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四章 残された時間
五十六話 もう最強になった気分
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俺たちはそのまま、参拝の列に並ぶ。
幸い、後ろの人が母さんの顔見知りだったようで、快く譲ってもらえた。お礼に後日お菓子を持って行かされるだろうけど、その時は甘んじて受けようと思う。
貰った今川焼きは、とうに食べ終わってしまった。
「それにしてもおっきいわねぇ。身長どれくらいあるの?」
「この前計った時は百八十二になってました」
「げっ。お前、半年で一センチ伸びたのかよ」
「最近寝てると足がギシギシ言うんです」
「面白いですよ」と言う甘利は、どこか遠くを見つめている。
(で、でかいのも大変なんだな……)
「甘利くんは、お兄ちゃんとはどういう経緯で知り合ったんですかぁ?」
「こら。甘利先輩か、甘利さんだろ。くん付けやめろ」
「はあ? お兄には関係ないし」
じっとっとした目が俺を射抜く。冬香は甘利の腕にくっついて離れない。
甘利も特に気にしていないのか、振り払うこともしていなかった。
「甘利くんは嫌ですか?」
「えっと、別になんでもいいかな」
「じゃあ甘利“くん”って呼ばせてもらいますね~!」
えへへ、と冬香が笑う。その後、勝ち誇ったような視線が俺に向けられた。
(う、うわあ~~~~!)
ムカつく! ムカつくけど可愛い!! 宇宙一可愛い!! 天下取れるレベルだろ!!
ぐあああ、と一人唸り声を上げていれば、「先輩、大丈夫ですか?」と心配そうな声を掛けられる。
「うう……俺を気にしてくれるのはお前だけだよ、甘利」
「そ、んなことないと思いますけど」
「いやいや、マジでそうなんだって」
俺は神妙な面持ちで頷く。甘利は知らないからそう言えるんだ、と呟けば、よしよしと頭を撫でられた。
温かい指先に、俺はドキリとした。
「ちょっと、お兄ばっかりずるい!」
「えっ」
ぐいっと甘利の腕が引っ張られる。「今の、私にもやってくださ~い」と言う冬香に、甘利はたじたじになっていた。
(なんつーか)
ファンと距離の近いアイドルみたいで大変そうだな。
「ええっと、ごめんね。それより、先輩と知り合った経緯だっけ?」
「あ、そうですそうです~!」
甘利はさらっと話題を変えた。冬香もそれに乗る。
「そうだな……春先輩を知ったのは偶然で、俺が声をかけたんだ。先輩の撮る写真を見て『先輩の見る世界ってどう映ってるんだろう』とか、『俺の事、先輩ならどう見るんだろう』とか、いろいろ気になって。入学式終わってすぐに探し出して……って感じかな」
「お兄ちゃんの撮った写真?」
「冬香ちゃんはまだ見たことないのかな? すごくいい写真だよ」
ふっと甘利が笑う。
緊張していたさっきまでとは打って変わって、優しい表情で話す甘利にその場にいた全員が目を見開いた。もちろん、俺も。
「ば、馬鹿、何言ってんだよっ」
「? 先輩? どうしたんですか? 顔真っ赤ですけど」
「お前、変なこと言わなくていいから、マジでっ!」
「変なことじゃないです」
「本当の事ですから」と畳みかける甘利に俺は顔を覆う。
(もうっ、勘弁してくれ……!)
恥ずかしくて死にそうだ。
甘利の真っすぐな言葉に、脳の奥が溶かされていくような気がする。
俺は咄嗟に「べ、別にそんなことは聞いてねぇよ!」と声を上げた。苦し紛れだけど、何も言わないよりはマシだろう。
「ふーん……なんていうか、甘利くんてうちのお兄ちゃんの事、すっごいリスペクトしてる?」
「リスペ……?」
「尊敬してるってこと!」
「尊敬……まあ、そんな感じかな」
肯定する甘利に「へえ」と冬香が呟く。その視線は絶対零度の目線だった。
(さっきまでのキラキラはどこ行ったよ!?)
あの顔を俺にも向けてくれ! 無理だろうけど! 兄ちゃんだって寂しいんだぞ!
「まあでも。お兄ちゃんって、ちょっと抜けてるから。甘利くんの思う人じゃないかもしれないよ?」
「そういうところも先輩の魅力だと思うよ」
「そう? 意外と子供っぽいし、結構好き嫌いはっきりしてるし。今だってパンばっかり食べてるからお母さんに怒られてるし」
「ああ、そういえば。春先輩ってパン好きだよね。総菜パンとかよく食べてるし」
「っ、へぇ、結構知ってるんだ」
「まあ。しばらくの間、お昼一緒にさせてもらってたからね」
「今は受験勉強に専念してるみたいだけど」と甘利の視線が俺に向けられる。……避けてて悪かったよ。
(でも、元はお前が悪いんだからな)
キスなんかして、告白までしてきて……俺の感情ぐっちゃぐちゃにしたのはお前なんだから。
「ふーん。でも、いろいろ止めといたほうがいいんじゃない?」
「それは、どういうことかな?」
「べっつにぃ? でもほら、お兄って私にベッタベタに甘いし、私が欲しいって言った物とか全部くれるし?」
「へぇ、それは優しいお兄さんだね」
「シスコンだから当然でしょ」
冬香の言葉に俺はショックを受ける。
(俺、やっぱりシスコンなのか……っ)
冬香のツンが最近多いのは、俺がシスコンでうざいからなのだろうか。
でもそれにしてはこの前もアイス半分くれたし、俺が勉強してると俺の分の洗濯物を部屋の前まで運んでくれたりもする。
「そっか。羨ましいな」
「どっちが?」
「さあ」
にっこり。甘利が笑う。完璧なほどまでに作られた笑顔の後ろには、黒いオーラが漂っていた。
甘利と冬香の視線がバチバチと火花を散らす。
(え、なんで喧嘩みたいになってんの?)
俺は漸くハッとする。なんでかわからないが、二人は今対立しているらしい。本当に、なんでかわからないけど。
「あ、甘利? 冬香?」
「何ですか?」
「何?」
「あ、いや」
(迫力こえぇえええ!!)
美人と美形の視線を一気に受けた俺は、その威力に震え上がった。
ピシリと固まる俺を余所に、甘利と冬香は未だに論争を続けている。腕を組んだままだから、まるで喧嘩してるカップルみたいだと思った。
何故かピリついた二人を宥めながら、俺は参拝を終える。
そのまま流れるようにおみくじを引き、俺たちは中を見る。
(吉か)
可もなく不可もなくって感じの内容に、俺は苦笑いを零す。合格祈願だって言うのに、微妙な運はどう解釈したらいいんだろうか。
(まあ、どうせただの運試しだし)と心の中で言い訳を呟けば、冬香が俺の前に立つ。
「あげる」
「えっ?」
ぐっと胸元に何かが押し付けられた。
反射的に受け取り、それが冬香の引いたおみくじであることに気が付く。
そこには、他より大きな字で『大吉』と書かれていた。
「い、いやいやいや! これはお前が持ってろよ! せっかくの大吉なんだし!」
「別に運試しだから。それに、お兄が引いたのってどうせ吉でしょ?」
図星に何も言い返せない。
「毎年同じの引いてよく飽きないよね」とは、去年の冬香の言葉だ。
「で、でも、大吉だぞ!? 良いことあるかもしれないんだぞ!?」
「うるさいなあ! 大人しく受け取っとけばいいでしょ!」
冬香が投げやりに声を上げる。俺は、それ以上言い返すことが出来ず、押し付けられたおみくじを見た。
大吉と書かれたその下に、『勉学 努力が結ばれる』と文字が綴られている。
(冬香が俺の為に……!)
兄ちゃんは泣きそうだよ、冬香……!
感動に打ちひしがれていれば、ふと大きな影が差し込む。
顔を上げれば、甘利がおみくじを差し出していた。
「先輩。俺のもあげます」
「はっ?」
すっと差し出されるおみくじ。
そこには同じように大吉と書かれていた。
「いや、流石にもらえねーって」
「もらってください。俺も、運試しで引いたようなもんだから」
甘利は淡々と告げる。
とはいえ、俺たちのノリに合せるようにして甘利が買っているのを見ていたので、俺は素直に受け取れない。
「いーよ。お前はお前の幸せのために持ってろよ。あ、結んでった方がいいんだっけ?」
「先輩」
「な、っ!」
甘利に手を握られる。
(力、つよ)
俺は手を引っ込めることも出来ず、そのままおみくじを握らされてしまった。
「っ、おい」
「もらえないなら、借りててください」
突拍子もない言葉に、俺は「は?」と首を傾げる。
甘利の顔は真剣だった。真剣に俺を見つめ、俺だけを見ている。
「どういう……」
「俺は四月まで大会がありません。なので、先輩の試験中は俺の運を貸します」
「あ、ああ、なるほど?」
「試験が終わったら、返してくれればいいですから」
甘利の目が俺を見上げる。
(返すのか)
俺はふと、無意識に落胆してる自分に気付く。じわじわと込み上げて来る羞恥に、俺は慌てて甘利の手からおみくじを抜き取った。
「わ、わかった! お前がそこまで言うなら、そうさせてもらうわ! サンキューな!」
「いえ。俺が出来るのはこれくらいですから」
視線を下げる甘利に、俺はそんなことない、と言い返そうとして言葉を止める。
(……いや、これ以上は踏み込み過ぎるか)
何となく、頭の隅で急ブレーキがかかる。
俺は「ありがとうな」ともう一つ告げると、おみくじを綺麗にポケットにしまった。
その後、父さんと母さんは先に帰るといい、俺と甘利、冬香は屋台を巡ることになった。
「冬香、いいのか? もしあれだったら今からでも友達とか誘って……」
「いいって言ってんじゃん。ていうか、元旦に誘っても来る友達なんかいないって」
「それもそうか」
「じゃあ、兄ちゃんがたくさん買ってやろう」と俺は財布を出す。
瞬間、ふわりといい匂いがする。振り返れば、既にたこ焼きとじゃがバターを買って食べている甘利がいる。
「お前は……本当に色気より食い気だよな」
「先輩も食べますか? 美味しいですよ」
「え? マジ?」
じゃあ一口だけ、と口を開ける。瞬間、空気が固まった。
(え? 何?)
口を開けたままの間抜けな顔で、俺は戸惑う。「な、なんだよ」と呟けば、甘利と冬香が二人してため息を吐いていた。
「お兄、ほんっと最悪……」
「心臓に悪いです、春先輩」
「はあ!? 何が!?」
意味わかんねー! もういい!
俺はフンと顔を背け、一人で歩き出す。二人は慌てて着いて来た。
「射的ありますよ、先輩」と言う甘利に、「はあ? お兄は射的よりも輪投げの方が好きなの!」と冬香が突っかかる。
言っておくが、俺はどっちも好きじゃないし、どっちもやらないからな。
「それよりさぁ、お面とかのがよくない? 映えるし。お兄、遊園地でも耳とか買う派だもん」
「へぇ、そうなんだ。有益な情報ありがとう」
「ちょっと。アンタに言ったわけじゃないんだけど?」
「でもこのレパートリーじゃあさすがに幼児向けが多すぎない? そりゃあ先輩は何でも似合うけど」
「スルーとか最低。てかそれが良いんじゃん」
「そうかな」
「なんで意気投合してんの???」
怒りのボルテージは既に下がりきり、俺は目の前の現象に突っ込まざるを得なかった。
(ていうか冬香、もう猫被るのやめてるし)
人前だと“お兄ちゃん”って言うのに、甘利に対してもお兄呼び出し。
なにが二人を繋いだのか。俺にはもう何もわからない。
大きくため息を吐き出し、俺はとりあえずチョコバナナを三本買った。
顔のついたチョコバナナだ。それを二人の口に突っ込む。驚いた二人は目をぱちぱちと瞬かせた。
「ふはっ、二人ともすっげぇ顔」
ぽかんとする二人に、俺はつい声が零れてしまった。
二人は顔を見合わせる。チョコバナナの先端を齧り、二人は口々に文句を言う。それを俺は聞き流しながら「ほら、さっさと行くぞ」と歩き出した。
「あ、なあ二人とも、ヨーヨー釣りしようぜ」
「いいですよ、先輩」
「やっぱり子供……」
「冬香はやんねーの?」
「は? やるに決まってるでしょ」
久しぶりの楽しい時間。最愛の妹と、好きな人という異色の組み合わせは、思った以上に楽しかった。
(こんな時間が続けばいいのに)
無意識にそう願ってしまうくらいには、俺にはこの時間が特別だった。
大切な二人と過ごし、運まで受け取った今、俺は最強になった気分だった。
――試験日まで、あと二週間とちょっと。
卒業まで、あと……――
幸い、後ろの人が母さんの顔見知りだったようで、快く譲ってもらえた。お礼に後日お菓子を持って行かされるだろうけど、その時は甘んじて受けようと思う。
貰った今川焼きは、とうに食べ終わってしまった。
「それにしてもおっきいわねぇ。身長どれくらいあるの?」
「この前計った時は百八十二になってました」
「げっ。お前、半年で一センチ伸びたのかよ」
「最近寝てると足がギシギシ言うんです」
「面白いですよ」と言う甘利は、どこか遠くを見つめている。
(で、でかいのも大変なんだな……)
「甘利くんは、お兄ちゃんとはどういう経緯で知り合ったんですかぁ?」
「こら。甘利先輩か、甘利さんだろ。くん付けやめろ」
「はあ? お兄には関係ないし」
じっとっとした目が俺を射抜く。冬香は甘利の腕にくっついて離れない。
甘利も特に気にしていないのか、振り払うこともしていなかった。
「甘利くんは嫌ですか?」
「えっと、別になんでもいいかな」
「じゃあ甘利“くん”って呼ばせてもらいますね~!」
えへへ、と冬香が笑う。その後、勝ち誇ったような視線が俺に向けられた。
(う、うわあ~~~~!)
ムカつく! ムカつくけど可愛い!! 宇宙一可愛い!! 天下取れるレベルだろ!!
ぐあああ、と一人唸り声を上げていれば、「先輩、大丈夫ですか?」と心配そうな声を掛けられる。
「うう……俺を気にしてくれるのはお前だけだよ、甘利」
「そ、んなことないと思いますけど」
「いやいや、マジでそうなんだって」
俺は神妙な面持ちで頷く。甘利は知らないからそう言えるんだ、と呟けば、よしよしと頭を撫でられた。
温かい指先に、俺はドキリとした。
「ちょっと、お兄ばっかりずるい!」
「えっ」
ぐいっと甘利の腕が引っ張られる。「今の、私にもやってくださ~い」と言う冬香に、甘利はたじたじになっていた。
(なんつーか)
ファンと距離の近いアイドルみたいで大変そうだな。
「ええっと、ごめんね。それより、先輩と知り合った経緯だっけ?」
「あ、そうですそうです~!」
甘利はさらっと話題を変えた。冬香もそれに乗る。
「そうだな……春先輩を知ったのは偶然で、俺が声をかけたんだ。先輩の撮る写真を見て『先輩の見る世界ってどう映ってるんだろう』とか、『俺の事、先輩ならどう見るんだろう』とか、いろいろ気になって。入学式終わってすぐに探し出して……って感じかな」
「お兄ちゃんの撮った写真?」
「冬香ちゃんはまだ見たことないのかな? すごくいい写真だよ」
ふっと甘利が笑う。
緊張していたさっきまでとは打って変わって、優しい表情で話す甘利にその場にいた全員が目を見開いた。もちろん、俺も。
「ば、馬鹿、何言ってんだよっ」
「? 先輩? どうしたんですか? 顔真っ赤ですけど」
「お前、変なこと言わなくていいから、マジでっ!」
「変なことじゃないです」
「本当の事ですから」と畳みかける甘利に俺は顔を覆う。
(もうっ、勘弁してくれ……!)
恥ずかしくて死にそうだ。
甘利の真っすぐな言葉に、脳の奥が溶かされていくような気がする。
俺は咄嗟に「べ、別にそんなことは聞いてねぇよ!」と声を上げた。苦し紛れだけど、何も言わないよりはマシだろう。
「ふーん……なんていうか、甘利くんてうちのお兄ちゃんの事、すっごいリスペクトしてる?」
「リスペ……?」
「尊敬してるってこと!」
「尊敬……まあ、そんな感じかな」
肯定する甘利に「へえ」と冬香が呟く。その視線は絶対零度の目線だった。
(さっきまでのキラキラはどこ行ったよ!?)
あの顔を俺にも向けてくれ! 無理だろうけど! 兄ちゃんだって寂しいんだぞ!
「まあでも。お兄ちゃんって、ちょっと抜けてるから。甘利くんの思う人じゃないかもしれないよ?」
「そういうところも先輩の魅力だと思うよ」
「そう? 意外と子供っぽいし、結構好き嫌いはっきりしてるし。今だってパンばっかり食べてるからお母さんに怒られてるし」
「ああ、そういえば。春先輩ってパン好きだよね。総菜パンとかよく食べてるし」
「っ、へぇ、結構知ってるんだ」
「まあ。しばらくの間、お昼一緒にさせてもらってたからね」
「今は受験勉強に専念してるみたいだけど」と甘利の視線が俺に向けられる。……避けてて悪かったよ。
(でも、元はお前が悪いんだからな)
キスなんかして、告白までしてきて……俺の感情ぐっちゃぐちゃにしたのはお前なんだから。
「ふーん。でも、いろいろ止めといたほうがいいんじゃない?」
「それは、どういうことかな?」
「べっつにぃ? でもほら、お兄って私にベッタベタに甘いし、私が欲しいって言った物とか全部くれるし?」
「へぇ、それは優しいお兄さんだね」
「シスコンだから当然でしょ」
冬香の言葉に俺はショックを受ける。
(俺、やっぱりシスコンなのか……っ)
冬香のツンが最近多いのは、俺がシスコンでうざいからなのだろうか。
でもそれにしてはこの前もアイス半分くれたし、俺が勉強してると俺の分の洗濯物を部屋の前まで運んでくれたりもする。
「そっか。羨ましいな」
「どっちが?」
「さあ」
にっこり。甘利が笑う。完璧なほどまでに作られた笑顔の後ろには、黒いオーラが漂っていた。
甘利と冬香の視線がバチバチと火花を散らす。
(え、なんで喧嘩みたいになってんの?)
俺は漸くハッとする。なんでかわからないが、二人は今対立しているらしい。本当に、なんでかわからないけど。
「あ、甘利? 冬香?」
「何ですか?」
「何?」
「あ、いや」
(迫力こえぇえええ!!)
美人と美形の視線を一気に受けた俺は、その威力に震え上がった。
ピシリと固まる俺を余所に、甘利と冬香は未だに論争を続けている。腕を組んだままだから、まるで喧嘩してるカップルみたいだと思った。
何故かピリついた二人を宥めながら、俺は参拝を終える。
そのまま流れるようにおみくじを引き、俺たちは中を見る。
(吉か)
可もなく不可もなくって感じの内容に、俺は苦笑いを零す。合格祈願だって言うのに、微妙な運はどう解釈したらいいんだろうか。
(まあ、どうせただの運試しだし)と心の中で言い訳を呟けば、冬香が俺の前に立つ。
「あげる」
「えっ?」
ぐっと胸元に何かが押し付けられた。
反射的に受け取り、それが冬香の引いたおみくじであることに気が付く。
そこには、他より大きな字で『大吉』と書かれていた。
「い、いやいやいや! これはお前が持ってろよ! せっかくの大吉なんだし!」
「別に運試しだから。それに、お兄が引いたのってどうせ吉でしょ?」
図星に何も言い返せない。
「毎年同じの引いてよく飽きないよね」とは、去年の冬香の言葉だ。
「で、でも、大吉だぞ!? 良いことあるかもしれないんだぞ!?」
「うるさいなあ! 大人しく受け取っとけばいいでしょ!」
冬香が投げやりに声を上げる。俺は、それ以上言い返すことが出来ず、押し付けられたおみくじを見た。
大吉と書かれたその下に、『勉学 努力が結ばれる』と文字が綴られている。
(冬香が俺の為に……!)
兄ちゃんは泣きそうだよ、冬香……!
感動に打ちひしがれていれば、ふと大きな影が差し込む。
顔を上げれば、甘利がおみくじを差し出していた。
「先輩。俺のもあげます」
「はっ?」
すっと差し出されるおみくじ。
そこには同じように大吉と書かれていた。
「いや、流石にもらえねーって」
「もらってください。俺も、運試しで引いたようなもんだから」
甘利は淡々と告げる。
とはいえ、俺たちのノリに合せるようにして甘利が買っているのを見ていたので、俺は素直に受け取れない。
「いーよ。お前はお前の幸せのために持ってろよ。あ、結んでった方がいいんだっけ?」
「先輩」
「な、っ!」
甘利に手を握られる。
(力、つよ)
俺は手を引っ込めることも出来ず、そのままおみくじを握らされてしまった。
「っ、おい」
「もらえないなら、借りててください」
突拍子もない言葉に、俺は「は?」と首を傾げる。
甘利の顔は真剣だった。真剣に俺を見つめ、俺だけを見ている。
「どういう……」
「俺は四月まで大会がありません。なので、先輩の試験中は俺の運を貸します」
「あ、ああ、なるほど?」
「試験が終わったら、返してくれればいいですから」
甘利の目が俺を見上げる。
(返すのか)
俺はふと、無意識に落胆してる自分に気付く。じわじわと込み上げて来る羞恥に、俺は慌てて甘利の手からおみくじを抜き取った。
「わ、わかった! お前がそこまで言うなら、そうさせてもらうわ! サンキューな!」
「いえ。俺が出来るのはこれくらいですから」
視線を下げる甘利に、俺はそんなことない、と言い返そうとして言葉を止める。
(……いや、これ以上は踏み込み過ぎるか)
何となく、頭の隅で急ブレーキがかかる。
俺は「ありがとうな」ともう一つ告げると、おみくじを綺麗にポケットにしまった。
その後、父さんと母さんは先に帰るといい、俺と甘利、冬香は屋台を巡ることになった。
「冬香、いいのか? もしあれだったら今からでも友達とか誘って……」
「いいって言ってんじゃん。ていうか、元旦に誘っても来る友達なんかいないって」
「それもそうか」
「じゃあ、兄ちゃんがたくさん買ってやろう」と俺は財布を出す。
瞬間、ふわりといい匂いがする。振り返れば、既にたこ焼きとじゃがバターを買って食べている甘利がいる。
「お前は……本当に色気より食い気だよな」
「先輩も食べますか? 美味しいですよ」
「え? マジ?」
じゃあ一口だけ、と口を開ける。瞬間、空気が固まった。
(え? 何?)
口を開けたままの間抜けな顔で、俺は戸惑う。「な、なんだよ」と呟けば、甘利と冬香が二人してため息を吐いていた。
「お兄、ほんっと最悪……」
「心臓に悪いです、春先輩」
「はあ!? 何が!?」
意味わかんねー! もういい!
俺はフンと顔を背け、一人で歩き出す。二人は慌てて着いて来た。
「射的ありますよ、先輩」と言う甘利に、「はあ? お兄は射的よりも輪投げの方が好きなの!」と冬香が突っかかる。
言っておくが、俺はどっちも好きじゃないし、どっちもやらないからな。
「それよりさぁ、お面とかのがよくない? 映えるし。お兄、遊園地でも耳とか買う派だもん」
「へぇ、そうなんだ。有益な情報ありがとう」
「ちょっと。アンタに言ったわけじゃないんだけど?」
「でもこのレパートリーじゃあさすがに幼児向けが多すぎない? そりゃあ先輩は何でも似合うけど」
「スルーとか最低。てかそれが良いんじゃん」
「そうかな」
「なんで意気投合してんの???」
怒りのボルテージは既に下がりきり、俺は目の前の現象に突っ込まざるを得なかった。
(ていうか冬香、もう猫被るのやめてるし)
人前だと“お兄ちゃん”って言うのに、甘利に対してもお兄呼び出し。
なにが二人を繋いだのか。俺にはもう何もわからない。
大きくため息を吐き出し、俺はとりあえずチョコバナナを三本買った。
顔のついたチョコバナナだ。それを二人の口に突っ込む。驚いた二人は目をぱちぱちと瞬かせた。
「ふはっ、二人ともすっげぇ顔」
ぽかんとする二人に、俺はつい声が零れてしまった。
二人は顔を見合わせる。チョコバナナの先端を齧り、二人は口々に文句を言う。それを俺は聞き流しながら「ほら、さっさと行くぞ」と歩き出した。
「あ、なあ二人とも、ヨーヨー釣りしようぜ」
「いいですよ、先輩」
「やっぱり子供……」
「冬香はやんねーの?」
「は? やるに決まってるでしょ」
久しぶりの楽しい時間。最愛の妹と、好きな人という異色の組み合わせは、思った以上に楽しかった。
(こんな時間が続けばいいのに)
無意識にそう願ってしまうくらいには、俺にはこの時間が特別だった。
大切な二人と過ごし、運まで受け取った今、俺は最強になった気分だった。
――試験日まで、あと二週間とちょっと。
卒業まで、あと……――
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閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
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その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
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