4 / 22
天女
しおりを挟む
「レイエイと云う名も、不思議ですわね。そもそも、何故此処に居たのかしら」
倭は不機嫌そうだ。自分から差し出してはいるが、新調したての衣裳を卸され、不満なのだろう。
「竹取物語の赫夜姫の様だね」
「そこまで美しくはないでしょうに」
霛塋は西の対に住まわされていた。
呼び名が無いと不便なので、この邸の藤が美しいことから、「藤の君」と呼ぶことにした。
「優雅な趣味をお持ちなのね」
霛塋改め、藤の君は脇息に持たれて、気だるげにしている。
「其方、名は?まだ聞いていなかったわね」
「橘久光と申します」
「歳は?」
「十七になります」
羨ましいわね、若くて、と皮肉を言われた。
「失礼かもしれないけど、幾つ何ですか?」
「本当に失礼ね。其方よりは歳上よ」
若君-久光-の本邸に住まう北の方は、久光よりも二つ歳下だった。
「もう、いいわ。二十三よ」
行き遅れ、と倭なら言うだろう。かく言うあの人も、随分と行き遅れている。
「独り身だったのかい?」
「お前、その年でわたくしを口説いているの?」
藤の君は笑う。
「そうね、独り身よ。妹にとられてしまったわ」
「妹?」
「わたくし、妹が二人と弟が一人いるのよ。全員、母親は違うけれどね」
「随分と色好みだったのだね、貴女のお父上は」
「政治的な問題よ……」
「霛塋と仰ったけれど、あれは諱なのですか?」
「否。わたくしの諱は誰にも教えてはならないわ。それに、たとえ知っていたとしても、呼ばないでしょうね」
「貴女がおられた場所にも、そんな風習があるのですね。私達にとって、女性が諱を知られるということは、その人に支配されるということと同じ意味になるんですよ。貴女のところでは、どうなのでしょうか」
「ふぅん」
藤の君は、どこか、この邸の者を小馬鹿にしている印象があった。
「なんて、無礼な女なんでしょう!」
倭がぷりぷりと怒っている。
「藤の君はさ、天女様なのじゃないかと思ったよ、私は」
「何故?」
「倒れていた君様が着ておられただろう、あの、薄絹の羽衣」
「領巾のことですか」
「それに、色々と話を聞いていたら、琵琶が得意だと仰っていたよ」
「だから、何なのです」
「天女様だよ、あの方は」
まだ少年の心を忘れない主人に、悲しい程に現実を知っている女王様はため息をついた。
(下界の人間が、わたくしと、口をきこうだなんて、無礼も甚だしいわ)
藤の君は、表が白、裏が青(緑)の、柳の襲の衣裳を召していた。高麗縁の畳に座し、脇息に持たれて、優雅に衵扇を弄ぶ。
(藤の君、か…………)
藤の君-霛塋-の本当の名、諱は、龗燕と云う。
天上の国で、公主(皇女)だった。
異母妹と義弟の策略にはまって失脚し、今、こうして罪人として下界に堕とされたわけである。
(閉じ込められていた方が、まだ、ましね)
幼い頃、あんなに憧れていた空は、あまりにも遠すぎて、落胆してしまう。
可愛い小鳥が、木にとまって鳴いている。
-戯れだ。何を本気にしているのか。
愛しい人は、そう告げた。
総てが、音を立てて崩れたような、そんな、絶望を覚えた。
二十一になるまで、閉じ込められていたことを思い出す。
知らなかった方が幸せな事実。それならば、何も知らない幸せ。
霛塋はもう一度、ため息をついた。
もう、公主には、戻れないかもしれない。
そして、この下界の小さな都で、名も知られず、ただ、朽ちて逝く。
(つまらぬ人生)
公主になんか、生まれるべきではなかった。
きっと、それを、永遠に恨むのだろう。
霛塋-藤の君-は空を仰いだ。
倭は不機嫌そうだ。自分から差し出してはいるが、新調したての衣裳を卸され、不満なのだろう。
「竹取物語の赫夜姫の様だね」
「そこまで美しくはないでしょうに」
霛塋は西の対に住まわされていた。
呼び名が無いと不便なので、この邸の藤が美しいことから、「藤の君」と呼ぶことにした。
「優雅な趣味をお持ちなのね」
霛塋改め、藤の君は脇息に持たれて、気だるげにしている。
「其方、名は?まだ聞いていなかったわね」
「橘久光と申します」
「歳は?」
「十七になります」
羨ましいわね、若くて、と皮肉を言われた。
「失礼かもしれないけど、幾つ何ですか?」
「本当に失礼ね。其方よりは歳上よ」
若君-久光-の本邸に住まう北の方は、久光よりも二つ歳下だった。
「もう、いいわ。二十三よ」
行き遅れ、と倭なら言うだろう。かく言うあの人も、随分と行き遅れている。
「独り身だったのかい?」
「お前、その年でわたくしを口説いているの?」
藤の君は笑う。
「そうね、独り身よ。妹にとられてしまったわ」
「妹?」
「わたくし、妹が二人と弟が一人いるのよ。全員、母親は違うけれどね」
「随分と色好みだったのだね、貴女のお父上は」
「政治的な問題よ……」
「霛塋と仰ったけれど、あれは諱なのですか?」
「否。わたくしの諱は誰にも教えてはならないわ。それに、たとえ知っていたとしても、呼ばないでしょうね」
「貴女がおられた場所にも、そんな風習があるのですね。私達にとって、女性が諱を知られるということは、その人に支配されるということと同じ意味になるんですよ。貴女のところでは、どうなのでしょうか」
「ふぅん」
藤の君は、どこか、この邸の者を小馬鹿にしている印象があった。
「なんて、無礼な女なんでしょう!」
倭がぷりぷりと怒っている。
「藤の君はさ、天女様なのじゃないかと思ったよ、私は」
「何故?」
「倒れていた君様が着ておられただろう、あの、薄絹の羽衣」
「領巾のことですか」
「それに、色々と話を聞いていたら、琵琶が得意だと仰っていたよ」
「だから、何なのです」
「天女様だよ、あの方は」
まだ少年の心を忘れない主人に、悲しい程に現実を知っている女王様はため息をついた。
(下界の人間が、わたくしと、口をきこうだなんて、無礼も甚だしいわ)
藤の君は、表が白、裏が青(緑)の、柳の襲の衣裳を召していた。高麗縁の畳に座し、脇息に持たれて、優雅に衵扇を弄ぶ。
(藤の君、か…………)
藤の君-霛塋-の本当の名、諱は、龗燕と云う。
天上の国で、公主(皇女)だった。
異母妹と義弟の策略にはまって失脚し、今、こうして罪人として下界に堕とされたわけである。
(閉じ込められていた方が、まだ、ましね)
幼い頃、あんなに憧れていた空は、あまりにも遠すぎて、落胆してしまう。
可愛い小鳥が、木にとまって鳴いている。
-戯れだ。何を本気にしているのか。
愛しい人は、そう告げた。
総てが、音を立てて崩れたような、そんな、絶望を覚えた。
二十一になるまで、閉じ込められていたことを思い出す。
知らなかった方が幸せな事実。それならば、何も知らない幸せ。
霛塋はもう一度、ため息をついた。
もう、公主には、戻れないかもしれない。
そして、この下界の小さな都で、名も知られず、ただ、朽ちて逝く。
(つまらぬ人生)
公主になんか、生まれるべきではなかった。
きっと、それを、永遠に恨むのだろう。
霛塋-藤の君-は空を仰いだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる