ギフテッド

路地裏乃猫

文字の大きさ
26 / 68
2章

14話 未知のあの人

しおりを挟む
 不意の着信音が、ぎこちない沈黙を破ったのはそんな時だった。

 音の主は、執務机に置かれた高階のスマホだ。それを高階は、漣の答えも待たずに取り上げる。画面に目を落とし、一瞬おや、という顔をして電話を受ける。

「ふふ、噂をすれば――もしもし、凪? 調子はどう?」

 その言葉に漣ははっとなる。

 あの電話の向こうに嶋野がいるのか。

「そう、手術に同意してくれたのね。念のために質問するけど、それは当人の意思なのね? ……そう。じゃ今回は、そういうことにしてあげる。……ええ、わかったわ。オペレーターには、あなたの方から連絡を入れてちょうだい。じゃあね」

 そうして高階は、さっさと電話を切る。その呆気なさに漣は、ああ、自分も話したかったんだなと今になって思う。せめて一言、代わってくれと言えたなら。

 そんな漣の顔色を読んだのか、高階はどこか気の毒そうに告げる。

「ああごめんなさい、気が利かなくて。あなたも話したかったのよね」

「い、いえ、別にいいっす……」

 あえて素っ気なく頷く。それでもなおカバーしきれない名残惜しさが我ながら恥ずかしい。

「あ……あの、次に嶋野さんから連絡が来たら、画材セット、ありがとうございましたって伝えてください」

「なぁに? 所長の私を伝言係に使おうっての?」

「え、いえ別にそういうわけじゃ……ここじゃ他に連絡方法がなくて」

 事実、ここでは一部のスタッフを除いて、外部の人間と連絡を取り合うことはできない。その一部のスタッフも、専用の秘匿回線を使って連絡を取り合っているらしい。こればかりは秘密組織の性、というやつだろうが、中の人間に言わせれば不便きわまりない仕様だ。

「次に凪が帰った時に、あなたの口から直接伝えれば? その方があの子も喜ぶわよ」

「そ、っすかね……?」

 が、いざ喜ぶ姿を想像しても、いまいちリアルにイメージできない。

 考えてみれば、嶋野とはせいぜい半日程度の付き合いでしかなかった。出会った時のインパクトが大きく、つい、実際以上に強いつながりを感じていた。あの人に抱きしめられ、こちらも抱きしめ返しながら、この人となら全てをわかり合えると――わかり合えたと勝手に思い込んでいた。

 でも実際は、漣は嶋野のことを何も知らない。少なくとも、彼の喜怒哀楽をリアルにイメージできるほどには。むしろ、あの日の出来事を思い出すほどわからなくなる。優しいのに掴みどころがなく、漣の全てを受け入れてくれるのに、嶋野自身は何も見せてくれない。

 どうすれば知ることができるだろう。あの人を――

 ――だからこそアートが必要だった。アートを通じてなら、君は自分を偽らなくていい。

「……嶋野さんの絵って、鑑賞レベルいくつなんすか」

 すると高階は、怪訝そうに片眉を上げる。

「3,よ」

「えっ?」

 意外な数値に漣は軽く面食らう。

 何せ、相手の心を強制的にハックできる力だ。漣のギフトほどではないにせよ、それに準じる扱いを受けているものだと思い込んでいた。

「意外と低い? ……んすね」

「効果そのものは確かに5相当ではあるの。ただ、あの子のギフトは発動条件がとても限られていてね、本人が手ずから見せた相手でなければ発現しないのよ。なので、あの子のいない場所でアーカイブを閲覧してもギフトの影響を受けることはない。それを踏まえて、比較的鑑賞しやすい3に設定してあるわ」

「じゃあ……次のテストで審美眼レベル3以上を取ったら、嶋野さんに……あ、いや、嶋野さんのアートに、触れられるってことすか」

 実のところ漣は、今はまだ審美眼レベルがゼロなので誰の作品も鑑賞できない。レベルを上げるには、定期的に行なわれるテストを受ける必要がある。直近のテストは再来週。そして、そのための勉強はすでにスタートさせている。嶋野に、キュレーターになるには最低でも5は必要だと教わったからだ。

「なぁに、見たいの?」

 何かを言いたげににやりと笑う高階を、漣は軽く睨み返す。

「い……いいじゃないすか別に。ただ、どんな絵を描くのかな、って……」

 すると高階は、今度はふっと真顔になる。

「あの子に興味を抱くのは構わないわ。ただ、せいぜい普通の友人程度に留めておきなさい」

「えっ? い、いや、だからそう言ってるじゃないすか!」

 やっぱり誤解されていた! ところが高階は、相変わらず静かに漣を見据えている。これは……誤解しているのは自分の方かもしれないと漣は直感する。だとすれば、何をどう誤解しているのか。

 そういえば漣をキュレーターにすると話した時も、嶋野と高階の間には妙な緊張感が走っていた。

 漣の知らない事情があるのだろうか。あるいは嶋野の一面が。

 それを知ったとき……今と同じようにあの人を尊敬できるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...