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第2話 二度目の生
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「ああ、そこにいたのか」
王立学園の生徒会室。
聞き覚えのある声に、書類に目を落としていた私――アレクシア・フォンデルは顔を上げた。
フォンデル公爵家は長年王家を支えて来た忠臣であるが、近年は目立った活躍はないため、次女(姉は数年前に隣国に嫁いでいる)の私を王家に輿入れさせて何とか勢力を盛り上げたいというところだろう。
そして生徒会長のユクトルとその側近達で纏められた生徒会に、ユクトルの婚約者である私は何度か手伝いに来ていた。
――時が巻き戻っている。
そう気付いたのは昨日のことだった。
若返った自分の姿に、ああこの頃はまだ血色も良かったな、と遠い目になりながら現状把握に努めたところ、現在の私は王立学園へ通う学生であり、残念ながらユクトルとは婚約中とのことだった。
(せめて婚約する前にならなかったのかしら)
そうすれば全力で抗って婚約を回避したものを。
諦めてはだめ。少しでも可能性を見出さなければ。
それにしてもこのユクトルの様子だとまた何か言いつけられるのかしら?
するとユクトルは済まなそうに眉を下げながらとんでもないことを告げた。
「来週に王宮で行われる舞踏会のことなんだが、君のエスコートが出来なくなった」
(はい?)
まだこの頃はオリビアと出会っておらず、ユクトルと良好な関係を続けていたはずだった。
(あの男爵令嬢と出会うのは、卒業後にユクトルがお忍びで紛れ込んだ仮面舞踏会のはず)
とっさに返答ができなかった様子を何と捉えたのか、ユクトルが眉を顰めた。
「何だ不服か? どうせ君とは名ばかりの関係なんだ。俺が誰と出ようと勝手だろう。ああ、ついでに君も誰か他の者と出席すればいい」
(……は?)
ユクトルの態度もそうだが、その内容も有り得なかった。
仮にも王太子の立場にある者が、婚約者である自分をエスコートもせず、他の相手との出席をほのめかすなどあってはならないことだった。
「お言葉ではございますが殿下と私は婚約しております。そのようななか、舞踏会に別々に出席するというのは、皆さまに示しがつかないかと思われます」
言いたいことは他にもあったが、あまり細かく告げて機嫌を損なわれても、と最小限に留めたつもりだったが、ユクトルは不満そうだった。
「そんなことはどうでもいい。俺がお前と出席したくないんだ。昔から変わらないな。俺が何か意見を述べれば、ああでもないこうでもないと反発ばかりして。彼女とは大違いだ」
(……彼女?)
脳裏に珍しい髪色を持ち、貴族とは思えないほど気さくな態度で王宮内をまたたく間に掌握してしまった女性の姿が浮かぶ。
「彼女とはいったいどなたのことでしょうか?」
思わず問うとユクトルの青い瞳が揺らいだようだった。
ひと言に『青い瞳』といっても王族であり王太子であるユクトルのそれは一般的に言われる青い瞳とは違っていた。
透明度が高く、海のように深い青色は王族にしか現れないもので、この瞳を持つことが王族であることの第一条件とも言われている。
その『青い瞳』が迷うように揺れるようすを見てため息を付きそうになった。
(もう少しなんとかならないものかしら)
いくら痛いところを突かれたといっても、国内で二番目に尊い地位にある者が取る態度ではない。
私はいったい彼のどこを見て好きだと思ったのだろう。
一度目の生では気付かなかったが、今のユクトルには気分屋で自分勝手なところがずいぶんと見られた。
「誰だってよいだろう。お前には関係の……ああ、知っておいたほうがよいか。俺が愛している女性だ。名をオリビア・ランドール。男爵令嬢だがなかなか気の利いた女性だ。お前とは違って可愛げもあるしな」
オリビアの名を告げるとき、甘い響きがあったように感じたのは気のせいではないだろう。
(長い間の婚約者であった私にはそこまで甘い感情を向けてくれたことはなかったのに)
すでに分かっていたことだったが、実際にこうして目の当たりにすると辛いものがある。
こんなことで感情を乱すなんてやはりまだ17歳という肉体年齢に心の方が引っ張られているのだろうか。
「さようでございますか。それでは殿下はその方とご婚姻されるおつもりでしょうか?」
答えを分かっていて問うのは意地が悪いと思ったが、つい言葉が出てしまった。
この貴族社会では身分は絶対に打ち破れない壁のようなもの。
王族と下級貴族が結ばれることなど有り得ない。
「なんだと!! やはりお前は性根が腐っているな。オリビアの身分ではまだ妃にはできないだろう」
(……ん?)
怒りを買うのは予想通りだったが、なにか引っ掛かるものを感じ、問い掛けようと口を開きかけた時、ユクトルが先に言葉を吐いた。
「まあ、よい。それよりも王宮の舞踏会の件、伝えたからな。好きにするがよい」
そう告げるとユクトルは生徒会室から出て行った。
(なんだったのかしら?)
残された私の内に疑問が宿る。
――すでに破綻している婚約関係。
――舞踏会へ別々に行くのはまだしも、当てつけのように私に違う相手を見付けてこいとの発言。
――そしてユクトルとオリビアの早すぎる出会い。
そしてこの巻き戻り。
信じられないことばかりだが、今の自分が決めたことがある。
前のように王妃になどなって無駄死にはしない。
王立学園の生徒会室。
聞き覚えのある声に、書類に目を落としていた私――アレクシア・フォンデルは顔を上げた。
フォンデル公爵家は長年王家を支えて来た忠臣であるが、近年は目立った活躍はないため、次女(姉は数年前に隣国に嫁いでいる)の私を王家に輿入れさせて何とか勢力を盛り上げたいというところだろう。
そして生徒会長のユクトルとその側近達で纏められた生徒会に、ユクトルの婚約者である私は何度か手伝いに来ていた。
――時が巻き戻っている。
そう気付いたのは昨日のことだった。
若返った自分の姿に、ああこの頃はまだ血色も良かったな、と遠い目になりながら現状把握に努めたところ、現在の私は王立学園へ通う学生であり、残念ながらユクトルとは婚約中とのことだった。
(せめて婚約する前にならなかったのかしら)
そうすれば全力で抗って婚約を回避したものを。
諦めてはだめ。少しでも可能性を見出さなければ。
それにしてもこのユクトルの様子だとまた何か言いつけられるのかしら?
するとユクトルは済まなそうに眉を下げながらとんでもないことを告げた。
「来週に王宮で行われる舞踏会のことなんだが、君のエスコートが出来なくなった」
(はい?)
まだこの頃はオリビアと出会っておらず、ユクトルと良好な関係を続けていたはずだった。
(あの男爵令嬢と出会うのは、卒業後にユクトルがお忍びで紛れ込んだ仮面舞踏会のはず)
とっさに返答ができなかった様子を何と捉えたのか、ユクトルが眉を顰めた。
「何だ不服か? どうせ君とは名ばかりの関係なんだ。俺が誰と出ようと勝手だろう。ああ、ついでに君も誰か他の者と出席すればいい」
(……は?)
ユクトルの態度もそうだが、その内容も有り得なかった。
仮にも王太子の立場にある者が、婚約者である自分をエスコートもせず、他の相手との出席をほのめかすなどあってはならないことだった。
「お言葉ではございますが殿下と私は婚約しております。そのようななか、舞踏会に別々に出席するというのは、皆さまに示しがつかないかと思われます」
言いたいことは他にもあったが、あまり細かく告げて機嫌を損なわれても、と最小限に留めたつもりだったが、ユクトルは不満そうだった。
「そんなことはどうでもいい。俺がお前と出席したくないんだ。昔から変わらないな。俺が何か意見を述べれば、ああでもないこうでもないと反発ばかりして。彼女とは大違いだ」
(……彼女?)
脳裏に珍しい髪色を持ち、貴族とは思えないほど気さくな態度で王宮内をまたたく間に掌握してしまった女性の姿が浮かぶ。
「彼女とはいったいどなたのことでしょうか?」
思わず問うとユクトルの青い瞳が揺らいだようだった。
ひと言に『青い瞳』といっても王族であり王太子であるユクトルのそれは一般的に言われる青い瞳とは違っていた。
透明度が高く、海のように深い青色は王族にしか現れないもので、この瞳を持つことが王族であることの第一条件とも言われている。
その『青い瞳』が迷うように揺れるようすを見てため息を付きそうになった。
(もう少しなんとかならないものかしら)
いくら痛いところを突かれたといっても、国内で二番目に尊い地位にある者が取る態度ではない。
私はいったい彼のどこを見て好きだと思ったのだろう。
一度目の生では気付かなかったが、今のユクトルには気分屋で自分勝手なところがずいぶんと見られた。
「誰だってよいだろう。お前には関係の……ああ、知っておいたほうがよいか。俺が愛している女性だ。名をオリビア・ランドール。男爵令嬢だがなかなか気の利いた女性だ。お前とは違って可愛げもあるしな」
オリビアの名を告げるとき、甘い響きがあったように感じたのは気のせいではないだろう。
(長い間の婚約者であった私にはそこまで甘い感情を向けてくれたことはなかったのに)
すでに分かっていたことだったが、実際にこうして目の当たりにすると辛いものがある。
こんなことで感情を乱すなんてやはりまだ17歳という肉体年齢に心の方が引っ張られているのだろうか。
「さようでございますか。それでは殿下はその方とご婚姻されるおつもりでしょうか?」
答えを分かっていて問うのは意地が悪いと思ったが、つい言葉が出てしまった。
この貴族社会では身分は絶対に打ち破れない壁のようなもの。
王族と下級貴族が結ばれることなど有り得ない。
「なんだと!! やはりお前は性根が腐っているな。オリビアの身分ではまだ妃にはできないだろう」
(……ん?)
怒りを買うのは予想通りだったが、なにか引っ掛かるものを感じ、問い掛けようと口を開きかけた時、ユクトルが先に言葉を吐いた。
「まあ、よい。それよりも王宮の舞踏会の件、伝えたからな。好きにするがよい」
そう告げるとユクトルは生徒会室から出て行った。
(なんだったのかしら?)
残された私の内に疑問が宿る。
――すでに破綻している婚約関係。
――舞踏会へ別々に行くのはまだしも、当てつけのように私に違う相手を見付けてこいとの発言。
――そしてユクトルとオリビアの早すぎる出会い。
そしてこの巻き戻り。
信じられないことばかりだが、今の自分が決めたことがある。
前のように王妃になどなって無駄死にはしない。
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