聖騎士団長の婚約者様は悪女の私を捕まえたい

海空里和

文字の大きさ
18 / 44

18.商会長

しおりを挟む
「なんだ、本当に来たのか」

 翌日、馬車にお屋敷で使っていない寝具を詰め込み、治療院へとやって来た。
 マークさんが入り口で出迎えてくれた。

「はい! お約束しましたので!」
「これもあんたが差し向けたのか?」

 マークさんが治療院の中を親指でクイ、と示している。
 私は首を傾げながら中に入った。

「これ……は!?」

 治療院の中にはいつの間にかベッドが運び込まれ、見覚えのあるお仕着せのメイドさんたちがせわしなく動いている。
 床はピカピカに磨かれ、埃っぽさもなくなっている。

「聖騎士団の団長がこいつらと一緒に運んで来たんだ」

 アンディ様が魔法でベッドを、ハークロウ家の馬車でメイドさんたちと必要な物資を運び込んでくれたらしい。
 いくら約束とはいえ、彼の早い行動に驚く。

「……たしか、あんたの婚約者だったよな? 団長殿は」
「は、はい……」

 マークさんの問いに「婚約破棄しますけど」とは言えなかった。
 難しい顔をしたマークさんが突如私に跪いた。

「マークさん!?」
「あんたは誰も近寄りたがらないこの治療院へやって来て、病人に触れ、癒してくれた。自身の財を捨ててまで俺たちのために環境を変えようとしてくれ、約束通り今日また来てくれた。しかもこんなに気持ちのいい場所にしてくれて」
「それは、アンディ様がしてくださったことで……」
「あんたが昨日、あそこまでしなければ婚約者も動かなかったんじゃないか?」

 マークさんの言葉に私は人差し指を頭につける。

「アンディ様は元々、この治療院のために寄付をされていました」
「何だって!?」

 マークさんの顔が険しくなる。

「聖騎士団は教会と繋がっているから、俺たちのことなんてどうでもいいのかと思っていた……」
「それは違います! 聖騎士団はこの国のために魔物討伐で、この季節はどうしても追われてしまうのです! だからアンデイ様は心を痛めておいででした」
「そうだったのか……」

 知られていないことなのかマークさんは驚き、でも納得してくれているようだった。
 私もアンディ様が人知れず戦っていることを知ってもらえて嬉しい。
 それに、聖騎士団は私を捕らえようと動いていたはず。唯一教会に参入できることから、民の間で誤解があるのかもしれない。

「さあマークさん、もう立ってください」

 いまだ跪く彼の手を取り、立ち上がらせる。

「……あんたも変わってるよな。侯爵令嬢だろ? そんなところにやられちゃっているのかな、あの婚約者さんは」

 やれやれとマークさんが言った。

「そうですね、アンディ様は私に巻き込まれてしまっています」
「ぶはっ!」

 真剣に返したのに、笑われてしまった。

「マークさん?」
「いや、悪い。改めて俺、マーク・グレイブは今後あんたと聖騎士団に協力すると誓おう」
「ありがとうございます?」

 私が首を傾げていると、アネッタが私の服の裾を引っ張り、興奮していた。

「リリー様!! グレイブ家といえば、王都の商会を束ねる組合の会長ですよ!!」
「えっ!?」

 そんな凄い人がなぜこんなところに? という顔でマークさんを見れば、彼は笑いながら答えた。

「俺は胡散臭い教会の世話になるのが嫌でね。金を積むのを断っていたら、ここにぶち込まれたというわけだ」

 わははと笑うマークさんは、豪快な人だ。私は呆気にとられる。

「まあ、俺が付くからには聖騎士団、あんたの婚約者に不自由させないぜ」
「? アンデイ様のためになるなら良かったです」

 彼には迷惑をかけてばかりなので、少しでも役に立てるなら嬉しい。

「……不仲説が流れていたが、噂は噂だな。あんたも悪女じゃなかったし」
「私は悪女でしたよ」
「なんだ、それ!」

 リリーの行いは悪女と呼ばれて当然のものなのだ。でもマークさんは私を笑い飛ばして言う。

「今が悪女じゃなきゃ、いいよ!」
「……っ、はいっ!」

 今の私を見てくれるマークさんに感謝でいっぱいになった。
 私はこの人の期待を裏切らないよう、この治療院を安心して過ごせるものに変えていこう。

(そうなると、聖女の派遣は必須です……)

 私は牢に入る。後継探し、もしくは当番制にできないだろうか。

「ほら、あんたんとこの料理人がスープを配り始めたぞ」
「手伝います!」

 マークさんの呼びかけに思考の渦から抜け出し、私はダンさんのいる場所まで走った。



「とりあえず……教会に行ってみないとですね」

 スープを配り終わり、私たちも一緒にいただくことになった。
 アネッタ、ダンさん、マークさんの三人で輪になっているところに私はポツリと言った。

「リリー様……記憶の無い状態で行かれるのは危険では……」
「記憶がない? あんた、記憶喪失なのか⁉」

 反応したマークさんに、アネッタがしまったという顔をする。
 私はアネッタの肩に触れ、首を振った。

「はい。私には以前の記憶がありません。しでかしたことを覚えていないというのは都合がいいかもしれませんが、それでも私は償いをしたいのです」

 じっと私を見ていたマークさんの瞳が閉じられる。

「あんたの覚悟は、もう行動で示してもらっているから疑わないよ。そうか、記憶が無いのにあんたはそんなに一生懸命なんだな」
「記憶が無いからでしょうか」

 関心するマークさんに苦笑する。

「……なら、なおさら教会には気を付けることだ。この病、あいつらがわざと蔓延させていると俺は見ている」
「え⁉」

 突拍子も無いことだと思う。でも、マークさんは真剣に私に忠告してくれた。

「そして、それには聖騎士団も関わっていると思う。俺が聖騎士団をも嫌い、一切取引きしてこなかったのは、そういう理由だ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音
恋愛
公爵令嬢オーロラの罪は、雇われのエバが罰を受ける、 12歳の時からの日常だった。 恨みを持つエバは、オーロラの14歳の誕生日、魔力を使い入れ換わりを果たす。 それ以来、オーロラはエバ、エバはオーロラとして暮らす事に…。 ガッカリな婚約者と思っていたオーロラの婚約者は、《エバ》には何故か優しい。 『自分を許してくれれば、元の姿に戻してくれる』と信じて待つが、 魔法学校に上がっても、入れ換わったままで___ (※転生ものではありません) ※完結しました

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

処理中です...