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一章
2.朝から全てがうまくいっていない
しおりを挟むクレッジが少し照れながら「大丈夫なんで……行きましょう」と言って歩き出すと、イウリュースは、「そう?」と言って、水筒の蓋を回す。そして、蓋のあいた水筒を、クレッジに渡してくれた。
「え……?」
また、戸惑った。
確かに、暑い中ずっと森の中を歩いている。しかし、それは受け取れない。自分でも水筒は持っているし、何より、好きな人から水筒なんて受け取れない。
(間接キスだろ…………絶対にダメだ。イウリュースさん気づいてないけど、たぶん後で気づいて、絶対に困る。断らなきゃ……だけど、いらない、なんて言っていいのか……? そもそも、嫌じゃないのに……どう言おう……)
戸惑う。
どう返事をしていいのか、分からない。
イウリュースといると、こんなことばかりだった。
返答に困っていると、ひどく蝉の声が大きく聞こえた。
(傷つけたら、嫌われる。気をつけねーと……下手なことをしないようにしねーと……)
以前、告白されて付き合ったのが、クレッジにとっての初めての恋人だった。しかし、デートに誘われても何かにつけて自分の予定を持ち出して断るクレッジに、本当に好きなのか? と言って、恋人は去っていった。
(自己中な無表情……)
それは、最後に恋人に言われた言葉だった。それまで言われたことの中で、一番ショックだった気がする。だから気をつけなくてはならない。それなのに、何も思いつかない。
(こんなんで、なんで告白しようと思ったんだ、俺……)
このままでいい、そう思っているはずなのにそう考えて、思い出した。イウリュースに言われたからだ。「クレッジは多分、俺のこと嫌いだよね?」と。
もちろんすぐに、そんなことはないと否定した。けれど、無表情に近い顔で目を背け、ぼそっと「んなことないです」と言っても、信じてもらえなかった。目を背けたのも、声が小さかったのも、あまりにショックで半ば混乱していたからなのだが、イウリュースには、避けていると思われた気がした。
その時の誤解を解きたかった。
本当なら今日は、ギルドへ行って、そこでイウリュースのことを格好良く誘って、二人でディナーへ行って、それから告白するはずだった。そんな柄にもない計画を立てていたのに。
(なんでこううまくいかないんだ……)
「クレッジ? どうしたの?」
イウリュースにそう言われて、クレッジは我に返った。つい、ずっと黙ってしまっていた。
(イウリュースさんは……)
顔を上げたら、彼は平然としていた。いつもと同じ、笑顔だ。
(なんとも思ってないんだよな……)
そう考えると、あれこれ思い悩んでおろおろしていることが虚しくなってくる。
イウリュースはなんとも思ってない。気持ちがないのだから、この水筒を渡す行為にも、なんら深い意味はないのだろう。
「それは……イウリュースさんが飲んでください……暑いんで」
「俺は平気。飲んで」
「……」
「ね?」
半ば無理矢理押し付けられた。
(なんなんだ……飲むのか? 俺が……イウリュースさんのを……?)
見上げると、イウリュースはじっとクレッジを見下ろしていた。
(やっぱり無理っ……!)
さっと相手から蓋を奪い取って、即座に蓋を閉めて、水筒ごと返す。
「苦手なんです! お茶!!」
「……え? そう……だっけ……?」
嘘です。
心の中でだけ、そう素直に答える。
ギルドの併設のカフェでは、よくアイスティーを飲んでいるし、クレッジがいつも水筒に入れているのもお茶だ。しかし、その程度の言い訳しか、見つからなかった。
無理矢理水筒を押し返し、イウリュースに背を向けて歩き出す。
(なにしてるんだ……俺……)
がっくりと項垂れる。
顔を上げれば、勝手に同行が決まり、腹を立てたヴィルイがこちらに振り向いて怒鳴っているところだった。
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