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ウェリナの屋敷には、二十人ぐらいは余裕で収容できそうな広い食堂がある。
見るからに豪奢な内装だ。重厚なオーク材の扉や磨き込まれた腰板。柱や天井には、随所に細やかな漆喰彫刻が施されている。床には厚いカーペットが敷かれ、その中央には、ずらりと椅子を並べた長テーブルがデンと鎮座する。これがまた、見るからにいい木材で作られているのだ。揃いのビロード張りの椅子もかなり手が込んでいる。
これほど豪華な食堂だが、俺が来る前は半ば倉庫代わりとして放置されていた。
現在、この屋敷に住まうウェリントン家の人間はウェリナひとりで、そのウェリナはというと、もっぱら私室で食事を済ませていたらしい。ほかの一族はみな自分の領地にひきこもっており、王命による招集がかからない限りは滅多に王都に出てこない。風の精霊の加護を受ける彼らにとって、風通しの悪い王都はすこぶる居心地が悪い、というのが理由だ。そういえば昨晩の舞踏会にも、一族らしい人間はひとりも顔を出していなかった。
今回、俺が来たことで急遽、食堂に晩餐の準備が整えられた。仮にも王族を迎えるのに、私室でこそこそ食事を摂らせるのはさすがにまずい、との配慮だろう。
その食堂で、ウェリナよりひと足先に前菜をつまんでいると、仕事着を脱いでくつろいだ格好のウェリナがいそいそと現れた。
やけに上機嫌である。
「随分とごきげんだな。何かいいことがあったのか」
「ふふ、まぁね」
含み笑いをこぼしながら、ウェリナは俺の向かいに座ると、グラスに注がれたワインをうまそうに呷る。何となく理由を察する俺は、藪蛇にならないよう適当なところで話題を切り替えることにした。
「忙しいのか、仕事」
「まぁ、多少はね」
「そっか。しかし偉いよな。士官学校を出てまだ間もないってのに、もう要職に就いてるんだもんな」
するとウェリナは、苦笑まじりに広い肩をすくめる。
「精霊四公の家長には、自動的に重要なポストが用意される。それだけの話だよ。俺自身の力じゃない」
「それでも、課せられた責任を果たしてるだけすごいと思うぜ、俺は」
「ありがとう。まぁ俺の場合、仕事で成果を出すぐらいしか、一族のために出来ることはないからね」
「……」
それは暗に、世継ぎは期待するなと言っているのだろうか。
確かに……アルカディアを愛し抜くってのは、つまりそういうことなのだ。少なくとも、男同士で子供をもうけられるなんて話は、この異世界においても聞いたことがない。
そんな俺の内心を読んだのか、いたずらっぽくウェリナは笑う。
「世継ぎに関しては心配いらないよ。叔父の家に出来たいとこがいてね。彼が成人するのに合わせて、ウェリントン家の家督を譲るつもりだ」
「えっ? ……マジで?」
というか、そんな話をさらっと口にするコイツの無欲さが怖い。逆に言えば、アルカディアへの異常な執着は何なんだという話になるからだ。
こっちも藪蛇か。やれやれ、こいつとの会話は地雷ばかりだ。
折しもサラダが運ばれてきて、この話題はそれきりうやむやになる。その後、スープ、メインと続き、空腹を持て余す俺はパンと一緒に夢中でがっついた。メインの献立が大好物のローストビーフだったせいもある。
ひとしきり胃袋を満たしたところで、俺は、かねてよりの懸案を切り出した。
「ところで、襲撃犯については何かわかったのか?」
するとウェリナは、それまでのくつろいだ顔をすっと硬くする。
「まぁ、ね。ただ、今はまだ話せる段階じゃない。いろいろと情報が集まってきてはいるんだが、どれも信憑性を欠いていてね」
「じゃあ逆に、ある程度信憑性の高い情報が得られたときは、俺とも共有してくれるんだな?」
するとウェリナはあからさまに渋い顔をし、しかし、すぐに観念したのか「そうだな」、とあっさり頷く。へぇ、意外と素直だな、こいつ――と思いきや。
「ただし、君に危険が及ぶと判断した場合はその限りじゃない。知ることで余計なトラブルを招く情報、というものもある」
にべもない答えに、俺はうんざりする。
要するに、何も教えちゃくれねぇってことじゃねーか。
「それを言えば、お前だってそうじゃねぇか。このまま調査を続けたら、お前にも危険が、」
「へぇ、心配してくれるのか?」
艶めいた声に俺はぎくりとなる。
見ると、ウェリナは何食わぬ顔でカトラリーを動かしている。形の良いくちびるに押し込まれるローストビーフ。それは蜘蛛の巣にかかった蝶のように、ゆっくり、じっくり咀嚼されてゆく。
「だ……誰が心配するかよ、ははっ」
とりあえず、苦笑いでごまかしてみる。
そのくせ、今も奴の感触が残る右手は、炙られたようにじんと疼くのだった。
見るからに豪奢な内装だ。重厚なオーク材の扉や磨き込まれた腰板。柱や天井には、随所に細やかな漆喰彫刻が施されている。床には厚いカーペットが敷かれ、その中央には、ずらりと椅子を並べた長テーブルがデンと鎮座する。これがまた、見るからにいい木材で作られているのだ。揃いのビロード張りの椅子もかなり手が込んでいる。
これほど豪華な食堂だが、俺が来る前は半ば倉庫代わりとして放置されていた。
現在、この屋敷に住まうウェリントン家の人間はウェリナひとりで、そのウェリナはというと、もっぱら私室で食事を済ませていたらしい。ほかの一族はみな自分の領地にひきこもっており、王命による招集がかからない限りは滅多に王都に出てこない。風の精霊の加護を受ける彼らにとって、風通しの悪い王都はすこぶる居心地が悪い、というのが理由だ。そういえば昨晩の舞踏会にも、一族らしい人間はひとりも顔を出していなかった。
今回、俺が来たことで急遽、食堂に晩餐の準備が整えられた。仮にも王族を迎えるのに、私室でこそこそ食事を摂らせるのはさすがにまずい、との配慮だろう。
その食堂で、ウェリナよりひと足先に前菜をつまんでいると、仕事着を脱いでくつろいだ格好のウェリナがいそいそと現れた。
やけに上機嫌である。
「随分とごきげんだな。何かいいことがあったのか」
「ふふ、まぁね」
含み笑いをこぼしながら、ウェリナは俺の向かいに座ると、グラスに注がれたワインをうまそうに呷る。何となく理由を察する俺は、藪蛇にならないよう適当なところで話題を切り替えることにした。
「忙しいのか、仕事」
「まぁ、多少はね」
「そっか。しかし偉いよな。士官学校を出てまだ間もないってのに、もう要職に就いてるんだもんな」
するとウェリナは、苦笑まじりに広い肩をすくめる。
「精霊四公の家長には、自動的に重要なポストが用意される。それだけの話だよ。俺自身の力じゃない」
「それでも、課せられた責任を果たしてるだけすごいと思うぜ、俺は」
「ありがとう。まぁ俺の場合、仕事で成果を出すぐらいしか、一族のために出来ることはないからね」
「……」
それは暗に、世継ぎは期待するなと言っているのだろうか。
確かに……アルカディアを愛し抜くってのは、つまりそういうことなのだ。少なくとも、男同士で子供をもうけられるなんて話は、この異世界においても聞いたことがない。
そんな俺の内心を読んだのか、いたずらっぽくウェリナは笑う。
「世継ぎに関しては心配いらないよ。叔父の家に出来たいとこがいてね。彼が成人するのに合わせて、ウェリントン家の家督を譲るつもりだ」
「えっ? ……マジで?」
というか、そんな話をさらっと口にするコイツの無欲さが怖い。逆に言えば、アルカディアへの異常な執着は何なんだという話になるからだ。
こっちも藪蛇か。やれやれ、こいつとの会話は地雷ばかりだ。
折しもサラダが運ばれてきて、この話題はそれきりうやむやになる。その後、スープ、メインと続き、空腹を持て余す俺はパンと一緒に夢中でがっついた。メインの献立が大好物のローストビーフだったせいもある。
ひとしきり胃袋を満たしたところで、俺は、かねてよりの懸案を切り出した。
「ところで、襲撃犯については何かわかったのか?」
するとウェリナは、それまでのくつろいだ顔をすっと硬くする。
「まぁ、ね。ただ、今はまだ話せる段階じゃない。いろいろと情報が集まってきてはいるんだが、どれも信憑性を欠いていてね」
「じゃあ逆に、ある程度信憑性の高い情報が得られたときは、俺とも共有してくれるんだな?」
するとウェリナはあからさまに渋い顔をし、しかし、すぐに観念したのか「そうだな」、とあっさり頷く。へぇ、意外と素直だな、こいつ――と思いきや。
「ただし、君に危険が及ぶと判断した場合はその限りじゃない。知ることで余計なトラブルを招く情報、というものもある」
にべもない答えに、俺はうんざりする。
要するに、何も教えちゃくれねぇってことじゃねーか。
「それを言えば、お前だってそうじゃねぇか。このまま調査を続けたら、お前にも危険が、」
「へぇ、心配してくれるのか?」
艶めいた声に俺はぎくりとなる。
見ると、ウェリナは何食わぬ顔でカトラリーを動かしている。形の良いくちびるに押し込まれるローストビーフ。それは蜘蛛の巣にかかった蝶のように、ゆっくり、じっくり咀嚼されてゆく。
「だ……誰が心配するかよ、ははっ」
とりあえず、苦笑いでごまかしてみる。
そのくせ、今も奴の感触が残る右手は、炙られたようにじんと疼くのだった。
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