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第4話
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ロザンナは道の端に寄り、軽く頭を下げた。
今のロザンナの恰好は平民の娘といっても通るものなので、これくらいしておけば大丈夫だろう。
蹄の音は大きくなり、複数いることが分かった。
(どうか通り過ぎて)
今はいろいろな情報が頭の中で巡っていて、上手にかわせるか自信がなかった。
それに、とロザンナは思う。
この平民の恰好に似合った受け答えが出来るかも分からない。
ひたすら頭を下げ続けるロザンナの前を騎乗した人達が通り……過ぎなかった。
馬を宥めているような気配がし、ロザンナの前で蹄の音が止まる。
(そんな……)
ロザンナの気を知らないように、馬から誰かが降り、ロザンナの前へ立つ気配がした。
「そこの娘、聞きたいことがある」
面を上げよ、とまで言われてしまえば顔を上げるしかない。
恐る恐るという体を装って顔を上げればそこには銀の髪をした上位の貴族と思われる青年がいた。
(他国の貴族)
その端正な美貌も藍色の瞳もロザンナの記憶にはないことからそう思われるが、これはこれで面倒なことになった。
(私の顔は知らないようだけれど、下手をすれば外交問題になるわ)
ロザンナは敢えて弱弱しい声を作った。
「何でしょうか、お貴族様」
そう答えて半歩下がったロザンナに、柔らかな言葉が駆けられる。
「いや、そう脅えないでもらいたいんだが」
苦笑している様は、気さくげであり、あまり平民達と接してはいないように思えた。
平民からすれば貴族とは雲の上存在。
下手な対応をすれば文字通り首が飛ぶ。
(もしかしてかなり上位の貴族?)
それならば何故このような軽装(貴族の目線からすれば)でいるのだろう。
ここで対応を誤れば他の者達に危害が及ぶかもしれない。
黙り込んだロザンナの態度をどう捉えたのか、
「こちらへは呼ばれて来たのだが、どうも気になることがあってね」
「……はい?」
漸く顔を上げてそう答えたロザンナに、どこかほっとしたように青年が問いかけた。
「先ほどから君の周りをずいぶんと沢山の精霊達が行き来しているんだが。これは一体どういうことかな?」
国境の辺りで風の精霊達とは別れたのだが、それでも興味本位でついて来ている精霊達がいた。
おまけにそれを珍しがってなのか、違う属性の精霊達まで様子を見に来ていたのだ。
(どうしよう。まさか精霊が見える方だったなんて)
魔力を持つのはやはり貴族が多い。
だが、精霊まで見える者は少なかった。
どう答えるのが正しいのか、ロザンナが逡巡している間に、精霊達が口を開いた。
――あのねぇ、ぼく達ロザンナ好き。
――ずっと一緒。
――んー、だから誰にも渡さないよ。
間の抜けた口調だったが、なかなか怖いことを言ってくれた。
しかも名前までばらしてくれたので、もう偽名を名乗ることもできない。
非常に困ったことになった、とロザンナが半ば現実逃避しかけていると、くすり、と笑い声が上がった。
「いや失礼。君はずいぶんと精霊達に懐かれているようだね。ロザンナ。これでは不公平だからこちらも自己紹介しよう。俺はセンブルク国のグイン・ルクタス。第二王子と言えばいいかな」
「グイン様っ!」
護衛の騎士と思われる男性が声を上げたが、グイン王子は気にする素振りも見せずに、
「いや、ここまで精霊の加護を受けているのだ。間違いないだろう。君が神託の乙女だね」
甘やかな笑みで続けられたが、いかんせん現在ロザンナはそういった展開に食傷気味であった。
「いえ、人違いです」
きっぱりと告げ、精霊達に頼んだ。
「私を送ってくれる?」
――もちろんっ!
「待っ、」
グイン王子がいささか焦ったような声を上げた時にはロザンナの姿は遥か上空にあった。
(やってしまった)
その後、ロザンナは自分の迂闊な行為を物凄く後悔することになる。
(幾ら心が追い詰められていたとはいえ、あれはなかったのでは)
センブルク国は中立国ハーバネードより奥にあり、魔法より精霊使いの地位が高いという。
世界史を学んできたロザンナも、トレント王国と国交のない国はそれほど踏み込んでは習ってこなかったので、知識はあまりなかった。
(神託の乙女って……)
ロザンナには全く思い当たることがなかったので人違いだろう、と結論づける。
だが、
(トレント王国の皆、大丈夫だといいのだけど)
王宮で聞けばロザンナのことなどすぐに分かるだろう。
そしてもはや貴族でもない娘のことなど、きっと忘れてしまう。
そう思ったとき何故か少しだけ寂寥感のようなものがよぎった。
(……? 会ったばかりなのに)
確かに綺麗な人だった。
そう思うロザンナは知らない。
この後、必死に馬を駆り追いかけて来たグイン王子に迫られ、懇願され、しまいには拝み倒される形で婚姻を結ぶことになるなど。
そしてその切っ掛けを作ったのがまた地竜であり、最初はかなり不信感を抱いていたロザンナだったが、グイン王子が本当に自分のことを好きだと知って困惑がだんだんと好感になり、本当の恋人同士になるなど。
今のロザンナは何も知らなかった。
( 完 )
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここまでお読みくださりあがとうございます。番外編を近日中に上げる予定です(アリサ・タンザイト視点、グイン王子視点を予定しております)。
今のロザンナの恰好は平民の娘といっても通るものなので、これくらいしておけば大丈夫だろう。
蹄の音は大きくなり、複数いることが分かった。
(どうか通り過ぎて)
今はいろいろな情報が頭の中で巡っていて、上手にかわせるか自信がなかった。
それに、とロザンナは思う。
この平民の恰好に似合った受け答えが出来るかも分からない。
ひたすら頭を下げ続けるロザンナの前を騎乗した人達が通り……過ぎなかった。
馬を宥めているような気配がし、ロザンナの前で蹄の音が止まる。
(そんな……)
ロザンナの気を知らないように、馬から誰かが降り、ロザンナの前へ立つ気配がした。
「そこの娘、聞きたいことがある」
面を上げよ、とまで言われてしまえば顔を上げるしかない。
恐る恐るという体を装って顔を上げればそこには銀の髪をした上位の貴族と思われる青年がいた。
(他国の貴族)
その端正な美貌も藍色の瞳もロザンナの記憶にはないことからそう思われるが、これはこれで面倒なことになった。
(私の顔は知らないようだけれど、下手をすれば外交問題になるわ)
ロザンナは敢えて弱弱しい声を作った。
「何でしょうか、お貴族様」
そう答えて半歩下がったロザンナに、柔らかな言葉が駆けられる。
「いや、そう脅えないでもらいたいんだが」
苦笑している様は、気さくげであり、あまり平民達と接してはいないように思えた。
平民からすれば貴族とは雲の上存在。
下手な対応をすれば文字通り首が飛ぶ。
(もしかしてかなり上位の貴族?)
それならば何故このような軽装(貴族の目線からすれば)でいるのだろう。
ここで対応を誤れば他の者達に危害が及ぶかもしれない。
黙り込んだロザンナの態度をどう捉えたのか、
「こちらへは呼ばれて来たのだが、どうも気になることがあってね」
「……はい?」
漸く顔を上げてそう答えたロザンナに、どこかほっとしたように青年が問いかけた。
「先ほどから君の周りをずいぶんと沢山の精霊達が行き来しているんだが。これは一体どういうことかな?」
国境の辺りで風の精霊達とは別れたのだが、それでも興味本位でついて来ている精霊達がいた。
おまけにそれを珍しがってなのか、違う属性の精霊達まで様子を見に来ていたのだ。
(どうしよう。まさか精霊が見える方だったなんて)
魔力を持つのはやはり貴族が多い。
だが、精霊まで見える者は少なかった。
どう答えるのが正しいのか、ロザンナが逡巡している間に、精霊達が口を開いた。
――あのねぇ、ぼく達ロザンナ好き。
――ずっと一緒。
――んー、だから誰にも渡さないよ。
間の抜けた口調だったが、なかなか怖いことを言ってくれた。
しかも名前までばらしてくれたので、もう偽名を名乗ることもできない。
非常に困ったことになった、とロザンナが半ば現実逃避しかけていると、くすり、と笑い声が上がった。
「いや失礼。君はずいぶんと精霊達に懐かれているようだね。ロザンナ。これでは不公平だからこちらも自己紹介しよう。俺はセンブルク国のグイン・ルクタス。第二王子と言えばいいかな」
「グイン様っ!」
護衛の騎士と思われる男性が声を上げたが、グイン王子は気にする素振りも見せずに、
「いや、ここまで精霊の加護を受けているのだ。間違いないだろう。君が神託の乙女だね」
甘やかな笑みで続けられたが、いかんせん現在ロザンナはそういった展開に食傷気味であった。
「いえ、人違いです」
きっぱりと告げ、精霊達に頼んだ。
「私を送ってくれる?」
――もちろんっ!
「待っ、」
グイン王子がいささか焦ったような声を上げた時にはロザンナの姿は遥か上空にあった。
(やってしまった)
その後、ロザンナは自分の迂闊な行為を物凄く後悔することになる。
(幾ら心が追い詰められていたとはいえ、あれはなかったのでは)
センブルク国は中立国ハーバネードより奥にあり、魔法より精霊使いの地位が高いという。
世界史を学んできたロザンナも、トレント王国と国交のない国はそれほど踏み込んでは習ってこなかったので、知識はあまりなかった。
(神託の乙女って……)
ロザンナには全く思い当たることがなかったので人違いだろう、と結論づける。
だが、
(トレント王国の皆、大丈夫だといいのだけど)
王宮で聞けばロザンナのことなどすぐに分かるだろう。
そしてもはや貴族でもない娘のことなど、きっと忘れてしまう。
そう思ったとき何故か少しだけ寂寥感のようなものがよぎった。
(……? 会ったばかりなのに)
確かに綺麗な人だった。
そう思うロザンナは知らない。
この後、必死に馬を駆り追いかけて来たグイン王子に迫られ、懇願され、しまいには拝み倒される形で婚姻を結ぶことになるなど。
そしてその切っ掛けを作ったのがまた地竜であり、最初はかなり不信感を抱いていたロザンナだったが、グイン王子が本当に自分のことを好きだと知って困惑がだんだんと好感になり、本当の恋人同士になるなど。
今のロザンナは何も知らなかった。
( 完 )
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ここまでお読みくださりあがとうございます。番外編を近日中に上げる予定です(アリサ・タンザイト視点、グイン王子視点を予定しております)。
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