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奇妙なことに、今夜のカサンドラはなぜか仮面を装着していた。……って、いやいやいや、その派手に燃える長髪といいグラマラスな背格好といい、今更顔バレもへったくれもなくね!?
よく見ると彼女は、何かを探すように忙しく頭を動かしている。やがて、その首が俺に向けられると、ロックオン、とばかりにぴたりと止まる。
やっぱりそうだ。彼女の今夜の目的は、俺だ。
身構えたその時、階下からどわっと炎の波が押し寄せる。点でも線でもない、もはや面、いや壁として、その空間に存在する全ての物体を焼き尽くしながらそれは迫る。膨大な熱と光とを伴いながら――
えっ、これやばくない?
死ぬの、俺?
「君ッッ!」
刹那、俺の視界を人影が遮る。その手が一文字に空を薙いだ瞬間、炎の壁が手品のように掻き消える。それでもなお残る強烈な熱の残滓。俺は、肺が焼けるのを恐れて息を止め、眼球が乾かないようぎゅっと瞼を閉ざした。
ようやく熱が収まり、おそるおそる目を開く。
テラスの手すりに、髪を緑に光らせた男が俺を背に仁王立ちしていた。ウェリナだ。
「だ……大丈夫か、ウェリナ」
「ああ」
振り返ることなくウェリナは答える。しかし俺は、そんな間抜けな問いを投げたことを早くも後悔していた。
大丈夫、なんてもんじゃねぇ。
さっき炎の壁を薙ぎ払ったウェリナの右手は、シャツごと真っ黒に焼け焦げ、負傷した皮膚からは早くも血が滲みはじめている。
「な、何言ってんだ! 全然大丈夫じゃねぇじゃねぇかよ!」
ところがウェリナは腕を庇うどころか、なおも仁王立ちで階下の庭を睨んでいる。
その間も、炎はじわじわと庭を焼き尽くしてゆく。このままでは建物に引火するのも時間の問題だ。
またしてもぶわりと熱風が吹き、中庭から炎の塊が中空に浮き上がる。いや、よく見るとあれは炎を纏ったカサンドラだ。
「貴様ッッ! 四公の屋敷で許可なく他の精霊の力を得ることが何を意味するか、わかっているのか!」
ウェリナの大喝が、気流の轟音をものともせず中庭の空気を揺さぶる。あるいはこれも、風の精霊の力を借りた技なのか。
おそらく四公同士の間には、相手のテリトリーではこちらの力を発動させない、などの協定が結ばれているのかもしれない。それは、強大な力を持つ者同士がうっかり戦端を開かないがためにも、厳に守るべき協定のはずだ。
それをカサンドラは、現状、一方的に踏みにじっている。
ウェリナの警告に、しかし、カサンドラは何も答えない。仮面越しにじっと俺達を見据えたまま、こちらの反応を嘲笑うかのように沈黙を貫いている。
ウェリナの本音としては、何としても戦いは避けたいところだろう。
この場で片がつけば御の字。最悪、家同士の抗争にも発展しかねない。互いに四公同士のそれは膨大な被害を生むうえ、国の安寧を揺るがしかねない。
聡明なウェリナには、そうした未来が見えてしまう。そしてカサンドラは、そんなウェリナの聡明さも踏まえた上で無謀なカチコミをかけている。なんて卑怯な。
「な、なぁ……こうなったらさ、すんげー風で彼女を屋敷の外までぶっ飛ばすってのはどうだ? このままじゃ屋敷が燃えちまうし、それに外でなら、彼女を暗殺したところで角は立たないだろ?」
「無理だ」
ウェリナの返答はにべもなかった。
「そもそも我がウェリントン家の力は、モーフィアス家の炎の力には極めて相性が悪い。さっきはうまく打ち消すことができたが、基本的に、こちらが力を用いるほど彼らの精霊は強大化してしまう」
あー、やっぱりあるのね。そういうポ●モンバトル的な相関図が。
「だが……まさか四公に直接仕掛けてくるとは。モーフィアス家は一体、何を考えている!?」
「……」
やはり、何かが妙だ。
仮にもカサンドラは王妃だ。わざわざ貴族間に火種を撒き、国内情勢を揺るがす愚をわざわざ犯すだろうか? たとえ息子への愛で目が曇っていたとしてもだ。
ふたたびカサンドラ(?)が動きを見せる。しかしそれは、手打ちを望む態度とはほど遠いものだった。カサンドラ(?)が腕を一閃した次の瞬間、ふたたび生まれる炎の壁。それも、先程のそれがまだ可愛く思えるほどの。
――そんな。
先の攻撃にすら、ウェリナは腕一本を犠牲にしたのだ。なのに、こんなものを喰らったら次こそは。しかも――
「殿下!」
背後からの叫びに振り返る。いつの間に現れたのだろう、テラスの窓からマリーが駆け出してくる。……いや、マジで勘弁してくれ。たとえ君が嵐を呼ぶ系ヒロインだとして、今だけはそういうテンプレは求めちゃいないんだ。
ウェリナに目を戻す。
風を受けて舞う髪の輝きが、緑から青へと移り変わるのを俺は見る。
よく見ると彼女は、何かを探すように忙しく頭を動かしている。やがて、その首が俺に向けられると、ロックオン、とばかりにぴたりと止まる。
やっぱりそうだ。彼女の今夜の目的は、俺だ。
身構えたその時、階下からどわっと炎の波が押し寄せる。点でも線でもない、もはや面、いや壁として、その空間に存在する全ての物体を焼き尽くしながらそれは迫る。膨大な熱と光とを伴いながら――
えっ、これやばくない?
死ぬの、俺?
「君ッッ!」
刹那、俺の視界を人影が遮る。その手が一文字に空を薙いだ瞬間、炎の壁が手品のように掻き消える。それでもなお残る強烈な熱の残滓。俺は、肺が焼けるのを恐れて息を止め、眼球が乾かないようぎゅっと瞼を閉ざした。
ようやく熱が収まり、おそるおそる目を開く。
テラスの手すりに、髪を緑に光らせた男が俺を背に仁王立ちしていた。ウェリナだ。
「だ……大丈夫か、ウェリナ」
「ああ」
振り返ることなくウェリナは答える。しかし俺は、そんな間抜けな問いを投げたことを早くも後悔していた。
大丈夫、なんてもんじゃねぇ。
さっき炎の壁を薙ぎ払ったウェリナの右手は、シャツごと真っ黒に焼け焦げ、負傷した皮膚からは早くも血が滲みはじめている。
「な、何言ってんだ! 全然大丈夫じゃねぇじゃねぇかよ!」
ところがウェリナは腕を庇うどころか、なおも仁王立ちで階下の庭を睨んでいる。
その間も、炎はじわじわと庭を焼き尽くしてゆく。このままでは建物に引火するのも時間の問題だ。
またしてもぶわりと熱風が吹き、中庭から炎の塊が中空に浮き上がる。いや、よく見るとあれは炎を纏ったカサンドラだ。
「貴様ッッ! 四公の屋敷で許可なく他の精霊の力を得ることが何を意味するか、わかっているのか!」
ウェリナの大喝が、気流の轟音をものともせず中庭の空気を揺さぶる。あるいはこれも、風の精霊の力を借りた技なのか。
おそらく四公同士の間には、相手のテリトリーではこちらの力を発動させない、などの協定が結ばれているのかもしれない。それは、強大な力を持つ者同士がうっかり戦端を開かないがためにも、厳に守るべき協定のはずだ。
それをカサンドラは、現状、一方的に踏みにじっている。
ウェリナの警告に、しかし、カサンドラは何も答えない。仮面越しにじっと俺達を見据えたまま、こちらの反応を嘲笑うかのように沈黙を貫いている。
ウェリナの本音としては、何としても戦いは避けたいところだろう。
この場で片がつけば御の字。最悪、家同士の抗争にも発展しかねない。互いに四公同士のそれは膨大な被害を生むうえ、国の安寧を揺るがしかねない。
聡明なウェリナには、そうした未来が見えてしまう。そしてカサンドラは、そんなウェリナの聡明さも踏まえた上で無謀なカチコミをかけている。なんて卑怯な。
「な、なぁ……こうなったらさ、すんげー風で彼女を屋敷の外までぶっ飛ばすってのはどうだ? このままじゃ屋敷が燃えちまうし、それに外でなら、彼女を暗殺したところで角は立たないだろ?」
「無理だ」
ウェリナの返答はにべもなかった。
「そもそも我がウェリントン家の力は、モーフィアス家の炎の力には極めて相性が悪い。さっきはうまく打ち消すことができたが、基本的に、こちらが力を用いるほど彼らの精霊は強大化してしまう」
あー、やっぱりあるのね。そういうポ●モンバトル的な相関図が。
「だが……まさか四公に直接仕掛けてくるとは。モーフィアス家は一体、何を考えている!?」
「……」
やはり、何かが妙だ。
仮にもカサンドラは王妃だ。わざわざ貴族間に火種を撒き、国内情勢を揺るがす愚をわざわざ犯すだろうか? たとえ息子への愛で目が曇っていたとしてもだ。
ふたたびカサンドラ(?)が動きを見せる。しかしそれは、手打ちを望む態度とはほど遠いものだった。カサンドラ(?)が腕を一閃した次の瞬間、ふたたび生まれる炎の壁。それも、先程のそれがまだ可愛く思えるほどの。
――そんな。
先の攻撃にすら、ウェリナは腕一本を犠牲にしたのだ。なのに、こんなものを喰らったら次こそは。しかも――
「殿下!」
背後からの叫びに振り返る。いつの間に現れたのだろう、テラスの窓からマリーが駆け出してくる。……いや、マジで勘弁してくれ。たとえ君が嵐を呼ぶ系ヒロインだとして、今だけはそういうテンプレは求めちゃいないんだ。
ウェリナに目を戻す。
風を受けて舞う髪の輝きが、緑から青へと移り変わるのを俺は見る。
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