好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息

星森

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 入学式の朝、白い石造りの校舎が春の光を反射して眩しかった。広い前庭には色とりどりの制服を着た新入生が集まり、緊張と期待の匂いが混ざり合っている。僕はその喧騒を少し離れた場所から眺めていた。  

 ふと視線の端で、柔らかい金色の髪が揺れた。陽光を受けてふわふわと輝く髪、丸みのある頬に淡い桃色が差した少女が、玄関へ向かって歩いていた。田舎育ちの素朴さを残しながらも、どこか愛らしい雰囲気をまとっている。  

 その少女が突然こちらを見て、ぱちりと目を見開いた。驚いた表情のあと、花が開くように微笑み、早足で近づいてくる。  

 また空気の読めない女が来た。

 舌打ちが漏れる。  

 少女が目の前まで来て口を開きかけた瞬間、僕は隣に立つリディアーヌの肩を抱いた。  
 白銀の髪をゆるく巻き、宝石のような青い瞳を持つ彼女は、深紅のリボンが映える制服を完璧に着こなしている。気品と自信を纏った立ち姿は、誰が見ても王都の華だ。

「見てわからないか。婚約者と居るんだ。挨拶はやめてくれ」

 少女の顔がひきつり、足元が揺らいだように見えた。

「どこで知り合ったの?」  

「知るわけないだろ、こんな田舎くさいの」

 リディアーヌはくすりと笑った。横顔がやけに楽しそうだ。

「おおかた、この前のデビュタントでしょ。彼女、見かけた気がする」  

「ああ、あれか。なるほど」  

「会場で、あなたを見て一目惚れしたけど、声をかけそびれたんじゃない? だから今、お近づきになろうとしてるのよ」

「はあ、迷惑だな。本当に。
 悪いけど、もっと身の程わきまえてくれ。学園の中では平等なんて言うけど、それは建前だ」

 手を払うような仕草をすると、少女は肩を震わせ、踵を返して去っていった。金色の髪が揺れ、春風にさらわれるように遠ざかっていく。




 夕飯の席で、父がワインを揺らしながら言った。

「今度、シャルマン子爵のタウンハウスに招待された。もちろん『家族全員で伺う』と答えた。久しぶりに旧交を温めよう」

 その言葉に、思わず身体がピクッと固まった。  
 シャルマン子爵領──忘れようにも忘れられない。5~8歳の夏、毎年のように過ごした場所だ。  
 当時の僕は喘息持ちで、王都の空気では発作が出やすかった。だから空気の澄んだシャルマンへ療養に行っていた。もう9年も前になる。  

 あの領地は空気が軽くて、食べ物は素朴で美味しく、森も川も近くて自然が豊かだった。そして何より──コレットがいた。  
 陽だまりのような笑顔で、いつも僕の手を引いて走り回っていた小さな女の子。妹のようであり、初恋のようでもあった存在。  

 久しぶりに会えるのか。どんな風に育っているんだろう。胸の奥がざわつき、落ち着かなくなった。




 数日後、シャルマン子爵邸の夕食会。  
 タウンハウスとはいえ、白壁に蔦が絡む瀟洒な建物で、玄関ホールには香りの良い花が飾られていた。食堂の大きなテーブルには銀器が並び、暖かな灯りが揺れている。  

 子爵夫妻と向かい合い、僕と両親が席についた。

「ごめんなさいね。コレットったら『今日は、クラブの説明会があるから』って帰って来ないのよ」

 夫人は柔らかい金髪をまとめ、淡い青のドレスを上品に着こなしている。

「それは残念ですね。ご息女は、淑女科ですか? 一般か? それとも」

 貴族学園は1つしかない。だから彼女も同じ学校に通っているはずだ。稀に専門学校へ進む子息もいるが、シャルマン家ならまずない。

「一般科よ。だから、エドモンドくんと同じ校舎のはずだわ」

「え、あ、そうですか。気付きませんでした」

 声が少し裏返った。思った以上に動揺している。

「学年が違うのだから、気付かなくて当然さ。見かけたら、仲良くしてやってくれ」

 子爵は穏やかな笑みを浮かべ、ワインを口に運んだ。

 1年生の金髪の女子は、15人ほどいたはずだ。  
 あの中にコレットが……。  
 1度会えると思うだけで、胸の奥が熱くなっていく。抑えようとしても昂りが収まらない。





 翌日、1年生の教室を訪ね、コレット・シャルマン子爵令嬢を呼び出した。  
 廊下に現れた少女を見た瞬間、胸の奥が冷たくなる。  
 入学式の朝、僕が拒絶した、あの金髪の少女だった。

「君は……最初から、僕をわかって……それで?」

 言葉が喉に引っかかる。  
 当たり前だ。僕の顔を見れば幼馴染みだと気付くに決まっている。  
 夏の間、毎日のように一緒に遊んだ相手だ。  
 それなのに、僕は──。

 コレットは淡い金色の髪を肩で揺らし、丸い頬を引き締めて丁寧に一礼した。制服はきちんと整えられ、白いブラウスの襟元には小さなブローチが光っている。幼い頃の面影を残しながらも、落ち着いた淑女の雰囲気をまとっていた。

「グランヴィル侯爵令息。先日は我が家にお越しくださり、両親が喜んでおりました。お礼申し上げます。また機会がありましたら、お立ち寄りください。
 それでは授業の準備がありますので」

 それだけを告げると、視線を合わせることなく踵を返し、静かに去っていった。  
 その背中は、入学式で僕が突き放した時よりも、ずっと遠く感じられた。

 ──食事会を欠席したのは、用事なんかじゃない。  
 わざとだ。  
 あんな態度を取られた相手(僕)と関わりたいはずがない。

 胸の奥がじくりと痛む。

 それからというもの、廊下で何度かすれ違うことがあった。  
 彼女はいつも友人たちと歩いていて、笑顔を見せることもあったが、僕の前では表情を変えず、知らん顔するだけだった。  
 そのたびに、幼い日の記憶が蘇る。

 小さなコレットが、麦わら帽子を押さえながら僕の後ろを走っていた。  
 「お兄ちゃん」と呼んで、息を切らしながら追いかけてきた。  
 「兄妹だと結婚できないから、兄と呼ぶな」と叱ったら、彼女はその場で座り込んでギャン泣きした。  
 泣きながら僕の服を掴んで離れなかった、あの小さな手。

 今、その手は僕に触れようともしない。  
 当然だ。  
 拒絶したのは僕のほうなのだから。



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