聖騎士団長の婚約者様は悪女の私を捕まえたい

海空里和

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24.治癒院改革

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「なっ……」

 貴族たちが入るという治療院に足を踏み入れた私は驚愕した。
 それぞれに広い個室が設けられ、中も煌びやかだ。

(それよりも……)
「何をされているんですか!?」

 中央にある談話室へ貴族たちが集まり、チェスをしている。

「これはリリー様! 何って……聖女がいくらでも治すから好きに過ごしていいとおっしゃったのは貴女様でしょう」

 貴族のうちの一人がニコニコと教えてくれ、頭がくらりとした。

(一番最低なのはリリーです)

 言いようのない悲しみと後悔は後回しにする。

「みなさん、各自の部屋にお戻りください! この病は空気感染します! 完全に菌がなくなるまで隔離させていただきます!」

 王都の外れの治療院は狭くて隔離さえできないというのに。

「そんな! リリー様! 聖女の治癒で元気なのにベッドで寝てろというのですか?」
「また病にかかっても聖女を使えばいいだけのことでは!?」

 自分勝手にわめく貴族たちに腹が立った。

「患者さんはあなたたちだけではありません! ここに割く人員を他にも割くことで国を助けられるんですよ!? 貴族ならこの国のことを考えてください!」

 アンディ様はこの国のために戦っている。そう思うと余計に腹が立った。

「私たちが優遇されることこそこの国のためだろう!」
「……っ」

 ここまで言っても自分たちのことしか考えられない人たちに言葉を失った。

「なら、自分たちの家族も病にかかる恐れを考えたらどうだ」
「アンディ様……! 入って来てはダメです!」

 いつの間にか私の後ろにいた彼に慌てて言う。
 アンディ様には魔物討伐という大事なお役目があるから、扉の外で待っていてもらったのに。

「ハークロウ家の者か。はっ、家族が罹ってもこの治療院に入れるから大丈夫だ」

 急いでアンデイ様の口に布を巻き付けていると、貴族の一人が言った。

「その治療院の聖女が不足していると言っているのです! あなたたちが患者を増やしてはもう治療も追いつきません!」
「リリー様、いったいどうされたのですか? 私たちが優遇されるのは当たり前だと、そのために莫大なお金もお支払いしていたはずですが」
「…………っ!」

 怒る私を窘めるように貴族が言う。
 私がしてきた、作り上げてしまったどうしようもないこの状況に何も言えなくなってしまう。

「この治療院でリリー様は絶対的な存在。そのことをお忘れですか?」

 困り果てた私に助け船を出してくれたのは副神官長だった。

「そうだ、リリーに逆らって牢屋に入れられたいか?」

 アンディ様がそれに乗っかって告げると、そこにいた貴族たちは一斉に自室へと散って行った。

「あの……ありがとうございます」

 副神官長にお礼を告げれば、その険しかった顔に笑みが浮かぶ。

「婚約者を連れて来て何事かと思いましたが、なるほど……。あなたは怪我をしたことにより改心されたようだ」
「えっと……あの?」

 戸惑う私に彼は続けた。

「……今日ここに来た本当の理由をお聞かせいただいても?」


 副神官長の執務室へ案内された私は、アンデイ様と並んでソファーに腰掛けた。
 先ほどの派手すぎる治療院とは違って中は白を基調にした造りで落ち着いている。簡素だが本棚がずらりと並び、彼の人となりを表していた。

「……他の聖女を蔑ろにしていた貴女がまさか治癒魔法を施すとは。目的はなんです?」

 向かいに副神官長が座り、口を開いた。
 まだ私への信用が完全ではないのは仕方ない。

「はい……実は、王都の外れの治療院にも聖女を派遣したいと考えておりまして」
「……!」

 副神官長の表情が強張る。

「この病は空気感染します。だから体内の菌が死滅するまでは隔離しないといけません。見たところ、聖女は症状を和らげますが、菌を完全に死滅させられていないように思います。だからすぐに帰してしまうことで感染を広げてしまう恐れがあります」

 私の説明を副神官長がじっと聞く。

「王都の外れの治療院は酷い有様でしたので、アンディさ……ハークロウ様に協力していただいて、清潔に保つことができています。それだけでも死亡リスクを減らせましたが、やはり定期的に聖女に見てもらえると安心です」
「……あなたが見ればいいのでは?」
「そうなんですけど……あの……私は聖騎士団に出頭しなければなりませんので、私がいなくなっても大丈夫なようにしたいのです」
「本気……ですか? 大聖女のあなたが?」

 副神官長が驚きで瞳を揺らしている。

「はい……。私は多くの罪を犯してきましたので、償った後はハークロウ聖騎士団長に捕らえてもらうことになっています」
「……本当ですか?」

 副神官長の視線にアンディ様が頷く。

「……聖女を階級で分け搾取してきたのも、貴族以外の患者を王都の隅に追いやったのもあなたと神官長です」
「……はい」
「それを本当に覆すと?」
「はい」

 見定めるように私を見る副神官長に真っすぐに答えた。

「私は記憶を失っています。だから、私がここでしてきたことを教えてください。副神官長様なら全てご存じですよね?」
「リリー!」

 アンディ様が制する。記憶がないことを秘匿しようと約束したが、隠し事をしていては副神官長の協力は得られないと思った。

「アンディ様、この病が人為的に広められているのであれば、一刻の猶予もありません。副神官長様は誰よりも早く倒れていた聖女に駆け寄りました。だからきっとこの教会と聖騎士団が手を取り合うために、彼の協力は必須だと思います」

 アンディ様は何か言い淀んで、私の意思を尊重してくれる。

「ははは、リリー様は何だか別人のようだと感じておりましたが……先ほどから私の無礼な振る舞いに罰を与える様子もないし、記憶がないというのは本当のようですね?」

 私たちのやり取りを見ていた副神官長は笑い出したかと思うと、私に向き直って言った。

「貴女は本当に生まれ変わったようだ。記憶があるなしではなく、貴女の今のお心ならば私も信じましょう。重大な秘密を明かしてくれた貴女に全てをお話しします」
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