窓野枠 短編傑作集 12

窓野枠

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 前畑格左衛門 まえはたかくざえもんがパソコンを起動すると、製薬会社に勤務していたとき同僚だった 富所悠人とみどころゆうとからメールが届いていた。10年遅れで入社してきた彼に、製薬研究のイロハを前畑が教えた。優秀な後輩だ。
 元気でやっておられますか、前畑さん
 そんな書き出しで始まっていた。長文が続く。
「今更なんだろう」
 前畑の脳裏に過去の記憶がよみがえった。
 富所は前畑より10年遅く入社し、前畑の元で製薬の研究に携わったが、凡庸な前畑とは違い数々の新薬を開発し、主任研究員であった前畑は富所に出世争いで簡単に抜かれてしまった。争うなどというものではなかった、奴のほうが数段優秀でライバルにもならなかった。
 その後、富所は特別研究チームに抜擢され、前畑の部署を去った。富所がいなくなってから前畑はジェネリック開発の分野で会社に貢献した。金属40年、役職は主任研究員のままではあったが、既存の製薬に改良を加え、数々の良薬を製造し社会貢献したという満足感があった。
 メールを読み進むうち、あり得ないことであるが、富所が若返りの薬を開発したという。これを発表していいものか、悩んでいるという。何故、俺なんかに? メールをよこしたのであろう。かつて教えた後輩が大きく成長し、誰もなしえなかった薬の開発に成功した。彼は祝福のメールを直ぐに送信した。
 新薬の開発成功おめでとう。君は大きな仕事をすると思っていたよ。心から祝福する。
 ただ、それだけ、送ってパソコンのスイッチを切った。開発の研究を終え、定年退職し、3年が経っていた。いわゆる年金生活という奴である。仕事に夢中になり気が付いたら独り身である。近所のゲートボールサークルに入って、毎週火曜日、数人が集まって2時間ゲートボールをする。テレビを見たり、読書をしたりして時間が過ぎていく毎日である。たまにうまい料理も食べたいと思うが、一口二口食べれば満腹になってしまう。歩くのも億劫になってきた。
 それから1ヶ月が過ぎた頃、前畑に富所から、封書の手紙が届いた。その中に3個の鍵が同封されていた。富所は新薬を自分で試し、若返りの効果が顕著であり興奮した。しかし、誤算が生じた。この封書が到着した頃、富所はこの世から消えているだろうと書かれていた。若返りの速度が抑制できず、生まれる前に到達してしまう。それを抑制できるよう改良して欲しいと、書かれた手紙とともに研究資料と、3個の鍵が同封されていた。3つのうち一つは自宅玄関の鍵、一つは研究室の鍵、一つは保管庫の鍵とあった。
 1年後、彼は富所の家に鍵を持って向かった。世田谷の閑静な住宅街の中に富所の家があった。彼もまた、研究に明け暮れ、独り身だったようである。300坪はあるかと思われる敷地に平屋建ての木造家屋があり、それを倍くらいの高さのケヤキが囲っていた。前畑は玄関の鍵を開け入った。研究室と思われるドアがあった。鍵を使い開けると、20畳ほどの部屋に研究機材が整然と並んでいた。部屋の中央にバスタブが置かれ、その中には富所が着ていたものと思われる衣服が脱ぎ捨てられていた。彼はこの中で生涯を終えた。前畑は手を合わせ富所の冥福を祈った。
 3個目の鍵は新薬の入った保管庫である。保管庫には抽出されたピンク色の液体200CCがガラス瓶に入れられ保管されていた。富所の研究資料では0.01ccを飲んだだけで、体重60キログラムの富所の場合、1ヶ月で40歳の若返りがあった。服用する量、服用する人間の体重で、抑制することが可能であると思う。身体の小さなマウスで効果を試してきたが、人間は更に効果が加速されてしまうがその原因は不明である、と報告は締めくくられていた。
 前畑はバスタブの中に持って来た研究資料を放り込んだ。ライターのオイル瓶を胸ポケットから取り出すとバスタブの中に広がった書類に振りかけ、マッチの火を落とした。火が勢いよく上がった。
「きみは神になれなかったか?」
 そう言い放った前畑はピンク色の液体のガラス瓶を手にすると、テーブルの上に置いた。そして、胸ポケットから小瓶を取り出し、入っていた黒い液体をピンク色の液体が入った瓶に注ぎ入れた。混ざった液体から青白い光と煙が発生した。前畑はその異様な液体になった液体の瓶を口元に運び、吸い口を口に当てると一気に飲み干した。1分後、前畑の身体のしわが徐々に消えていき、白髪頭から毛髪がぱらぱらと落ちてはげ頭になったかと思うと、地肌から真っ黒な毛髪がみるみるうちに生えだし、頭部が真っ黒な髪で覆われた。腕、足、胴体が縮み始め、小学生くらいの身長まで縮んだ。しゃがんだ彼は四つん這いになり、更に身体を倒し横たわり、天井に向かってオギャーとひと泣きして、姿はどんどん縮んでいった。やがて、着ていたシャツとズボン、靴だけが残った。5分後、シャツの一部が膨らみ始めた。1時間後、筋肉隆々の青年前畑が出現した。
「改良は俺の得意とするところだ、富所、見ていろ、俺がこれを使ってお前の出来なかった分まで世界を変えてやる」

  *

 戦闘激戦地アフガニスタン北部。
「行け」
 総勢100人の集団が持っている武器は古代中世に使われていた おのと たてだけであった。誰もが筋肉隆々の体躯を備えている。横1列に隊列を組んだ軍隊は、先に見える敵陣地に疾風のごとく走り始めた。隊列にミサイルが飛んできて爆裂する度、その集団は爆裂をかわしながら進んでいく。それでも除けきれない数人は吹き飛ばされてしまうが、空中で回転し体制を立て直すと、両足で地面に着地し、休むことなく敵地に向かって走り始める。それを見て恐怖を覚えたのは敵の戦闘員たちである。あんな武器だけで向かってくるから笑っていたが、彼らには信じられないことであるが、絶対に死なないことが分かってきたのである。座って機関銃を撃っていた男たちは最初「狙い撃ちだ」と笑っていたが、いつのまにか顔がこわばって恐怖で身体が震えだしていた。迫ってくる魔物の集団に逃げることすら出来ずにいた。やがて、敵地に到達した軍団は斧で相手の頭蓋を一振りでかち割った。機関銃の音は消え、悲鳴、叫びだけが響き渡った。
 1時間後、最後の絶叫が響いたとき、当たりは静寂と血まみれの遺体だけが残った。行け、と命令した男が敵地に歩いて現れた。
「壊滅しました。当方、負傷者なし。任務成功です」
 戦闘員のチーフが現れた男に報告をした。
「自衛隊の怖さが広がればこちらの勝ちはすぐだな」
 そういうこの男も身体は筋肉で隆起していた。
「すごいですね、この筋肉増強剤。向かうとこ、敵なしですから。このチームが全部で1000チーム、自衛隊10万人がアフガン全土に展開されているのですから、これも7月の憲法改正のお陰です」
「ああ、総理もこういう薬が開発され、死傷者が出ないからこそ、無理に法案を可決させたんだ。絶対に負けない軍隊、まさに世界の警察国家になる日も近いぞ」
 そのとき、朝靄が立ちこめる敵地の彼方から かまと たてを持った黒い集団が歩いてくるのが二人の目に映った。
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