なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

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一章

7.平静を装えない

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 傷つけたくせに、言い訳ばかり探す自分が嫌になる。
 苛立つ頭を乱暴に掻くと、イウリュースに手首を掴まれた。まるで握りしめるような勢いだった。微かに、痛い。

 引き寄せられて見上げると、イウリュースと目があった。
 睨まれているのかと思った。それなのに、その鋭い目に、胸が高鳴る。

 イウリュースとの距離が、いつのまにか、ひどく近くなっていた。あと少しで体が触れ合いそうだ。

 普段あまり意識しないが、並べば、イウリュースの方が背が高い。クレッジの頭の上に、彼の顎がくるくらいの身長差だ。
 けれど、普段あまり見上げていると意識したことはない。それは、ここまで近い距離に迫られたことがないからかもしれない。

 いつもは、手をのばしても、ぎりぎり届かない距離。
 今は、あと少し前に出たら、服が擦れ合いそうだ。それだけ近いと、いつもより顔を上げないと、彼と目が合わない。

 彼も、じっとクレッジを見下ろしていた。

 やけに緊張して、少し怖くなる。

 微かに抵抗した。振り払って、一歩下がる気でいた。それなのに、彼の腕はびくともしない。

 クレッジを見下ろすイウリュースの唇が、ゆっくりと開いた。

「なんで……謝るの……?」

(…………え?)

 なんで、そう聞かれて、クレッジは戸惑った。
 謝ったのは、悪いことをしたと思ったからだ。不快な思いをさせたから、謝った。そのはずだった。

 何か言おうと、クレッジは口を開いたが、もう頭は回らなかった。

「……ぁ……えっと………………無理矢理……連れてきてしまって……だから、謝ったんです。俺、イウリュースさんが他の奴と仲良くしてんの……嫌……でした」
「……」

 イウリュースは、黙っていた。

 午後の大通りは、珍しく人通りが少ない。太陽が照り付けて、風はなく、蝉の声だけがうるさい。

 その静けさに、少しも耐えられなくて、クレッジは、俯いたままイウリュースと手を繋いで、歩き出した。

「……すみません…………おごります。お詫びに……」

 いつのまにか、歩くのも速くなる。

 繋いだ手を、イウリュースに背後から引かれた気がした。それは、クレッジが思っていたより強い力だったようで、勢いでイウリュースの方に倒れそうになってしまう。

 頭の後ろが、彼の胸に触れた。

 すると今度はイウリュースの手が、クレッジの顎に触れる。

 じっと見下ろされて、緊張感が増す。イウリュースは、どこか不機嫌そうに見えた。

「…………それ……」
「……え?」
「それ……俺の方がそう思ってるんだけど……」

(それ……? ……って、どれだよ……)

 クレッジは、頭を巡らせた。イウリュースが言ったことを思い出す。自分が彼に言ったことも。

 けれどもどれも、それには当てはまらない気がした。

 クレッジを見下ろすその目が、急かしているように見えてくる。

 顔も、いつのまにか体まで、熱くなっていた。きっと今は、ひどく照れた顔をしているのだと想像してしまい、ますます恥ずかしい。

 我慢できなくなった。

 持てる力を全部使って、彼から飛び退く。

「……やめてください……期待します……」
「……え」
「……!」

 限界だった。

 期待するのも、イウリュースのことばかり考えるのも、ひどく早く脈打つ心臓も、その場にいることも。

 平静を装うことが、もう、できない。

 それが分かったから、クレッジは、全身を魔力で強化して走り出した。

 この魔力強化、体に負荷がかかって、普通にしている時より数倍疲れる。連続で使うと、しばらく寝込むことにもなりかねないので、無理はしていないはずだったのに、そんなことは忘れていた。

 もう顔を合わせていられない。

 力では全く敵わないが、全身を魔力で強化して全力で走れば、クレッジの方が、幾分早い。

 全力で走りながら、叫ぶ。

「飯食うとこまで競争しましょうーーーー!!」

(何考えてんだっ……なんでっ……俺っ……)

 ドキドキしながら、揺れて見えるほどに暑い石畳を走る。ひどく苦しいのに、イウリュースのことを考えると、そんなことすら忘れてしまいそうだった。
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