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第7話 オリビア・ランドール男爵令嬢 ②
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アレクシアの一度目の生で聞き覚えのある声だったが、彼女は隣のクラスのはずである。
「どうした? オリビア?」
親し気なユクトルの問い掛けにオリビアは畏まって答えた。
「王太子殿下、並びにSクラスの皆様には失礼いたします。申し訳ありませんが少しだけお時間いただけないでしょうか?」
下位の貴族から上位の貴族へ話しかけることなど出来ない。
建前として学園では平等を謳っているが、貴族階級のことは普通に育った貴族ならば皆分かっていることだった。
そのことを意識したオリビアの発言にアレクシアは違和感と同時に疑問を感じた。
一度目の生でオリビアはこれほど丁寧な態度と言葉遣いをしていなかったはずである。
「勿論、構わない。それよりもオリビア、俺のことはユクトルと呼んでいい、と言ってあるはずだが」
その発言に金色の瞳を軽く見開いたオリビアが諭すように告げた。
「まあ、王太子殿下。おからかいになってはいけませんわ。もし私がそのようなことをすれば不敬罪として一族郎党、路頭に迷うことになりますわよ」
やんわりとしたなかにもどこか婀娜っぽさを感じさせる態度は、成人女性が経験のない青年をからかっているようにも見えた。
その様子を見ているととてもアレクシアと同世代とは思えない。
「オリビア。誰も君をそんな目にあわせたりなどしないよ。だからほら、言ってごらん」
とてもつなく甘い雰囲気を漂わながらユクトルが説得しようとするが、オリビアは首を振ることで答え、手にしていたハンカチをその場にいた皆に分かるように見せた。
「こちら、王太子殿下のものではございません?」
折りたたまれてオリビアの手の平へ乗せられたハンカチの隅には、王太子であるユージーンの意匠の獅子の頭部が刺繍で施されていた。
「俺のだな。助かったよ。オリビア」
王族は身の回りのことを自分でしてはならない。
例えそれが物を拾う、手渡すという動作であっても。
その慣例を忘れたように手を伸ばしたユクトルからオリビアは一歩下がり、控えていたユクトルの侍従に視線を送った。
学園内に侍従を伴わせるのは禁止事項だが、王族であるユクトルや帝国の第二王子であるユージーンは別格である。
ユージーンは帝国から来ているということもあるせいか、侍従以外に護衛も伴わせているが、基本彼らは数歩後ろに控えており、また気配を消すのに長けているらしくユージーンが声を掛けない限りは周りに認識されることは少ない。
ユクトルの侍従も似たような感じに仕えているが、下級貴族でまだ学生のオリビアが配慮を見せたことに少し驚いたようだった。
すぐにその感情を消し、ユクトルの傍らからそっと出て来た侍従にハンカチを手渡しながらオリビアがほっとしたように告げた。
「よかったですわ。このハンカチを拾ったのはマーケティン子爵令息ですの。後で王太子殿下からもお言葉をお願いいたしますわ」
オリビアの話した内容を聞いて訝し気にユクトルが聞いた。
「では何故その者が来ないんだ?」
会話を聞くともなく聞くはめになったアレクシアはため息を堪えた。
貴族階級はどこにいても必ず付いて来るものである。
オリビアは別として普通は子爵や男爵の令息令嬢が軽々しくその頂点である王族へ話しかけることなど出来るはずもなかった。
「まあ。私達下級貴族が王太子殿下へお声を掛けるにはかなり勇気が要りますわよ。下手をすれば家がなくなりますもの」
にこり、と笑みを浮かべて言うオリビアの口調は柔らかかった。
オリビアはこのようなことを言う女性だったろうか。
これではまるで別人といってもおかしくないほどの変貌である。
「大げさだな」
軽く笑ったユクトルにオリビアが少し怒ったように答える。
「少しも大げさではありません。私達貴族にとって王族とはもっとも尊い方々です。それに王太子殿下のように賢くて勇気のある方にはなかなか近づけませんわ」
オリビアの言葉にアレクシアの頭の中に疑問符が浮かぶ。
賢い? ユクトルが?
このSクラスにユクトルが在籍していられるのは、ユクトルが王族だからに他ならない。そのことは皆知ってはいるが言わないことだった。
「言うな。ではそういうオリビアはどうなんだ? 俺に気兼ねなく話し掛けてくるが?」
まんざらでもない、とても言いたげにユクトルが問うが、声が聞こえた範囲内の生徒の一部は白けたような視線を送っている。
見え見えのお世辞にしか聞けないんだが。
まさかあの褒め台詞を真に受けたのか?
ああ言われて満足げな顔って、嘘だろう?
そんな空気のなか、オリビアが遠慮がちに口を開いた。
「はっきり言うのは恥ずかしいのですが、王太子殿下の許可があってもとてもどきどきしておりましてよ」
「ははっ、そうか。オリビアは謙虚だな」
ユクトルが満足げに応じるが、その様子を見ていたアレクシアは内心の動揺を顔に表さないようにするだけで精一杯だった。
アレクシアが知っているオリビア・ランドール男爵令嬢はこのような態度が取れる令嬢ではなかったはずである。
どこまでいっても自己中心で驕慢に満ちた一度目の生でのオリビアと今のオリビアとでは大きな乖離があるように見えた。
「それと王太子殿下にひとつ、お願いがあるのですが」
アレクシアがそんなことを思っていたとき、オリビアが上目遣いでユクトルを見上げた。
「どうした? オリビア?」
親し気なユクトルの問い掛けにオリビアは畏まって答えた。
「王太子殿下、並びにSクラスの皆様には失礼いたします。申し訳ありませんが少しだけお時間いただけないでしょうか?」
下位の貴族から上位の貴族へ話しかけることなど出来ない。
建前として学園では平等を謳っているが、貴族階級のことは普通に育った貴族ならば皆分かっていることだった。
そのことを意識したオリビアの発言にアレクシアは違和感と同時に疑問を感じた。
一度目の生でオリビアはこれほど丁寧な態度と言葉遣いをしていなかったはずである。
「勿論、構わない。それよりもオリビア、俺のことはユクトルと呼んでいい、と言ってあるはずだが」
その発言に金色の瞳を軽く見開いたオリビアが諭すように告げた。
「まあ、王太子殿下。おからかいになってはいけませんわ。もし私がそのようなことをすれば不敬罪として一族郎党、路頭に迷うことになりますわよ」
やんわりとしたなかにもどこか婀娜っぽさを感じさせる態度は、成人女性が経験のない青年をからかっているようにも見えた。
その様子を見ているととてもアレクシアと同世代とは思えない。
「オリビア。誰も君をそんな目にあわせたりなどしないよ。だからほら、言ってごらん」
とてもつなく甘い雰囲気を漂わながらユクトルが説得しようとするが、オリビアは首を振ることで答え、手にしていたハンカチをその場にいた皆に分かるように見せた。
「こちら、王太子殿下のものではございません?」
折りたたまれてオリビアの手の平へ乗せられたハンカチの隅には、王太子であるユージーンの意匠の獅子の頭部が刺繍で施されていた。
「俺のだな。助かったよ。オリビア」
王族は身の回りのことを自分でしてはならない。
例えそれが物を拾う、手渡すという動作であっても。
その慣例を忘れたように手を伸ばしたユクトルからオリビアは一歩下がり、控えていたユクトルの侍従に視線を送った。
学園内に侍従を伴わせるのは禁止事項だが、王族であるユクトルや帝国の第二王子であるユージーンは別格である。
ユージーンは帝国から来ているということもあるせいか、侍従以外に護衛も伴わせているが、基本彼らは数歩後ろに控えており、また気配を消すのに長けているらしくユージーンが声を掛けない限りは周りに認識されることは少ない。
ユクトルの侍従も似たような感じに仕えているが、下級貴族でまだ学生のオリビアが配慮を見せたことに少し驚いたようだった。
すぐにその感情を消し、ユクトルの傍らからそっと出て来た侍従にハンカチを手渡しながらオリビアがほっとしたように告げた。
「よかったですわ。このハンカチを拾ったのはマーケティン子爵令息ですの。後で王太子殿下からもお言葉をお願いいたしますわ」
オリビアの話した内容を聞いて訝し気にユクトルが聞いた。
「では何故その者が来ないんだ?」
会話を聞くともなく聞くはめになったアレクシアはため息を堪えた。
貴族階級はどこにいても必ず付いて来るものである。
オリビアは別として普通は子爵や男爵の令息令嬢が軽々しくその頂点である王族へ話しかけることなど出来るはずもなかった。
「まあ。私達下級貴族が王太子殿下へお声を掛けるにはかなり勇気が要りますわよ。下手をすれば家がなくなりますもの」
にこり、と笑みを浮かべて言うオリビアの口調は柔らかかった。
オリビアはこのようなことを言う女性だったろうか。
これではまるで別人といってもおかしくないほどの変貌である。
「大げさだな」
軽く笑ったユクトルにオリビアが少し怒ったように答える。
「少しも大げさではありません。私達貴族にとって王族とはもっとも尊い方々です。それに王太子殿下のように賢くて勇気のある方にはなかなか近づけませんわ」
オリビアの言葉にアレクシアの頭の中に疑問符が浮かぶ。
賢い? ユクトルが?
このSクラスにユクトルが在籍していられるのは、ユクトルが王族だからに他ならない。そのことは皆知ってはいるが言わないことだった。
「言うな。ではそういうオリビアはどうなんだ? 俺に気兼ねなく話し掛けてくるが?」
まんざらでもない、とても言いたげにユクトルが問うが、声が聞こえた範囲内の生徒の一部は白けたような視線を送っている。
見え見えのお世辞にしか聞けないんだが。
まさかあの褒め台詞を真に受けたのか?
ああ言われて満足げな顔って、嘘だろう?
そんな空気のなか、オリビアが遠慮がちに口を開いた。
「はっきり言うのは恥ずかしいのですが、王太子殿下の許可があってもとてもどきどきしておりましてよ」
「ははっ、そうか。オリビアは謙虚だな」
ユクトルが満足げに応じるが、その様子を見ていたアレクシアは内心の動揺を顔に表さないようにするだけで精一杯だった。
アレクシアが知っているオリビア・ランドール男爵令嬢はこのような態度が取れる令嬢ではなかったはずである。
どこまでいっても自己中心で驕慢に満ちた一度目の生でのオリビアと今のオリビアとでは大きな乖離があるように見えた。
「それと王太子殿下にひとつ、お願いがあるのですが」
アレクシアがそんなことを思っていたとき、オリビアが上目遣いでユクトルを見上げた。
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