裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん

文字の大きさ
2 / 12

第1話 王子サイラス視点

しおりを挟む
 失踪していたクラリッサを見つけたかもしれない――その知らせを持ち込んだのは、僕の叔母上でありクラリッサの母である公爵夫人ポーラだった。

「その子は……本当にクラリッサなのですか……?」

 時刻は正午。ファラクト国の宮廷。人払いされた貴賓室。そこに第二王子である僕の問いかけが響く。向かいにはユクル公爵とその夫人である叔母上が座っていたが、二人とも感情を抑えるのがやっとという感じで表情を強張らせていた。

 やがて叔母上は震え始め、その目から涙を滴らせる。

「まだ分からないわ……。でもその子は名前を“クララ”と言い、十二歳で、金髪に夕陽色の瞳を持っているそうなの……」

 その返答に、僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 公爵令嬢クラリッサ……彼女が生きていれば十二歳。失踪時、四歳だったクラリッサは自分自身のことを“クララ”と愛称で呼んでいた。さらには、金髪と夕陽色の瞳という見た目も一致している。その少女は、僕の婚約者なのだろうか?

 次いで、クラリッサの父であるユクル公爵が詳細を語り出した。

「一昨日、妻はサフィル街にある聖堂へ寄付に向かいました。すると昨日、老司祭が三日前に起きた事件について語ってくれたのだそうです。ハリオット伯爵家で女中をしているクララが聖堂近くの空き家で罪を犯し、治安官に拘束されたと」
「何だって……? 一体どんな罪を犯したのだ……?」
「男性を殴って強姦したのだと――」
「嘘だろう……」

 そう呟くと、ユクル公爵と叔母上が震え出した。

「私達も嘘だと思いました……! 悪い夢だと思いました……! しかしその少女は、現に傷害と強姦の罪で拘束されているのです……!」
「サイラス、どうか力を貸して……! その娘がクラリッサなのか調査して……! 見た目が一致していても、本当にクラリッサなのか分からないのよ……――」

 泣き崩れる二人。貴賓室に響く嗚咽。僕の胸が激しく痛む。

 クラリッサの失踪後――
 王家とユクル公爵家は総力をあげてクラリッサの捜索を行った。王都、街、農村をくまなく探し、貴族の許可を得て領地や屋敷内までも探し切った。しかしクラリッサは見付からず……そして失踪から八年後の今、ようやく希望が見えたのだ。

 この僕が、必ず真実を突き止めてやる――

 僕はユクル公爵と叔母上に、すぐ行動すると約束した。

 まず従者サムを呼び出し、サフィル街にある治安官事務所を見張るように命じる。さらに従者ベンをハリオット伯爵家へ小間使いとして侵入させ、クララの情報を集めさせる。十数名の従者には、クララが起こしたという事件を調査させる。

 酷く取り乱しているユクル公爵と叔母上には、宮廷で休養を取らせることにした。今後のことを考え、体力と精神力を温存させるべきだ。

 叔母上が事件を知ったのは昨日。事件が起きたのは四日前。通常は、犯人拘束から二十日程度で裁判となる。つまり残された日数は、十五日ほど。もし有罪判決を受け、刑が執行されたら手遅れになる。

 しかし僕達にできるのは、待つことだけだ。もし拘束されているクララに接触し、クラリッサだと感じても証拠が足りない。クララを公爵令嬢だと認めるには、確実な証拠が必要なのだ。だから僕達は知らせを待ち続けた――



 明後日の朝、サフィル街を調査したひとりの従者の伝書鳥が、僕の元へ飛んできた。その足の筒には、重要な手紙が入れられていた。

「何だと……? 老司祭は、治安官に嘘の証言をしたのか……?」

 叔母上に事件を語った老司祭は、ハリオット伯爵から金銭を受け取ったらしい。そして“クララがマイルズを犯したことにしなければ、酷い目に遭わせる”と脅されたそうなのだ。

 その発言は、従者が聖堂へ大金を寄付したことで聞き出せたようだ。さらに老司祭は、クララは強姦などしていないと語る。従者は目撃者の住民からも、重要な証言を引き出した。クララは、むしろ男達に襲われそうになっていたようだと。

 つまりクララは罪を犯していない……ハリオット伯爵に陥れられたのだ。

 そして夕方、伝書鳥が二羽飛んできた。ひとつは従者ベンからの手紙で、ひとつは従者サムからの手紙だ。僕はまずベンの手紙を見た。

「何ということだ……! 女中クララの肩にはライオン型の痣があるだと……!? それはクラリッサと全く同じじゃないか……!?」

 クラリッサには生まれつきの痣がある。それはライオンが座った形をした薄桃色の痣なのだ。伯爵家の女中によると、クララにはその痣があるという。さらにクララは孤児で、六歳の時に伯爵家へ雇われたらしい。そして“お嬢様だった記憶がある”と周囲に語っていたというのだ――

 間違いない! 女中クララは、公爵令嬢クラリッサだ!

 すぐに従者サムからの手紙も見る。そこには“翌夕、クララの裁判が行われます。街を騒がせた凶悪犯罪のため、早急に裁くそうです”と書かれていた。この王都からサフィル街まで、馬を駆らせても丸一日かかる。

 早く出発しなくては! クラリッサが危ない!

「ユクル公爵! 急いでサフィル街の裁判所へ向かおう!」
「サイラス様……! 必ずクラリッサを救い出しましょう……!」
「ああ、二人共……! どうかクラリッサを守ってちょうだい……!」

 クラリッサを陥れたハリオット伯爵を必ず潰す――僕も、ユクル公爵も、叔母上も、言葉を交わさずとも同じ気持ちだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。 私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...