戻るしかなかった。



(あの時に無理にでも話をしていたら何か違っていたのかしら)





 婚約者同士といっても周りが決めたものであり、もともとそれほど話をする間柄ではなかった。

 それがこの一件以降更に顕著になり、学年が上がり、違う教室になるともうほとんど顔を会わせることもなくなってしまった。


(何が婚約者よ、聞いて呆れるわね)


 その頃だった。


 クルクスル殿下といつも連れ立っている令嬢の噂を聞いたのは。


 最初に聞いた時はまさかと思った。


 この身分制度が確立している世界でそんなことが、という思いと、ああやはりという思いがせめぎ合う。


(やはり私では力になれなかった)


 何か思い悩んでいるのは分かっていたが、側にも寄れないのでは何もしようがないではないか。


(てっきりひとりになりたいのだと思っていたのに)


 令嬢の名はアリサ・タンザイト子爵令嬢。


 ハニーブロンドの髪と淡い青の瞳をした、かわいらしい顔立ちの令嬢だった。


 たまたま席が近く、令嬢の方が気さくに話しかけて仲良くなったようだと聞いたとき、ロザンナは『は?』と言うところだった。


 子爵は男爵の一つ上の爵位だが、その上には伯爵、侯爵と続き、その上に公爵家がある。

 つまり、低位の貴族である。

(そんな相手が何故……)


 もしこれが他の場だったら下位の者から口火を切るなど言語道断である。


 上位の貴族の不興を買ってはならない。

 そのため、貴族に属するなら、このことはこの学園に入学するよりずっと以前から叩き込まれていることのはずだった。

『うわー、すごーいさすがクルク……えっと』

 たまたま聞こえてきた声に、え? となった。


(まさかこの娘、殿下の名を知らないの?)

  おまけにこの言葉遣いである。

(まるで平民のようだわ)


 この王立学園は平民にも開かれているが、やはり平民から貴族に話しかける者はなく、子息や令嬢達もさりげなく距離を保っているため、身分のことでいざこざが起きた例はあまり聞かないが。

(殿下の前でこの言葉遣いはちょっと……)

 後で言い含めた方がよいのでは、と思ったときだ。


『ああ、言い辛いから、クスルでいいと言っているのに』

 叱るどころか、とても柔らかな声でクルクスル殿下が答えていた。


(え?)

 婚約者である自分でも聞いたことがない声。


(そんなこと、言われたことなどなかった)


 自分を愛称で呼べ、などと一度も言われたことなどない。


 そっと廊下から窺うとかなり近い距離で話すふたりの姿が見え、クルクスル殿下が笑みを浮かべているところだった。


『前にも言っただろう? 君にはそう呼んで欲しいんだ』

『えー、でもやっぱり……』


 後はもう聞きたくなかった。





 どうしてあの時、逃げてしまったのか。


 おそらく怖かったのだと思う。


 お前は必要ないのだと言われるような気がして。


 その後は何か大きなうねりに巻き込まれているようだった。



『ロザンナ様、このようなこと許せませんわ!』

『そうですわ、ぜひロザンナ様からあの小娘に鉄槌を下して下さいませっ!』

『お願いいたしますわ、ロザンナ様!』


 貴族としての慣例をほとんど無視しているかのようなアリサの態度に、耐え切れなくなった貴族令嬢達から嘆願され、私はアリサに忠告することになった。


(何故私がこんなことを)


 王太子殿下のお気に入りのアリサ。

 今その彼女に苦言を呈するということがどんなことになるのか。


 その時の私には分かっていなかったのだ。


 このままではアリサ本人のためにもよくない、と思ったのは事実。


 己の立場を弁えない態度は信用を失わせるには充分だから。


 そう思って忠告したのに、


『何でですか?』





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