好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息

星森

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「お遊びは、ここまでにしよう」

 彼が軽く合図すると、周囲の空気がざわついた。  
 アランの手下が、2人の男を連れてくる。

 ライドン・バルクリー男爵令息と──野盗。

 野盗の顔を見た瞬間、コレットが息を飲んだ。

「やーやー、学園に柄の悪い連中、入れる許可取るのに苦労したよ。  
 まあ、そんな話はいいんだけどさ」

 アランは野盗の肩を押し出し、コレットの前に立たせた。

「コレット嬢。この顔に見覚えは?」

 コレットは青ざめ、震えながら口元を押さえた。

「……っ」

「そうだよね。君を連れ去ろうとした男に、間違いないね?」

 コレットは震えつつ、かすかに頷いた。
 周囲がざわめく。

「どういうことかな、グランヴィル侯爵令息?」

 アランの声は静かだった。  
 静かだからこそ、逃げ場がない。

 胸の奥が冷たくなる。

 ──何が、どうなってる。  
 ──なぜ、バレた?

 だが、今は認めるわけにはいかない。  
 どうせ、証拠などないはずだ。

「まず、ライドンと野盗の密接な関わりは騎士団が押さえてる。  
 今、彼の父親は詰所に拘束されて取り調べを受けてる。  
 本人は自宅待機を命じられてるけど──今日は俺のわがままで連れてきてもらった」

 アランは野盗の肩を掴み、コレットの前へ突き出した。

「そして、ライドンのバルクリー男爵家は君んちの“寄子”──  
 ねえ、辛いこと思い出させて悪いけど……1ヶ月前、君を拉致しようとした男は、こいつで間違いないね?」

 コレットは震えながら、ゆっくりと頷いた。

「……はい……」

 その瞬間、空気がさらに重く沈む。

「その時、"偶然"助けに来たのはグランヴィル侯爵令息だった。そうだよね?」

 アランの質問に、コレットは怯えたように口元を押さえ──  
 そして、僕から半歩、距離を取った。

 そのわずかな後退が、胸を鋭く刺した。

 僕が守ったはずだ。  
 僕が救ったはずだ。  
 僕だけが、彼女を守れるはずなのに。

 なのに──どうして。

 胸の奥で、焦りがじわりと広がる。

 アランの声が落ちた瞬間、空気が凍りついた。

「あの裏道は、王都に住む貴族は使わない。  
 危険だと知っているからだ。  
 なのに──なぜグランヴィル侯爵令息は“偶然”通りかかったのだろう?」

 その言葉が、石畳に落ちた刃のように響く。

 次の瞬間、すべての視線が僕に突き刺さった。

 ──もう誰も、僕を“決闘の勝者”として見ていない。

 その目は、完全に“犯罪者を裁く目”だった。

 背筋に冷たい汗が流れ落ちる。

 ……まずい。  
 完全に包囲された……。
 アランは最初から、これが目的だった……。

 コレットを見ると、彼女は震えながら僕を見つめていた。  
 その瞳に宿る“恐怖”と“疑念”が、胸を締め付ける。

 違う……違うんだ……。
 コレット……僕は……。

 言い訳を口にする前に、アランが一歩前へ出た。  
 その足音が、逃げ道を塞ぐように響く。

「さあ、グランヴィル侯爵令息。  
 説明してもらおうか」

 沈黙が落ちた。  
 風の音すら聞こえない。

 僕は、学園の真ん中で──  
 逃げ場のない円の中心に立たされていた。

 視線が、息遣いが、空気そのものが、僕を締め上げる。

 喉が乾き、呼吸が浅くなる。

 この場の全員が、僕の次の一言を待っていた。  
 その重圧が、胸を押し潰すようだった。

 しかし──認めてはならない。

「こんなものは全て、偶然に過ぎない。 濡れ衣だ。ふざけるな」

 声が震えた。  
 自分でもわかるほど、余裕がなかった。

 アランは冷ややかに目を細める。

「そうかな? ライドンのバルクリー男爵家は、寄子と言っても外様だった。それが急に、君の父上と近くなったと社交界で噂になってる。
 それに以前、君はコレット嬢に暴言を吐いて避けられてたよね。なのに、しつこく追い回してた。俺は彼女の傍にいたから、よく知ってるよ。
 これだけ状況証拠が揃ってるのに、シラを切る気?」

 頭の中で汗が吹き出す。  
 貴族令嬢の拉致に関わったなど、重罪どころではない。  
 家も、未来も、すべてが終わる。

 ……まずい……。
 このままではタダではすまない……。

 コレットにすがろうと、踏み出した瞬間──

「コレット嬢、思い出して。
 そいつは君を『田舎くさい女』と罵り『近寄るな』と拒絶した。それが彼の本性だ」

「違う。あれは本当に──!」

 必死に言い返そうとしたところへ、リディアーヌが姿を現した。

「この前まで仲睦まじかった私を、簡単に切り捨てたの見てたでしょ。あなたも同じ目に遭うわよ」

 コレットが息を呑み、迷いの色を浮かべる。

 その揺れが、僕の心臓を締め付けた。

 やめろ……やめてくれ……。
 コレットだけは……。

「待て。君にとって僕は、特別な存在だろ? 信じてくれ」

 声が震えていた。  
 必死だった。  
 コレットだけは──失いたくなかった。

 するとコレットが、周囲に深く頭を下げた。

「申し訳ありません」

 その声を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。

 ……良かった。  
 やっぱりコレットは味方だ。
 このまま「僕を信じる」と続けるんだ。

 そう思ったのも束の間──

「命を救われたことで、判断が鈍っておりました。  
 皆様に、ご指摘していただいた通りです。  
 私は彼と生きていっても、幸せになれないでしょう」

 その言葉が落ちた瞬間、世界が反転した。

 ……は?

 耳鳴りがした。  
 視界が揺れた。

 嘘だろ……?

 コレットは続ける。

「エドモンド様の罪に関しては、私もできる限り騎士団に協力して参りたいと思います。  
 皆様、私が誤った方向に行くのを止めてくださり、ありがとうございます」

 胸の奥が、ぐしゃりと潰れた。

「嘘だ! 僕は君のために! 君を幸せにしようと思って!」

 叫んでいた。  
 自分でも制御できないほど、声が荒れていた。

 その時、ライドンが冷ややかに口を開く。

「もう、見苦しい真似はやめましょう。  
 どのみちヴァルモン公爵家に睨まれたのです。逃げ場はありません。  
 少しでも破滅したくないなら、謙虚にしないと」

 その言葉に、頭の中で何かが弾けた。

「お前が唆したんだろう!  お前が『任せてくれれば、うまくやる』と!  お前など信用しなければ良かった!」

 怒鳴り返した瞬間、周囲がざわめいた。

 ライドンは肩をすくめ、薄く笑った。

 その時、わかった。
 嵌められた……。
 最初から僕を陥れる計画だったのか……。

 コレットは青ざめ、アランは冷たい目でこちらを見ている。

 僕だけが、孤立していた。

 ……どうしてだ。  
 どうしてこんなことに……。 
 僕は……ただ……。

 胸の奥に残ったのは、愛でも誇りでもなく──




 僕は拉致の主犯として逮捕され、ライドンの実家は爵位を剥奪された。  
 5年の労働刑を終えて釈放された頃には、実家とは完全に縁を切られていた。  
 行き場のない僕は、平民として家庭教師の職を得たが──見た目が良かったことが災いし、やがて娼館に売られた。

 貴族の客が、酒の席で笑いながら言っていた。

 あれからコレットは、遠縁の伯爵家に嫁いだそうだ。  
 アランと一緒になると思っていたが、彼はこう言ったらしい。

「自分が婚約を申し込んでいる最中に、犯罪者に心を移す女性は公爵夫人に向かない」

 その言葉を聞いたとき、胸の奥がひどく痛んだ。  
 僕は一時の嫉妬で、彼女の良縁を壊してしまったのだ。

 いや──これで良かったのかもしれない。

 公爵家に嫁いだ彼女は、何か別の失敗をしただろう。
 身分違いと後ろ指を指されることに病んで、誰かに癒しを求めるとか。
 あのとき簡単に、僕のものになったように──

 



□完結□



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