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18.商会長
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「なんだ、本当に来たのか」
翌日、馬車にお屋敷で使っていない寝具を詰め込み、治療院へとやって来た。
マークさんが入り口で出迎えてくれた。
「はい! お約束しましたので!」
「これもあんたが差し向けたのか?」
マークさんが治療院の中を親指でクイ、と示している。
私は首を傾げながら中に入った。
「これ……は!?」
治療院の中にはいつの間にかベッドが運び込まれ、見覚えのあるお仕着せのメイドさんたちがせわしなく動いている。
床はピカピカに磨かれ、埃っぽさもなくなっている。
「聖騎士団の団長がこいつらと一緒に運んで来たんだ」
アンディ様が魔法でベッドを、ハークロウ家の馬車でメイドさんたちと必要な物資を運び込んでくれたらしい。
いくら約束とはいえ、彼の早い行動に驚く。
「……たしか、あんたの婚約者だったよな? 団長殿は」
「は、はい……」
マークさんの問いに「婚約破棄しますけど」とは言えなかった。
難しい顔をしたマークさんが突如私に跪いた。
「マークさん!?」
「あんたは誰も近寄りたがらないこの治療院へやって来て、病人に触れ、癒してくれた。自身の財を捨ててまで俺たちのために環境を変えようとしてくれ、約束通り今日また来てくれた。しかもこんなに気持ちのいい場所にしてくれて」
「それは、アンディ様がしてくださったことで……」
「あんたが昨日、あそこまでしなければ婚約者も動かなかったんじゃないか?」
マークさんの言葉に私は人差し指を頭につける。
「アンディ様は元々、この治療院のために寄付をされていました」
「何だって!?」
マークさんの顔が険しくなる。
「聖騎士団は教会と繋がっているから、俺たちのことなんてどうでもいいのかと思っていた……」
「それは違います! 聖騎士団はこの国のために魔物討伐で、この季節はどうしても追われてしまうのです! だからアンデイ様は心を痛めておいででした」
「そうだったのか……」
知られていないことなのかマークさんは驚き、でも納得してくれているようだった。
私もアンディ様が人知れず戦っていることを知ってもらえて嬉しい。
それに、聖騎士団は私を捕らえようと動いていたはず。唯一教会に参入できることから、民の間で誤解があるのかもしれない。
「さあマークさん、もう立ってください」
いまだ跪く彼の手を取り、立ち上がらせる。
「……あんたも変わってるよな。侯爵令嬢だろ? そんなところにやられちゃっているのかな、あの婚約者さんは」
やれやれとマークさんが言った。
「そうですね、アンディ様は私に巻き込まれてしまっています」
「ぶはっ!」
真剣に返したのに、笑われてしまった。
「マークさん?」
「いや、悪い。改めて俺、マーク・グレイブは今後あんたと聖騎士団に協力すると誓おう」
「ありがとうございます?」
私が首を傾げていると、アネッタが私の服の裾を引っ張り、興奮していた。
「リリー様!! グレイブ家といえば、王都の商会を束ねる組合の会長ですよ!!」
「えっ!?」
そんな凄い人がなぜこんなところに? という顔でマークさんを見れば、彼は笑いながら答えた。
「俺は胡散臭い教会の世話になるのが嫌でね。金を積むのを断っていたら、ここにぶち込まれたというわけだ」
わははと笑うマークさんは、豪快な人だ。私は呆気にとられる。
「まあ、俺が付くからには聖騎士団、あんたの婚約者に不自由させないぜ」
「? アンデイ様のためになるなら良かったです」
彼には迷惑をかけてばかりなので、少しでも役に立てるなら嬉しい。
「……不仲説が流れていたが、噂は噂だな。あんたも悪女じゃなかったし」
「私は悪女でしたよ」
「なんだ、それ!」
リリーの行いは悪女と呼ばれて当然のものなのだ。でもマークさんは私を笑い飛ばして言う。
「今が悪女じゃなきゃ、いいよ!」
「……っ、はいっ!」
今の私を見てくれるマークさんに感謝でいっぱいになった。
私はこの人の期待を裏切らないよう、この治療院を安心して過ごせるものに変えていこう。
(そうなると、聖女の派遣は必須です……)
私は牢に入る。後継探し、もしくは当番制にできないだろうか。
「ほら、あんたんとこの料理人がスープを配り始めたぞ」
「手伝います!」
マークさんの呼びかけに思考の渦から抜け出し、私はダンさんのいる場所まで走った。
「とりあえず……教会に行ってみないとですね」
スープを配り終わり、私たちも一緒にいただくことになった。
アネッタ、ダンさん、マークさんの三人で輪になっているところに私はポツリと言った。
「リリー様……記憶の無い状態で行かれるのは危険では……」
「記憶がない? あんた、記憶喪失なのか⁉」
反応したマークさんに、アネッタがしまったという顔をする。
私はアネッタの肩に触れ、首を振った。
「はい。私には以前の記憶がありません。しでかしたことを覚えていないというのは都合がいいかもしれませんが、それでも私は償いをしたいのです」
じっと私を見ていたマークさんの瞳が閉じられる。
「あんたの覚悟は、もう行動で示してもらっているから疑わないよ。そうか、記憶が無いのにあんたはそんなに一生懸命なんだな」
「記憶が無いからでしょうか」
関心するマークさんに苦笑する。
「……なら、なおさら教会には気を付けることだ。この病、あいつらがわざと蔓延させていると俺は見ている」
「え⁉」
突拍子も無いことだと思う。でも、マークさんは真剣に私に忠告してくれた。
「そして、それには聖騎士団も関わっていると思う。俺が聖騎士団をも嫌い、一切取引きしてこなかったのは、そういう理由だ」
翌日、馬車にお屋敷で使っていない寝具を詰め込み、治療院へとやって来た。
マークさんが入り口で出迎えてくれた。
「はい! お約束しましたので!」
「これもあんたが差し向けたのか?」
マークさんが治療院の中を親指でクイ、と示している。
私は首を傾げながら中に入った。
「これ……は!?」
治療院の中にはいつの間にかベッドが運び込まれ、見覚えのあるお仕着せのメイドさんたちがせわしなく動いている。
床はピカピカに磨かれ、埃っぽさもなくなっている。
「聖騎士団の団長がこいつらと一緒に運んで来たんだ」
アンディ様が魔法でベッドを、ハークロウ家の馬車でメイドさんたちと必要な物資を運び込んでくれたらしい。
いくら約束とはいえ、彼の早い行動に驚く。
「……たしか、あんたの婚約者だったよな? 団長殿は」
「は、はい……」
マークさんの問いに「婚約破棄しますけど」とは言えなかった。
難しい顔をしたマークさんが突如私に跪いた。
「マークさん!?」
「あんたは誰も近寄りたがらないこの治療院へやって来て、病人に触れ、癒してくれた。自身の財を捨ててまで俺たちのために環境を変えようとしてくれ、約束通り今日また来てくれた。しかもこんなに気持ちのいい場所にしてくれて」
「それは、アンディ様がしてくださったことで……」
「あんたが昨日、あそこまでしなければ婚約者も動かなかったんじゃないか?」
マークさんの言葉に私は人差し指を頭につける。
「アンディ様は元々、この治療院のために寄付をされていました」
「何だって!?」
マークさんの顔が険しくなる。
「聖騎士団は教会と繋がっているから、俺たちのことなんてどうでもいいのかと思っていた……」
「それは違います! 聖騎士団はこの国のために魔物討伐で、この季節はどうしても追われてしまうのです! だからアンデイ様は心を痛めておいででした」
「そうだったのか……」
知られていないことなのかマークさんは驚き、でも納得してくれているようだった。
私もアンディ様が人知れず戦っていることを知ってもらえて嬉しい。
それに、聖騎士団は私を捕らえようと動いていたはず。唯一教会に参入できることから、民の間で誤解があるのかもしれない。
「さあマークさん、もう立ってください」
いまだ跪く彼の手を取り、立ち上がらせる。
「……あんたも変わってるよな。侯爵令嬢だろ? そんなところにやられちゃっているのかな、あの婚約者さんは」
やれやれとマークさんが言った。
「そうですね、アンディ様は私に巻き込まれてしまっています」
「ぶはっ!」
真剣に返したのに、笑われてしまった。
「マークさん?」
「いや、悪い。改めて俺、マーク・グレイブは今後あんたと聖騎士団に協力すると誓おう」
「ありがとうございます?」
私が首を傾げていると、アネッタが私の服の裾を引っ張り、興奮していた。
「リリー様!! グレイブ家といえば、王都の商会を束ねる組合の会長ですよ!!」
「えっ!?」
そんな凄い人がなぜこんなところに? という顔でマークさんを見れば、彼は笑いながら答えた。
「俺は胡散臭い教会の世話になるのが嫌でね。金を積むのを断っていたら、ここにぶち込まれたというわけだ」
わははと笑うマークさんは、豪快な人だ。私は呆気にとられる。
「まあ、俺が付くからには聖騎士団、あんたの婚約者に不自由させないぜ」
「? アンデイ様のためになるなら良かったです」
彼には迷惑をかけてばかりなので、少しでも役に立てるなら嬉しい。
「……不仲説が流れていたが、噂は噂だな。あんたも悪女じゃなかったし」
「私は悪女でしたよ」
「なんだ、それ!」
リリーの行いは悪女と呼ばれて当然のものなのだ。でもマークさんは私を笑い飛ばして言う。
「今が悪女じゃなきゃ、いいよ!」
「……っ、はいっ!」
今の私を見てくれるマークさんに感謝でいっぱいになった。
私はこの人の期待を裏切らないよう、この治療院を安心して過ごせるものに変えていこう。
(そうなると、聖女の派遣は必須です……)
私は牢に入る。後継探し、もしくは当番制にできないだろうか。
「ほら、あんたんとこの料理人がスープを配り始めたぞ」
「手伝います!」
マークさんの呼びかけに思考の渦から抜け出し、私はダンさんのいる場所まで走った。
「とりあえず……教会に行ってみないとですね」
スープを配り終わり、私たちも一緒にいただくことになった。
アネッタ、ダンさん、マークさんの三人で輪になっているところに私はポツリと言った。
「リリー様……記憶の無い状態で行かれるのは危険では……」
「記憶がない? あんた、記憶喪失なのか⁉」
反応したマークさんに、アネッタがしまったという顔をする。
私はアネッタの肩に触れ、首を振った。
「はい。私には以前の記憶がありません。しでかしたことを覚えていないというのは都合がいいかもしれませんが、それでも私は償いをしたいのです」
じっと私を見ていたマークさんの瞳が閉じられる。
「あんたの覚悟は、もう行動で示してもらっているから疑わないよ。そうか、記憶が無いのにあんたはそんなに一生懸命なんだな」
「記憶が無いからでしょうか」
関心するマークさんに苦笑する。
「……なら、なおさら教会には気を付けることだ。この病、あいつらがわざと蔓延させていると俺は見ている」
「え⁉」
突拍子も無いことだと思う。でも、マークさんは真剣に私に忠告してくれた。
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