皇家の呪いと純白の姫巫女

櫻井金貨

文字の大きさ
39 / 50

第39話 アレキサンドラ

しおりを挟む
 謹慎中の身であるアレキサンドラは、オブライエン公爵邸の中、自室に閉じ込められていた。

 閉じ込められるとは言っても、そこは寝室だけでなく、居間、客間、浴室など、生活に必要なものはすべて揃えられている、贅沢な一角だ。

 部屋の入り口には騎士が立ち、特定の侍女以外の出入りはできないにしろ、アレキサンドラに生活の上で不自由はなく、公爵令嬢として必要な面目は立てられている。

 今、アレキサンドラは大きなお茶のお盆を持って入ってきた侍女を見ながら、考え込んでいた。

 扉の外には、騎士が2名、見張りとして付いている。
 父は連行され、邸内に父がいる気配はなかった。
 判決が出るまで、すでに牢に入れられているかと思われた。

 アレキサンドラにも自由はない。
 部屋にやってくる侍女も、いつもの侍女ではなく、態度は硬いし、一切彼女と話すことはない。

 部屋で待機することもないし、アレキサンドラの世話も最低限のみだった。
 アレキサンドラは深い緑の簡素なドレスを着て、長い髪も簡単にまとめただけ、という姿で、静かに室内で過ごしていた。

 本を読んだり、刺繍をしたり、時には誰かに手紙を書こうかと思いつくこともある。しかし、その手紙が相手にきちんと届けられるのか、アレキサンドラには確信がなかった。

「カイル様……」

 アレキサンドラは皇帝の名前を呼ぶ。
 彼女は自分の父が何をしたのか、すでに察していた。

 もはや自分は罪人の娘。
 カイルを思う気持ちはあるが、もうこの想いが叶うときはないだろう。
 アレキサンドラ自身も、自分への処罰を待つ身なのだから。

 そんな時に、侍女がいつものお茶の支度とともに、カイルからの短い手紙を届けてきた。
 慌てて手紙を広げると、そこにはカイルの手で、簡単なメッセージが書かれていた。

『アレシアがあなたと共に祈りたい、と言っている。応じるかどうか、返事を侍女に伝えてください』

 アレシアと?
 アレキサンドラはその意外な名前に、目を見開いた。

 アレシアなど、アレキサンドラがいなくなれば、1番に喜ぶべき人物だろうに。
 その時、アレキサンドラは思い出した。
 アレキサンドラはアレシアの服と飾り帯を預かっていたのだ。

「そうだわ。あれを返すんだった」

 服を自分に託した時の茶目っ気のあるアレシアの顔を思い出して、アレキサンドラは数日ぶりに、くすり、と笑った。

 あまりにも大変なことが続いて、アレシアからの預かり物のことはすっかり忘れていた。
 アレキサンドラは返事を待っている侍女に微笑みかけた。

「ぜひに、とお伝えしてちょうだい」
 アレキサンドラははっきりとした声で言った。

「ぜひ、姫巫女様にお会いしたいと思います」
 侍女はうなづき、無言でアレキサンドラの部屋を後にした。

 アレキサンドラは立ち上がった。

 謹慎の身となってから、何かの予定ができるのは初めてのことだ。
 アレシアがいつ来るのかはわからないが、最低限の身だしなみだけはしておいて、バカにされないようにしなくては。

 アレキサンドラは改めて、広く豪華な部屋を見渡した。
 あれだけ大好きだったこの空間が、なんだか今はひどく味気ない、自分に不釣り合いなもののように見えた。

 父であるオブライエン公爵は逮捕、投獄されている。裁判の結果が出るのも時間の問題だろう。

(わたくし自身も……自分の身の振り方を、考えなければならない)
 たとえ、それが苦しく、恐ろしいことであっても。 

 アレキサンドラの元にアレシアがやってきたのは、それから2日後の午後のことだった。

 思いがけないことに、カイルも同行していた。
 久しぶりに見るカイルとアレシアは、以前よりも自然に会話を交わしていて、カイルがアレシアに同行したのも、彼女の安全を危惧したものと知れた。

「さあ」
 アレキサンドラは、わざとぶっきらぼうな、高慢な声でアレシアに声をかけた。

「あなたの寝間着のような服と、ご立派な飾り帯はこちらですわ。きちんと保管しておりましたから。それが心配だったのでしょう?」

 そんなことを言って、アレキサンドラは小さな包みをアレシアに差し出した。

 アレシアは丁寧に礼を言って、受け取った。
 そんなアレシアはいつも通りの服装だ。

 白の麻の長衣に、同じく白い絹のチュニック。
 同じものを何枚も持っているのだろう。
 しかし、飾り帯はしていなかったので、神殿の他の巫女達と変わらない姿に見えた。

 アレシアは嬉しそうに受け取ると、すぐに絹刺繍の飾り帯を腰に巻いた。
 カイルはそんなアレシアをただ、嬉しそうに見つめている。

 アレキサンドラはそっと息を吐いた。

「カイル様、わたくし、ずっと考えていたのですが……」
 組んだ両手が微かに震えていた。

「わたくしも罪を償うべきかと。このお屋敷には、いられませんわ。もとより、この家を継ぐ者はもういないのです。わたくしは、もし許されるのであれば、出家して、修道院に入ろうと、そう思っております」

「アレキサンドラ」
 カイルが表情を変えた。

「……確かに、率直に言って、あなたが今まで通りの生活を送れる保証はない。しかし、出家とは。もう少し、待ってもらえないだろうか?」

「ご品格はあるけれど、お年寄りの、道徳の先生のような殿方の後妻になるのは、お断りいたしますわ。わたくし、わがままな女ですの。そんな良い方には、相応しくありませんから」

 アレキサンドラは泣き笑いのような表情を浮かべていた。

「わたくしは、心から皇帝陛下を想っておりました。いささか、自分よがりな方法ではありましたが……それにもようやく気づけたのです。ですので、どうか、一生をかけて罪を償わせてください」

「アレキサンドラ」
 アレシアが声をかけた。

「あなたが願っていることは、何ですか? よろしかったら、わたしと、一緒に祈っていただけませんか……?」

 アレキサンドラは顔を上げた。
 その頬は涙で濡れていた。

「……祈る? ああ、姫巫女様は、女神様に祈りを届けてくださるのでしたね。たしかに、今のわたくしには女神様の御加護が必要かもしれません」

 アレキサンドラは柔らかく微笑んだ。
 それは、彼女にこんな顔ができるのか、というようなやさしい表情だった。

「わかったわ。お願いします、姫巫女様」

 アレシアはうなづくと、アレキサンドラの手を取った。
 2人を淡い金色の光が包む。
 アレキサンドラがはっきりとした声で言った。

「わたくしは、ランス帝国の平和と繁栄を願います。皇帝カイル陛下の長寿と素晴らしい治世を。帝国の人々のより良い暮らしを、心から願っています」

 アレキサンドラの願いに、自分自身の願いは入っていなかった。

 アレシアはとっさに言う。
「アレキサンドラ、カイル様も一緒に祈っても構いませんか?」

 アレキサンドラはうなづいた。
 カイルもアレキサンドラの手を取り、3人は手をつなぎ合った。アレシアはアレキサンドラの最善のために、アレキサンドラの心と合わせて祈った。

 そこでアレシアの目に映ったのは、簡素なドレスに着替えて、密かに孤児院を訪問するアレキサンドラの姿だった。

 時にはやんちゃな男の子に泥をつけられ、目を丸くしながらも、アレキサンドラが不機嫌になることは一切なかった。

 年長の女の子達には、読み書きと刺繍を教えていた。
 アレキサンドラの刺繍は美しく、少女達はうっとりとその出来栄えに見惚れながら、1針1針、心を込めて、刺繍を施していた。

 少女達はアレキサンドラの繊細な指遣いを熱心に見習い、やがてとても美しい作品を作れるまでになった。

 バザーでその刺繍を見て感心したある大きな仕立て屋の夫人が、これから少女達に刺繍をいくつかお願いしたい、とシスターに話している場面も見えた。

 アレキサンドラは少女と手をつないで一緒に立ちながら、それは誇らしげに見えた。

 赤い髪が、燃えるように輝いて、アレキサンドラを美しく見せていた。
 そんな様子は、カイルにも伝わったのだろうか?
 アレシアとアレキサンドラが目を開けると、カイルは心を決めたように言った。

「アレキサンドラ、あなたの称号は剥奪はくだつ、領地、公爵邸も返上してもらう」

 アレキサンドラは恭しく頭を垂れた。
「かしこまりました。仰せの通りに」

「これからは、ハロウェイ子爵令嬢と名乗るように。あなたの母方の姓だ」
「え……?」

「結婚前にあなたの母上が養子に入った家だ。後継がいなくて、現在は断絶しているが、あなたがこれから引き継げばいい。そして、帝国の孤児院と女性のシェルターの運営を手伝って欲しい。自分の欲のためではなく、国のために働くことはできるか? ハロウェイ子爵令嬢?」

 今や、アレキサンドラはぽかんとして、カイルを見つめるばかりだ。
 カイルはうなづいた。

「あなたは実際に罪を犯すことを拒み、父の悪事には染まらなかった。名誉回復の機会を与えよう。帝国に尽くしてくれ。私の兄弟達がことごとく殺害された今、皇家につながる者はほぼいない。あなたは先代皇帝に縁のある数少ない私の家族だ。国のために、あなたにも働いてほしい」

 アレキサンドラは声を失って、カイルをただ見つめた。
 やがて、そこに喜びの涙が、溢れてきたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

物置小屋

黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。 けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。 そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。 どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。 ──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。 1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。 時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。 使いたいものがあれば声をかけてください。 リクエスト、常時受け付けます。 お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】完結保証タグ追加しました

処理中です...