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第8話 オリビア・ランドール男爵令嬢 ③
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「何だ? 何でもいい。言ってみるがいい」
ユクトルが心得た、とでもいうように応じるのを見たアレクシアはやはり一度目の生と変わらないのか、と諦めにも似た感情を味わっているとオリビアが信じられないことを告げた。
「王室主催の舞踏会はぜひともフォンデル公爵令嬢と出席されてほしいのです」
「……は?」
ユクトルの声とアレクシアを始めとした皆の心の声が重なった。
「王太子殿下の婚約者はフォンデル公爵令嬢にございます。たとえ王太子殿下のお心がどこへあろうともそれは外してはいけませんわ」
含んでいるところはあったが、主旨はまともなことを言っているように聞こえた。
「だが、俺はオリビアがいいんだが」
「それは分かっておりますわ。でも、王太子殿下の婚約は絶対ですもの。賢き王太子殿下でしたら、あえて長い物には巻かれよ、の意味がお分かりですわよね?」
それでも釈然としない顔を見せるユクトルにオリビアがさらに畳み掛ける。
潤んだ金色の瞳でユクトルを見上げ、なにかを堪えるように告げた。
「王太子殿下。私はただの男爵令嬢なのです。王室主催の舞踏会で王太子殿下と一緒にいることなどできませんわ」
「だが」
「今は堪えてくださいませ。そしてどうかこの国に安寧を与えて下さい。すべては王太子殿下にかかっておりますの」
先ほどの熟女が可憐な少女に化けた、と言っても過言ではないオリビアの変貌にアレクシアが唖然としているとユクトルが仕方がない、というように鷹揚に頷いた。
「そこまで言われると従わないわけにはいかないな。いつもオリビアは可愛いことを言うな」
「まあ。王太子殿下」
自分達は一体何を見せられているのだというような甘ったるい空気が流れる。
そこでようやくどこに自分達がいるのか気付いたかのようにユクトルが軽く咳ばらいをした。
「では今度の舞踏会は仕方がないからアレクシア、お前と行ってやろう。オリビアの頼みだしな」
王家主催の舞踏会で恥をかかなくて済むのは助かるが、そういった言い方をされると断ってしまいたくなる。
「かしこまりまして」
葛藤をなんとか抑えてアレクシアが答えたとき、教師が来たために話はそこで終わり、オリビアは辞して行った。
昼休みになり、アレクシアはユージーン達と食堂にいた。
いつもはひとりで昼食を摂っていたのだが、ユージーンの押しに負けてしまい、他にも人がいるなら、とマッテオとゾフィーが同席するテーブルにアレクシアも付いていていた。
どうしてこんなことになってしまったのかしら?
こういった場合、自分はいつもひとりだった。
一度目の生でもアレクシアに友人はなく、ひたすら王太子妃教育と学校の課題をこなし、ユクトルの書類仕事も引き受けて――
よく過労で命を落とさなかったものだと今なら思う。
「さっきのアレには驚いたな」
ユージーンの声に現実に戻され、アレクシアは顔を上げた。
「本当にそうです。フォンデル公爵令嬢が舞踏会で王太子殿下にエスコートされるのはいいんですが、なんだか複雑ですね」
まさに婚約破棄を考えていたこのタイミングでオリビアがあんなことを提案するなど、誰が予測できただろう。
マッテオの合いの手にゾフィーも頷いた。
「まるでこちらの動きを読んでいるようなタイミングでしたわね。少し怖いですわ」
そう言えば、とアレクシアはこれまでのことを思い返す。
一度目の生とは違い、成績優秀で言動も自分の分を弁えているようなオリビアはもしかしたら自分と同じように記憶があるのではないだろうか?
だとしたらこの言動も意味があるものになる。
一度目の生と比べてオリビアの言動が大きく乖離しているのはアレクシアの死後、オリビアにとって非常に都合の悪いことが起きたためではないだろうか?
「アレクシア様?」
ゾフィーに呼びかけられ、とっさにアレクシアは表情を取り繕った。
「なんでしょう? ゾフィー様」
「このようなことになって動揺されるのは分かりますが、まさかこのままあの王太子殿下との婚約を継続されるおつもりではないでしょうね?」
婚約破棄の理由としてあるのはユクトルがアレクシアに公務を押し付け、更に婚約者であるアレクシアではなくオリビアを優遇する、ということに尽きる。
公務の押し付け、という点は残っているが舞踏会のことでユクトルが婚約者ではないオリビアをエスコートするという可能性は非常に低くなった。
だが、とアレクシアは思う。
ユクトルが愛しているのはオリビアであり、アレクシアではない。
それにこのエスコートの件もオリビアの願いを聞いた形で成り立っている。
目の前でその一連の流れを見せつけられた側としては複雑な気持ちになってしまう。
いくら政略結婚とは言っても彼らの邪魔をしているようになるが、本当にいいのだろうか、と。
一度の生では思わなかったことをアレクシアは思うようになってしまった。
ゾフィーの言にマッテオが頷く。
「そうですよ。一応エスコートはして貰えるようですが、聞いているとあの男爵令嬢の言うままじゃないですか。このまま実行して……予定通りにされてくださると嬉しいのですが」
ここが食堂だということを思い出したのか、最後のほうは濁していたが、言いたいことは分かる。
黙ったままのアレクシアにユージーンが声を掛けた。
「まあ実際先ほど見せられた茶番劇はちょっと表現に困るものだったからね。こちらが思ったより彼女は知恵が回るようだ。だけど」
――俺としては諦めたつもりはないから。
続けられた言葉にアレクシアの頬が染まる。
免疫がないせいだ、とアレクシアは思った。
何しろこれまでそんな甘い駆け引きなど婚約者であるユクトルは少しもしてくれなかったため、思わせぶりな言葉に対して対応ができない。
それにここまで執着される理由が分からない。
「第二王子殿下。そこまで言って下さるのは嬉しいのですが、どうしてそこまでして下さるのでしょうか?」
アレクシアの問い掛けにユージーンが口を開き掛けたとき、聞き覚えのある声がした。
「ご歓談中のところ申し訳ありません。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
そう告げてそっと顔を伏せたのはオリビアだった。
このテーブルの中で一番身分の高いユージーンが促すとオリビアは顔を上げ、発言の許可を求めた。
「いいだろう」
ユージーンの許可を得たオリビアがアレクシアの方を見た。
「お忙しいところ申し訳ないのですが、後ほどフォンデル公爵令嬢と二人で話す時間を取っていただきたいのです」
ユクトルが心得た、とでもいうように応じるのを見たアレクシアはやはり一度目の生と変わらないのか、と諦めにも似た感情を味わっているとオリビアが信じられないことを告げた。
「王室主催の舞踏会はぜひともフォンデル公爵令嬢と出席されてほしいのです」
「……は?」
ユクトルの声とアレクシアを始めとした皆の心の声が重なった。
「王太子殿下の婚約者はフォンデル公爵令嬢にございます。たとえ王太子殿下のお心がどこへあろうともそれは外してはいけませんわ」
含んでいるところはあったが、主旨はまともなことを言っているように聞こえた。
「だが、俺はオリビアがいいんだが」
「それは分かっておりますわ。でも、王太子殿下の婚約は絶対ですもの。賢き王太子殿下でしたら、あえて長い物には巻かれよ、の意味がお分かりですわよね?」
それでも釈然としない顔を見せるユクトルにオリビアがさらに畳み掛ける。
潤んだ金色の瞳でユクトルを見上げ、なにかを堪えるように告げた。
「王太子殿下。私はただの男爵令嬢なのです。王室主催の舞踏会で王太子殿下と一緒にいることなどできませんわ」
「だが」
「今は堪えてくださいませ。そしてどうかこの国に安寧を与えて下さい。すべては王太子殿下にかかっておりますの」
先ほどの熟女が可憐な少女に化けた、と言っても過言ではないオリビアの変貌にアレクシアが唖然としているとユクトルが仕方がない、というように鷹揚に頷いた。
「そこまで言われると従わないわけにはいかないな。いつもオリビアは可愛いことを言うな」
「まあ。王太子殿下」
自分達は一体何を見せられているのだというような甘ったるい空気が流れる。
そこでようやくどこに自分達がいるのか気付いたかのようにユクトルが軽く咳ばらいをした。
「では今度の舞踏会は仕方がないからアレクシア、お前と行ってやろう。オリビアの頼みだしな」
王家主催の舞踏会で恥をかかなくて済むのは助かるが、そういった言い方をされると断ってしまいたくなる。
「かしこまりまして」
葛藤をなんとか抑えてアレクシアが答えたとき、教師が来たために話はそこで終わり、オリビアは辞して行った。
昼休みになり、アレクシアはユージーン達と食堂にいた。
いつもはひとりで昼食を摂っていたのだが、ユージーンの押しに負けてしまい、他にも人がいるなら、とマッテオとゾフィーが同席するテーブルにアレクシアも付いていていた。
どうしてこんなことになってしまったのかしら?
こういった場合、自分はいつもひとりだった。
一度目の生でもアレクシアに友人はなく、ひたすら王太子妃教育と学校の課題をこなし、ユクトルの書類仕事も引き受けて――
よく過労で命を落とさなかったものだと今なら思う。
「さっきのアレには驚いたな」
ユージーンの声に現実に戻され、アレクシアは顔を上げた。
「本当にそうです。フォンデル公爵令嬢が舞踏会で王太子殿下にエスコートされるのはいいんですが、なんだか複雑ですね」
まさに婚約破棄を考えていたこのタイミングでオリビアがあんなことを提案するなど、誰が予測できただろう。
マッテオの合いの手にゾフィーも頷いた。
「まるでこちらの動きを読んでいるようなタイミングでしたわね。少し怖いですわ」
そう言えば、とアレクシアはこれまでのことを思い返す。
一度目の生とは違い、成績優秀で言動も自分の分を弁えているようなオリビアはもしかしたら自分と同じように記憶があるのではないだろうか?
だとしたらこの言動も意味があるものになる。
一度目の生と比べてオリビアの言動が大きく乖離しているのはアレクシアの死後、オリビアにとって非常に都合の悪いことが起きたためではないだろうか?
「アレクシア様?」
ゾフィーに呼びかけられ、とっさにアレクシアは表情を取り繕った。
「なんでしょう? ゾフィー様」
「このようなことになって動揺されるのは分かりますが、まさかこのままあの王太子殿下との婚約を継続されるおつもりではないでしょうね?」
婚約破棄の理由としてあるのはユクトルがアレクシアに公務を押し付け、更に婚約者であるアレクシアではなくオリビアを優遇する、ということに尽きる。
公務の押し付け、という点は残っているが舞踏会のことでユクトルが婚約者ではないオリビアをエスコートするという可能性は非常に低くなった。
だが、とアレクシアは思う。
ユクトルが愛しているのはオリビアであり、アレクシアではない。
それにこのエスコートの件もオリビアの願いを聞いた形で成り立っている。
目の前でその一連の流れを見せつけられた側としては複雑な気持ちになってしまう。
いくら政略結婚とは言っても彼らの邪魔をしているようになるが、本当にいいのだろうか、と。
一度の生では思わなかったことをアレクシアは思うようになってしまった。
ゾフィーの言にマッテオが頷く。
「そうですよ。一応エスコートはして貰えるようですが、聞いているとあの男爵令嬢の言うままじゃないですか。このまま実行して……予定通りにされてくださると嬉しいのですが」
ここが食堂だということを思い出したのか、最後のほうは濁していたが、言いたいことは分かる。
黙ったままのアレクシアにユージーンが声を掛けた。
「まあ実際先ほど見せられた茶番劇はちょっと表現に困るものだったからね。こちらが思ったより彼女は知恵が回るようだ。だけど」
――俺としては諦めたつもりはないから。
続けられた言葉にアレクシアの頬が染まる。
免疫がないせいだ、とアレクシアは思った。
何しろこれまでそんな甘い駆け引きなど婚約者であるユクトルは少しもしてくれなかったため、思わせぶりな言葉に対して対応ができない。
それにここまで執着される理由が分からない。
「第二王子殿下。そこまで言って下さるのは嬉しいのですが、どうしてそこまでして下さるのでしょうか?」
アレクシアの問い掛けにユージーンが口を開き掛けたとき、聞き覚えのある声がした。
「ご歓談中のところ申し訳ありません。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
そう告げてそっと顔を伏せたのはオリビアだった。
このテーブルの中で一番身分の高いユージーンが促すとオリビアは顔を上げ、発言の許可を求めた。
「いいだろう」
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