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第二章 王子様の家庭教師
第11話
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「あれは先生を心配した生徒の行動で……」
「何ブツブツ言ってんのよ」
その夜。なぜかイリスも研究室に泊まると言い出して、飲み会が始まった。
アドの授業を終えた私は、ここに戻って来るなり、泣きそうだった彼の表情が忘れられずぼんやりとしていた。そして、抱き締められたことを思い返し、赤くなり、一人叫んでいた。
研究に没頭していたイリスが、そんな私の不可解な行動を怪しむのは当然で。「今日はここで女子会だ!」とイリスも泊まることが決まり、お酒を囲むと、あっという間に何があったのか根掘り葉掘り聞かれて喋ってしまった。
「まあ、アドリア殿下は王妃様が亡くなられてからしばらく塞ぎこんでたって言うし」
「そうなの!?」
イリスの話に彼の悲しそうな表情が脳裏に浮かぶ。
「せっかく頼った先生がいなくなるかもと思ったら、そりゃ不安だよね」
アイツに悪いことしたな、と思う。
「てゆーか、殿下の家庭教師に抜擢されたって聞いた時は驚いたけど、やっぱり仲良くなってるじゃない。私の勘は当たるわ~」
「仲良くは……なってない」
そういえばイリスには私とアイツの相性が良いと思うと言われてたっけ、と思い出す。
「そうなの?」
「あくまで師弟関係だから」
「ふうん? まあいいけど」
イリスは含みがあるように笑うと、エールをぐびっと喉に流し込んだ。
「まあ、王族となんて私も御免だしなあ。ミューならなおさら、周りの反対とか試練とか面倒そうだしね。でも第二王子だからヘンリー殿下より障害は少ないんじゃない?」
「だから……そんな色っぽい関係じゃないから」
あり得ないことがわかりつつも、誂って言ってくるイリスはすでに酔いが回っているようだ。
「ミューにはあんなクラリオンとこのバカ子息じゃもったいないと思ってたのよ~、だからもっと良い人が……」
イリスはそこまで言うと、机に突っ伏してしまった。
「もう……」
イリスはお酒が好きだが、そこまで強くない。こうしてすぐに酔って寝てしまうのだ。
今日はここに泊まることが決まっていて、婚約者のグレイのお迎えも無い。私はイリスの手からエールが入ったカップを引き剥がすと、傍にあったブランケットを彼女の肩にかけた。
「イリス、ありがとね」
イリスが私を心配してこの飲み会を開いてくれたことは気付いていた。
行く宛のない私を二つ返事でこの研究室に置いてくれて、いつも私の心配をしてくれて。
イリスに感謝をしながら、私は向かいに座って残っていたエールの続きを飲み始める。私はお酒には強いのだ。
ほろ酔いで、今日のことがまた脳裏に浮かんでくる。
力強く抱き締められたその腕は、立派に「男の人」の物だった。
話している時は、年下で子供っぽいところもあって、生意気ながら可愛い私の生徒。
時折見せるそのエメラルドグリーンの瞳が大人っぽくて、今日見せた悲しそうな表情にも色気があった。魔法騎士団は魔法だけではなく、剣も優秀な集団。彼もきっと鍛えているのだろう。その逞しい腕に収められ、それがわかった。
(うわわわ……)
頬がポッポッ、と熱くなる。また叫びそうな所を、向かいでイリスが寝ているので何とか我慢した。
「酔ってるな……」
顔が熱いのもきっとお酒のせいだ。私はそう思うことにして、一人机の上で飲み続けた。
☆☆☆
「おはよう」
「おう」
次の日、アドは変わらない様子で裏庭へ先に来ていて、勉強をしていた。
(私だけ意識して恥ずかしい……)
赤くなりそうな顔を手でパタパタとし、反省しつつ彼を見る。
「わ……! 昨日渡したノート、もうこんなに読んでくれたの!?」
昨日、テストが全然わからないと言っていたアドに、私はテキストを要約したノートを渡していた。
いつか私塾を開いた時のための、初心者向けに要約したノートだ。
「ああ。わかりやすくて良い」
アドはすぐに手元に視線を戻すと、何やら書いている。
(うわっっ!)
アドの手元を見ると、私の要約ノートを元に、教科書にはびっしりと彼の書き込みがされていた。
「これ、一晩で!?」
驚く私にアドは顔を向ける。
「昨日のお前、凄かった。魔法陣の構築と詠唱をちゃんと学べば、俺もあんなふうに出来るか?」
真剣なエメラルドグリーンの瞳に、私の胸が震える。
(私は……)
昨日のことでアワアワしていたことが恥ずかしくなる。
「もちろんよ! でもまずアドは、魔力のコントロールからでしょ? だったら詠唱から完璧にするべきだわ」
私はこの子の先生だ。
そのことを改めて胸に強く誓った私はアドに説明した。
「詠唱?」
「そう。二ヶ月後の試験に両方は難しいから、まずは言われていたコントロールをちゃんとするわよ」
「俺は両方出来る……」
私の説明にアドが不服そうな表情をするも、私はびしっと先生らしく言った。
「いい? どちらもやるには時間が足りないの! 二ヶ月後の試験は通過点でしょ? それに受かれば私はあんたの家庭教師を続けられるし、アドも夢の第一歩を踏み出せる。あんたが魔法騎士団に入団するまでしっかり教えてあげるから、そのためにも目の前の課題を何とかするわよ!」
私の言葉を聞いたアドはニヤリと笑って言った。
「言ったな? 俺はミュリエルを逃がすつもりはないから、しっかり俺のそばにいろよ?」
机に置いた私の手の上に自身の手を重ねると、アドは指を絡めてきた。
「にっ、げ、ないわよ!! 私は!」
いちいち甘い行動を挟んでくるアドに意図が無いのはわかっている。それでも動揺した私の声は裏返ってしまった。
そんな私の反応を見て満足そうに笑ったアドは、指を絡めたまま教科書を反対の手でめくり、読み始めた。
「離しなさいよ……」
「逃さないって言っただろ」
「逃げないって言ってるでしょ!!」
この王子様は、どんどけ疑り深いんだ! と心の中で叫んだ。でも王族である彼は、貴族同士の腹の探り合いに辟易しているのかもしれない。
(不安なんだね)
ふふ、と目の前の教え子を愛しく思い、私はもう片方の手をアドの手の上に重ねた。
「――――っ!?」
すると、アドは凄い勢いでバッと手を引いてしまった。
「あれ? 安心させようと思ったのに……」
「おっ……前……」
ポカン、とする私にアドは顔を赤くして震えている。
「子供扱いすんな!!」
アドはそっぽを向くと、私に背中を向けてまた教科書を読み始めた。
(やっぱ年下難しいな……)
アドの背中を見つめながら、私もまた彼との距離感に悩まされるのだった。
「何ブツブツ言ってんのよ」
その夜。なぜかイリスも研究室に泊まると言い出して、飲み会が始まった。
アドの授業を終えた私は、ここに戻って来るなり、泣きそうだった彼の表情が忘れられずぼんやりとしていた。そして、抱き締められたことを思い返し、赤くなり、一人叫んでいた。
研究に没頭していたイリスが、そんな私の不可解な行動を怪しむのは当然で。「今日はここで女子会だ!」とイリスも泊まることが決まり、お酒を囲むと、あっという間に何があったのか根掘り葉掘り聞かれて喋ってしまった。
「まあ、アドリア殿下は王妃様が亡くなられてからしばらく塞ぎこんでたって言うし」
「そうなの!?」
イリスの話に彼の悲しそうな表情が脳裏に浮かぶ。
「せっかく頼った先生がいなくなるかもと思ったら、そりゃ不安だよね」
アイツに悪いことしたな、と思う。
「てゆーか、殿下の家庭教師に抜擢されたって聞いた時は驚いたけど、やっぱり仲良くなってるじゃない。私の勘は当たるわ~」
「仲良くは……なってない」
そういえばイリスには私とアイツの相性が良いと思うと言われてたっけ、と思い出す。
「そうなの?」
「あくまで師弟関係だから」
「ふうん? まあいいけど」
イリスは含みがあるように笑うと、エールをぐびっと喉に流し込んだ。
「まあ、王族となんて私も御免だしなあ。ミューならなおさら、周りの反対とか試練とか面倒そうだしね。でも第二王子だからヘンリー殿下より障害は少ないんじゃない?」
「だから……そんな色っぽい関係じゃないから」
あり得ないことがわかりつつも、誂って言ってくるイリスはすでに酔いが回っているようだ。
「ミューにはあんなクラリオンとこのバカ子息じゃもったいないと思ってたのよ~、だからもっと良い人が……」
イリスはそこまで言うと、机に突っ伏してしまった。
「もう……」
イリスはお酒が好きだが、そこまで強くない。こうしてすぐに酔って寝てしまうのだ。
今日はここに泊まることが決まっていて、婚約者のグレイのお迎えも無い。私はイリスの手からエールが入ったカップを引き剥がすと、傍にあったブランケットを彼女の肩にかけた。
「イリス、ありがとね」
イリスが私を心配してこの飲み会を開いてくれたことは気付いていた。
行く宛のない私を二つ返事でこの研究室に置いてくれて、いつも私の心配をしてくれて。
イリスに感謝をしながら、私は向かいに座って残っていたエールの続きを飲み始める。私はお酒には強いのだ。
ほろ酔いで、今日のことがまた脳裏に浮かんでくる。
力強く抱き締められたその腕は、立派に「男の人」の物だった。
話している時は、年下で子供っぽいところもあって、生意気ながら可愛い私の生徒。
時折見せるそのエメラルドグリーンの瞳が大人っぽくて、今日見せた悲しそうな表情にも色気があった。魔法騎士団は魔法だけではなく、剣も優秀な集団。彼もきっと鍛えているのだろう。その逞しい腕に収められ、それがわかった。
(うわわわ……)
頬がポッポッ、と熱くなる。また叫びそうな所を、向かいでイリスが寝ているので何とか我慢した。
「酔ってるな……」
顔が熱いのもきっとお酒のせいだ。私はそう思うことにして、一人机の上で飲み続けた。
☆☆☆
「おはよう」
「おう」
次の日、アドは変わらない様子で裏庭へ先に来ていて、勉強をしていた。
(私だけ意識して恥ずかしい……)
赤くなりそうな顔を手でパタパタとし、反省しつつ彼を見る。
「わ……! 昨日渡したノート、もうこんなに読んでくれたの!?」
昨日、テストが全然わからないと言っていたアドに、私はテキストを要約したノートを渡していた。
いつか私塾を開いた時のための、初心者向けに要約したノートだ。
「ああ。わかりやすくて良い」
アドはすぐに手元に視線を戻すと、何やら書いている。
(うわっっ!)
アドの手元を見ると、私の要約ノートを元に、教科書にはびっしりと彼の書き込みがされていた。
「これ、一晩で!?」
驚く私にアドは顔を向ける。
「昨日のお前、凄かった。魔法陣の構築と詠唱をちゃんと学べば、俺もあんなふうに出来るか?」
真剣なエメラルドグリーンの瞳に、私の胸が震える。
(私は……)
昨日のことでアワアワしていたことが恥ずかしくなる。
「もちろんよ! でもまずアドは、魔力のコントロールからでしょ? だったら詠唱から完璧にするべきだわ」
私はこの子の先生だ。
そのことを改めて胸に強く誓った私はアドに説明した。
「詠唱?」
「そう。二ヶ月後の試験に両方は難しいから、まずは言われていたコントロールをちゃんとするわよ」
「俺は両方出来る……」
私の説明にアドが不服そうな表情をするも、私はびしっと先生らしく言った。
「いい? どちらもやるには時間が足りないの! 二ヶ月後の試験は通過点でしょ? それに受かれば私はあんたの家庭教師を続けられるし、アドも夢の第一歩を踏み出せる。あんたが魔法騎士団に入団するまでしっかり教えてあげるから、そのためにも目の前の課題を何とかするわよ!」
私の言葉を聞いたアドはニヤリと笑って言った。
「言ったな? 俺はミュリエルを逃がすつもりはないから、しっかり俺のそばにいろよ?」
机に置いた私の手の上に自身の手を重ねると、アドは指を絡めてきた。
「にっ、げ、ないわよ!! 私は!」
いちいち甘い行動を挟んでくるアドに意図が無いのはわかっている。それでも動揺した私の声は裏返ってしまった。
そんな私の反応を見て満足そうに笑ったアドは、指を絡めたまま教科書を反対の手でめくり、読み始めた。
「離しなさいよ……」
「逃さないって言っただろ」
「逃げないって言ってるでしょ!!」
この王子様は、どんどけ疑り深いんだ! と心の中で叫んだ。でも王族である彼は、貴族同士の腹の探り合いに辟易しているのかもしれない。
(不安なんだね)
ふふ、と目の前の教え子を愛しく思い、私はもう片方の手をアドの手の上に重ねた。
「――――っ!?」
すると、アドは凄い勢いでバッと手を引いてしまった。
「あれ? 安心させようと思ったのに……」
「おっ……前……」
ポカン、とする私にアドは顔を赤くして震えている。
「子供扱いすんな!!」
アドはそっぽを向くと、私に背中を向けてまた教科書を読み始めた。
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