好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息

星森

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 教室の昼休み、窓から差し込む光が机の上に淡く広がっていた。リディアーヌは椅子の背にもたれ、白銀の髪を指先で弄びながらこちらを覗き込んだ。

「最近あなた、どうしたの? ため息ばかりついて。おかしいわ」

 その問いに、胸の奥が重く沈む。  
 隠しても仕方がないと思い、コレットのことを話した。

「謝罪する機会があればと思うが、目も合わせて貰えない」

 リディアーヌは紅い唇をわずかに歪め、興味なさそうに肩をすくめた。

「ふうん? 別に、いいんじゃない? 過去の思い出がないなら、あなたにとって邪魔くさい田舎娘なのでしょう。 家の爵位だって低いし、気にしなきゃいいのに」

「そうもいかないよ。今後も家同士の付き合いがあるんだ」

「手紙書いて、人伝に渡したら?」

「確かに、そうだな」

 そう答えたものの、胸のざわつきは消えなかった。

 



 昼下がりの庭園。  
 白いテーブルクロスが風に揺れ、咲き誇るバラの香りが漂っていた。  
 廊下の窓越しにその光景を見た瞬間、足が止まった。

 コレットが笑っていた。  
 柔らかな金色の髪が陽光を受けて輝き、丸い頬がほんのり赤く染まっている。  
 向かいに座るのは、学院でも名高い公爵家の令息──アラン・ド・ヴァルモン。  
 端正な顔立ちに落ち着いた物腰、女子生徒たちの憧れの的だ。

 ……は?

 胸の奥がざわりと波立つ。  
 2週間前に謝罪を綴った手紙を送ったが、返事はない。  
 目も合わせてもらえない。  
 それなのに──あの笑顔は何だ。

 子爵令嬢のコレットが、公爵令息と……?

 喉の奥が、ひりつくように熱くなる。  
 そんなはずはない。  
 いや、あってたまるか。

 ありえない。あいつが公爵家に相手にされるはずがない。
 ……遊ばれてるに決まってる。

 そう思った瞬間、苛立ちが一気に燃え上がった。  
 自分でも理由がわからないほど、感情が荒れ狂う。

 ……ふざけるな。なんで、あいつがあんな顔を……。

 拳を握りしめたまま、視線を逸らせなかった。  
 胸の奥で、何かがきしむように痛む。





 校舎裏の静かな回廊。昼下がりの光が石畳に淡く落ち、風が植え込みを揺らしていた。  
 そこで待ち伏せしていた僕に気付いたコレットは、はっと目を見開き、慌てて踵を返そうとした。

「待って、コレット!」

 声が思ったより強く響いた。  
 彼女は逃げるのを諦めたように肩を落とし、ゆっくりと向き直ると、形式的な礼を取った。  
 淡い金色の髪が揺れ、丸い頬の表情は固く、まるで氷の仮面のようだった。

「……入学式の挨拶の件でしたら、私が悪いのです。身分の低い私などが近寄って、申し訳ありませんでした。以後は同じことを繰り返しませんので、ご安心ください」

 声音は丁寧。しかし、完全に距離を置いていた。

「そういうことでは……あれは僕がいけなかったんだ。婚約者との仲を邪魔しようとする人間が多くて。てっきり……」

「さようですか」

 短い返事。  
 刺すような冷たさに、胸がざわつく。

「……あの、許して貰えないかな」

「ですから、身分の低い私などが近づいたのが悪いのです。謝っていただく必要ありません」

 淡々とした声。  
 僕の言葉は、まるで壁に吸い込まれていくようだった。

「……」

「もう行ってよろしいでしょうか」

 その一言に、焦りが喉を締めつける。

「っ、ヴァルモン公爵令息には近づいてはならない」

 コレットの目が大きく揺れた。

「は? え? あの……それは、分不相応だから、ということでしょうか?」

「その、つまり、君が傷つくと思って」

「傷つく?」

「ああ、だから……身分差がありすぎて、結ばれないからさ。近くにいると君が傷つく」

 言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなる。  
 ただ胸の奥がざわつき、落ち着かない。

 しかしコレットは、静かに、はっきりと言った。

「ご心配、痛み入ります。しかしヴァルモン家の方から、求めてくださってるのです。お気になさらず」

「なんだって?! 婚約の打診が来てるのか? そんなバカな!」

 思わず声が荒れた。  
 コレットは一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに表情を整えた。

「……申し訳ありません。両親との交流は、ぜひ続けてあげてください。ですが、私への気遣いは不要です」

 深く一礼し、そのまま逃げるように走り去っていく。  
 金色の髪が揺れ、角を曲がったところで見えなくなった。

「あっ」

 伸ばした手は空を掴むだけだった。  
 胸の奥が、ひどく痛んだ。



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