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古傷
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『これのせいで、妾は………!』
嫌な夢を見た。
「どうかいたしましたか………」
隣で、バサリと跳ね起きた藤の君に気がついた久光が、目を擦りながら緩慢に起き出す。
「………夢よ、何ともないわ………気にしないで」
はぁはぁと肩で息をする藤の君の背中を、久光は優しく撫でる。
「痛い!」
身をすくめる。彼は驚いた。
「どうなさったのです………!」
「手を、退けて、頂戴」
藤の君は息を荒げたまま、振り返る。眦には、涙を浮かべて。
「古傷があるのよ」
『この子が私の娘か。可愛らしいね。少し、貴女に似ているかな』
父は自分を抱きかかえて言った。頬擦りしている。赤子の柔らかな頬がお好きらしい。
青い衣に紅い瞳。優しそうな垂れ目。歳の割に幼い顔。
『この娘には、燕と名付けよう』
父は寝台に赤子を横たえ、飽きずに、頬を指で突いている。赤子が反応すると、満面の笑みを浮かべる。
『父様が分かるか?なんて賢い子なんだろう!』
『そうでございますね』
それを横目に見る、母の冷ややかな目を、今でも忘れることはない。
バチンッと、高い音が響く。背中が痛い。
『これのせいで、妾は………!』
間髪入れずに、もう一度、また、もう一度。鞭で打たれた場所が、熱い。
何てことはない。ただの腹いせだ。
反抗など出来ない。手足は鎖に繋がれ、目隠しがされている。まるで、囚人だ。囚人の方がまだ幸せかもしれない。少なくとも、生まれてから幸せだと感じたことはない。
誰も止めはしない。妃が公主を鞭打っている。その状況で止めに入れば、死ぬのはその者だ。
『圓氏のところに、男児が生まれたそうよ』
『昭儀が?きっと、夫人に格上げね』
『榮氏様は………』
『シッ!誰かに聴かれたら殺されるわよ』
後ろ盾のない后。それが榮氏、母である。男児を産んだ女は、国で二番目の名家の出身だった。誰かの言ったとおり、すぐに格上げされた。更に、彼女の従姉妹が娘が、我が憎き憎き妹である。
「…………これは…」
藤の君の背中を見た久光は言葉を失う。
「驚いた?」
何本もの細い痣が広がっている。普段袖に隠れている手首にも、何かで縛られていた痕が残っている。
「それ、鞭を打たれたのよ。手足のは、鎖で拘束されていた」
「いったい、誰が……」
「母よ」
藤の君は枕に寝具に顔を埋める。
「腹いせ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「腹いせ?」
「母はわたくしのことを、酷く憎んでいたから」
己を産んだせいで死にかけた。己の存在のせいで、父の愛情を奪われた。
「父がわたくしを愛すのが、許せなかったみたい。愛だけを頼りに行きる者にとって、少しでも愛が分散することは、死活問題ですものね。本人がそれに気がついた時、わたくしは幽閉された。三つだったか、それより前だったか」
久光は藤の君の衣を引き上げ、直してやる。
「見苦しいものを見せたわね。謝るわ」
「そうではありませんよ………」
憐れんでいるのか。憐れまれるのは好きではない。余計に惨めになってしまう。
「貴女を、貴女の母君のような思いはさせません。絶対に」
─そんなことを言ったところで、結局は離れていくでしょう。絶対だなんて絶対にないのだから。
女は嘲笑した。
同じことを言った男は、女を騙して、今は他の女といる。
嫌な夢を見た。
「どうかいたしましたか………」
隣で、バサリと跳ね起きた藤の君に気がついた久光が、目を擦りながら緩慢に起き出す。
「………夢よ、何ともないわ………気にしないで」
はぁはぁと肩で息をする藤の君の背中を、久光は優しく撫でる。
「痛い!」
身をすくめる。彼は驚いた。
「どうなさったのです………!」
「手を、退けて、頂戴」
藤の君は息を荒げたまま、振り返る。眦には、涙を浮かべて。
「古傷があるのよ」
『この子が私の娘か。可愛らしいね。少し、貴女に似ているかな』
父は自分を抱きかかえて言った。頬擦りしている。赤子の柔らかな頬がお好きらしい。
青い衣に紅い瞳。優しそうな垂れ目。歳の割に幼い顔。
『この娘には、燕と名付けよう』
父は寝台に赤子を横たえ、飽きずに、頬を指で突いている。赤子が反応すると、満面の笑みを浮かべる。
『父様が分かるか?なんて賢い子なんだろう!』
『そうでございますね』
それを横目に見る、母の冷ややかな目を、今でも忘れることはない。
バチンッと、高い音が響く。背中が痛い。
『これのせいで、妾は………!』
間髪入れずに、もう一度、また、もう一度。鞭で打たれた場所が、熱い。
何てことはない。ただの腹いせだ。
反抗など出来ない。手足は鎖に繋がれ、目隠しがされている。まるで、囚人だ。囚人の方がまだ幸せかもしれない。少なくとも、生まれてから幸せだと感じたことはない。
誰も止めはしない。妃が公主を鞭打っている。その状況で止めに入れば、死ぬのはその者だ。
『圓氏のところに、男児が生まれたそうよ』
『昭儀が?きっと、夫人に格上げね』
『榮氏様は………』
『シッ!誰かに聴かれたら殺されるわよ』
後ろ盾のない后。それが榮氏、母である。男児を産んだ女は、国で二番目の名家の出身だった。誰かの言ったとおり、すぐに格上げされた。更に、彼女の従姉妹が娘が、我が憎き憎き妹である。
「…………これは…」
藤の君の背中を見た久光は言葉を失う。
「驚いた?」
何本もの細い痣が広がっている。普段袖に隠れている手首にも、何かで縛られていた痕が残っている。
「それ、鞭を打たれたのよ。手足のは、鎖で拘束されていた」
「いったい、誰が……」
「母よ」
藤の君は枕に寝具に顔を埋める。
「腹いせ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「腹いせ?」
「母はわたくしのことを、酷く憎んでいたから」
己を産んだせいで死にかけた。己の存在のせいで、父の愛情を奪われた。
「父がわたくしを愛すのが、許せなかったみたい。愛だけを頼りに行きる者にとって、少しでも愛が分散することは、死活問題ですものね。本人がそれに気がついた時、わたくしは幽閉された。三つだったか、それより前だったか」
久光は藤の君の衣を引き上げ、直してやる。
「見苦しいものを見せたわね。謝るわ」
「そうではありませんよ………」
憐れんでいるのか。憐れまれるのは好きではない。余計に惨めになってしまう。
「貴女を、貴女の母君のような思いはさせません。絶対に」
─そんなことを言ったところで、結局は離れていくでしょう。絶対だなんて絶対にないのだから。
女は嘲笑した。
同じことを言った男は、女を騙して、今は他の女といる。
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