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ぎくり。
その一瞬の反応を、おそらくウェリナは見抜いたのだろう。うんざり顔で、はぁ、と深い溜息をつく。
「見くびられたもんだな。俺の心が、あんな小娘に動かされるとでも?」
「だから、そういう言い方すんなって……あーもう悪かったよ! ええそうです。ぶっちゃけお前とマリーちゃんがくっつけばいいと思ってました! けどさ、俺だってしんどいわけよ! わけもわからず殺されかけて、助かったと思ったら、今度は俺の知らない俺の話をあれこれ聞かされて! 挙句の果てには、ライバルだと思ってたお前にぐいぐい攻められるしさ!」
ほとんど一息に言い切ってから、俺は、自分でも思う以上に鬱憤が溜まっていたことを自覚する。
この手の面倒な感情は、正直、上手く捌いているつもりでいたのだ。が、実態は、むりやり胸の奥に押し込んでいただけだったようだ。それが、ウェリナの態度で箍が外れ、俺自身もびっくりする勢いで噴き出してしまったらしい。
けど仕方ないよな。
いきなり異世界に飛ばされて、右も左もわからないまま破滅フラグから逃げ回って。ようやくフラグを回避したと思ったら、今度はとんでもない真相を明かされて。その上なぜか同性からの溺愛つきだ。
手元のパンを皿に置くと、考え込むようにウェリナは呟く。
「確かに……アルの気持ちを考えていなかったな」
「……アルの、気持ち」
言いようのない違和感が胸を襲う。
違う。
これは……アルカディアの気持ちじゃない。未知の世界で生き延びるため、どうにかアルカディアを演じる別人の気持ちだ。
俺の、気持ちなんだ。
「確かに、俺も性急すぎた。君が記憶を失くしたと知って、きっと、焦っていたんだろう。一刻でも早く記憶を取り戻してほしくて」
だから違うんだよ。俺は記憶喪失なんかじゃない。そもそも赤の他人なんだ。
いっそ打ち明けてしまおうか。本当はただの別人だと。でもこいつは、女の子すら平気で斬りかけた蛮族だ。まして、アルカディアのガワを奪った俺の命の補償など……
本当に、それだけか?
俺が躊躇うのはそこじゃない。きっと俺は、純粋に、こいつに理解してほしいと思っているんだ。でも、なぜ? 何のために? こんなわからず屋の蛮族に俺のことを理解してもらって、それで何の得がある……
「きゃあああああああ!」
甲高い悲鳴が、あてのない思考を遮断したのはそんな時だった。
「……ランカスタ嬢か」
俺より先に声の主に気づいたウェリナが、唸るように吐き捨てる。
一方、苦しい葛藤からひととき逃れた俺は、ほっと息をつき、それから、いや落ち着いてる場合じゃねぇと慌てて席を立つ。
ところがウェリナは、相変わらず平気な顔で食事を続けている。
その姿に、なぜか無性に腹が立った。
「何だ?」
「いや、何だじゃねぇよ。お前こそ、なに平気な顔で飯食ってんだ。マリーの身に何かあったらどうすんだよ」
「メイドが対応する。彼女らの手に余る問題なら、いずれ報告が入るだろう」
「困ってる奴をほっとけるのかって話をしてんだ!」
言い捨て、俺はひとり食堂を飛び出す。長い廊下を駆け抜けながら、俺はウェリナへの苛立ちを持て余していた。
いくらマリーを毛嫌いしてるからって、さすがにあの態度はないだろ。そもそもマリーは、ウェリナの勝手な事情でここに監禁されているのだ。ならばせめて、身の安全に責任を持つぐらいはすべきだろう。
そうでなくとも、助けを求める誰かがいれば手を差し伸べる。
人間なら誰しも持つべき、最低限の――
響き渡るブレーキ音。
目の前の背中を引き留めようと手を伸ばして、でも結局、間に合わなくて。
「くそっ!」
何だってこんな時に思い出す。あの時、駅のホームで俺は、やはり無関心な眼差しに晒されながら、目の前を線路めがけて走り去る背中を追いかけた。
そうして俺は、むざむざ命を落として。
その愚かしさを、今また突きつけるかのようによみがえる記憶――だとしても、だ。
それでも俺は走るしかないんだ。それが俺なんだ。
やがて、廊下の先にマリーの部屋が近づいてくる。
その一瞬の反応を、おそらくウェリナは見抜いたのだろう。うんざり顔で、はぁ、と深い溜息をつく。
「見くびられたもんだな。俺の心が、あんな小娘に動かされるとでも?」
「だから、そういう言い方すんなって……あーもう悪かったよ! ええそうです。ぶっちゃけお前とマリーちゃんがくっつけばいいと思ってました! けどさ、俺だってしんどいわけよ! わけもわからず殺されかけて、助かったと思ったら、今度は俺の知らない俺の話をあれこれ聞かされて! 挙句の果てには、ライバルだと思ってたお前にぐいぐい攻められるしさ!」
ほとんど一息に言い切ってから、俺は、自分でも思う以上に鬱憤が溜まっていたことを自覚する。
この手の面倒な感情は、正直、上手く捌いているつもりでいたのだ。が、実態は、むりやり胸の奥に押し込んでいただけだったようだ。それが、ウェリナの態度で箍が外れ、俺自身もびっくりする勢いで噴き出してしまったらしい。
けど仕方ないよな。
いきなり異世界に飛ばされて、右も左もわからないまま破滅フラグから逃げ回って。ようやくフラグを回避したと思ったら、今度はとんでもない真相を明かされて。その上なぜか同性からの溺愛つきだ。
手元のパンを皿に置くと、考え込むようにウェリナは呟く。
「確かに……アルの気持ちを考えていなかったな」
「……アルの、気持ち」
言いようのない違和感が胸を襲う。
違う。
これは……アルカディアの気持ちじゃない。未知の世界で生き延びるため、どうにかアルカディアを演じる別人の気持ちだ。
俺の、気持ちなんだ。
「確かに、俺も性急すぎた。君が記憶を失くしたと知って、きっと、焦っていたんだろう。一刻でも早く記憶を取り戻してほしくて」
だから違うんだよ。俺は記憶喪失なんかじゃない。そもそも赤の他人なんだ。
いっそ打ち明けてしまおうか。本当はただの別人だと。でもこいつは、女の子すら平気で斬りかけた蛮族だ。まして、アルカディアのガワを奪った俺の命の補償など……
本当に、それだけか?
俺が躊躇うのはそこじゃない。きっと俺は、純粋に、こいつに理解してほしいと思っているんだ。でも、なぜ? 何のために? こんなわからず屋の蛮族に俺のことを理解してもらって、それで何の得がある……
「きゃあああああああ!」
甲高い悲鳴が、あてのない思考を遮断したのはそんな時だった。
「……ランカスタ嬢か」
俺より先に声の主に気づいたウェリナが、唸るように吐き捨てる。
一方、苦しい葛藤からひととき逃れた俺は、ほっと息をつき、それから、いや落ち着いてる場合じゃねぇと慌てて席を立つ。
ところがウェリナは、相変わらず平気な顔で食事を続けている。
その姿に、なぜか無性に腹が立った。
「何だ?」
「いや、何だじゃねぇよ。お前こそ、なに平気な顔で飯食ってんだ。マリーの身に何かあったらどうすんだよ」
「メイドが対応する。彼女らの手に余る問題なら、いずれ報告が入るだろう」
「困ってる奴をほっとけるのかって話をしてんだ!」
言い捨て、俺はひとり食堂を飛び出す。長い廊下を駆け抜けながら、俺はウェリナへの苛立ちを持て余していた。
いくらマリーを毛嫌いしてるからって、さすがにあの態度はないだろ。そもそもマリーは、ウェリナの勝手な事情でここに監禁されているのだ。ならばせめて、身の安全に責任を持つぐらいはすべきだろう。
そうでなくとも、助けを求める誰かがいれば手を差し伸べる。
人間なら誰しも持つべき、最低限の――
響き渡るブレーキ音。
目の前の背中を引き留めようと手を伸ばして、でも結局、間に合わなくて。
「くそっ!」
何だってこんな時に思い出す。あの時、駅のホームで俺は、やはり無関心な眼差しに晒されながら、目の前を線路めがけて走り去る背中を追いかけた。
そうして俺は、むざむざ命を落として。
その愚かしさを、今また突きつけるかのようによみがえる記憶――だとしても、だ。
それでも俺は走るしかないんだ。それが俺なんだ。
やがて、廊下の先にマリーの部屋が近づいてくる。
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