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四章 残された時間
五十四話 目が離せない
しおりを挟む「どうしてここに……」
「……先輩こそ」
「俺は家族とお参りしに……その、ほら。俺受験生だろ? だから、合格祈願も兼ねてって母さんが……」
「そう、ですか」
しん、と世界が静まる。
ぎこちない会話は、到底数カ月前に一緒に文化祭を回った仲とは思えないほど他人行儀だった。
さっきまで聞こえていた雑踏がどこか遠くに聞こえ、俺は拳を握りしめる。
変な汗が背中を伝う。緊張しているのが自分でも分かる。
「……な、なあ。あま――」
「お兄さん! 甘酒、四つでいいのかい!?」
「あっ! え、えっと……」
屋台のおばちゃんの声に、俺はハッとする。どうしよう、と悩んで、俺は振り返った。
甘利が首を傾げる。
「甘利、お前甘酒は?」
「えっ。あ、飲めます、けど」
「よし」
「おばちゃん、甘酒五つに変更で」と、俺はおばちゃんに手のひらを向ける。
五と示した手を見て、おばちゃんは「まいど!」と声を上げた。溌剌とした声にモヤモヤしていた気持ちが一気に吹き飛ばされた気がした。
(おばちゃん力すげぇな)
「はいよ! 二千円ね!」
「はいはい」
俺は父さんの財布を開け、千円札を二枚取り出す。
おばちゃんに渡せば、「ちょいと待っててね」とお金を受け取る。
「あっ、先輩、俺の分払います」
「いいって」
甘利の申し出に、俺は首を横に振る。とはいえ、甘利の分はさすがに父さんの財布からは出せないので、俺の財布から四百円を移し替える。
甘利は困惑していたが、「気にすんな」と甘利の背中を叩けば、少し迷った後「ありがとうございます」と頭を下げた。
後輩らしい姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
(思ったより普通に喋れてるな)
俺はそう内心で呟きつつ、今更バクバクと煩い心臓を抑えた。
きっといつも通りに振舞う俺に、甘利は驚いていることだろう。だが、一番驚いているのは俺の方だ。
(びっ、くりしたぁ~……!)
バクバクと煩い心臓を抑えながら、俺は気付かれないよう何度も深呼吸を繰り返した。
甘利に呼び止められた時、心臓が止まったかと思った。
いろいろと考えすぎたせいで、ついに幻聴まで聞こえるようになったのかと本気で疑ったくらいだ。
しかし、目を合わせてすぐ、これが現実なのだと思い知る。
(相変わらずイケメンだこって)
こんなにきらきらした存在、他にいない。きっと幻を見たとしても、本物の輝きには勝てないんだろう。
甘利は首元にカーキーのマフラーを巻き、黒いロングダウンを羽織っている。もこもこした姿が甘利のツンとした雰囲気に合わさって、少しだけ柔らかく見える。
中はシャカシャカした素材のウインドブレイカーを着ており、髪は軽く整えただけなのが伺える。
(あ。寝ぐせ)
「……先輩。あんまりじろじろ見ないでくれませんか」
「あっ、わ、悪い。なんか、珍しくてさ。つい」
「?」
首を傾げる甘利に、俺は「ええっと」と言葉を探す。
「ほ、ほら、今までスキニーとか、ちゃんとしたのを着てるのは見たことあるんだけど、その、ラフな私服? ってのは初めて見るからさ」
「っ、それは……格好つけてたんですよ」
「へっ?」
「先輩によく見られたくて、ちゃんとした服を着るようにしてたんですよ」
「仮にもデートだったでしょう」と言われる。甘利の顔は真っ赤になっていた。
「でっ、はっ、えっ!?」
顔が熱い。羞恥心と嬉しさが綯交ぜになって込み上げてくる。
(なんで、そんなこと……!)
つーか、なに普通に言ってんだよっ。デートとか、格好つけたかったとかっ。
ああ、ダメだ。
嬉しくて死にそう。
「……今日も会うって知ってたら、まともな服着て来たのに」
「っ、な、んで。別に、いいじゃん。その恰好も似合ってる、し」
「……先輩は俺をどうしたいんですか」
甘利が頭を抱え、大きく息を吐く。
顔を大きな手で覆っているが、指の隙間から見える顔が真っ赤に染まっている。
俺はそれが嬉しくて。変わらない甘利の反応に愛おしさが込み上げてくる。
「ふっ」
「なんですか」
「ああ、いや。服でそこまで落ち込むんだったら、寝ぐせついてるって言ったらどんな反応するのかなって思って」
「!?」
甘利が咄嗟に頭を押さえる。くしゃ、と髪をかき混ぜ、赤い顔を更に赤くした。
「な、なんでわかるんですか。誰にも言われなかったのに」
「どんだけお前の頭見て来てると思ってんだよ」
撫でられまくったお前が悪い、と告げれば、甘利は驚いた目で俺を見下げる。
口元に手を寄せ、小さく咳き込んだ。「ずるいですよ、それ」と呟かれる言葉に、俺は首を傾げる。ずるいって何が。
「お兄さんたち、お兄さんたち!」
肩を叩かれ、俺と甘利は振り返る。呼んだのは、さっきの甘酒のおばちゃんだった。
おばちゃんの焦った顔に「どうしました?」と声を掛ければ、申し訳なさそうに眉を下げられた。
「ごめんねぇ。ちょいと目を離した隙に甘酒を焦がしちゃったみたいで。今すぐに新しいの持ってくるから、これ飲んで待ってて!? ね!?」
「うぇっ!?」
押し付けられる二人の甘酒。あまりの勢いに俺は受け取る他なかった。
「これは大丈夫なところだから! サービスしておくよ!」と言って、去って行くおばちゃん。他のお客さんにも言いに回らなきゃいけないらしい。
焦っている姿に「俺たちのはこれで大丈夫ですよ!」と叫べば、「あらそう? 悪いわねぇ」と申し訳なさそうな顔をしながら返された。
「すぐに準備するからね!」
「あはは。俺たちのはゆっくりで大丈夫ですよ」
「あらあら、優しい子ねぇ」
おばちゃんはそういうと、さっさと奥へと引っ込んでしまった。
甘酒を両手に、残された俺は甘利を振り返る。甘利も突然のことに驚いて目を見開いていた。
大きな目をした甘利と目が合う。甘酒を差し出せば、甘利がゆっくりとした動作で受け取った。
「どうせならもうちょっと話してくか?」
「……先輩が、嫌じゃなければ」
嫌なわけないだろ。
そう言いかけて、俺は口を噤む。それを言ってしまったら俺が甘利と話すのを楽しみにしているようで、恥ずかしい。
「待ってる間暇だし、付き合えよ」と言えば、甘利はほっとしたように息を吐いた。
屋台と屋台の隙間に体を滑り込ませ、俺と甘利は並んで待つ。
甘酒に口を付ければ、一番に温かさが、次に独特な香りと味が口に広がった。
「あったか……」
「温かいですね」
のんびりとした時間が流れる。
和やかな空気の中に、僅かな緊張感が漂っている。俺も甘利もそれを感じながら、何を話せばいいのか迷っていた。
(落ち着かねぇ)
久しぶりの甘利の存在に、ついそわそわしてしまう。
しきりに周囲を見回して、甘酒を手元で何度も握り直す。その度に冷えていた指先がじん、と痺れていくのを感じる。体温が巡っているのだろう。
温かさへの安心と詰まる緊張感に、俺は小さく息を吐き出した。白い息が空気に溶けていく。
「先輩」
「ん?」
「ちょっとこれ持っててください」
甘利に呼ばれ、俺は顔を上げる。差し出される甘酒のカップを受け取る。
両手が開いた甘利は、自分の首元にかかっているマフラーを取り始めた。暑かったのだろうか、と思っていれば、外されたマフラーがふわり俺の首に掛けられる。
「お、おい」
「動かないで」
手元のカップがちゃぷんと音を立てる。俺は甘利の言葉通りその場で止まる。
甘利のカーキー色のマフラーが首を一周し、前で軽く結ばれる。
「ちょ、大丈夫だって」
「嘘つかないでください。そんな薄着で出てきて……受験生なのに風邪ひいたらどうするんですか」
「うっ」
「ほら、こんなに冷たくなってる」
甘利の手が俺の両頬を包み込む。大きくて優しい手の平に、俺は息を飲んだ。
(あ、ったかい……)
俺は無意識に手に擦り寄る。まさか自分がそんなに冷えているとは思わなかった。
「ありがとうな、甘利」
「と、うぜんのこと、です」
「ははっ、顔真っ赤じゃねーか」
恥ずかしいんだろ、と告げれば、「そんなことないです」と真面目な顔で返された。
(全然変わってねーじゃん)
次に会った時、自分は何を言われてしまうのかと、あんなに悩んでいたのに。
変わらない甘利の様子に、俺は息を吐く。だんだん甘利の手と自分の頬が同じ温度になっていくのを感じる。
「きもちい……」
「っ、春先輩。さすがにそれはダメです」
「? 何が」
「は? もしかして今のが無意識だって言うんですか?」
甘利の目が強く開かれる。「本気で? 嘘でしょう?」と詰め寄って来る。
(イヤイヤ! 突然何の話ッ!?)
信じられないと言わんばかりの甘利の視線に、俺はつい身を引いてしまう。しかし、甘利の手は追いかけてくる。
ぐっと近づけられた顔に、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「ち、ちけぇよ、馬鹿っ」
「すみません。でも、先輩が悪いんですからね」
むっと甘利が口を尖らせる。なんだよ。俺が何かしたって言うのかよ。
強く見つめて来る甘利に、俺は負けじと視線を向ける。整った顔に今すぐ目を離したい気持ちになったが、気合で視線を合わせ続けた。
「……先輩。あんまり見ないでください」
「お前が見てるんだろ」
互いに視線が合わさったまま、ただただ見つめ合う。甘利の熱烈な視線に、どんどん羞恥心は込み上げて来る。
(目を逸らしたらダメだ。目を逸らしたらダメだ)
俺は必死に自分に言い聞かせた。
しばらく見つめ合う時間が続く。
――それに終わりを告げたのは、スマートフォンの着信音だった。
♪~♪♪……
「「!」」
甘利も俺も、びくぅっと肩が大きく震える。
(び、っくりした……っ)
バクバクと心臓が大きく跳ねる。俺はスマートフォンを取り出すと、画面を見た。
画面に映っているのは、妹――冬香の名前。
「やっべ」
きっと、俺の遅い帰りに心配してくれたのだろう。
俺は甘利に「悪い」と告げ、電話に出た。
「もしもし」
『もしもし、お兄ちゃん? 何してるの』
「ごめん、実は今――」
俺はおばちゃんから聞いた話をそのまま告げた。
冬香は最初は疑っていたものの、結局は『ふーん』と聞き入れてくれた。
『それじゃあ、まだ時間かかりそうってこと?』
「まあ、うん。そうだね」
『へぇ。まあ全然いいけど』
冬香の興味なさそうな声に、俺は「心配してくれてありがとうなぁ」と言う。
『はあ? 別に、心配してないし!』
「そうかそうか」
『ていうか、早く来ないと私達だけでお参りしちゃうんだからね!』
「えっ、もうそんなに進んだのか!?」
あれだけの列があったのに、と思っていれば、冬香は『知らない』と言う。
きっと今頃、電話の向こうでは冬香がそっぽを向いている頃だろう。
(可愛いなぁ)
「にへへへ……」
『何笑ってんの、気持ち悪いっ』
「え? 相思相愛?」
『はあ? 馬鹿なの?』
本気で蔑むような声色で言われ、俺はちょっとだけ悲しい気持ちになった。しかしお兄ちゃんはわかってるぞ。冬香が極度のツンデレであることは。そうやって強い言葉を使った後で、一人反省会をしているのを俺は知っている。
たまに本気でドン引きしてる時があるけど。
妹の可愛さにウンウンと頷いていれば、不意に人の気配を感じる。
(え、近くね?)
真横に来た影に、思わず視線だけで確認をすれば――甘利が俺のスマートフォンにぴったりと耳を付けていた。俺のスマートフォンというか、俺の手の甲だけど。
「えっ、おまっ、な、何してんの?」
「いえ。お気になさらず」
「気になるが???」
この距離を気にするなという方がおかしいだろう。
というか、なんだよその顔は。むすっとした顔しやがって。
『ちょっと、聞いてんの!?』
「あ、ごめんごめん」
『もういい!! 甘酒と一緒に迷子にでもなれば!』
ブツッ。吐き捨てられた怒りの声に、通話が一方的に切られる。
(ああ、拗ねちゃった)
冬香との電話中に別に気を取られてしまったからだ。冬香は自分が話をしている時に相手が集中していないと、嫌がるのだ。
(まあ、友達とは普通に話してるみたいだし、俺だけかもしれないけど)
それはそれで可愛い。
兄への絶大な信頼と壮大な甘えを感じて、喜び、舞い踊りたくなる。
俺はじっとりとした目で甘利を見た。
甘利はどこか浮かない顔でこちらを見ているが、正直知ったこっちゃない。
「ったく。お前が来たから冬香に電話切られちまったじゃねーか」
「……すみません。その、電話の内容が気になってしまって」
「お前が気にするようなことじゃねーよ。つーか気にすんな」
言外に、妹との電話を邪魔するなと告げる。
甘利はしょんぼりとした顔をしたまま、俺を見つめていた。その視線がもの言いたげで、俺は首を傾げる。
「なんだよ?」
「っ、いえ」
「早く言え」
首を振る甘利の胸元を掴む。驚く甘利を引き寄せ、俺はわしゃわしゃと頭を撫でてやった。
驚く甘利は一瞬目を見開き、体を強張らせたものの、抵抗も何もしてくる様子はない。
(なんだよ、また言えないことかよ)
むすっとしていれば、「そんな可愛い顔しないでください」と言われた。誰が可愛いだよ。馬鹿か。
「その……今のって、先輩の彼女ですか?」
「はい?」
「仲、よさげに聞こえたので……」
甘利の声が尻すぼみになっていく。まるで答えは聞きたくないと言わんばかりだ。
俺は一瞬止まってしまったものの、込み上げてくる愉快さににんまりと口が弧を描いていく。目を向けた甘利がぎょっとした顔で俺を見た。
「そうそう。俺のかわいー彼女」
「っ、そ、そうですか」
「って言うとすげーキレられるんだけどさ」
「?」
数年前のことを思い出す。
中学の頃は、今よりももっと小さい妹をそれはもう猫かわいがりしていた。ツンデレのツンも猫の威嚇にしか見えなかったし、時々返される甘えにそれはもうでれっでれだった。
(友達に彼女ってふざけて紹介したら、二日は口利いてもらえなかったんだっけ)
確かその時は好きな人がいたとか。さすがに悪いことしたなと、当時は思った。苦い思い出だ。
「安心しろ。今のは妹だよ」
「えっ?」
「あ。でもお前にはやらねーから」
甘利の驚きも乾かないうちに、俺は釘を刺す。
きょとんとした甘利は数秒後、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。それはもう、深々と。
「その冗談、心臓に悪いです」
「ははは。悪い悪い」
「先輩に彼女が出来たのかと焦ったじゃないですか」
「は」
甘利の言葉に、俺は静止する。
(や、ば)
まともに食らってしまった。俺はじわじわと込み上げてくる熱に、目を逸らそうとする。
「なんて、冗談ですよ」
「ぁ、え」
「真に受けちゃいました?」
ふふ、と甘利が笑う。顔を上げ、甘利の表情を見た。
(……冗談なら、もっといい顔で言えよ)
なんでそんな寂しそうな顔で言うんだよ。全然笑えねーじゃねーか。
俺はバクバクと煩い心臓を抑える。
甘利が冗談にしようとした言葉は、ちゃんと俺に届いている。それを、甘利はわかっているのだろうか。
(いや、わかってねーんだろうな)
でも……それならそれでいい。せっかく普通に話せているのに、ぎくしゃくするのは、よくない。
(楽しすぎて、甘利を傷つけた側だってこと、忘れそうになる)
自身への戒めには、ちょうどよかったのかもしれない。
「そ、うかよ。勘違いしそうになったわ、ははは」
「っ、先輩」
「そ、それより、お前、最近どうなわけ? 陸上とかさ。ああそうだ、冬休み前にテストあっただろ。赤点取らなかったか?」
俺は強引に話を変える。
甘利は少し間を開けて、「……はい」と小さく呟いた。
「そう、か」
「先輩のおかげです。授業中に寝ないようにしたら、一気に点数が上がりました」
「普通、授業中は寝ねーんだよ」
「育ち盛りなんです」
甘利は淡々と呟く。気持ちはわかるが、授業はちゃんと聞け。
「でも、ありがとうございます。おかげで今後、先輩に心配させることにならずに済みそうです」
「あ……」
俺は声が返せなかった。甘利を直視できず、俺は視線を彷徨わせる。
「そ、うだな」と呟きながら、甘酒を持っている手が震えているような気がした。
「大変だろうけど、その、出来るだけ赤点は取らないようにしろよ」
「はい。ご迷惑おかけしました」
「迷惑とかじゃ、ねーけど……」
甘利の言葉が一々突き刺さる。
(ああもう、何なんだよ)
なんでそんなに他人になろうとするんだよ。まるで、俺がいなくても生きていけるって証明を突き付けられているみたいで、悲しくなる。
今まで通りを望む方が酷なのはわかっているけど、明け透けすぎて気持ちが追い付かない。
「先輩こそ、行きたい大学決まったんですよね?」
「あ、ああ。まあな」
「ずっと悩んでいましたもんね。決まってよかったです」
甘利の優しい声に、心臓が締め付けられる。なんで覚えてるんだよ、馬鹿。
「やっぱり写真系ですか?」
「あー……まあ。うん」
「春先輩らしいですね。何か決め手があったんですか?」
(決め手、なぁ)
「……あるにはある。けど、お前には言いたくない」
「そう、ですか」
甘利は俯く。そういう反応になることは分かっていた。けど、言いたくないのも本当で。
「つか、なんでお前が俺の大学のこと知ってんだよ。ほとんど会ってなかったじゃねーか」
「あぁ、百瀬が言ってました。百瀬は木葉先輩から聞いたと」
「秋人のやつ……」
はぁ、と息を吐く。
あいつの口の軽さは一流だな。
「受かるといいですね」
「おーおー。神様にも、お前の願いついでに祈っといてくれ」
「ついででいいんですか」
甘利が笑う。その顔に、俺もつられて笑ってしまう。
(……やっぱり好きだ)
この距離感も、甘利との時間も。
「お兄さん達! お待たせ! 甘酒が用意できたよ!」
「お。よっしゃ」
おばちゃんの声に俺は振り返る。これでやっと目的を達成出来る、と俺は自分の甘酒を飲み干した。冷えた甘酒は、やっぱりそこまで美味しくない。
「はい、残りの甘酒三つと、これね!」
「これは?」
「お詫びよ、お詫び!」
快活におばちゃんが笑う。
甘酒と共に差し出されたのは、今川焼きだった。
(そんな。ただの事故なのに)
「ちょ、さすがにもらえな――」
「いいのよ、いいのよぉ! どーせうちの息子がやってる店なんだしっ」
「えっ?」
ほらあれ、と向かいの店を指差す。
そこには気前の良さそうなおじさんがいた。にこやかに微笑む彼に、俺達も会釈を返す。
「ほらほら! 美味しいから食べてってちょーだい!」
「あ、ありがとうございます」
「たくさん食べて、大きくなるのよ~」
俺達は半ば押し付けられるように、今川焼きと甘酒を受け取る。最後まで快活なおばちゃんは、ウインクをして仕事に戻って行った。
「なんか、すごい人でしたね」
「だな」
俺達はとりあえず人の邪魔にならないように屋台から離れ、俺達はお互いの手元を見つめる。
俺の手元には、甘酒一つと今川焼き二つ。
甘利の手には二つの甘酒がある。
「見事に両手塞がったな」
「そうですね」
今川焼きを貰えたのは嬉しいけど、両手が塞がっていたら食べるに食べられない。
足元は砂利道だし、甘酒は出来たてホヤホヤ。持ち替えたら大変なことになるのは目に見えている。
俺達は顔を見合わせ――どちらともなく吹き出した。
「ふははっ、俺達何やってんだろうな!」
「ふふ、そうですね」
「とりあえず、甘酒渡しに戻るかぁ」
「俺も行っていいんですか?」
「甘酒二つ持ってんのお前だろー? むしろ来てもらわないと困る」
「貰ったこれもあるしな」と俺は今川焼きを持った手を振る。甘利は「そうでした」と小さく笑うと、俺を追いかけてきた。
大きな尻尾が左右に振られているのが見える。花まで飛ばして、本当に嬉しそうだ。
(やっべ)
かく言う俺も同じだ。
――『隣に甘利がいる』。
その事実と懐かしさに、俺は緩む頬を抑えられなかった。
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