婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ

文字の大きさ
2 / 7

第2話

しおりを挟む
 少しも悪いと思っていない口調だった。

『クスルは、いいって言ってくれましたよ? それにルークやジャンだって』

 ちなみにルークというのは、シルヴィアス侯爵の長男で、シルヴィアス侯爵は騎士団団長をされている。そしてジャンはクリスト侯爵の長男である。


(聞いてはいたけれど)


 呆れた、というか何ともいいがたい気分になる。


 貴族間でも身分制度は絶対。


 なのに王太子ひとりどころか、あとのふたりも呼び捨て。


 唖然としていると、

『大体、せっかくこうして同じ教室で学んでいるのに、敬語使わなけれならない、なんておかしいです』

『……は?』


 本気で聞き返してしまった。


(冗談でしょう)


『学園長も最初の挨拶の時に言ってたじゃないですか。この学院の中では皆身分の垣根なく学ぶように、って』

確かに学園長はそう言った。言ったが……。


 それでも最低限の礼儀は存在するし、今回は行き過ぎていた。


『貴女、淑女の嗜みも習っていないの?』

『ええと、お淑やかに、殿方の邪魔をしないように、でしたっけ?』

 今答えて欲しいのはそこじゃない。

 そこではないのだが、基本的なことさえ心もとなげに答える様子にはこちらも不安しか感じない。


『……?』


(本気で分かってないのね)


 仕方なく告げた。


 女性から男性に話しかけるのは滅多にしないこと。

 ましてやそれが決まった相手がいるなら殊更だ。


 先ほど名が挙がったおふたりには当然婚約者がいる。

 もちろん貴族の婚姻なのだからそれぞれの思惑が絡んだものだ。


『そんなのおかしいですっ!! あたし、みんなと友達になりたいのにっ!!』

(ええと)


 子爵令嬢にしてはおかしな返答だった。


(どういうこと? 生まれながらの貴族ではないの?)


 皆と友達……この発言からしておかしい。


 まるで誰との間にも本当に身分というものを感じていないように聞こえてしまう。


『アリサさん、あなた……』


 その後の言葉は駆けつけて来たと思われるクルクスル殿下の叫びにかき消されてしまった。


『アリサッ!! ここにいたのかっ!!』


 あとはさんざんだった。


 君は僕の大事な友人を苛めるつもりか、ひがむのも大概にしろ、云々かんぬんこちらの意見を全く聞かないで押し付けられたそれは、ロザンナの思惑とは違いすぎて、反論もできなかった。





 それからはもう本当に顔を会わせることはなく、本当に自分が婚約者でいいのか、というくらいだったが。

(もう決まったことなのだから)

 それが覆ることなんてないと思っていたのに。





 壇上のクルクスル殿下の話はそれで終わらないようだった。


「新しい婚約者はアリサ・タンザイト令嬢とするっ!」


 どよめきが大広間に広がった。


(え、もうそれは決定事項ですの?)


 だったらおかしい。


 何といってもロザンナは当事者である。

 そのロザンナや公爵家に何の伝達もなく決めていいのだろうか。


(今日だっていきなり付き添いエスコートはできない、なんて知らせがきたし)

 仕方なくロザンナはひとりでここに来た。

 たまたまその場に居合わせたリチャードはかなり憤慨していたようだった。

『公爵家をばかにしているのかっ! ……父上に話してくるっ! カークッ、父上はどこだ?』


 そのままお父様のもとへ行って何やら話していたようだけど、やはり寝耳に水だったようで困惑していたようだ。

『最近、王太子にはかなり自尊心が芽生えてこられたようだと、陛下が仰っていらしたが、こんなことになるとは』


 リチャードはひとりになったロザンナの付き添いエスコートを申し出てくれたが、リチャードには当然婚約者がいて、彼女を疎かにするわけにはいかなった。

『すまない、ロザンナ』

『いいのよ、エリサ様によろしく伝えて下さいね』

 


 予想していたとはいえ、ひとりで来たロザンナに向けられる視線は冷ややかなのものが多かった。

(仕方ないわね。それにしてもクルクスル殿下はどうして……)

 胸の内を巡るイヤな予感を払拭して、ロザンナは毅然とした態度で何とか場を乗り切ろうとしていた。


 そんな中でのこのクルクスル殿下の発言である。

(――?)

 何かを感じてふっと、斜め後ろを見ると真っ赤になったお父様をリチャードが必死に抑えている姿が見えた。

(お父様があんなふうになるなんて)

 普段の慇懃な態度からは想像がつかない姿に、かすかにロザンナの口角が上がる。

(厳しいだけかと思っていた)

 ざわめきが広がる中、ロザンナは気を引き締めて前を向いた。

 
「お待ちください殿下、それではブリオッシュ公爵家のご令嬢、ロザンナ様はどうされるのですか?」


 流石に黙っていられなくなったのだろう、公爵家の派閥のフルスト侯爵が疑問を投げかけた。


 するとクルクスル殿下はああ、と声を上げた。


「あれか。あんな意味のない風習に流されるつもりはない。それに」


(今、睨まれたような?)

「忘れたとは言わせないぞっ! ロザンナッ! 貴様がアリサにした心無い仕打ちの数々は全て知っているんだっ!」


(……は?)



 
 その後は更にロザンナには全く訳が分からなかった。


「アリサの教科書をごみ箱に捨て、私物を持ち去ったり、挙句の果てには――」


 ロザンナを睨んだ後、クルクスル殿下は憎々し気に告げたのだ。


「アリサを階段から突き落としたではないかっ! 残念だったな、放課後で目撃者がいないと思ってでもいたか?」

 得意げに背を反らす殿下の姿が、ロザンナには違う世界の人間のように見えた。

(どういうこと?)


 もちろんロザンナはそんなことはしていない。

 考えてもみてほしい。

 ロザンナは公爵家の令嬢である。

 黙っていても殿下の婚約者という地位は揺るがないのに、どうしてそんなわざわざ自分を貶めることをするというのか。



 反論しようと口を開きかけたとき、侍従が殿下に耳打ちした。

「なに?」

 何やら少し焦っているように見えた。


「議論は仕舞いだ。ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢っ! 貴様はそれだけの罪を犯したのだ! 衛兵っ!」



(嘘でしょうっ!)


 あれよあれよという間にロザンナは衛兵に捕らえられ、その場から連れ出されてしまった。






 
 ロザンナは国外追放とされた。


 大広間から連れ出された後、ロザンナはほとんど誰とも会うことなく地下牢へ入れられてしまったので、それを知ったのも、3日ぶりに会えた兄リチャードからだった。


「国外追放、ですか」

 ようやくそれだけ返したロザンナに、

「ああ。それも5日後だ」

 あのすぐ後に国王夫妻が大広間にお出ましになり、ようやく事態を把握してくれたのだが何故か流れは変わらなかった。


 ロザンナの処分を決める会議は紛糾したという。

 当事者の身内ということでブリオッシュ公爵は出席することができず、また派閥内の足並みが揃わず反対勢力に足を取られ、ブリオッシュ公爵家には降格処分の声さえ上がったのだという。

 国王陛下はかなり反対したらしいが勅命を出す間もなく、採決が下されたらしい。

「どうも、我が家はかなり疎まれていたようだね」

 やはりあの『習わし』は貴族間の反発を食らっていたらしい。

 長い間燻ぶり続けてきたものが、とうとう爆発したようだ。

 とリチャードが続けた。

「何というか、ここまでの流れが速すぎる。まるで何か違う思惑でもあるかのようだ」

 困惑気にリチャードがこぼしたとき、牢番が近寄って来た。

「申し訳ありませんが」

「ああ、分かった。それと後で差し入れを持たせるよ」

「それは――」

「構わないだろう」

 リチャードが牢の手に何かを握らせた。

「……かしこまりました」

「それじゃあ、ロザンナまた」

 できればこんなところに居させたくないのだけれど。

 リチャードによると、処分を知った父ブリオッシュ公爵が相当憤慨しているのと、反対派の派閥が目を光らせていることもあり、うかつなところにロザンナを置けないのだという。

(これはかなりマズい状況なのでは?)

 代々の王妃教育はブリオッシュ公爵令嬢しか受けていない。

 その内容を貴族令嬢で唯一知るロザンナの存在は、自分の娘を妃に、と考えている貴族に魅力的であり、かつ今のロザンナの身分は処分を受ける身。

 危ない橋を渡ろうとする者、または先回りをして亡き者としようとする者、様々入り乱れているに違いない。

「分かりました。お兄様も息災で」

 落ち着いた態度を崩さず答えを返したロザンナに、リチャードは嘆息した。

「ああ。本当にどうしてロザンナが妃じゃないんだ」

 リチャードが去った後、ロザンナも小さく息を吐き出した。


(本当にどうしてこんなことに)




 
 大陸の西にあるトレント王国。

 隣国に行くには南のノーチラス国へ行く街道が一番である。

 ちなみに東には大森林が広がり、北にも細々とした道はあるが、高原地帯を抜けなければならないため、ほとんどの者は南に向かう。

「それでは自分達ははここで帰ります」

 ロザンナをここまで送って来たのは、3等兵と呼ばれる、平民のみで作られた兵士達だった。

 ロザンナのことを考えると少しでも貴族を絡めないほうがいいと思われたのである。

 それが吉と出るか凶となるか。

 ロザンナの危惧をよそに馬車の旅は粛々と進み、ついにトレント王国の国境を越える、ということころまで来ていた。

「ええ。ありがとう」

 少ない荷物(替えの服と生活に必要とされる諸々の物とほんの少しの旅費)が入った布袋を抱えたロザンナがそう答えると、赤ら顔の隊長が微妙な顔をしたようだった。


「その、嬢ちゃん、本当にいいのかい?」

 何度目かの問いにロザンナは答えた。

「いいも何もご命令ですから」
 
 ロザンナに選択肢はない。

 だからそう答えるしかなかった。


 詰め所の門番に声を掛け、旅券を見せる。


(習ってはいたけれど、実際するのは初めてだわ)


 門番は旅券を見ると複雑そうな顔をしたようだった。


(まあ、元貴族の罪人だなんて面倒だわよね)

 案の定、丁寧なのかぞんざいなのか分からない態度で応対され、ロザンナは詰め所を出て国境へ向かう。


 国境には一応赤い染料で印がつけられている。

 ロザンナはそこを越えた。

(もう戻れないのね)

 最後に振り返ろうとしたとき、それが起きた。


(え、)

 頭の芯から何かが湧き出してくるような感覚。  



 ロザンナの動きが止まった。



 ――あーあ、越えちゃった。


 聞いたことのない声が、した。

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

これまでは悉く妹に幸せを邪魔されていました。今後は違いますよ?

satomi
恋愛
ディラーノ侯爵家の義姉妹の姉・サマンサとユアノ。二人は同じ侯爵家のアーロン=ジェンキンスとの縁談に臨む。もともとはサマンサに来た縁談話だったのだが、姉のモノを悉く奪う義妹ユアノがお父様に「見合いの席に同席したい」と懇願し、何故かディラーノ家からは二人の娘が見合いの席に。 結果、ユアノがアーロンと婚約することになるのだが…

婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?

恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢 この婚約破棄はどうなる? ザッ思いつき作品 恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。

無表情な奴と結婚したくない?大丈夫ですよ、貴方の前だけですから

榎夜
恋愛
「スカーレット!貴様のような感情のない女となんて結婚できるか!婚約破棄だ!」 ......そう言われましても、貴方が私をこうしたのでしょう? まぁ、別に構いませんわ。 これからは好きにしてもいいですよね。

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。 それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。 真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。 ※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。 リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。 ※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。 …ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº… ☻2021.04.23 183,747pt/24h☻ ★HOTランキング2位 ★人気ランキング7位 たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*) ありがとうございます!

【短編】将来の王太子妃が婚約破棄をされました。宣言した相手は聖女と王太子。あれ何やら二人の様子がおかしい……

しろねこ。
恋愛
「婚約破棄させてもらうわね!」 そう言われたのは銀髪青眼のすらりとした美女だ。 魔法が使えないものの、王太子妃教育も受けている彼女だが、その言葉をうけて見に見えて顔色が悪くなった。 「アリス様、冗談は止してください」 震える声でそう言うも、アリスの呼びかけで場が一変する。 「冗談ではありません、エリック様ぁ」 甘えた声を出し呼んだのは、この国の王太子だ。 彼もまた同様に婚約破棄を謳い、皆の前で発表する。 「王太子と聖女が結婚するのは当然だろ?」 この国の伝承で、建国の際に王太子の手助けをした聖女は平民の出でありながら王太子と結婚をし、後の王妃となっている。 聖女は治癒と癒やしの魔法を持ち、他にも魔物を退けられる力があるという。 魔法を使えないレナンとは大違いだ。 それ故に聖女と認められたアリスは、王太子であるエリックの妻になる! というのだが…… 「これは何の余興でしょう? エリック様に似ている方まで用意して」 そう言うレナンの顔色はかなり悪い。 この状況をまともに受け止めたくないようだ。 そんな彼女を支えるようにして控えていた護衛騎士は寄り添った。 彼女の気持ちまでも守るかのように。 ハピエン、ご都合主義、両思いが大好きです。 同名キャラで様々な話を書いています。 話により立場や家名が変わりますが、基本の性格は変わりません。 お気に入りのキャラ達の、色々なシチュエーションの話がみたくてこのような形式で書いています。 中編くらいで前後の模様を書けたら書きたいです(^^) カクヨムさんでも掲載中。

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

処理中です...