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恋人編(前編)
第34話(ある女の話②)
しおりを挟む父が納得する結婚相手を探す為に、彼女は朝早くから街に出た。
街だけという選択肢しか無いわけではない。
街にしたのは、まずは近場から探そうという単純な理由であった。
──────だが、それは簡単なことではなかった。
この世界では嫌悪されるそれ。
レオノーラが美しいと思う男のタイプは、多くの人で賑わう街には数える程しかいなかったのだ。
極たまに、彼女にとって格好良いと思う者も見つけたが、やはりピンとは来なかった。
レオノーラは何日も相手探しを続けた。
だが、初日と結果は同じで、街には彼女の思い描くような男は誰一人としていなかった。
〈街にはいない。〉
そう結論づけ、そろそろ街での捜索は諦めようとしていた時、ふと、レオノーラの視界に大きな背中が入ってきた。
トクリと彼女の胸が高鳴った。
彼がくぐったその扉は、この街一大きな冒険者ギルドだった。
大きな体躯、大きな身長。ローブを羽織っていてもわかるその美しさ。
それら全てはこの世界で嫌悪される対象であったが、彼女にはそんなことどうだって良かった。
─────だから、彼女は声をかけた。
顔を隠していても彼は、彼女の求めるそれの持ち主であると確信したからだ。
やっと見つけた、と歓喜が溢れた。
「あら、すっごくイケメンね。」
気づけば彼女は彼にそう声をかけていた。
今日はたまたまお気に入りの赤いドレスを着ていたので、よし、と思った。
大抵の男は谷間を見せつければ、顔を赤くしてこちらに気を持つと熟知していたからだ。
楽勝だと思った。
嫌悪されて苦しんでいるのならば、思う存分可愛がってあげるとも思った。
慰めてあげるとも思った。
だから彼女は強調するように胸を少し腕で挟みこんだ。
それから、彼女は彼にこう聞いた。
「名前、なんて言うのかしら。」
しかし彼女の問いに、ギルドの席に座っていた彼は言葉を返さなかった。
名乗らず名前を聞いたレオノーラだったが、理不尽にも黙ったままの彼に腹が立った。
今までは名乗らずとも、誰もが彼女の姿に魅了されていたからだ。
それもあり、彼女には大きな自信があったのだ。
もちろん、彼女の美しさは生まれつき得たものではなかった。
全部全部、正真正銘努力の賜物であった。
だから彼女は、彼の沈黙が自分の努力を否定した気がしてならなかったのだ。
彼は、こちらを見ようともしなかった。
レオノーラと目を合わせようともしなかった。
それにも苛立ってきた彼女は、少し傲慢に彼に言葉を放った。
「あら、喋れなかったのかしら。」
言ったあとに、彼女は少し後悔をした。
きつい言葉になってしまったと思ったからだ。
それに、ぶりっ子をして最初から話しかけた方が良かったかもしれないなとも思った。
予想通り、やはり彼は彼女の言葉に返答はしなかった。
胸をもっと強調させてみるも、その行動も虚しく失敗に終わった。
何が、ダメなのだろう。
彼女は彼から目を離し、表情は変えずに考えた。
すると、ふと、彼の手が何かを撫でていることにレオノーラは今更ながらに気がついた。
ずっと彼ばかりを見ていたので、相席に誰かが座っているとは思ってもみなかったからだ。
それに、こんなにもイケメンな彼の前に座る物好きなど、自分以外にはいないだろうと思ってもいたからだ。
だから、ちらりとそちらを見た時は驚いた。
そこには、可愛らしい一人の少女が不機嫌そうに座っていたからだ。
その少女は、目の前の彼を嫌悪した目で見ていなかった。
それも、一般の女子供はそれを見た瞬間泣きわめくはずが、彼女は泣きもせず驚くことに彼に躊躇いもせず触れていたのだ。
それに彼女は、自分以外に美醜感覚が周りとは異なる者を見たのは初めてだった。
クリクリの瞳にストレートの黒髪。それに加えて小柄な身体。
その少女の持つ、その全てがとても可愛らしく庇護欲をそそるもので。
無理だと思った。
彼女は皆が認める美人ではあったが、この少女には勝てないと思った。
優しく、愛おしそうに少女の手を撫で続ける彼の雰囲気にも、彼がどれだけ少女を愛して大切にしているのかがハッキリとわかった。
彼が遅れて発した返答に、レオノーラは適当にいい名前だと褒めた。
するとまた少女が不機嫌そうに頬を膨らます。
なんて可愛らしい子なのだろう。
彼女はもう彼ではなく、その少女しか見ていなかった。
レオノーラは昔から可愛らしいものが大好きであった。
だから、その少女は彼女の頬を緩ませるには十分だった。
完璧な笑顔が崩れそうになり、慌てて彼女は顔を引き締める。
そしてその少女の為にも彼のことは諦めようと彼女は決心した。
人の幸せを奪ってまで自分の幸せを手に入れたいとはレオノーラは思わなかったからだ。
「あの、どうしてここに?」
彼女が私に敵対心を持ったのか、いきなりそう口を開いた。
「私達、今、二人で食事中なんですよね。」
見た目とは裏腹にはっきりとものを言う強い子だと感激した。
レオノーラをライバルだと認識したのだろう。
それもまた威嚇する子猫のようで可愛らしかった。
悶えそうにもなった。
だから、もう既に彼のことを諦めていた彼女は、なんだか目の前の可愛らしい少女を少しからかいたいと思った。
そして、
「まあ!いらっしゃったんですか?気が付かなかったです。ぷっあまりにも、小さくて···ふふ。」
と少し嫌味ったらしく少女を挑発した。
最初は彼ばかりを見ていた彼女は、その時は少女がいたことすら気づかなかったのだが、それ以外は本心ではなかった。
少女のその小さな可愛さはとても素敵だと思ったからだ。
愛でたいほどの可愛らしさだ。
一応、挑発のついでに胸と身長を視線で追った。
そうすれば少女はまたも不機嫌になりこちらを睨んできた。
本当に可愛らしい。
レオノーラはその少女の姿に悶えながら、また違う場所で相手探しをしようとすぐにギルドを後にした。
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