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2章
14話 未知のあの人
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不意の着信音が、ぎこちない沈黙を破ったのはそんな時だった。
音の主は、執務机に置かれた高階のスマホだ。それを高階は、漣の答えも待たずに取り上げる。画面に目を落とし、一瞬おや、という顔をして電話を受ける。
「ふふ、噂をすれば――もしもし、凪? 調子はどう?」
その言葉に漣ははっとなる。
あの電話の向こうに嶋野がいるのか。
「そう、手術に同意してくれたのね。念のために質問するけど、それは当人の意思なのね? ……そう。じゃ今回は、そういうことにしてあげる。……ええ、わかったわ。オペレーターには、あなたの方から連絡を入れてちょうだい。じゃあね」
そうして高階は、さっさと電話を切る。その呆気なさに漣は、ああ、自分も話したかったんだなと今になって思う。せめて一言、代わってくれと言えたなら。
そんな漣の顔色を読んだのか、高階はどこか気の毒そうに告げる。
「ああごめんなさい、気が利かなくて。あなたも話したかったのよね」
「い、いえ、別にいいっす……」
あえて素っ気なく頷く。それでもなおカバーしきれない名残惜しさが我ながら恥ずかしい。
「あ……あの、次に嶋野さんから連絡が来たら、画材セット、ありがとうございましたって伝えてください」
「なぁに? 所長の私を伝言係に使おうっての?」
「え、いえ別にそういうわけじゃ……ここじゃ他に連絡方法がなくて」
事実、ここでは一部のスタッフを除いて、外部の人間と連絡を取り合うことはできない。その一部のスタッフも、専用の秘匿回線を使って連絡を取り合っているらしい。こればかりは秘密組織の性、というやつだろうが、中の人間に言わせれば不便きわまりない仕様だ。
「次に凪が帰った時に、あなたの口から直接伝えれば? その方があの子も喜ぶわよ」
「そ、っすかね……?」
が、いざ喜ぶ姿を想像しても、いまいちリアルにイメージできない。
考えてみれば、嶋野とはせいぜい半日程度の付き合いでしかなかった。出会った時のインパクトが大きく、つい、実際以上に強いつながりを感じていた。あの人に抱きしめられ、こちらも抱きしめ返しながら、この人となら全てをわかり合えると――わかり合えたと勝手に思い込んでいた。
でも実際は、漣は嶋野のことを何も知らない。少なくとも、彼の喜怒哀楽をリアルにイメージできるほどには。むしろ、あの日の出来事を思い出すほどわからなくなる。優しいのに掴みどころがなく、漣の全てを受け入れてくれるのに、嶋野自身は何も見せてくれない。
どうすれば知ることができるだろう。あの人を――
――だからこそアートが必要だった。アートを通じてなら、君は自分を偽らなくていい。
「……嶋野さんの絵って、鑑賞レベルいくつなんすか」
すると高階は、怪訝そうに片眉を上げる。
「3,よ」
「えっ?」
意外な数値に漣は軽く面食らう。
何せ、相手の心を強制的にハックできる力だ。漣のギフトほどではないにせよ、それに準じる扱いを受けているものだと思い込んでいた。
「意外と低い? ……んすね」
「効果そのものは確かに5相当ではあるの。ただ、あの子のギフトは発動条件がとても限られていてね、本人が手ずから見せた相手でなければ発現しないのよ。なので、あの子のいない場所でアーカイブを閲覧してもギフトの影響を受けることはない。それを踏まえて、比較的鑑賞しやすい3に設定してあるわ」
「じゃあ……次のテストで審美眼レベル3以上を取ったら、嶋野さんに……あ、いや、嶋野さんのアートに、触れられるってことすか」
実のところ漣は、今はまだ審美眼レベルがゼロなので誰の作品も鑑賞できない。レベルを上げるには、定期的に行なわれるテストを受ける必要がある。直近のテストは再来週。そして、そのための勉強はすでにスタートさせている。嶋野に、キュレーターになるには最低でも5は必要だと教わったからだ。
「なぁに、見たいの?」
何かを言いたげににやりと笑う高階を、漣は軽く睨み返す。
「い……いいじゃないすか別に。ただ、どんな絵を描くのかな、って……」
すると高階は、今度はふっと真顔になる。
「あの子に興味を抱くのは構わないわ。ただ、せいぜい普通の友人程度に留めておきなさい」
「えっ? い、いや、だからそう言ってるじゃないすか!」
やっぱり誤解されていた! ところが高階は、相変わらず静かに漣を見据えている。これは……誤解しているのは自分の方かもしれないと漣は直感する。だとすれば、何をどう誤解しているのか。
そういえば漣をキュレーターにすると話した時も、嶋野と高階の間には妙な緊張感が走っていた。
漣の知らない事情があるのだろうか。あるいは嶋野の一面が。
それを知ったとき……今と同じようにあの人を尊敬できるだろうか。
音の主は、執務机に置かれた高階のスマホだ。それを高階は、漣の答えも待たずに取り上げる。画面に目を落とし、一瞬おや、という顔をして電話を受ける。
「ふふ、噂をすれば――もしもし、凪? 調子はどう?」
その言葉に漣ははっとなる。
あの電話の向こうに嶋野がいるのか。
「そう、手術に同意してくれたのね。念のために質問するけど、それは当人の意思なのね? ……そう。じゃ今回は、そういうことにしてあげる。……ええ、わかったわ。オペレーターには、あなたの方から連絡を入れてちょうだい。じゃあね」
そうして高階は、さっさと電話を切る。その呆気なさに漣は、ああ、自分も話したかったんだなと今になって思う。せめて一言、代わってくれと言えたなら。
そんな漣の顔色を読んだのか、高階はどこか気の毒そうに告げる。
「ああごめんなさい、気が利かなくて。あなたも話したかったのよね」
「い、いえ、別にいいっす……」
あえて素っ気なく頷く。それでもなおカバーしきれない名残惜しさが我ながら恥ずかしい。
「あ……あの、次に嶋野さんから連絡が来たら、画材セット、ありがとうございましたって伝えてください」
「なぁに? 所長の私を伝言係に使おうっての?」
「え、いえ別にそういうわけじゃ……ここじゃ他に連絡方法がなくて」
事実、ここでは一部のスタッフを除いて、外部の人間と連絡を取り合うことはできない。その一部のスタッフも、専用の秘匿回線を使って連絡を取り合っているらしい。こればかりは秘密組織の性、というやつだろうが、中の人間に言わせれば不便きわまりない仕様だ。
「次に凪が帰った時に、あなたの口から直接伝えれば? その方があの子も喜ぶわよ」
「そ、っすかね……?」
が、いざ喜ぶ姿を想像しても、いまいちリアルにイメージできない。
考えてみれば、嶋野とはせいぜい半日程度の付き合いでしかなかった。出会った時のインパクトが大きく、つい、実際以上に強いつながりを感じていた。あの人に抱きしめられ、こちらも抱きしめ返しながら、この人となら全てをわかり合えると――わかり合えたと勝手に思い込んでいた。
でも実際は、漣は嶋野のことを何も知らない。少なくとも、彼の喜怒哀楽をリアルにイメージできるほどには。むしろ、あの日の出来事を思い出すほどわからなくなる。優しいのに掴みどころがなく、漣の全てを受け入れてくれるのに、嶋野自身は何も見せてくれない。
どうすれば知ることができるだろう。あの人を――
――だからこそアートが必要だった。アートを通じてなら、君は自分を偽らなくていい。
「……嶋野さんの絵って、鑑賞レベルいくつなんすか」
すると高階は、怪訝そうに片眉を上げる。
「3,よ」
「えっ?」
意外な数値に漣は軽く面食らう。
何せ、相手の心を強制的にハックできる力だ。漣のギフトほどではないにせよ、それに準じる扱いを受けているものだと思い込んでいた。
「意外と低い? ……んすね」
「効果そのものは確かに5相当ではあるの。ただ、あの子のギフトは発動条件がとても限られていてね、本人が手ずから見せた相手でなければ発現しないのよ。なので、あの子のいない場所でアーカイブを閲覧してもギフトの影響を受けることはない。それを踏まえて、比較的鑑賞しやすい3に設定してあるわ」
「じゃあ……次のテストで審美眼レベル3以上を取ったら、嶋野さんに……あ、いや、嶋野さんのアートに、触れられるってことすか」
実のところ漣は、今はまだ審美眼レベルがゼロなので誰の作品も鑑賞できない。レベルを上げるには、定期的に行なわれるテストを受ける必要がある。直近のテストは再来週。そして、そのための勉強はすでにスタートさせている。嶋野に、キュレーターになるには最低でも5は必要だと教わったからだ。
「なぁに、見たいの?」
何かを言いたげににやりと笑う高階を、漣は軽く睨み返す。
「い……いいじゃないすか別に。ただ、どんな絵を描くのかな、って……」
すると高階は、今度はふっと真顔になる。
「あの子に興味を抱くのは構わないわ。ただ、せいぜい普通の友人程度に留めておきなさい」
「えっ? い、いや、だからそう言ってるじゃないすか!」
やっぱり誤解されていた! ところが高階は、相変わらず静かに漣を見据えている。これは……誤解しているのは自分の方かもしれないと漣は直感する。だとすれば、何をどう誤解しているのか。
そういえば漣をキュレーターにすると話した時も、嶋野と高階の間には妙な緊張感が走っていた。
漣の知らない事情があるのだろうか。あるいは嶋野の一面が。
それを知ったとき……今と同じようにあの人を尊敬できるだろうか。
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