なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
9 / 29
一章

9.拒絶されたのは

しおりを挟む

 食事が終わり、クレッジはイウリュースと共に外に出た。
 これから甘い物でも食べに行こうかと思っていたのに、楽しい時間は突然終わる。大通りの向こう側から、ヴィルイが、パティシニルを連れて歩いてきたのだ。

 ヴィルイは、イウリュースに気づいて、彼を睨みつける。

「イウリュース……貴様、こんなところで何をしている!?」
「何って……デート。そっちこそ、なに? 死にに来たの?」
「なぜそうなるんだ!! 貴様、そんなことで、夜の約束は覚えているんだろうな!!」
「うるさいなー。分かってるよー」

 ぶつぶつ言いながら、イウリュースは頭をかいている。
 どうでもよさそうな様子で受け答えしているが、クレッジは、ひどく動揺していた。

(約束って……ヴィルイと? ヴィルイと約束って……どういうことだよ。それ……)

「あのっ……!!」

 声を上げたクレッジに、二人とも振り向く。
 珍しく、動揺が全て表情に出ていたようで、ヴィルイが、クレッジに向かってニヤリと笑った。

「驚いたか? この男は、今日から俺の男娼になるのだ」
「……………………は?」

 何を言っているのか、分からなかった。唐突すぎた。

 そんな話、初めて聞いた。
 普段からクレッジが言われていることだが、それが他人に向けられたところは、見たことがなかった。

「……えっ……と……?」

 動揺は相手に隙と取られたらしい。ヴィルイはニヤニヤ笑いながら畳み掛けるように続けた。

「分からないのか? 今日からその男は、私が屋敷に呼び寄せて囲う。分かったら、もうそいつには馴れ馴れしく近づくな」
「……」

 もう疑問をぶつけることすら忘れて、クレッジはヴィルイの襟元に掴みかかった。

「嘘だろ? 冗談だよな?」

 クレッジがヴィルイに手を上げることなど、ほとんどない。護衛の途中でフラフラ魔物の前に出て行こうとしたり、イウリュースと言い争いをしている時に、少し制止する手に力が入るくらいだ。

 まして、こんなに感情をむき出しにした目で睨んだのは、初めてだった。

 ヴィルイは慌てて言った。

「は、離せ!! い、言っておくが、その男が言ってきたんだぞ!! 妾にしてほしいと」
「…………」

 無言で、いつのまにか力が入っていた。イウリュースは、クレッジの大事な人だ。それを、汚された気がした。

「……お…………おいっ……! は……離せ!!」

 苦しそうに言うヴィルイから、手を離す気などなかった。
 一番大切なものを傷つけられた、そう思ったら、許せなかった。

 それなのに、ヴィルイを締め上げるクレッジの腕を、イウリュースが握って止めた。

「イウリュースさん……」

 彼の顔を見るのが辛かった。きっと今彼は、ヴィルイに言われたことで悩んでいるんだろう。

(……イウリュースさんには、苦しまないでほしい。そんなふうに辛そうにしないでほしい……それなのに……こいつ……)

 ヴィルイに振り向こうとしたら、グッと強く腕を握られた。
 驚いて見上げたら、イウリュースと目があう。その目は笑っていなくて、ひどく冷たい。突き放された気分だった。

「……大丈夫。ちょっとヴィルイの家に行くだけだから」
「だ、大丈夫って……なにがですか!! だ、男娼って……」
「そんなの、そいつが勝手に言ってるだけー」

 彼はそう言っているが、ヴィルイの方は「どういうことだ!」と言って喚いている。

 どちらが本当のことを言っているのか、分からなくなりそうだった。けれど、イウリュースが嘘をつくとは思えない。そう思いたいのに、クレッジの胸には不安が広がっていく。

「イウリュースさん……本当に……ヴィルイの言ってること、嘘……なんですか?」
「うん。じゃあ、俺、行くね」
「え?」
「そろそろ行くよ。これから、予定があるんだ」
「え、えっと……でも、予定って……」
「家でゆっくりする予定」
「は!?」

 急にそんなことを言われて、ますます心配になる。

 ヴィルイはイウリュースに向かって「時間に遅れるなよ!!」と怒鳴り、パティシニルを連れて、去って行った。

 まだ話は終わっていない。ヴィルイを追おうとしたが、イウリュースに手を握られ止められてしまう。

 クレッジは、気づけばイウリュースの手を握り返していた。

「…………行かないでください……」
「……」
「行かないでください……俺、イウリュースさんといたいですっ……!」
「クレッジ……」

 イウリュースが言葉を詰まらせている。それは、クレッジにとっても辛かった。まるで自分が追い詰めているようではないか。

(そんなつもりはない。何より大事なのに。そんなふうに傷つけたくないだけなのに……)

「……何か困ってることがあるなら、俺が……相談に乗ります……だから、今は……俺といてください」

 一方的に言って、顔を上げた。行かないで、そう言いたい。分かってもらうまで言うつもりだった。
 けれど、イウリュースは冷たく突き放すような目をしている。
 それでも、そばにいてくれて手を引いてくれた人が傷つけられるなんて、許せなかった。

「だからっ……その、行かないでください! 何か悩みがあるなら、俺っ……相談に乗りますから!」

 必死に訴えた。

 それなのにイウリュースは、何度目か分からない変わらない笑顔で、クレッジに微笑んだ。

「クレッジ……そんなに気にしなくていい。ヴィルイの言ってたことなんて嘘なんだから」
「でも……」
「それにクレッジ、言ってたじゃないか。ヴィルイは魔法使いを雇いたいだけだって」
「それは……じ、じゃあ、そうなんですか!?」
「うん」
「でも……さ、さっきと言ってたことが違うっ……!」
「違わない。あんなの、ヴィルイの冗談。だから放っておけばいい。今日は暑いし、早く帰りな」
「……でっ……でもっ……! 俺っ……」
「でもじゃない。クレッジ……今日ちょっとしつこい」
「……」

 愕然とした。そんなことを言われたのは、初めてだった。

(しつこい? 俺が?? だって、イウリュースさんのことが心配なのに。イウリュースさんのことが好きなのに。それなのに、しつこい? それなのに、そんなに鬱陶しそうな顔するのか?)

「じゃあね。クレッジ。今日は早く帰りな。日が暮れる頃に雨が降るらしいよ」

 そう言って、イウリュースはクレッジに手を振って去っていく。

 このまま行かせるなんてできない。離れていく彼に駆け寄り手を握るが、冷たく振り払われた。

「帰れって……言っただろ?」

 それだけ言って、イウリュースはクレッジに背を向ける。

 呼び止めたいのに、声が掠れて、最後に口に出したはずの声は、イウリュースには届かなかっただろう。

 こんなにも、強く拒絶されたのは初めてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

この世界で、君だけが平民だなんて嘘だろ?

春夜夢
BL
魔導学園で最下層の平民としてひっそり生きていた少年・リオ。 だがある日、最上位貴族の美貌と力を併せ持つ生徒会長・ユリウスに助けられ、 なぜか「俺の世話係になれ」と命じられる。 以来、リオの生活は一変―― 豪華な寮部屋、執事並みの手当、異常なまでの過保護、 さらには「他の男に触られるな」などと謎の制限まで!? 「俺のこと、何だと思ってるんですか……」 「……可愛いと思ってる」 それって、“貴族と平民”の距離感ですか? 不器用な最上級貴族×平民育ちの天才少年 ――鈍感すれ違い×じれじれ甘やかし全開の、王道学園BL、開幕!

黒豚神子の異世界溺愛ライフ

零壱
BL
───マンホールに落ちたら、黒豚になりました。 女神様のやらかしで黒豚神子として異世界に転移したリル(♂)は、平和な場所で美貌の婚約者(♂)にやたらめったら溺愛されつつ、異世界をのほほんと満喫中。 女神とか神子とか、色々考えるのめんどくさい。 ところでこの婚約者、豚が好きなの?どうかしてるね?という、せっかくの異世界転移を台無しにしたり、ちょっと我に返ってみたり。 主人公、基本ポジティブです。 黒豚が攻めです。 黒豚が、攻めです。 ラブコメ。ほのぼの。ちょびっとシリアス。 全三話予定。→全四話になりました。

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

息の合うゲーム友達とリア凸した結果プロポーズされました。

ふわりんしず。
BL
“じゃあ会ってみる?今度の日曜日” ゲーム内で1番気の合う相棒に突然誘われた。リアルで会ったことはなく、 ただゲーム中にボイスを付けて遊ぶ仲だった 一瞬の葛藤とほんの少しのワクワク。 結局俺が選んだのは、 “いいね!あそぼーよ”   もし人生の分岐点があるのなら、きっとこと時だったのかもしれないと 後から思うのだった。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

処理中です...