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文
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「文が参りました」
倭ではない女房が、それを持って来た。
「久光少将はいないわよ?」
「?」
「出仕したわ。文机にでも置いて置きなさいよ。どうせ帰ったら見るわよ」
(どうしたのよ。まだ返事をくれないの?)
北の方は例の文の返事に心を傷める。
「あたし………変なことしたかしら」
「これが北の方の文………ねぇ」
気になった藤の君は、倭と文を開く。
『日にそへて 憂さのみまさる 世の中に
心尽くしの 身をいかにせむ』
「落窪物語の歌です」
「落窪物語………ねぇ」
「覚えたての歌を用いたようですね。北の方はこの物語をよく読むそうです。」
藤の君は机に置いてあった書を見て、指を指す。
「帰って来てくれない夫の為になら、これの方が良いと思うわよ」
藤の君が指したのは、万葉集にある歌。
『ありつつも 君をば待たむ うちなびく
我が黒髪の 霜の置くまでに』
意味を理解している倭は、笑う。
「嫉妬ばかりしていたら、棄てられてしまうのに。莫迦な女」
嫉妬に狂った女を一人、思い出した。癪に障るので、忘れるよう、努力したい。
「待っていた方が、健気で……」
藤の君は、筆を止める。
「どうか、致しましたか」
「いいえ。何でもないわ。」
一人になりたい。そう、思った。それを察したのか、倭はすぐに去って行った。
『なかなかに 黙もあらましを なにすとか
相見そめけむ 遂げざらまくに』
(こんなことになるならば、いっそ、黙っていた方がよかった。何の為に逢い始めてしまったのだろう。どうせ、遂げることは出来ないのに。)
『来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを
来むとは待たじ 来じと言ふものを』
(「来よう」と言っても来ないことがあるのに、「来ないだろう」と言っているなら、貴方のことは待たない。だって、貴方がそう自分で言ってるのだから……)
書き散らしたのは、万葉の歌。こんな直接的な歌を、今の者達は、あまり好まないらしい。しかし、和歌に慣れるために、分かりやすく
いものから始めるのはどうかと、これを渡された。
藤の君は、一瞬だけ考えて、紙をくしゃくしゃと丸めて、文机の端に寄せた。
(こんなこと言ったって、しょうが無いじゃない……)
破鏡再び照らさず……どんなに嘆こうが、終わった恋も愛も、戻ることは無い。
「君様」
藤の君はその晩、疲れて、久光が邸に帰る前に、眠ってしまった。
「お疲れのようです。もう、お休みになられました」
近くにいた女房が答える。
「そうか」
藤の君の寝所に向かっている最中、藤の君が昼、書き散らしていた和歌を見つけた。
(まだ、未練が、お有りなのだ)
筆と硯を持ってこさせて、紙に、歌を詠む。
『春立てば 消ゆる氷の 残りなく
君が心は 我に解けなむ』
(春になれば消えてしまう氷の様に、貴女の心が私に打ち解けて欲しいなぁ)
文箱に文を入れて、そっと、藤の君の枕元に置いた。朝、目覚めて、すぐに気がつくように。
「貴女様は、今宵、どんな夢を見ていらっしゃいますか」
倭ではない女房が、それを持って来た。
「久光少将はいないわよ?」
「?」
「出仕したわ。文机にでも置いて置きなさいよ。どうせ帰ったら見るわよ」
(どうしたのよ。まだ返事をくれないの?)
北の方は例の文の返事に心を傷める。
「あたし………変なことしたかしら」
「これが北の方の文………ねぇ」
気になった藤の君は、倭と文を開く。
『日にそへて 憂さのみまさる 世の中に
心尽くしの 身をいかにせむ』
「落窪物語の歌です」
「落窪物語………ねぇ」
「覚えたての歌を用いたようですね。北の方はこの物語をよく読むそうです。」
藤の君は机に置いてあった書を見て、指を指す。
「帰って来てくれない夫の為になら、これの方が良いと思うわよ」
藤の君が指したのは、万葉集にある歌。
『ありつつも 君をば待たむ うちなびく
我が黒髪の 霜の置くまでに』
意味を理解している倭は、笑う。
「嫉妬ばかりしていたら、棄てられてしまうのに。莫迦な女」
嫉妬に狂った女を一人、思い出した。癪に障るので、忘れるよう、努力したい。
「待っていた方が、健気で……」
藤の君は、筆を止める。
「どうか、致しましたか」
「いいえ。何でもないわ。」
一人になりたい。そう、思った。それを察したのか、倭はすぐに去って行った。
『なかなかに 黙もあらましを なにすとか
相見そめけむ 遂げざらまくに』
(こんなことになるならば、いっそ、黙っていた方がよかった。何の為に逢い始めてしまったのだろう。どうせ、遂げることは出来ないのに。)
『来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを
来むとは待たじ 来じと言ふものを』
(「来よう」と言っても来ないことがあるのに、「来ないだろう」と言っているなら、貴方のことは待たない。だって、貴方がそう自分で言ってるのだから……)
書き散らしたのは、万葉の歌。こんな直接的な歌を、今の者達は、あまり好まないらしい。しかし、和歌に慣れるために、分かりやすく
いものから始めるのはどうかと、これを渡された。
藤の君は、一瞬だけ考えて、紙をくしゃくしゃと丸めて、文机の端に寄せた。
(こんなこと言ったって、しょうが無いじゃない……)
破鏡再び照らさず……どんなに嘆こうが、終わった恋も愛も、戻ることは無い。
「君様」
藤の君はその晩、疲れて、久光が邸に帰る前に、眠ってしまった。
「お疲れのようです。もう、お休みになられました」
近くにいた女房が答える。
「そうか」
藤の君の寝所に向かっている最中、藤の君が昼、書き散らしていた和歌を見つけた。
(まだ、未練が、お有りなのだ)
筆と硯を持ってこさせて、紙に、歌を詠む。
『春立てば 消ゆる氷の 残りなく
君が心は 我に解けなむ』
(春になれば消えてしまう氷の様に、貴女の心が私に打ち解けて欲しいなぁ)
文箱に文を入れて、そっと、藤の君の枕元に置いた。朝、目覚めて、すぐに気がつくように。
「貴女様は、今宵、どんな夢を見ていらっしゃいますか」
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