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竹取物語
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藤の君は邸の者が持って来た絵巻を、こっそりとくすね、見ていた。
『今は昔、竹取の翁といふものありけり』
そんな始まりだったと思う。
下界に堕とされた天女、赫夜姫の物語だった。竹取物語と云うらしい。
(わたくしと、似ている)
天女というのは、天界に住まう女のことを指すので、一応、藤の君、霛塋も天女に含まれることとなる。
(これを知っていて、父上はわたくしの流罪先を此処に決めたのかもしれない)
それを思うと、涙が零れる。
思えば、父には数える程しか会ったことはなかったのに、そこまで気を遣ってくれていたなんて、考えられなかった。
幼い頃、それも、赤子の頃の思い出だ。それ以外に、父との思い出はない。自分の過去は、追憶する価値もない。
霛塋と同じ、茶毛に紅い目をしていた。十七か八かの歳だったが、まだ幼さの残る顔をしていた。
青い衣裳に、銀の簪を挿していて、紅い衣裳を好む母とは真反対だった。
父は幼かった霛塋を抱いて、にこやかにしていた。後ろにいた母は、鬼の形相だった。あれは、恐かった。
それからすぐに、霛塋は閉じ込められた。其処には、寝台と卓があるだけだった。真っ白な襖裙を着せられて、二十一になるまで、外に出ることはなかった。
格子窓の外から眺める景色だけが、世界だった。
その日は、月が美しかった。だが、藤の君の心は空虚に巣食われていた。霛塋公主だった頃の記憶のせいだ。
「赫夜姫は、月の美しい夜、天に還ったのだよ」
誰かと思えば、久光。単衣に袿姿と、くつろいだ格好をしている。
「今宵の月は美しいね」
うっとりと月を眺めている。まだ、少年の心を忘れていない、純粋な青年だ。月に風流を感じるのは、公主だった頃、周りの人間がそうだった。
「そうかしら」
昔から、それだけは、変わらない。名、姿、諸々総て変わっても。
「月は、嫌いよ」
側にあった衵扇で月を隠す様にする。
「如何して?」
この国の貴族では、風流を感じない人間は、あまり宜しくないのだろうか。それとも、何処の国でも、そんな物だろうか。
「冷たいから」
鉄格子の影をうつす、月の光。明媛の婚礼の日に仰いだ月。
「月の光は、あまりに冷たい。空虚に巣食われたわたくしの心を癒すことはない。孤独と虚しさに苛まれて、人生の無情さを噛み締めることに、なる。そんな月を、如何して美しいと言えよう」
藤の君は悲しげに笑った。目尻から、きらりと光るものが見える。その姿に、胸を締め付けられた。
「御簾を、おろそう…………」
身分の高い人がやることではないのに、久光は手ずから御簾をおろした。
月の光は、人をおかしくしてしまうらしい。
昔、天上の国にいた頃、妹の明媛公主の母にあたる妃の語っていた話を思い出した。
彼女は少女時代、想い人がいたらしい。后となるべくして生まれた彼女は、七寚郡主と云う皇族を母としていたが、その母が死亡し、生きる意味を失いかけていた時に出会ったらしい。
そして、彼女が十五の時、「悪い虫」として殺されてしまった。その少年は葬られることもなく、路傍に転がされていた。
憔悴した彼女は、その少年の髑髏を抱いて、道を歩いていたらしい。そして、その亡骸は、彼女によって、喰われた。
『月は怪しい光で、人々を魅了する。だがそれが、正しい道とは、限らない』
娘に毒を盛り続けた、お人形は、そう、涙していた。
『今は昔、竹取の翁といふものありけり』
そんな始まりだったと思う。
下界に堕とされた天女、赫夜姫の物語だった。竹取物語と云うらしい。
(わたくしと、似ている)
天女というのは、天界に住まう女のことを指すので、一応、藤の君、霛塋も天女に含まれることとなる。
(これを知っていて、父上はわたくしの流罪先を此処に決めたのかもしれない)
それを思うと、涙が零れる。
思えば、父には数える程しか会ったことはなかったのに、そこまで気を遣ってくれていたなんて、考えられなかった。
幼い頃、それも、赤子の頃の思い出だ。それ以外に、父との思い出はない。自分の過去は、追憶する価値もない。
霛塋と同じ、茶毛に紅い目をしていた。十七か八かの歳だったが、まだ幼さの残る顔をしていた。
青い衣裳に、銀の簪を挿していて、紅い衣裳を好む母とは真反対だった。
父は幼かった霛塋を抱いて、にこやかにしていた。後ろにいた母は、鬼の形相だった。あれは、恐かった。
それからすぐに、霛塋は閉じ込められた。其処には、寝台と卓があるだけだった。真っ白な襖裙を着せられて、二十一になるまで、外に出ることはなかった。
格子窓の外から眺める景色だけが、世界だった。
その日は、月が美しかった。だが、藤の君の心は空虚に巣食われていた。霛塋公主だった頃の記憶のせいだ。
「赫夜姫は、月の美しい夜、天に還ったのだよ」
誰かと思えば、久光。単衣に袿姿と、くつろいだ格好をしている。
「今宵の月は美しいね」
うっとりと月を眺めている。まだ、少年の心を忘れていない、純粋な青年だ。月に風流を感じるのは、公主だった頃、周りの人間がそうだった。
「そうかしら」
昔から、それだけは、変わらない。名、姿、諸々総て変わっても。
「月は、嫌いよ」
側にあった衵扇で月を隠す様にする。
「如何して?」
この国の貴族では、風流を感じない人間は、あまり宜しくないのだろうか。それとも、何処の国でも、そんな物だろうか。
「冷たいから」
鉄格子の影をうつす、月の光。明媛の婚礼の日に仰いだ月。
「月の光は、あまりに冷たい。空虚に巣食われたわたくしの心を癒すことはない。孤独と虚しさに苛まれて、人生の無情さを噛み締めることに、なる。そんな月を、如何して美しいと言えよう」
藤の君は悲しげに笑った。目尻から、きらりと光るものが見える。その姿に、胸を締め付けられた。
「御簾を、おろそう…………」
身分の高い人がやることではないのに、久光は手ずから御簾をおろした。
月の光は、人をおかしくしてしまうらしい。
昔、天上の国にいた頃、妹の明媛公主の母にあたる妃の語っていた話を思い出した。
彼女は少女時代、想い人がいたらしい。后となるべくして生まれた彼女は、七寚郡主と云う皇族を母としていたが、その母が死亡し、生きる意味を失いかけていた時に出会ったらしい。
そして、彼女が十五の時、「悪い虫」として殺されてしまった。その少年は葬られることもなく、路傍に転がされていた。
憔悴した彼女は、その少年の髑髏を抱いて、道を歩いていたらしい。そして、その亡骸は、彼女によって、喰われた。
『月は怪しい光で、人々を魅了する。だがそれが、正しい道とは、限らない』
娘に毒を盛り続けた、お人形は、そう、涙していた。
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