逃げた先に、運命

夢鴉

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四章 散らばった真実をかき集めて

25-2 悪戯っ子の顔が良く似合う

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「おかえり、暁月くん」

 多少冷静になった頭でリビングに戻れば、蜜希さんが出迎えてくれた。
「ちゃんと温まったみたいだね。よかったよかった」と微笑む蜜希さんに、俺は罪悪感と幸福感に苛まれる。
 決して風呂場で俺がしていたことは、バレてはいけない。

 時計を見れば、俺が風呂に入ってから三十分ほど経っていた。
 長風呂とも言えない、絶妙な時間だ。ナイス時間調整。

 俺は平静を装って「お風呂、沸かしておいてくれてありがとうございます」と頭を下げた。

「ふふふ。やっぱり寒い時に湯船は必須じゃん?」

 ホクホクと嬉しそうな蜜希さん。嬉しそうな笑顔に、心臓がきゅうっとなった。
 今の彼なら、目に入れても痛くなさそうだ。

 ソファに座る蜜希さんの正面に腰かけ、俺はドライヤーの準備をする。
 コンセントを差し込んで、スイッチに指をかけた。

「僕も入っちゃったし」
「え」
「あっ、ちゃんとお湯は張り替えたから」

 心配しないで、と蜜希さんが慌てた様子で言う。
(いや、心配しないでって……)
 そうじゃない。そんな心配よりもっと大切なことがある。

 俺はバクバクと煩くなる胸元を、服の上から抑え込んだ。
(え、つまりあの湯船に蜜希さんも入っていたってことか? 同じ湯船に入って? 俺はあんなことをしたって?)

 背徳感で爆発しそうだ。主に俺の心が。
 ぐわっと上がる熱に上体を前に思いっきり倒せば、「暁月くん、身体柔らかいねぇ」と言われた。
 褒められて嬉しい反面、今はそれどころじゃないと思う自分がいる。

(てっきりシャワーだけかと……)
 それもそれで恥ずかしいことに変わりはないけれど。
 何となく入っている時間とか、場所とか……いろいろあるだろう。たぶん。

 取り留めのないことが頭の中を巡る。なんのスイッチを押したのか、宵月旅館のお風呂での光景が頭を過った。

 温泉の水を引いた露天風呂。
 その感動を、塗り潰さんばかりの蜜希さんの魅惑。
 白い四肢を煙が隠し、彼の赤らんだ頬が上機嫌に微笑む。水分が豊富で、潤んだように見える瞳は甘く、蕩けた飴のよう。
 薄い身体が浴槽の壁にぺったりとくっ付いて、小さな頭が俺を仰ぎ見る。細い腰が三日月のようにゆるりと反って、白い双丘が水面に揺れる。

『暁月くん……』

 そうやって甘い声が俺を呼んで、それで――――



「――くん、……暁月くん!」
「ッ!?」
「ドライヤー! すっごい方向向いてるよ!」

 ブオオ……と聞こえる豪風の中、蜜希さんが声を張る。
 俺は慌ててスイッチを切った。

 バクン、バクンと心臓が大きく音を立てる。
 俺は、本人の前で何ていう妄想を――――ッ!!

「す、すみませんっ」
「それは良いけど……どうしたの? 何かあった?」
「い、え! 何も!!」

 不思議そうに顔を覗き込んでくる蜜希さんに、俺はブンブンと首を横に振った。
 ……だって言えない。言えるわけがない。

 蜜希さんの入浴シーンを、勝手に妄想してたなんて。

「暁月くん、顔赤いけど。もしかして風邪ひいた?」
「いえ! 大丈夫です! すこぶる元気なので!」
「そ、そう? まあ、それならいいんだ。でも、何かあったらちゃんと言ってね?」

「僕、コーヒー淹れて来るから」と蜜希さんが立ち上がる。自分の分も作ってくれるというので、有難く頭を下げることにした。

 平常心を立たせる為、俺はドライヤーのスイッチを入れる。
 ブオオオと再び聞こえる風の音に、心臓の音が掻き消されていく。

(やっ……ばいな)
 蜜希さんにバレないように、俺は息を吐く。
 併設されたキッチンからは、お湯を沸かすケトルの音が聞こえて来る。蜜希さんは食器棚を漁っていた。
 俺はその背中を見つめ、目を細める。

 ……ずっと会えていなかったからだろうか。
 蜜希さんと再会してから、どうやら俺は、理性のタガが外れてしまったらしい。
 次々に欲が込み上げ、邪な妄想が頭に巡って来る。気を抜けば、蜜希さんにひどいことをしてしまいそうで、自分が恐ろしくすらある。

(蜜希さんはそんなつもりないって言ってたのに)
 こうなることをわかっていたのだろうか。
 一番最初に釘を刺されていたのに、俺はそれすら破ってしまいそうになっているのだ。
 己の理性が弱くて、嫌になる。

(これも、運命だから?)
 ふと、思い出す蜜希さんとの関係。でもそれだけじゃないと思うのは、俺の願望だろうか。

 粗方髪が渇いたのを感じ、ドライヤーの電源を切る。
 コンセントを外して回収すれば、丁度良く蜜希さんがマグカップを両手に戻ってきた。コーヒーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。

「はい、暁月くんの分。あ、カップ勝手に借りたよ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「いえいえー。こっちこそ、いろいろ勝手に漁っちゃってごめんね」

 眉を下げ、申し訳なさそうに言う蜜希さん。
「いえ、全然大丈夫です。好きに使って使ってください」と告げれば、可笑しそうに笑う。
 その顔を見るだけで、さっきまでの悶々とした気持ちが無くなってしまうんだから、俺は単純だ。

「それにしても、なんか意外だね」
「何がですか?」
「部屋。結構きれいだったからさ」

「残された離れは放置しっぱなしだったから、てっきり掃除が苦手なのかなって思ってたんだけど」と蜜希さんが告げる。
 俺は血の気が引いていくのを感じた。

 怒っている。あの蜜希さんが、確実に怒っている。
 彼が言っているのは、俺が覚に連れ去られた時の事だろう。
 確かに俺は病院の後、あの離れに戻るつもりだったから、掃除何か一切していない。布団も適当に畳んだままだし、買った服はもちろん、元々持っていた荷物も放置してきた。
 それに気づいたのは、この家に帰って来てから二日くらいしてからで。

「す、すみませ――」
「理由、聞かせてくれるんでしょ?」

 ソファの上で組んだ足に肘を立てて、その上に顎を乗せる。
 にこりと隙のない、完璧な笑顔を浮かべる蜜希さんは、まるでどこかの雑誌のモデルみたいだった。
 威圧感すら覚える状況に(あれ、蜜希さんってアルファじゃないよな?)と反射的に考えてしまった。

 俺は何となく姿勢を正すと、蜜希さんを見上げた。
 床に座っていてよかった。正座がしやすい。

「突然いなくなって、すみませんでした」
「うん」
「実は、あの日病院に行ってて――」

 俺は病院に行ったこと、その帰りに兄の部下であり祖父の右腕の覚に脅され、強引に連れて帰られたこと、この家に来てからの状況を掻い摘んで説明した。

 蜜希さんは何も言わず聞いてくれた。
 相槌を打つわけでもなく、ただ静かに聞く蜜希さんは表情を変えない。
 実はこう見えて結構怒ってるんじゃないかと不安になったが、本当にそうだったとして俺にはどうしようもない。
 ただ簡潔に、わかりやすく説明をすれば、蜜希さんは「話は分かったよ」と呟いた。

「でも、投げ出していい理由にはならないよね?」
「は、はい。すみませんでした」
「荷物も掃除も、僕がやったんだから。大変だったよ? 食料とかも置きっぱなしだったしさあ」

 返す言葉もない。
 俺はしょんぼりと肩を落として、蜜希さんの言葉を聞いているしかなかった。

「というわけで、一週間、泊めてくれる?」
「えっ」

 弾かれたように顔を上げる。
 俺から提案しようとしていたことが、よもや蜜希さんから出て来るとは思いもしていなかった。

 蜜希さんはいつものように、悪戯っ子の子供のような顔で俺を見つめる。
 彼の組んだ足がユラユラと上機嫌に揺れている。「駄目なの?」と問われ、俺は急いで首を横に振った。

「それじゃあ、決まりだね。よろしく、暁月くん」
「え、あ……はい」

 俺は頷く。全身から力が抜けた気分だ。
 悪戯が成功したような顔で笑う蜜希さんは、夜だというのに眩しくて。

 俺は夢を見ているのではないかと、頬を抓ってしまった。すごく痛かったけど。

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感想 2

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みんなの感想(2件)

宝希☆/無空★

毎日楽しみに読んでました。初恋は檸檬の味ぐらいのLOVEシーンなら最後までついてきます。
ブロマンスヲタなのですが、この作品も楽しいです。お身体ご自愛して、復活してくださいね。

2026.01.05 夢鴉

ご感想ありがとうございます……!!✨️✨️
毎日読んでくださってるとの事で、本当に嬉しいです…!最近更新がまちまちになってしまい、すみません💦

ブロマンス好きなんですね!
いちゃいちゃの度合いはどうかわかりませんが、少しでも楽しんで頂けていれば嬉しいです✨
これからもよろしくお願いします!

解除
ニンニン
2025.12.10 ニンニン

可哀想な攻めにワクワクしてしまうタイプの人間なので、暁月くんには申し訳ないですがわー❗️❗️❗️最高❗️と思いながら読ませていただいてます🤫
ですが、これから2人がどうなっていくのか凄く楽しみです!幸せな暁月くんが見れるのが楽しみです(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

2025.12.10 夢鴉

感想、ありがとうございます……!!!
とてもとても嬉しいです😭😭

特大の秘密が、暁月くんに明らかになりましたね…!✨️
この後、暁月くんがどうしていくのか、2人は幸せになるのか、ぜひ見守ってくださると嬉しいです!

解除

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