25 / 68
2章
13話 エゴイストたち
しおりを挟む
◇◇◇
「――と、いうわけで、あなたの作品は、いずれも鑑賞レベル5に設定させてもらったわ」
半月ぶりに呼び出された所長室。高階に告げられた言葉は、しかし、漣に何の驚きも与えなかった。
「5っすか」
ソファに腰を下ろしたまま、窓際に立つ高階を振り返る。すると高階は軽く目を見開くと「あら驚かないのね」と鼻白んだ顔をした。
「一応、最高ランクの鑑賞難易度なのだけど?」
「あ、はい……てか、初日に嶋野さんから聞かされてましたし。すでに5で内定してる、って」
そうでなくとも、鑑賞難易度が高いことは漣に言わせれば何の価値にもならない。むしろ、そんなものはいくら低くても構わないから――何なら、そんなおまけはいらないから、できるだけ多くの人の目に触れてもらいたい。
ただ、通常の基準に照らして鑑賞レベルが設定されたことは、素直に喜ぶべきだと思う。一定の条件を満たしさえすれば鑑賞が許される、と、協会が保証したも同然だからだ。
常人なら命すら落としうる絵を。
「あ、そう。――ちなみにあなたの作品群だけど、残念ながら実物は、回収が難しいとの判断で破壊させてもらったわ」
「えっ……そう、なんすか」
それはさすがに驚いてしまう。が、これも冷静に考えれば当然の話だ。あんな危険な代物をいつまでも野晒しにするわけにもいかないだろう。仮にカバーか何かで覆ったとして、興味本位で覗く奴は必ず出てくる。かといって、それを防ぐべく警備員を常駐させるのもコスト的にナンセンスだ。
とはいえ、辛くないかといえば嘘になる。違法な落書きではあったにせよ、漣にとっては紛れもなく魂の一部だったのだ。
「ええ。代わりに、高精度カメラによる撮影でデジタルアーカイブ化させたわ。現場では、凪が随分と張り切っていたそうよ」
「凪……嶋野さんすか。そういえば……最近、全然見かけないんすけど」
最近どころか、初日を最後に嶋野とはあれきり一度も会えていない。
この施設では、連絡先さえ交換していれば、施設内であればローカルネットワークを通じて連絡を取り合うことができる。ところがPCとスマホを支給されたあと、嶋野に会えたら連絡先を聞き出そうと思ううちに、いつの間にか半月が過ぎてしまった。
「ああ。あの子なら今は名古屋よ」
「へぇ名古屋……えっ、名古屋!? ひょっとして観光っすか」
すると高階は、腕を組んだまま軽く肩をすくめる。
「まさか。ギフテッドの捜索よ」
「あ」
それもそうか、と今更のように漣は思う。それが彼の仕事なのだ。
「ネット上に、新しいギフテッドの存在を示唆する情報が見つかってね。念のため現地に飛んでもらったのよ。そうでなくともあの子、普段からアマチュア作家の個展だの展覧会だのとあちこち飛び回ってるから、ここでじっとしている方が珍しいわ」
「それも……ギフテッドの探索……?」
「それもあるのでしょうけど、まぁ半分は趣味よね。この前も、どこかのハンドメイドのイベントに嬉々として出かけていたわね。ああいう場所でも、よくギフテッドが見つかるみたい。と言っても、半年に二、三人程度だけど」
「そ……う、なんすか。仕事熱心なんすね……」
そうは言いながら、なぜか胸がざわついてしまう自分を漣は否めなかった。まだ見ぬ素晴らしいアートを、今この瞬間も探し回る嶋野。もちろんそれは仕事のためだろう。まだ見ぬギフテッドのため、社会を守るためでもある。ただ……
――そのギフトが、僕を君に出会わせた。
「あら、拗ねてる?」
「えっ? ……い、いえ、別に」
「いいのよ。アーティストなんてみんな自己顕示欲と独占欲の塊なんだから。そもそも、なぜ人はアートという表現手法を獲得したのだと思う?」
「……は」
今度は、いきなり何の話だろう。ただ、質問の答えは明らかだ。自分の中にあるイメージを誰かと共有したかったから。それ以外に考えられない。
ところが高階は、漣が思いもしない方向に話を転がす。
「一説では、独占欲だったともされているわ」
「……独占欲?」
共有ではなく独占。漣の想定とは真逆の答えだ。
「ええ。それが欲しい。実物を独占するだけじゃない、概念としても掌中に収めたい。そうした欲望が、まだ言葉も持たなかった人類に絵筆を取らせた、という説もある」
「はぁ」
そういう考え方もあるのか。ほとんど屁理屈じみているが。
「そして、その本質はおそらく現代のアーティストも変わらない。まだ見ぬ表現。まだ誰も見出したことのない光とかたち。未知のハーモニー。そうしたものを手に入れようと足掻く人種、すなわちアーティストこそ、この世で最も貪欲なエゴイストなのよ。無論、あなたも例外ではないわ、漣」
「……は、」
そこまで言われてようやく気付く。どうやらここまでの話は、漣の嶋野に対する感情を当てこすったものらしい。
「い、いや別に、あの人を所有したいとか、そういうのは――」
いや、本当にそうだろうか?
例えば嶋野が、新しいギフテッドを嬉々として連れ帰ったら、確かにいい気分にはならないだろう。それは、やはり独占欲と呼ぶべき感情ではないだろうか。
俺がここにいるじゃないか。
俺じゃ、駄目なのか――
「ところで、キュレーターの件は考え直してくれたかしら」
「えっ」
振り返ると高階が、今までの和やかな表情とは一転、厳しい眼差しでじっと漣を見据えていた。今度は何の話だと軽く苛つくも、そういう空気ではないことに気付いて漣は真顔に戻る。ああ、そうだ。この人は、元より漣がキュレーターになることに反対していた。
いや、だとしても俺の答えはもう――
「――と、いうわけで、あなたの作品は、いずれも鑑賞レベル5に設定させてもらったわ」
半月ぶりに呼び出された所長室。高階に告げられた言葉は、しかし、漣に何の驚きも与えなかった。
「5っすか」
ソファに腰を下ろしたまま、窓際に立つ高階を振り返る。すると高階は軽く目を見開くと「あら驚かないのね」と鼻白んだ顔をした。
「一応、最高ランクの鑑賞難易度なのだけど?」
「あ、はい……てか、初日に嶋野さんから聞かされてましたし。すでに5で内定してる、って」
そうでなくとも、鑑賞難易度が高いことは漣に言わせれば何の価値にもならない。むしろ、そんなものはいくら低くても構わないから――何なら、そんなおまけはいらないから、できるだけ多くの人の目に触れてもらいたい。
ただ、通常の基準に照らして鑑賞レベルが設定されたことは、素直に喜ぶべきだと思う。一定の条件を満たしさえすれば鑑賞が許される、と、協会が保証したも同然だからだ。
常人なら命すら落としうる絵を。
「あ、そう。――ちなみにあなたの作品群だけど、残念ながら実物は、回収が難しいとの判断で破壊させてもらったわ」
「えっ……そう、なんすか」
それはさすがに驚いてしまう。が、これも冷静に考えれば当然の話だ。あんな危険な代物をいつまでも野晒しにするわけにもいかないだろう。仮にカバーか何かで覆ったとして、興味本位で覗く奴は必ず出てくる。かといって、それを防ぐべく警備員を常駐させるのもコスト的にナンセンスだ。
とはいえ、辛くないかといえば嘘になる。違法な落書きではあったにせよ、漣にとっては紛れもなく魂の一部だったのだ。
「ええ。代わりに、高精度カメラによる撮影でデジタルアーカイブ化させたわ。現場では、凪が随分と張り切っていたそうよ」
「凪……嶋野さんすか。そういえば……最近、全然見かけないんすけど」
最近どころか、初日を最後に嶋野とはあれきり一度も会えていない。
この施設では、連絡先さえ交換していれば、施設内であればローカルネットワークを通じて連絡を取り合うことができる。ところがPCとスマホを支給されたあと、嶋野に会えたら連絡先を聞き出そうと思ううちに、いつの間にか半月が過ぎてしまった。
「ああ。あの子なら今は名古屋よ」
「へぇ名古屋……えっ、名古屋!? ひょっとして観光っすか」
すると高階は、腕を組んだまま軽く肩をすくめる。
「まさか。ギフテッドの捜索よ」
「あ」
それもそうか、と今更のように漣は思う。それが彼の仕事なのだ。
「ネット上に、新しいギフテッドの存在を示唆する情報が見つかってね。念のため現地に飛んでもらったのよ。そうでなくともあの子、普段からアマチュア作家の個展だの展覧会だのとあちこち飛び回ってるから、ここでじっとしている方が珍しいわ」
「それも……ギフテッドの探索……?」
「それもあるのでしょうけど、まぁ半分は趣味よね。この前も、どこかのハンドメイドのイベントに嬉々として出かけていたわね。ああいう場所でも、よくギフテッドが見つかるみたい。と言っても、半年に二、三人程度だけど」
「そ……う、なんすか。仕事熱心なんすね……」
そうは言いながら、なぜか胸がざわついてしまう自分を漣は否めなかった。まだ見ぬ素晴らしいアートを、今この瞬間も探し回る嶋野。もちろんそれは仕事のためだろう。まだ見ぬギフテッドのため、社会を守るためでもある。ただ……
――そのギフトが、僕を君に出会わせた。
「あら、拗ねてる?」
「えっ? ……い、いえ、別に」
「いいのよ。アーティストなんてみんな自己顕示欲と独占欲の塊なんだから。そもそも、なぜ人はアートという表現手法を獲得したのだと思う?」
「……は」
今度は、いきなり何の話だろう。ただ、質問の答えは明らかだ。自分の中にあるイメージを誰かと共有したかったから。それ以外に考えられない。
ところが高階は、漣が思いもしない方向に話を転がす。
「一説では、独占欲だったともされているわ」
「……独占欲?」
共有ではなく独占。漣の想定とは真逆の答えだ。
「ええ。それが欲しい。実物を独占するだけじゃない、概念としても掌中に収めたい。そうした欲望が、まだ言葉も持たなかった人類に絵筆を取らせた、という説もある」
「はぁ」
そういう考え方もあるのか。ほとんど屁理屈じみているが。
「そして、その本質はおそらく現代のアーティストも変わらない。まだ見ぬ表現。まだ誰も見出したことのない光とかたち。未知のハーモニー。そうしたものを手に入れようと足掻く人種、すなわちアーティストこそ、この世で最も貪欲なエゴイストなのよ。無論、あなたも例外ではないわ、漣」
「……は、」
そこまで言われてようやく気付く。どうやらここまでの話は、漣の嶋野に対する感情を当てこすったものらしい。
「い、いや別に、あの人を所有したいとか、そういうのは――」
いや、本当にそうだろうか?
例えば嶋野が、新しいギフテッドを嬉々として連れ帰ったら、確かにいい気分にはならないだろう。それは、やはり独占欲と呼ぶべき感情ではないだろうか。
俺がここにいるじゃないか。
俺じゃ、駄目なのか――
「ところで、キュレーターの件は考え直してくれたかしら」
「えっ」
振り返ると高階が、今までの和やかな表情とは一転、厳しい眼差しでじっと漣を見据えていた。今度は何の話だと軽く苛つくも、そういう空気ではないことに気付いて漣は真顔に戻る。ああ、そうだ。この人は、元より漣がキュレーターになることに反対していた。
いや、だとしても俺の答えはもう――
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる