2 / 6
2
しおりを挟む教室の昼休み、窓から差し込む光が机の上に淡く広がっていた。リディアーヌは椅子の背にもたれ、白銀の髪を指先で弄びながらこちらを覗き込んだ。
「最近あなた、どうしたの? ため息ばかりついて。おかしいわ」
その問いに、胸の奥が重く沈む。
隠しても仕方がないと思い、コレットのことを話した。
「謝罪する機会があればと思うが、目も合わせて貰えない」
リディアーヌは紅い唇をわずかに歪め、興味なさそうに肩をすくめた。
「ふうん? 別に、いいんじゃない? 過去の思い出がないなら、あなたにとって邪魔くさい田舎娘なのでしょう。 家の爵位だって低いし、気にしなきゃいいのに」
「そうもいかないよ。今後も家同士の付き合いがあるんだ」
「手紙書いて、人伝に渡したら?」
「確かに、そうだな」
そう答えたものの、胸のざわつきは消えなかった。
昼下がりの庭園。
白いテーブルクロスが風に揺れ、咲き誇るバラの香りが漂っていた。
廊下の窓越しにその光景を見た瞬間、足が止まった。
コレットが笑っていた。
柔らかな金色の髪が陽光を受けて輝き、丸い頬がほんのり赤く染まっている。
向かいに座るのは、学院でも名高い公爵家の令息──アラン・ド・ヴァルモン。
端正な顔立ちに落ち着いた物腰、女子生徒たちの憧れの的だ。
……は?
胸の奥がざわりと波立つ。
2週間前に謝罪を綴った手紙を送ったが、返事はない。
目も合わせてもらえない。
それなのに──あの笑顔は何だ。
子爵令嬢のコレットが、公爵令息と……?
喉の奥が、ひりつくように熱くなる。
そんなはずはない。
いや、あってたまるか。
ありえない。あいつが公爵家に相手にされるはずがない。
……遊ばれてるに決まってる。
そう思った瞬間、苛立ちが一気に燃え上がった。
自分でも理由がわからないほど、感情が荒れ狂う。
……ふざけるな。なんで、あいつがあんな顔を……。
拳を握りしめたまま、視線を逸らせなかった。
胸の奥で、何かがきしむように痛む。
校舎裏の静かな回廊。昼下がりの光が石畳に淡く落ち、風が植え込みを揺らしていた。
そこで待ち伏せしていた僕に気付いたコレットは、はっと目を見開き、慌てて踵を返そうとした。
「待って、コレット!」
声が思ったより強く響いた。
彼女は逃げるのを諦めたように肩を落とし、ゆっくりと向き直ると、形式的な礼を取った。
淡い金色の髪が揺れ、丸い頬の表情は固く、まるで氷の仮面のようだった。
「……入学式の挨拶の件でしたら、私が悪いのです。身分の低い私などが近寄って、申し訳ありませんでした。以後は同じことを繰り返しませんので、ご安心ください」
声音は丁寧。しかし、完全に距離を置いていた。
「そういうことでは……あれは僕がいけなかったんだ。婚約者との仲を邪魔しようとする人間が多くて。てっきり……」
「さようですか」
短い返事。
刺すような冷たさに、胸がざわつく。
「……あの、許して貰えないかな」
「ですから、身分の低い私などが近づいたのが悪いのです。謝っていただく必要ありません」
淡々とした声。
僕の言葉は、まるで壁に吸い込まれていくようだった。
「……」
「もう行ってよろしいでしょうか」
その一言に、焦りが喉を締めつける。
「っ、ヴァルモン公爵令息には近づいてはならない」
コレットの目が大きく揺れた。
「は? え? あの……それは、分不相応だから、ということでしょうか?」
「その、つまり、君が傷つくと思って」
「傷つく?」
「ああ、だから……身分差がありすぎて、結ばれないからさ。近くにいると君が傷つく」
言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
ただ胸の奥がざわつき、落ち着かない。
しかしコレットは、静かに、はっきりと言った。
「ご心配、痛み入ります。しかしヴァルモン家の方から、求めてくださってるのです。お気になさらず」
「なんだって?! 婚約の打診が来てるのか? そんなバカな!」
思わず声が荒れた。
コレットは一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに表情を整えた。
「……申し訳ありません。両親との交流は、ぜひ続けてあげてください。ですが、私への気遣いは不要です」
深く一礼し、そのまま逃げるように走り去っていく。
金色の髪が揺れ、角を曲がったところで見えなくなった。
「あっ」
伸ばした手は空を掴むだけだった。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
47
あなたにおすすめの小説
今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?
水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。
メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。
そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。
しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。
そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。
メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。
婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。
そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。
※小説家になろうでも掲載しています。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
私の夫は妹の元婚約者
彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
病弱令嬢…?いいえ私は…
月樹《つき》
恋愛
アイゼンハルト公爵家の長女クララは生まれた時からずっと病弱で、一日の大半をベッドの上で過ごして来た。対するクララの婚約者で第三皇子のペーターはとても元気な少年で…寝たきりのクララの元を訪ねることもなく、学園生活を満喫していた。そんなクララも15歳となり、何とかペーターと同じ学園に通えることになったのだが…そこで明るく元気な男爵令嬢ハイジと仲睦まじくするペーター皇子の姿を見て…ショックのあまり倒れてしまった…。
(ペーターにハイジって…某アルプスの少女やんか〜い!!)
謎の言葉を頭に思い浮かべながら…。
このお話は他サイトにも投稿しております。
君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった
白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。
平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました
Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。
伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。
理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。
これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる