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7. 笑み
短期留学二日目・午前
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「おはよう、シルファ。何だか眠そうだな?」
朝、マシーナ学院の構内を歩いていた私はユートに声をかけられる。部屋をノックしても反応がなかったから予想はしていたけど、ユートも外に出ていたみたいだ。
「ええ、昨夜少し、考え事をしてしまって。ところで、さっき武道着を来たここの男子生徒たちが私を見るなり逃げ出したのだけど、心当たりはある?」
「ああ、昨日フルルをからかった奴らだな。走ってるのを見かけたから声をかけたんだけど、魔法がなきゃ何もできないだろって言われたから」
「まさか、試合を?」
「いや、見切りの訓練を手伝ってもらった。六人もいて、全員腕の力もそれなりにあったからな。いい訓練になった。その後で手合わせを提案したんだけど、悪かったって言ってどこかに行ったんだ」
見切りの訓練とは、ユートの視界内から石を投げ、それをユートが捌くというものだ。避けるだけでも難しいのに、ユートは石を足で蹴り上げたり手で投げ返すなどして、背後に飛ばないようにする。そんな絶技を見せられれば、戦意を喪失するのも無理はない。
「私のことについて、何か話したりした?」
「んー、俺より他の三人の方が強いぞとは」
「そう」
道理であれだけ怯えていたわけだ。
「それで、ユートは今日も日課をこなしていたのかしら?」
「ああ。俺はまだまだ弱いからな。留学中は鍛錬を控えなくちゃならないし、できる時にしておこうって」
「………………」
記憶を取り戻して以降、ユートはあれだけ忌み嫌っていた『弱い』という言葉を、自分に向けて使うようになっていた。強くないという言動を繰り返していた彼は皮肉に映っていたけれど、今の私の目には痛々しく見えた。
「私はあなたのことを、私より強いと思っているのだけど」
「見解の相違ってやつだな」
――ユートさんは、使える魔力量こそが強さだと考えていたんです。
昨晩、年下だというノノはそう語った。
――猫がいくら体を鍛えても、虎には勝てない。猫にできて虎にできないことはあるけれど、それは本当の強さではないのだと。今のユートさんが同じように思っているかは分かりませんが……。
ユートにとって、私は虎なのだろう。要は魔力の使い方さえ分かれば、魔力量の多い私の方が強くなるのは当然であり、体の使い方でどうこうなる次元ではないということだ。私としては、ユートの魔力の使い方こそが異次元にも思えるのだが。
とは言え、努力で改善できるのは間違いなく、ユートの理論にも一理あると言えた。虎という比喩こそしなかったものの、ユートが言いたいことも理解できていたからこそ、私たちはユートの言い分を強く否定できなかったし、今もできないままだ。
できることは、ユートの考えを探るくらいで。
「ユートの言う強さは、魔力放出量を指してのことなのかしら? もしそうなら、いつまで経っても私の方が強いということになるけれど」
「いいや。魔力放出量は確かに重要だけど、勝負はそれだけで決まるものじゃないしな」
「なら、ユートはどういう理由で、私の方が強いと判断しているの?」
「俺にできないことができるから」
そう答えて、ユートは足元の小石を拾う。
「シルファはこの石、握って砕くことができるか?」
「無理ね」
「じゃあ、魔法を使って砕くことは?」
……成程。ユートの言いたいことが何となく察せられた。
「魔法を使っていいなら、可能ね」
「だよな」
笑うユートの手の中で、破砕音が鳴る。
「俺は確かに皆より速く動けるし、力も強い。けどそれでできることは、魔法使いにとっては難しくないことばかりだ。逆に俺はシルファやシイキみたいに、大きな魔物に対してあまり有効打を与えられないし、一度に複数の魔物を相手にするのも苦手だ。誰かを守る力っていう意味じゃ、俺は明確に、二人に劣っているんだよ」
建物を造る力で競うなら、俺の方が強いかもしれないけどな。そう言ってユートは苦笑する。
「それはどうかしら? 例えば、何か事件が起きた時、……誰かが拐われてしまった時、あなたならいち早く助けに向かうことができるわ。それは明確な、あなたの強さではなくて?」
「いいや。ショーゴ兄さんを見ただろ? 扱える魔力の量が多ければ、自分の体を覆った魔力を操作して飛行することだってできる。ゲイルさんみたいに、飛翔魔法を使ったっていい。速さは魔法で解決できるんだ」
「……それでも、私たちよりかは速いわ」
「確かにな。だけど速いだけじゃ意味がない。問題を解決できる能力が伴っていないとな。助けに行った先で返り討ちにあったんじゃ、事態が悪化するだけだろ?」
「…………それは、そうかもしれないけど」
否定したい心情を理性が留める。苦しい。
「問題を解決できる能力なんて、その問題について完全に理解していなくちゃ計れないじゃない。依頼の時も、遭難の時も、あなたは確信があって行動したわけじゃないでしょう?」
「そうだな。助けられそうって思ったくらいだ。そんな曖昧な判断でも、俺は助けに行く。だから強くならなくちゃいけないんだ」
「強くなるって言うけれど、いつまで努力するつもり? 最強の魔法使いを目指していると言うけれど、誰よりも守る力があるなんて証明、できないじゃない」
「ああ。だから死ぬまでだな」
「なっ!?」
「別に驚くことでもないだろ? 俺たちは死ぬまで、息をして、食事して、眠るんだ。そこに一つ、強くなるために努力するってのが加わるだけだ」
「そんな簡単なことじゃないわ!」
「簡単じゃなくても、俺がそう決めたんだ。そういうわけだから、悪いけど、俺はもう行くな」
「あっ」
引き留める間もなく、ユートは走り去ってしまう。強化魔法を使っていないのに、私と彼との間の距離は、どんどん離れていった。
置いていかれた私は、ユートが砕いた石の欠片を眺めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「今日は面白いものをお見せしましょう」
午前最初の授業が始まった。カーテンの閉められた比較的小さな教室にて、ビリーさんは手袋を着けた手で小さなガラス瓶を取り出す。中には透明な液体が入っていた。薬液か何かだろうが、淡く光っているように見える。
「これは液体魔力と言います。名前の通り、液体となった魔力です」
「液体魔力、ですか?」
フルルが首を傾げる。私も聞いたことのない言葉だった。
「へええ、それがですか」
「瓶に色は付けないんですか?」
しかしシイキとユートは知っているようだった。ビリーさんは僅かに目を大きくすると、笑みを浮かべる。
「お二人はご存じなのですね。では、使い方は分かりますか?」
「えっと確か、魔力欠乏症の時に薄めて飲むとか」
「相手の魔法の暴発を狙えるって聞いたことがあります」
「素晴らしい! どちらも正解ですよ」
嬉しそうに答え合わせをするビリーさん。魔力欠乏症になった時には、魔力含有量の多い物を摂取することで回復すると聞いたことはあるけれど、やはり液体魔力なんてものは聞き覚えがない。
「ただ、本来の用途はこちらです」
そう言いながら瓶を教壇に置くと、その下から機械を持ち上げた。四角い箱から丸い筒が伸び、その先にレンズが嵌め込まれている。
見たことがある。確か、写真機――
バチッ! ジジジジ
「わっ!」
「きゃっ!」
突然の発光にシイキとフルルが怯んだ。隣に座っていたはずのユートの背中がいつの間にか私の前にあった。現実を呑み込むまで一秒。
改めて実感する。ユートの早さは別格だ。思考から行動に至るまでの早さは反射のそれと見紛うばかりである。先天的なものか後天的なものかは分からないが、疑う余地なく戦いの才能で、誰かを守ることのできる異能だ。
現に今だってこうして私を守ってくれた。私はまた守られた。なのにユートの中で私は彼より強いことになっている。私が、彼には使えない大規模魔法を使えるという理由で。
そんなことない。自分の気持ちを確かめてから、落ち着いた声で背中に声をかける。
「ユート、落ち着いて。こちらを害するものではないわ」
「……そうなんですか?」
「失礼しました! 驚かせてしまいましたね。これは写真機と言って、景色を切り取り保存することができる魔法機なのです」
言いながらビリーさんは機械の後ろから、手のひらより少し大きい程度の、色鮮やかな写真を取り出す。そこには私たち四人のいる教室の風景が写っていた。ユートだけが立ち上がり、その手に魔力の光を纏っている。
「す、すごいです……!」
「白黒じゃないんだ……」
「……ユートは何に反応したの?」
「何ていうかな。嫌な予感がしたんだ」
「いやはや、申し訳ありません。どうかお許しください」
「はい、もう気にしてません」
「ありがとうございます。お詫びというわけではありませんが、こちらの写真は差し上げましょう」
「……どうも」
それなりに大きな写真を受け取ったユートは、元居た席に戻る。
「さて話を戻しますが、液体魔力とはその名の通り、液体化した魔力です。基本的に空気に溶けていく魔力ですが、魔物の落とす結晶のように、ある程度の濃度があればこうして液体のまま保存することができます」
透明な容器を取り出したビリーさんは、そこにガラス瓶の中身を半分ほど注ぐ。すると液体は淡い光を発した。
「ただ、結晶化してない魔力はまだ不安定です。このように光や空気に反応してしまいますし、」
ボン!
「きゃっ!」
ビリーさんが手をかざすと、容器の上で小さな爆発が起こった。
「他の魔力にも反応するので、魔法の暴発にも似た事象を引き起こすこともあります。ユートくんが答えた使用法ですね」
成程。魔術式を形成するための魔力と液体魔力が相互に干渉することで、暴発が引き起こされるのか。あんなものを浴びせられたら、確かに魔術式を作るどころじゃなくなるだろう。
「高濃度の魔力ですので、人体に対しても影響はあります。決して触れないでくださいね」
説明しながら、残りの液体を容器に注ぐビリーさん。
「そんな液体魔力ですが、勿論危険なだけではありません。今のように、写真の撮影にも使われます」
「そうなんですか?」
シイキが驚いた風に言う。ビリーさんは、ええ、と答えながら、片手で魔術式を形成する。
「液体魔力は不安定ですが、慎重に魔力を注ぐことで結晶化を促せます。その際に色のついた光を当てると、その色のまま結晶化するのです」
魔術式から青い光が発せられた。もう片方の手を液体魔力に向けると、そこから魔力を流しているのだろう、容器の中の液体が徐々に凝固していく。
「この性質を利用したのが写真機です。ユートくんに渡した写真も、小さな結晶によって描かれているのですよ」
「に、滲んだりしないんですか?」
「ええ。勿論最初は滲むこともあったようですが、試行錯誤の末に、綺麗な写真が撮れるようになったのですよ」
誇らしげな答えからは、開発者に対する尊敬も感じられた。ビリーさんの人柄もあるだろうけど、機械都市マシーナにおいて開発者や技術者に深い敬意が払われ、彼らの持つ知識や技術が重宝されていることが窺える言葉だった。
その表情が、一転して引き締まる。
「しかし一番の使い道は、そのままの形で、つまり魔力として利用することです。液体魔力は、魔力量の少ない人、あるいは全く無い人であっても魔法を使うことができる、画期的な道具なのですよ」
「魔力として、ですか? しかし先程、暴発に似た事象を引き起こすと伺いましたが」
「確かに、魔術式の形成に利用するには適しません。空気中の魔力と比べ、格段に濃いですからね。ですが魔術式に注ぐ魔力としては、大変都合が良いのです」
「そうか、魔法石なら」
シイキが声に出し、ビリーさんが首肯する。
「魔法石も液体魔力に適した形に整える必要はありますが、スイッチ一つで魔法を使ったり、止めたりすることが可能になります。既存の魔法機では、都度魔力を注いだり、魔法石に魔力を溜めておかなければなりませんでしたが、どちらもある程度魔力を持つ人でなければできません。その欠点が、液体魔力によって克服されたのです」
「で、でも、液体魔力を作るのは魔力を持つ人じゃないんですか? 魔力は他の人のものと混ざるといけませんし……」
「いいえ、違いますよ。液体魔力は空気中の魔力と同様、何者かの意思が込められているものではありません。純粋な魔力として抽出されたものです」
「ちゅ、抽出、ですか……?」
フルルの顔が曇る。確かにその言葉からは、あまり良くない想像ができた。
「……生成方法は、魔物の結晶を砕くなどでしょうか?」
「好い線を行っていますが、違います。捕獲した魔物から、直接収集しているのですよ」
「ほ、捕獲した魔物!?」
「まさか……魔物を家畜化しているんですか!?」
「はい」
事も無げに放たれた肯定の言葉に、全員が絶句する。いや、ユートだけは、そうだろうなと言わんばかりに頷いていた。
「おっと、すみません、気分を悪くさせてしまったでしょうか? 特に精霊使いの方には、あまり良い反応をされないのですが」
「いえ……その、危険ではないのですか?」
「人が近づかなければ、それ程でもないようですね」
「……そうですか」
魔物を家畜と同列に扱うことには驚かされたが、よく考えれば今いる家畜も、元は野生動物であったはずだ。凶暴な魔物と言えど、液体魔力という利用価値が見出されたのであれば、同じ扱いをされることは自然の流れと言えた。
しかし、不思議だ。今まで斃すべきものとして教えられ、実際にいくつもの命を奪ってきたというのに、家畜という立場にされたという魔物が急に不憫に思えてきた。
表情の分かりやすいフルルも、似たような気持ちを抱いているようだった。シイキも、少なくとも危険を恐れている顔ではなくなった。
「魔物は、苦しまないんですか?」
不意に、ユートが無表情のまま尋ねる。
「ええ。点滴の逆のようなもので、苦痛なく少量の魔力を集めているといいます」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「いえいえ。ユートくんは魔物が相手でも気遣えるのですね。とても良いことですよ」
「そんなつもりじゃないですよ。気になっただけです」
そう返すユートの顔が、僅かに歪んだ。
朝、マシーナ学院の構内を歩いていた私はユートに声をかけられる。部屋をノックしても反応がなかったから予想はしていたけど、ユートも外に出ていたみたいだ。
「ええ、昨夜少し、考え事をしてしまって。ところで、さっき武道着を来たここの男子生徒たちが私を見るなり逃げ出したのだけど、心当たりはある?」
「ああ、昨日フルルをからかった奴らだな。走ってるのを見かけたから声をかけたんだけど、魔法がなきゃ何もできないだろって言われたから」
「まさか、試合を?」
「いや、見切りの訓練を手伝ってもらった。六人もいて、全員腕の力もそれなりにあったからな。いい訓練になった。その後で手合わせを提案したんだけど、悪かったって言ってどこかに行ったんだ」
見切りの訓練とは、ユートの視界内から石を投げ、それをユートが捌くというものだ。避けるだけでも難しいのに、ユートは石を足で蹴り上げたり手で投げ返すなどして、背後に飛ばないようにする。そんな絶技を見せられれば、戦意を喪失するのも無理はない。
「私のことについて、何か話したりした?」
「んー、俺より他の三人の方が強いぞとは」
「そう」
道理であれだけ怯えていたわけだ。
「それで、ユートは今日も日課をこなしていたのかしら?」
「ああ。俺はまだまだ弱いからな。留学中は鍛錬を控えなくちゃならないし、できる時にしておこうって」
「………………」
記憶を取り戻して以降、ユートはあれだけ忌み嫌っていた『弱い』という言葉を、自分に向けて使うようになっていた。強くないという言動を繰り返していた彼は皮肉に映っていたけれど、今の私の目には痛々しく見えた。
「私はあなたのことを、私より強いと思っているのだけど」
「見解の相違ってやつだな」
――ユートさんは、使える魔力量こそが強さだと考えていたんです。
昨晩、年下だというノノはそう語った。
――猫がいくら体を鍛えても、虎には勝てない。猫にできて虎にできないことはあるけれど、それは本当の強さではないのだと。今のユートさんが同じように思っているかは分かりませんが……。
ユートにとって、私は虎なのだろう。要は魔力の使い方さえ分かれば、魔力量の多い私の方が強くなるのは当然であり、体の使い方でどうこうなる次元ではないということだ。私としては、ユートの魔力の使い方こそが異次元にも思えるのだが。
とは言え、努力で改善できるのは間違いなく、ユートの理論にも一理あると言えた。虎という比喩こそしなかったものの、ユートが言いたいことも理解できていたからこそ、私たちはユートの言い分を強く否定できなかったし、今もできないままだ。
できることは、ユートの考えを探るくらいで。
「ユートの言う強さは、魔力放出量を指してのことなのかしら? もしそうなら、いつまで経っても私の方が強いということになるけれど」
「いいや。魔力放出量は確かに重要だけど、勝負はそれだけで決まるものじゃないしな」
「なら、ユートはどういう理由で、私の方が強いと判断しているの?」
「俺にできないことができるから」
そう答えて、ユートは足元の小石を拾う。
「シルファはこの石、握って砕くことができるか?」
「無理ね」
「じゃあ、魔法を使って砕くことは?」
……成程。ユートの言いたいことが何となく察せられた。
「魔法を使っていいなら、可能ね」
「だよな」
笑うユートの手の中で、破砕音が鳴る。
「俺は確かに皆より速く動けるし、力も強い。けどそれでできることは、魔法使いにとっては難しくないことばかりだ。逆に俺はシルファやシイキみたいに、大きな魔物に対してあまり有効打を与えられないし、一度に複数の魔物を相手にするのも苦手だ。誰かを守る力っていう意味じゃ、俺は明確に、二人に劣っているんだよ」
建物を造る力で競うなら、俺の方が強いかもしれないけどな。そう言ってユートは苦笑する。
「それはどうかしら? 例えば、何か事件が起きた時、……誰かが拐われてしまった時、あなたならいち早く助けに向かうことができるわ。それは明確な、あなたの強さではなくて?」
「いいや。ショーゴ兄さんを見ただろ? 扱える魔力の量が多ければ、自分の体を覆った魔力を操作して飛行することだってできる。ゲイルさんみたいに、飛翔魔法を使ったっていい。速さは魔法で解決できるんだ」
「……それでも、私たちよりかは速いわ」
「確かにな。だけど速いだけじゃ意味がない。問題を解決できる能力が伴っていないとな。助けに行った先で返り討ちにあったんじゃ、事態が悪化するだけだろ?」
「…………それは、そうかもしれないけど」
否定したい心情を理性が留める。苦しい。
「問題を解決できる能力なんて、その問題について完全に理解していなくちゃ計れないじゃない。依頼の時も、遭難の時も、あなたは確信があって行動したわけじゃないでしょう?」
「そうだな。助けられそうって思ったくらいだ。そんな曖昧な判断でも、俺は助けに行く。だから強くならなくちゃいけないんだ」
「強くなるって言うけれど、いつまで努力するつもり? 最強の魔法使いを目指していると言うけれど、誰よりも守る力があるなんて証明、できないじゃない」
「ああ。だから死ぬまでだな」
「なっ!?」
「別に驚くことでもないだろ? 俺たちは死ぬまで、息をして、食事して、眠るんだ。そこに一つ、強くなるために努力するってのが加わるだけだ」
「そんな簡単なことじゃないわ!」
「簡単じゃなくても、俺がそう決めたんだ。そういうわけだから、悪いけど、俺はもう行くな」
「あっ」
引き留める間もなく、ユートは走り去ってしまう。強化魔法を使っていないのに、私と彼との間の距離は、どんどん離れていった。
置いていかれた私は、ユートが砕いた石の欠片を眺めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「今日は面白いものをお見せしましょう」
午前最初の授業が始まった。カーテンの閉められた比較的小さな教室にて、ビリーさんは手袋を着けた手で小さなガラス瓶を取り出す。中には透明な液体が入っていた。薬液か何かだろうが、淡く光っているように見える。
「これは液体魔力と言います。名前の通り、液体となった魔力です」
「液体魔力、ですか?」
フルルが首を傾げる。私も聞いたことのない言葉だった。
「へええ、それがですか」
「瓶に色は付けないんですか?」
しかしシイキとユートは知っているようだった。ビリーさんは僅かに目を大きくすると、笑みを浮かべる。
「お二人はご存じなのですね。では、使い方は分かりますか?」
「えっと確か、魔力欠乏症の時に薄めて飲むとか」
「相手の魔法の暴発を狙えるって聞いたことがあります」
「素晴らしい! どちらも正解ですよ」
嬉しそうに答え合わせをするビリーさん。魔力欠乏症になった時には、魔力含有量の多い物を摂取することで回復すると聞いたことはあるけれど、やはり液体魔力なんてものは聞き覚えがない。
「ただ、本来の用途はこちらです」
そう言いながら瓶を教壇に置くと、その下から機械を持ち上げた。四角い箱から丸い筒が伸び、その先にレンズが嵌め込まれている。
見たことがある。確か、写真機――
バチッ! ジジジジ
「わっ!」
「きゃっ!」
突然の発光にシイキとフルルが怯んだ。隣に座っていたはずのユートの背中がいつの間にか私の前にあった。現実を呑み込むまで一秒。
改めて実感する。ユートの早さは別格だ。思考から行動に至るまでの早さは反射のそれと見紛うばかりである。先天的なものか後天的なものかは分からないが、疑う余地なく戦いの才能で、誰かを守ることのできる異能だ。
現に今だってこうして私を守ってくれた。私はまた守られた。なのにユートの中で私は彼より強いことになっている。私が、彼には使えない大規模魔法を使えるという理由で。
そんなことない。自分の気持ちを確かめてから、落ち着いた声で背中に声をかける。
「ユート、落ち着いて。こちらを害するものではないわ」
「……そうなんですか?」
「失礼しました! 驚かせてしまいましたね。これは写真機と言って、景色を切り取り保存することができる魔法機なのです」
言いながらビリーさんは機械の後ろから、手のひらより少し大きい程度の、色鮮やかな写真を取り出す。そこには私たち四人のいる教室の風景が写っていた。ユートだけが立ち上がり、その手に魔力の光を纏っている。
「す、すごいです……!」
「白黒じゃないんだ……」
「……ユートは何に反応したの?」
「何ていうかな。嫌な予感がしたんだ」
「いやはや、申し訳ありません。どうかお許しください」
「はい、もう気にしてません」
「ありがとうございます。お詫びというわけではありませんが、こちらの写真は差し上げましょう」
「……どうも」
それなりに大きな写真を受け取ったユートは、元居た席に戻る。
「さて話を戻しますが、液体魔力とはその名の通り、液体化した魔力です。基本的に空気に溶けていく魔力ですが、魔物の落とす結晶のように、ある程度の濃度があればこうして液体のまま保存することができます」
透明な容器を取り出したビリーさんは、そこにガラス瓶の中身を半分ほど注ぐ。すると液体は淡い光を発した。
「ただ、結晶化してない魔力はまだ不安定です。このように光や空気に反応してしまいますし、」
ボン!
「きゃっ!」
ビリーさんが手をかざすと、容器の上で小さな爆発が起こった。
「他の魔力にも反応するので、魔法の暴発にも似た事象を引き起こすこともあります。ユートくんが答えた使用法ですね」
成程。魔術式を形成するための魔力と液体魔力が相互に干渉することで、暴発が引き起こされるのか。あんなものを浴びせられたら、確かに魔術式を作るどころじゃなくなるだろう。
「高濃度の魔力ですので、人体に対しても影響はあります。決して触れないでくださいね」
説明しながら、残りの液体を容器に注ぐビリーさん。
「そんな液体魔力ですが、勿論危険なだけではありません。今のように、写真の撮影にも使われます」
「そうなんですか?」
シイキが驚いた風に言う。ビリーさんは、ええ、と答えながら、片手で魔術式を形成する。
「液体魔力は不安定ですが、慎重に魔力を注ぐことで結晶化を促せます。その際に色のついた光を当てると、その色のまま結晶化するのです」
魔術式から青い光が発せられた。もう片方の手を液体魔力に向けると、そこから魔力を流しているのだろう、容器の中の液体が徐々に凝固していく。
「この性質を利用したのが写真機です。ユートくんに渡した写真も、小さな結晶によって描かれているのですよ」
「に、滲んだりしないんですか?」
「ええ。勿論最初は滲むこともあったようですが、試行錯誤の末に、綺麗な写真が撮れるようになったのですよ」
誇らしげな答えからは、開発者に対する尊敬も感じられた。ビリーさんの人柄もあるだろうけど、機械都市マシーナにおいて開発者や技術者に深い敬意が払われ、彼らの持つ知識や技術が重宝されていることが窺える言葉だった。
その表情が、一転して引き締まる。
「しかし一番の使い道は、そのままの形で、つまり魔力として利用することです。液体魔力は、魔力量の少ない人、あるいは全く無い人であっても魔法を使うことができる、画期的な道具なのですよ」
「魔力として、ですか? しかし先程、暴発に似た事象を引き起こすと伺いましたが」
「確かに、魔術式の形成に利用するには適しません。空気中の魔力と比べ、格段に濃いですからね。ですが魔術式に注ぐ魔力としては、大変都合が良いのです」
「そうか、魔法石なら」
シイキが声に出し、ビリーさんが首肯する。
「魔法石も液体魔力に適した形に整える必要はありますが、スイッチ一つで魔法を使ったり、止めたりすることが可能になります。既存の魔法機では、都度魔力を注いだり、魔法石に魔力を溜めておかなければなりませんでしたが、どちらもある程度魔力を持つ人でなければできません。その欠点が、液体魔力によって克服されたのです」
「で、でも、液体魔力を作るのは魔力を持つ人じゃないんですか? 魔力は他の人のものと混ざるといけませんし……」
「いいえ、違いますよ。液体魔力は空気中の魔力と同様、何者かの意思が込められているものではありません。純粋な魔力として抽出されたものです」
「ちゅ、抽出、ですか……?」
フルルの顔が曇る。確かにその言葉からは、あまり良くない想像ができた。
「……生成方法は、魔物の結晶を砕くなどでしょうか?」
「好い線を行っていますが、違います。捕獲した魔物から、直接収集しているのですよ」
「ほ、捕獲した魔物!?」
「まさか……魔物を家畜化しているんですか!?」
「はい」
事も無げに放たれた肯定の言葉に、全員が絶句する。いや、ユートだけは、そうだろうなと言わんばかりに頷いていた。
「おっと、すみません、気分を悪くさせてしまったでしょうか? 特に精霊使いの方には、あまり良い反応をされないのですが」
「いえ……その、危険ではないのですか?」
「人が近づかなければ、それ程でもないようですね」
「……そうですか」
魔物を家畜と同列に扱うことには驚かされたが、よく考えれば今いる家畜も、元は野生動物であったはずだ。凶暴な魔物と言えど、液体魔力という利用価値が見出されたのであれば、同じ扱いをされることは自然の流れと言えた。
しかし、不思議だ。今まで斃すべきものとして教えられ、実際にいくつもの命を奪ってきたというのに、家畜という立場にされたという魔物が急に不憫に思えてきた。
表情の分かりやすいフルルも、似たような気持ちを抱いているようだった。シイキも、少なくとも危険を恐れている顔ではなくなった。
「魔物は、苦しまないんですか?」
不意に、ユートが無表情のまま尋ねる。
「ええ。点滴の逆のようなもので、苦痛なく少量の魔力を集めているといいます」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「いえいえ。ユートくんは魔物が相手でも気遣えるのですね。とても良いことですよ」
「そんなつもりじゃないですよ。気になっただけです」
そう返すユートの顔が、僅かに歪んだ。
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キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
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偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
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