聖騎士団長の婚約者様は悪女の私を捕まえたい

海空里和

文字の大きさ
8 / 44

8.思い出の味

しおりを挟む
「どうぞ……」

 ダイニングの椅子にかけて神妙な顔をするアンディ様に、紅茶を注いだカップを置いた。

「君にお茶を淹れてもらうのは初めてだな」
「そうですか」

 目を閉じ、持ち上げたカップを鼻に近付けた彼は、香りをかぐ。
 そして口に運ぶ。

「ど、どうですか?」

 私は待ちきれずアンディ様に聞いた。

「……さっき、茶葉を淹れる前に、ポットにお湯を入れていたのはなぜだ?」

 欲しい答えではなく、私はむくれながら答える。

「冷えた茶器にいきなりお湯を入れると、温度が下がります。あえてそうするお茶もありますが……この茶葉の香りを引き出すためにも、お湯の温度を保つため、そうしました」
「…………そうか」

 アンディ様はそれだけ言うと、再びカップに口を付けた。

(美味しくなかったでしょうか?)

 美味しい紅茶を淹れる正しい手順だったはず。それとも貴族様の口には合わなかったのだろうか。
 頭に人差し指をあて、私が考え込んでいると、アンディ様が口を開いた。

「……この茶葉は、ハークロウ領で採れるものなんだ」
「え!? アンディ様の家の!?」

 こんな素敵な茶葉が? と私の目がギラギラする。

「……気に入ったのか?」

 そんな私を見て、アンディ様の口元が緩む。
 彼へ出す前に一口味見をしてみたが、この紅茶はまろやかで甘みがあって、味も私好みで最高だった。

「君も座って飲むといい」
「いいんですか!?」

 私はポットに残った紅茶をカップに注いで、すぐにアンディ様の向かいに座った。

「では、いただきます」

 彼に断り、手を合わせた後、紅茶を口に運んだ。

「おい……しいです」

 やはり私の好きな味だった。
 ジーンとしながら紅茶を味わう。

「……そうか。俺も故郷を思い出した」

 アンディ様はどこか遠くを見ているように言った。

(寂しいのでしょうか?)

 私はアンディ様に、笑顔になって欲しくて思わず言ってしまった。

「アンディ様! また私がいつでも故郷のこのお茶を淹れてさしあげますので!」
「……そんなことより、君は早く記憶を取り戻すんだな」
「そうでした……」

 アンディ様の冷たい返答にしゅんとする。
 けして忘れていたわけではないけど、私はアンディ様の笑顔に浮かれていたのだと思う。
 アンディ様は、私にそんなことなど望んでいないというのに。

(記憶を取り戻し、償いをする。そして騎士団に出頭しないと、婚約破棄できませんものね)

 彼は義務で私の側にいてくれているのだ。
 少しだけ心を開いてくれたのかもと、けして思ってはいけない。
 彼も償うべきうちの一人なのだ。

「あの、アンディ様……出頭するその時にはもう一度、私のお茶を飲んでいただけますか?」
「……ああ。それをもって俺の任務は終了としよう」

 任務、という言葉に心がちくりとした。

「お嬢さまああああ!?」

 騒がしい声が入り口でしたと思うと、アネッタが震えながらそこに立っていた。

「どうされたんですかあ!? その恰好!?」

 びゅんとアネッタが私に駆け寄る。

「お茶を淹れていたんですよ。あ、そうだ、アネッタにも淹れてあげます」
「え!? そんなこと、私がします!!」

 椅子から立ち上がった私にアネッタがぎょっとする。

「いいですから。日頃の感謝を労わせてください」

 私が座っていた椅子へとアネッタを座らせる。

「ひい! ハークロウ様もいらっしゃるのに、私が座るなど!!」

 アネッタは泣きそうになりながら恐縮していた。

「ならば、俺は帰ろう」
「え! ダンさんの夕食をご一緒にと思っていましたのに」

 立ち上がったアンディ様を、つい引き留めてしまった。

「……いや、仕事があるので失礼する」

 アンディ様はそう言うと、一人でダイニングを出て行こうとする。

「見送りもいい。君はアネッタを労うのだろう?」

 追いかけようとした私に、アンディ様はそう言って立ち去ってしまった。
 それが何だか寂しくて、私はいつまでも彼が出て行った扉を見つめていた。

「……お嬢様は本気でハークロウ様を想われていたのですね」
「……えっ!?」

 アネッタの声で現実に戻る。

「おもおも……想っ!?」

 前世でも、私は恋なんてしたことがない。「仕事が恋人」なんてよく言うけど、まさにそれだった気がする。

(アンディ様のイケメンに耐性がないだけです……)

 自分の顔が赤いことに、頬の熱さで気付く。私は必死に心の中で言い訳をした。

「お嬢様はハークロウ様をその……」
「なんですか?」

 言いにくそうなアネッタに私はにじり寄る。

「バカにしておいででしたので」

 がくりと膝から落ちた。

「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」

 アネッタの心配そうな声が遠い。

(確か、アンディ様もおっしゃっていましたね……)

 目覚めたばかりのころ、彼の愛称を女みたいだとバカにしていたと。

(それだけじゃない気がします……)

 私は意を決すると、アネッタに向き直った。

「アネッタ、私がアンディ様にどういう態度だったか、教えてくれますか?」


 私はお茶を淹れ、アネッタと並んで座った。
 躊躇するアネッタに頼み込み、リリーがアンディ様にしてきた暴挙を話してもらった。

 アネッタから話を聞き終えた私は、頭痛で頭を押さえた。

「お嬢様!? 大丈夫ですか?」

 リリーはアンディ様の容姿や愛称をバカにするだけに留まらず、彼の役職が親の七光りだと蔑んでいた。
 しかもそれを本人に、悪びれもせず言っていたらしい。

(嫌われて当然です……)

 アンディ様への尊敬や愛情がちっとも感じない。

「じゃあなんで私は彼と婚約したんでしょう?」

 家同士の政略結婚は貴族ではよくある。でも、リリーは嫌な相手と婚約なんてしなさそうだ。
 その疑問をアネッタがすぐに解消してくれた。

「お嬢様は、これで聖騎士団を思い通りにできるとおっしゃっていました」

 リリーはアネッタなら口外しないと思ったらしく、その心内をよく吐露していたらしい。

「聖騎士団をですか? なぜ……」
「それは私にもわかりません……」

 自分のことなのに、わからなくてモヤモヤする。

「じゃあ、なぜアンディ様は私と婚約破棄されなかったのでしょう?」

 彼の態度からすぐにでも、そうしたそうだった。

「この婚約をお決めになったのは、前聖騎士団団長でハークロウ侯爵様です。お嬢様は侯爵様に気に入られていましたし、大聖女の地位につかれ、誰もが望むお方でした」

 アネッタは言いにくそうに続けた。

「その、侯爵様は疑い深く、でも懐に入ると可愛がってくれるお方。いくらアンディ様が訴えようと、お嬢様に勝ち目があると、よく言っておられました……」

 自分の性格の悪さに、眩暈がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音
恋愛
公爵令嬢オーロラの罪は、雇われのエバが罰を受ける、 12歳の時からの日常だった。 恨みを持つエバは、オーロラの14歳の誕生日、魔力を使い入れ換わりを果たす。 それ以来、オーロラはエバ、エバはオーロラとして暮らす事に…。 ガッカリな婚約者と思っていたオーロラの婚約者は、《エバ》には何故か優しい。 『自分を許してくれれば、元の姿に戻してくれる』と信じて待つが、 魔法学校に上がっても、入れ換わったままで___ (※転生ものではありません) ※完結しました

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

処理中です...