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第1話 一度目
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「アレクシアッ!! これもやっておけ!!」
半月ぶりに顔を見せた陛下は侍従に持たせた書類を取り上げると乱暴に私の執務机に放った。
何十枚もある書類が音を立てて床へ落ちる。
「何だその顔は? お前が正妃なのだから当然のことだろう?」
このコントワーズ王国は三方を他国に挟まれ、残りの一方は延々と続く山脈がある。
戦は先代の国王陛下が隣国と同盟を結んでいるためほとんどなく、そのこともあってか次代の教育の手抜きをしたと思われる。
(そうでも思わないとやってられないわ)
私、アレクシア・コントワーズはこの国の王妃である。
どこにでも見受けられる焦げ茶の髪にこの国の者なら標準装備の青い瞳。
一応公爵家の出なのでそれなりに整った顔立ちをしているはずなのだが、このどこにでもある色合いが邪魔をしてそれ程の顔立ちには見えないでいる。
加えて公言してはいないが、少し体が弱いらしく、わざわざ帝国から取り寄せた魔道具を身に付けていないと体調を崩してしまうらしい。
魔力は誰もが持っているがやはり貴族階級の者の方が魔力量は多く、血筋もそうだが火、水、風、土の四大魔法のうちのひとつでも扱いに突出している者が跡取りになりやすい。
私は水と風の適性があるが、それほど魔力量は多くないため、ユクトルとのことが決まる前は親戚筋から魔力量の多い者を婿養子に迎えようかと話が進んでいたそうだ。
まあ、それも水泡に帰してしまったようだけれど。
この魔道具はそれほど魔力を使用しなくて済む型で、シンプルなデザインのネックレスの形をしていることと、服の下に忍ばせているため、咎められたことはなかった。
それらのことを損した、とはあまり思ったことはなかったがこうして書類仕事を押し付けられている現状を見ると多少は恨めしく思えてくる。
(これも、ってこれは陛下の分の仕事では)
「何だ、不服か?」
「……いいえ」
言い淀むと、はっ、と嘲るように睨まれる。
「王妃として大した魅力もないお前を買ってやったんだ。それ位はやってもらわねば困るな」
これが政略結婚だということはアレクシアも知っている。
昔はこれほどひどくはなかったのだが。
子供の頃は王宮の授業を抜け出し、探索に出たこともあった。
あの時は忍び込んだ部屋に王冠が保管されていてびっくりしたわね。
それをこっそり触らせてもらったのも今となっては遠い昔の話だった。
思い出を引きちぎるかのようにキツい言葉が投げつけられる。
「せめてオリビアのひとかけらでも魅力があればな」
――オリビア・ランドール。
ランドール男爵令嬢の彼女は現在このコントワーズ国王の側妃に収まっていた。
非常に珍しい色合いの髪にこれまた珍しい金色の瞳を持つ彼女は陛下のお気に入りであり、またその髪と瞳の色から聖女の血を引くのではないかとも言われている。
三年前にユクトルが彼女と出会ってから全てが変わってしまった。
それまでは私に公務を任せることに済まなそうに声を掛けてくれていたのに、オリビアに会ってからは『この俺の仕事を任せてやっているんだ。感謝しろ』とまで言うようになってしまった。
(一体何があったのかしら)
そう思えていたのは最初の頃だけだった。
次々と舞い込む書類仕事に視察の案件。
更には後宮の人事等、課せられる職務は本来のものもあれば、押し付けられるものが多く、最近は家臣の仕事内容と思われるものも混じっていた。
「さっさとやっておけ」
それだけ言うとユクトルは出て行ってしまった。
私は一体何なのだろう。
幼いころからの王太子妃教育、そして国王となったユクトルのために公務を全て肩代わりして、その上きらびやかな式典はオリビアがユクトルと出席して――
式典に正妃の私ではなく側妃のオリビアを出席させるための辻褄合わせなのか、私は『何もしない王妃』と国民に周知されているようだ。
この状況を父であるフォンデル公爵は予測していたのか、公爵家の後継は親戚から探すことを先に決めていたそうだ。
確かにこれで私とユクトルとの間に子が生まれるはずなどないだろう。
年の離れた姉は隣国へ嫁したし、母親は領地に籠りがちで滅多に王都へ出て来ないため、私が頼れる同性の相手はいなかった。
(ここまで来ると凄いわね)
逆に笑いが込み上げてきそうになる。
自嘲しながら書類に目を落とすと北のゴブル辺境伯からの陳情書が目に入る。北の辺境は山脈が多く、そこから一番近い国でも山を越えて行かなくてはならないため、侵略の不安は少ないと思われている。だが、利点と言えばほとんどそれだけで畑に出来る土地が少なく、狩猟が主な収入源となる辺境では、少しでも気候が変わると大打撃を受けてしまう。
昨年、一昨年と不作だったため、減税を願うものと街道の整備の要望が書き連ねてあった。
私としては叶えてあげたいけれど、ユクトルがなかなか玉璽を押してくれないのよね。
王都と辺境では離れていることもあり、その落差に気付きにくいというのもあるだろう。
ユクトルからすれば辺境の者は甘えているだけだ、という。
それくらいのことなんとかなるだろう、と言われたことを思い出してため息をつき顔を上げる。だが室内に侍従や侍女の姿はない。
あまりにも正妃としての評判が悪いことと、ユクトルの態度を見て私の世話をする必要はないと判断されたのだろう。
(お腹がすいた)
そう言えば朝食も抜いた気がする。
時刻を確認すると昼食の時間はとっくにすぎていた。
今から厨房へ行っても何かあるだろうか。
厨房でさえ、『何もされない正妃様にご用意するものはありません』と言われるので本当はあまり顔をだしたくないのだが、仕方がなかった。
(さすがに餓死はしたくないものね)
そっと扉を開けると廊下には誰もいなかった。
通常であれば衛兵が警備をしているはずだが、『何もしない正妃』に充てる予算はないということだろうか。
(この王宮内で一番仕事をしているはずなのにね)
歩を進めていると何やら騒がしい気配が近付いて来た。
(王宮の外からかしら?)
当たりを付けていると武装した兵士が何人も流れるようにこちらへ来るのが廊下の奥に見える。
「怠け者の正妃はどこだー!!」
「あいつの贅沢のせいでまた税が上がったんだ!!」
「そんな役立たずの正妃なんざ、首を撥ねちまえ!!」
(えっ、)
その後はあっという間だった。
王政を傾けた『怠け者の正妃』として革命軍に捕らえられ、弁明は聞き入れ貰えず、斬首された。
公開処刑の日、民衆たちの怨嗟の声を聞きながら私は思う。
(私が一体何をしたというの)
幼少の頃からの王太子教育、ユクトルが即位してからもその補佐をしてきた。
(それなのに……)
正妃アレクシア・コントワール――王国の財政を著しく傾けたことにより民衆の怒りを買い、処刑される。
享年二十一歳。
半月ぶりに顔を見せた陛下は侍従に持たせた書類を取り上げると乱暴に私の執務机に放った。
何十枚もある書類が音を立てて床へ落ちる。
「何だその顔は? お前が正妃なのだから当然のことだろう?」
このコントワーズ王国は三方を他国に挟まれ、残りの一方は延々と続く山脈がある。
戦は先代の国王陛下が隣国と同盟を結んでいるためほとんどなく、そのこともあってか次代の教育の手抜きをしたと思われる。
(そうでも思わないとやってられないわ)
私、アレクシア・コントワーズはこの国の王妃である。
どこにでも見受けられる焦げ茶の髪にこの国の者なら標準装備の青い瞳。
一応公爵家の出なのでそれなりに整った顔立ちをしているはずなのだが、このどこにでもある色合いが邪魔をしてそれ程の顔立ちには見えないでいる。
加えて公言してはいないが、少し体が弱いらしく、わざわざ帝国から取り寄せた魔道具を身に付けていないと体調を崩してしまうらしい。
魔力は誰もが持っているがやはり貴族階級の者の方が魔力量は多く、血筋もそうだが火、水、風、土の四大魔法のうちのひとつでも扱いに突出している者が跡取りになりやすい。
私は水と風の適性があるが、それほど魔力量は多くないため、ユクトルとのことが決まる前は親戚筋から魔力量の多い者を婿養子に迎えようかと話が進んでいたそうだ。
まあ、それも水泡に帰してしまったようだけれど。
この魔道具はそれほど魔力を使用しなくて済む型で、シンプルなデザインのネックレスの形をしていることと、服の下に忍ばせているため、咎められたことはなかった。
それらのことを損した、とはあまり思ったことはなかったがこうして書類仕事を押し付けられている現状を見ると多少は恨めしく思えてくる。
(これも、ってこれは陛下の分の仕事では)
「何だ、不服か?」
「……いいえ」
言い淀むと、はっ、と嘲るように睨まれる。
「王妃として大した魅力もないお前を買ってやったんだ。それ位はやってもらわねば困るな」
これが政略結婚だということはアレクシアも知っている。
昔はこれほどひどくはなかったのだが。
子供の頃は王宮の授業を抜け出し、探索に出たこともあった。
あの時は忍び込んだ部屋に王冠が保管されていてびっくりしたわね。
それをこっそり触らせてもらったのも今となっては遠い昔の話だった。
思い出を引きちぎるかのようにキツい言葉が投げつけられる。
「せめてオリビアのひとかけらでも魅力があればな」
――オリビア・ランドール。
ランドール男爵令嬢の彼女は現在このコントワーズ国王の側妃に収まっていた。
非常に珍しい色合いの髪にこれまた珍しい金色の瞳を持つ彼女は陛下のお気に入りであり、またその髪と瞳の色から聖女の血を引くのではないかとも言われている。
三年前にユクトルが彼女と出会ってから全てが変わってしまった。
それまでは私に公務を任せることに済まなそうに声を掛けてくれていたのに、オリビアに会ってからは『この俺の仕事を任せてやっているんだ。感謝しろ』とまで言うようになってしまった。
(一体何があったのかしら)
そう思えていたのは最初の頃だけだった。
次々と舞い込む書類仕事に視察の案件。
更には後宮の人事等、課せられる職務は本来のものもあれば、押し付けられるものが多く、最近は家臣の仕事内容と思われるものも混じっていた。
「さっさとやっておけ」
それだけ言うとユクトルは出て行ってしまった。
私は一体何なのだろう。
幼いころからの王太子妃教育、そして国王となったユクトルのために公務を全て肩代わりして、その上きらびやかな式典はオリビアがユクトルと出席して――
式典に正妃の私ではなく側妃のオリビアを出席させるための辻褄合わせなのか、私は『何もしない王妃』と国民に周知されているようだ。
この状況を父であるフォンデル公爵は予測していたのか、公爵家の後継は親戚から探すことを先に決めていたそうだ。
確かにこれで私とユクトルとの間に子が生まれるはずなどないだろう。
年の離れた姉は隣国へ嫁したし、母親は領地に籠りがちで滅多に王都へ出て来ないため、私が頼れる同性の相手はいなかった。
(ここまで来ると凄いわね)
逆に笑いが込み上げてきそうになる。
自嘲しながら書類に目を落とすと北のゴブル辺境伯からの陳情書が目に入る。北の辺境は山脈が多く、そこから一番近い国でも山を越えて行かなくてはならないため、侵略の不安は少ないと思われている。だが、利点と言えばほとんどそれだけで畑に出来る土地が少なく、狩猟が主な収入源となる辺境では、少しでも気候が変わると大打撃を受けてしまう。
昨年、一昨年と不作だったため、減税を願うものと街道の整備の要望が書き連ねてあった。
私としては叶えてあげたいけれど、ユクトルがなかなか玉璽を押してくれないのよね。
王都と辺境では離れていることもあり、その落差に気付きにくいというのもあるだろう。
ユクトルからすれば辺境の者は甘えているだけだ、という。
それくらいのことなんとかなるだろう、と言われたことを思い出してため息をつき顔を上げる。だが室内に侍従や侍女の姿はない。
あまりにも正妃としての評判が悪いことと、ユクトルの態度を見て私の世話をする必要はないと判断されたのだろう。
(お腹がすいた)
そう言えば朝食も抜いた気がする。
時刻を確認すると昼食の時間はとっくにすぎていた。
今から厨房へ行っても何かあるだろうか。
厨房でさえ、『何もされない正妃様にご用意するものはありません』と言われるので本当はあまり顔をだしたくないのだが、仕方がなかった。
(さすがに餓死はしたくないものね)
そっと扉を開けると廊下には誰もいなかった。
通常であれば衛兵が警備をしているはずだが、『何もしない正妃』に充てる予算はないということだろうか。
(この王宮内で一番仕事をしているはずなのにね)
歩を進めていると何やら騒がしい気配が近付いて来た。
(王宮の外からかしら?)
当たりを付けていると武装した兵士が何人も流れるようにこちらへ来るのが廊下の奥に見える。
「怠け者の正妃はどこだー!!」
「あいつの贅沢のせいでまた税が上がったんだ!!」
「そんな役立たずの正妃なんざ、首を撥ねちまえ!!」
(えっ、)
その後はあっという間だった。
王政を傾けた『怠け者の正妃』として革命軍に捕らえられ、弁明は聞き入れ貰えず、斬首された。
公開処刑の日、民衆たちの怨嗟の声を聞きながら私は思う。
(私が一体何をしたというの)
幼少の頃からの王太子教育、ユクトルが即位してからもその補佐をしてきた。
(それなのに……)
正妃アレクシア・コントワール――王国の財政を著しく傾けたことにより民衆の怒りを買い、処刑される。
享年二十一歳。
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