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西京改名宣言
道中記
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早駆けというほどではないが、それなりの速度で馬を走らせる。上海を出立してもう五日、それでも全行程の三分の一ほどでしかない。
「……また、人っ子一人いない村、か」
「陛下、あちらに墓が」
「ああ」
聞いてはいたが、その南京までの途上にある村々には人が一人も住んでいない。全部殺されたと言うことは流石にないだろうが、山側に作られた墓の数を見れば、この村の大半の者が此処にいるのだろうと言うことが分かる。
「曲がりなりにもお前達が殺される発端を作ってしまった者として、心から哀悼の意を送る。二度とこの地でこのようなことは起こさせんから、どうか安らかに眠れ」
各村でほぼ同種のことを言い、祈りを捧げて来た。彼等が一体どんな宗教を信じていたのか、それは分からない。でも、鎮魂の祈りなんて、だいたいどの宗教でも似たようなものだ。ただ彼等の死後の安息を願い、同じ轍は踏まぬと約束する。そして両手を合わせるのだ。
「右手は清浄を、左手は不浄を、祈りとは生者と死者の交わりのようなものだな」
「……陛下、先を急ぎましょう」
「ああ」
三成に急かされるまでもない。俺とて早く南京に行きたいと焦ってはいるのだ。とは言え、各村でほんの数分。全て合わせても一刻と言ったところだろう。大日本帝国皇帝として無視して通るわけにはいかない。彼等の死には、俺は間接的に関わっているのだから。
「お千には感謝しなければな」
「本当ですな、幾分強調されて伝わっているものと思っていましたが、まさかこれほど豊かな土地が全くの無人とは……。かの信長公でもここまでのことを為されることはありませんでした。まして、敵国に対してではなく、味方になど」
「……また、やる可能性があると思うか?」
「ありません」
間に入って来たお麟がはっきりとそう言う。自分自身で馬を操る事の出来ないお麟は、井頼の馬に同乗して同行しているのだ。
「理由は?」
「張居勝殿が先んじて敵・岳鶯の情報を今知る限りで全て送ってきました」
こちらが情報を持たぬことを察して敵将の情報を調べ、送って来たというのであればそれは確かに優秀だと言える。俺は未だ会ったことすらない張居勝という男の価値を測りかねてはいる。だが、お千や井頼、お麟が太鼓判を押すほどだ、きっと大した奴なのだろう。
「その情報によれば、私財を投げ出し兵や民を鼓舞する、本当に民衆に愛される将軍の様です」
……全くもって戦いづらい相手だ。知れば知るほど、俺は岳鶯という将軍を好ましく感じている。強く、速く、賢く、変幻自在。おまけに義侠心に溢れ、人情に厚い。歴史好きの前世の俺だって大好きだというだろう。
「ふむ、因みに俺は?」
「……」
「お麟! 黙るな」
「いえ、私の前では助平な姿ばかりなので……。コホン、えー、配下たる者が主を評するなどオソレオオイコトニゴザイマス」
この場には三成等もいるからだろう。二人の時と比べて幾分遠慮している様に見えて、その実、遠慮する気はないらしい。最後の片言具合なんて明らかにわざとだ。三成もそれを咎めるかと思えば笑っている。場を賑やかすための冗談くらいに思っているのだろう。
そんな時、少し遠くで騒々しい声が響く。
「ん? 何だ?」
「……調べて参ります。陛下はどうかこちらでお待ちを」
上海から護衛についてくれている豊久が騒ぎの原因を調べに行くのを見送る。
「もしかして、落ち武者、か?」
「……なくはないですが、もうあの戦いから四カ月以上が経ちます。いくら何でもこんなところに残ってはいないでしょう」
井頼も首を捻る。確かに、落ち武者だとしても、ワザワザこんなところに隠れ潜む必要はないだろう。てか、落ち武者じゃなくて敗残兵、か。
などと考えている間に、豊久が行った道を引き返してくる。
「何だった?」
「は、どうやら旅の者を捕らえた様でございます。なんでも、自分は駆け出しの商人で、上海にいる日本人を相手に新しい商売を行う予定だったのだ、と。我々の接近を悟り、廃墟の陰に隠れていたのは盗賊かもしれないないと思ったからだ、と申しております」
「ん、まぁ、そんなもん逃がしてやれ」
「……陛下、もしかしたらその者は間者かもしれません。ですが、今はそれを取り調べる時も惜しい。如何でしょう、その者は南京に連れて行き、そこで改めて尋問すると言うことにしては?」
「任せる。そんな事より出立準備を。先はまだまだ長いぞ!」
『おおっ!』
「……また、人っ子一人いない村、か」
「陛下、あちらに墓が」
「ああ」
聞いてはいたが、その南京までの途上にある村々には人が一人も住んでいない。全部殺されたと言うことは流石にないだろうが、山側に作られた墓の数を見れば、この村の大半の者が此処にいるのだろうと言うことが分かる。
「曲がりなりにもお前達が殺される発端を作ってしまった者として、心から哀悼の意を送る。二度とこの地でこのようなことは起こさせんから、どうか安らかに眠れ」
各村でほぼ同種のことを言い、祈りを捧げて来た。彼等が一体どんな宗教を信じていたのか、それは分からない。でも、鎮魂の祈りなんて、だいたいどの宗教でも似たようなものだ。ただ彼等の死後の安息を願い、同じ轍は踏まぬと約束する。そして両手を合わせるのだ。
「右手は清浄を、左手は不浄を、祈りとは生者と死者の交わりのようなものだな」
「……陛下、先を急ぎましょう」
「ああ」
三成に急かされるまでもない。俺とて早く南京に行きたいと焦ってはいるのだ。とは言え、各村でほんの数分。全て合わせても一刻と言ったところだろう。大日本帝国皇帝として無視して通るわけにはいかない。彼等の死には、俺は間接的に関わっているのだから。
「お千には感謝しなければな」
「本当ですな、幾分強調されて伝わっているものと思っていましたが、まさかこれほど豊かな土地が全くの無人とは……。かの信長公でもここまでのことを為されることはありませんでした。まして、敵国に対してではなく、味方になど」
「……また、やる可能性があると思うか?」
「ありません」
間に入って来たお麟がはっきりとそう言う。自分自身で馬を操る事の出来ないお麟は、井頼の馬に同乗して同行しているのだ。
「理由は?」
「張居勝殿が先んじて敵・岳鶯の情報を今知る限りで全て送ってきました」
こちらが情報を持たぬことを察して敵将の情報を調べ、送って来たというのであればそれは確かに優秀だと言える。俺は未だ会ったことすらない張居勝という男の価値を測りかねてはいる。だが、お千や井頼、お麟が太鼓判を押すほどだ、きっと大した奴なのだろう。
「その情報によれば、私財を投げ出し兵や民を鼓舞する、本当に民衆に愛される将軍の様です」
……全くもって戦いづらい相手だ。知れば知るほど、俺は岳鶯という将軍を好ましく感じている。強く、速く、賢く、変幻自在。おまけに義侠心に溢れ、人情に厚い。歴史好きの前世の俺だって大好きだというだろう。
「ふむ、因みに俺は?」
「……」
「お麟! 黙るな」
「いえ、私の前では助平な姿ばかりなので……。コホン、えー、配下たる者が主を評するなどオソレオオイコトニゴザイマス」
この場には三成等もいるからだろう。二人の時と比べて幾分遠慮している様に見えて、その実、遠慮する気はないらしい。最後の片言具合なんて明らかにわざとだ。三成もそれを咎めるかと思えば笑っている。場を賑やかすための冗談くらいに思っているのだろう。
そんな時、少し遠くで騒々しい声が響く。
「ん? 何だ?」
「……調べて参ります。陛下はどうかこちらでお待ちを」
上海から護衛についてくれている豊久が騒ぎの原因を調べに行くのを見送る。
「もしかして、落ち武者、か?」
「……なくはないですが、もうあの戦いから四カ月以上が経ちます。いくら何でもこんなところに残ってはいないでしょう」
井頼も首を捻る。確かに、落ち武者だとしても、ワザワザこんなところに隠れ潜む必要はないだろう。てか、落ち武者じゃなくて敗残兵、か。
などと考えている間に、豊久が行った道を引き返してくる。
「何だった?」
「は、どうやら旅の者を捕らえた様でございます。なんでも、自分は駆け出しの商人で、上海にいる日本人を相手に新しい商売を行う予定だったのだ、と。我々の接近を悟り、廃墟の陰に隠れていたのは盗賊かもしれないないと思ったからだ、と申しております」
「ん、まぁ、そんなもん逃がしてやれ」
「……陛下、もしかしたらその者は間者かもしれません。ですが、今はそれを取り調べる時も惜しい。如何でしょう、その者は南京に連れて行き、そこで改めて尋問すると言うことにしては?」
「任せる。そんな事より出立準備を。先はまだまだ長いぞ!」
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