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清原
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「どうして、来て下さらないのよ!」
「少将殿は、今日も来られなかったのか」
北の方の父は、決まり悪そうに北の方に言う。
「一条の別邸にいらっしゃいます」
結婚。男が女の元へ通い、女の親は、婿となる男を衣食住の援助する。
経済的に苦しい家はそれが出来ず、婿になる者もいないが、国司の清原家には、金なんてたんまりある。
「どうしていらっしゃらないのだ、少将殿は。儂の姫はこんなに素晴らしいではないか」
清原父はとても盲目である。娘可愛さで、その無能さを見ていないのだから。
「若君。清原には」
「行かないよ」
久光は溜め息をついた。面倒くさい家だ。高慢で無能な妻に嫌気がさして、こうして別邸でのんびりと過ごしているのに、舅は「早く来い」と諄い。
「清原にも、そう言っておきます」
「はぁ」
「若君に来て欲しくば、せめて、もう少しましな衣裳を用意出来るようになりなさい、と」
北の方は趣味があまり良くない。周りの女房も、俗な奴ばかりである。父も、宮廷では、風流を解せない愚か者と思われている。
「私が笑い者ではないか」
「北の方はどうも、人間らしいわねぇ」
藤の君は嫌味な顔をしている。怖い。
「夫が帰ってくれないのは、自分のせいだと、何故分からな………」
途中まで何かを言いかけて、口をつぐむ。それが何なのか、分からなかった。
(わたくしが選ばれなかったのは、そのせいかもしれない)
妹よりも、何かが劣っていた。だから、妻にしてもらえなかった。そうなのかもしれない。
いくら清原の北の方を莫迦にしたって、それよりも惨めな身の上なのを、忘れてはならない。
『お前も、愚かね』
クスクスと女の笑う声。
『他の女に夫を取られるようなことをするだなんて。莫迦な女』
やめて。辞めて欲しい。
これは、現実ではない。幻だ。大丈夫。誰もいない。
「わたくしは、愚かではない」
―だって、あの人の北の方は、わたくしに到底及ばないじゃない…………
「あぁ、まただわ。あれ、あたしが仕立てた物ではない…………」
久光が召す衣裳は、いつも決まって倭が仕立てた物である。
北の方は分かっていない。
北の方が仕立てた衣裳はとても染めが甘く、縫い目も粗い。形も変だ。着ていたら、笑い者にされてしまう。
自分が得手でないと分かっているならば、女房に仕立てさせるなり、針仕事の得意な者を雇うくらい出来ない訳がない。彼女の実家の清原家は、金持ちだ。
ようは、彼女はそれに気がついていない。そして、吾が娘可愛さに、父親さえ見逃しているのだ。
「姫様、姫様」
沈む北の方に女房が声をかける。
「何よ」
「一条邸に住む女を御存知ですか?」
「女……」
夜離れされてから、一度だけ一条邸に乗り込んだことがあった。その時、彼の女房以外に人はなかった。そう言えば、塗籠には行かなかったけれど、まさか、其処に誰か居たのだろうか。
「父様!」
どすりどすりと派手に足音をたてながら、父の居る寝殿に向かう。
「どうしたのか、姫」
「少将様が、一条邸に、女を………」
「そんなの有り得ないだろう。落ち着きなさい、姫。そんなに足音たてては、はしたない」
「でも………」
「大丈夫だ。少将殿は浮ついた噂もない。女房として、女王様を迎えただけでも、かなり噂になったんだ」
―そりゃあ、噂にもなるわよ。だって、女王サマなんて身分の女を、召し使っているのなんて。
「文でもお書きなさい。来てくださるかもしれないよ」
どんな親でもそう言うだろう。敵陣に乗り込んで奪って来いと言う親はいるだろうか。
『日にそへて 憂さのみまさる 世の中に
心尽くしの 身をいかにせむ』
北の方は文を書いた。
もう、相手を信じるしかない。読みもしないで捨てられてしまったら、どうしよう。
そう思うと、一条へ対す恨みは、消えることを知らない。
「少将殿は、今日も来られなかったのか」
北の方の父は、決まり悪そうに北の方に言う。
「一条の別邸にいらっしゃいます」
結婚。男が女の元へ通い、女の親は、婿となる男を衣食住の援助する。
経済的に苦しい家はそれが出来ず、婿になる者もいないが、国司の清原家には、金なんてたんまりある。
「どうしていらっしゃらないのだ、少将殿は。儂の姫はこんなに素晴らしいではないか」
清原父はとても盲目である。娘可愛さで、その無能さを見ていないのだから。
「若君。清原には」
「行かないよ」
久光は溜め息をついた。面倒くさい家だ。高慢で無能な妻に嫌気がさして、こうして別邸でのんびりと過ごしているのに、舅は「早く来い」と諄い。
「清原にも、そう言っておきます」
「はぁ」
「若君に来て欲しくば、せめて、もう少しましな衣裳を用意出来るようになりなさい、と」
北の方は趣味があまり良くない。周りの女房も、俗な奴ばかりである。父も、宮廷では、風流を解せない愚か者と思われている。
「私が笑い者ではないか」
「北の方はどうも、人間らしいわねぇ」
藤の君は嫌味な顔をしている。怖い。
「夫が帰ってくれないのは、自分のせいだと、何故分からな………」
途中まで何かを言いかけて、口をつぐむ。それが何なのか、分からなかった。
(わたくしが選ばれなかったのは、そのせいかもしれない)
妹よりも、何かが劣っていた。だから、妻にしてもらえなかった。そうなのかもしれない。
いくら清原の北の方を莫迦にしたって、それよりも惨めな身の上なのを、忘れてはならない。
『お前も、愚かね』
クスクスと女の笑う声。
『他の女に夫を取られるようなことをするだなんて。莫迦な女』
やめて。辞めて欲しい。
これは、現実ではない。幻だ。大丈夫。誰もいない。
「わたくしは、愚かではない」
―だって、あの人の北の方は、わたくしに到底及ばないじゃない…………
「あぁ、まただわ。あれ、あたしが仕立てた物ではない…………」
久光が召す衣裳は、いつも決まって倭が仕立てた物である。
北の方は分かっていない。
北の方が仕立てた衣裳はとても染めが甘く、縫い目も粗い。形も変だ。着ていたら、笑い者にされてしまう。
自分が得手でないと分かっているならば、女房に仕立てさせるなり、針仕事の得意な者を雇うくらい出来ない訳がない。彼女の実家の清原家は、金持ちだ。
ようは、彼女はそれに気がついていない。そして、吾が娘可愛さに、父親さえ見逃しているのだ。
「姫様、姫様」
沈む北の方に女房が声をかける。
「何よ」
「一条邸に住む女を御存知ですか?」
「女……」
夜離れされてから、一度だけ一条邸に乗り込んだことがあった。その時、彼の女房以外に人はなかった。そう言えば、塗籠には行かなかったけれど、まさか、其処に誰か居たのだろうか。
「父様!」
どすりどすりと派手に足音をたてながら、父の居る寝殿に向かう。
「どうしたのか、姫」
「少将様が、一条邸に、女を………」
「そんなの有り得ないだろう。落ち着きなさい、姫。そんなに足音たてては、はしたない」
「でも………」
「大丈夫だ。少将殿は浮ついた噂もない。女房として、女王様を迎えただけでも、かなり噂になったんだ」
―そりゃあ、噂にもなるわよ。だって、女王サマなんて身分の女を、召し使っているのなんて。
「文でもお書きなさい。来てくださるかもしれないよ」
どんな親でもそう言うだろう。敵陣に乗り込んで奪って来いと言う親はいるだろうか。
『日にそへて 憂さのみまさる 世の中に
心尽くしの 身をいかにせむ』
北の方は文を書いた。
もう、相手を信じるしかない。読みもしないで捨てられてしまったら、どうしよう。
そう思うと、一条へ対す恨みは、消えることを知らない。
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