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恋人編(後編)
第44話
しおりを挟む「俺たちのような容姿の悪い者が、醜い者が幸せになっても良いのだろうか···そんなことを思った時があってね。」
「顔を上げなさい」とセレーナの父親の言葉に、俺は土下座の為に床につけていた顔をゆっくりと持ち上げた。
それと同時に彼はまた口を開く。
「誰からも嫌悪されて、顔を顰められて、」
そう言ってセレーナの父親が悲しそうに笑った。過去のことを思い出しているのだろうか。
苦しげに歪ませたまま無理に笑顔を作ろうとしている彼に共感するかのように俺の胸が痛んだ。
自分にもその経験が沢山あった。
だからその気持ちは痛いほどにわかった。
容姿だけで、
自分では選ぶことも、
生涯変えることも出来ないそれだけで、
誰からも、突っぱねられる。
誰からも、拒絶される。
小さな頃はそれがとても悲しかった。苦しかった。
肉親である家族までもが近づくなというのだから。
同じ胎の中から生まれたのにも関わらず、兄弟に何度も殺されかけたのだから。
ただ、容姿が醜いと言うだけで。
「ーーだけどある時、1人だけ。たった1人だけ俺を肯定してくれた人がいたんだ。」
セレーナの父親は手を擦りながら懐かしむようにそう言った。緩みかけていた口元がすぐさま引き結ばれる。
「皆が俺を否定した。皆が俺を除け者にした。皆が俺を···」
顔を手の平で覆うようにして、セレーナの父親が黙り込む。俺は正座をしながら彼の言葉の続きをじっと待った。
諦めていた、全部。
自分はこの世に入らない存在なのか、と
生まれてはいけない存在だったのか、と
でも、
「なのに彼女は俺に一言、こう言ったんだ。頑張ったね、と。分かるか?大の大人に、当時22だった俺に彼女はそう言ったんだ。」
ははっと彼が笑う。
俺はいつの間にか手の中で汗を握っていた。
諦め切っていた自分に突如として舞い込んだ光。
それは優しく、温かな光だ。
酷く冷たかった心が溶けていくような、
酷く苦しかった胸が解放されていくような、
凝り固まって縮こまっていた全てが解れていくような、
「心の奥では認めたくなかったんだ。こんな自分を、こんな風に生まれた自分を、こんな存在に生まれてしまったという事実を、」
セレーナの父親がそう言って俺と目を合わせた。その力強い瞳に引き付けられる。
皆が嫌って、
皆が離れていって、
皆が罵倒して来て、
ずっと孤独だった。
ずっと堪えていた。
「気づかないうちに、我慢していたのだろうな。彼女の言葉にわっと涙が溢れたよ。認められたんだ。その時に、初めて。」
ふわりとセレーナの父親が柔らかく笑う。
彼の目尻に滲む涙が、とても綺麗だと思った。
嫌悪される容姿
それだけで全てを否定されるこの世界。
そこに現れた一筋の光。
「すまない。こんなこと話すつもりはなかったんだ。」
セレーナの父親が気まずそうに頭を掻きながらそう言った。
「フェルディナンド君、座ってくれ」とソファに促された俺は「はい」とゆっくりと立ち上がり、静かに座る。
セレーナの父親は俺がソファに座ったのを確認した後、口を開いた。
「フェルディナンド君。君と娘の仲を認めよう。あの子のあんな幸せそうな顔は今まで見たことがなかった。」
にこりと笑う彼に、俺の中は歓喜で渦まいた。
認めてもらえたんだという喜びと、
意外と呆気なかったという驚きと、
俺の心の内を読んだのか、彼は「もっと厳しいかと思ったのかい?」と悪戯っ子のように笑った。俺はその言葉に苦笑いを返す。
「ーー君は今、幸せかな?」
セレーナの父親が目を細めてい俺にそう問い掛けてきた。その言葉に、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受ける。
幸せを、感じているのか、
幸せを、貰えているのか、
幸せを、作ることができているのか、
答えはとうの昔に、既に決まっていた。
「はい。すごく幸せです。」
セレーナといるだけでも幸せだ。
セレーナと話すだけでも幸せだ。
セレーナとご飯を食べるだけでも幸せだ。
セレーナと過ごすということに意味がある。
セレーナが隣にいてくれるだけでいい。
それだけで俺には十分すぎる。
セレーナと過ごす毎日は多くの幸せで溢れ返っていた。全てが俺にとっては愛しく貴重で大切な時間だ。
「そうか。」
俺の答えにセレーナの父親がクシャりと笑う。その笑顔になぜだか俺は泣きそうになった。
*****
「また来るのよ~!いつでも帰ってきていいんだからね~!」
ママの張り上げた声が歩き出していた私達の耳まで届いてくる。
隣にいたフェルが体をママの声のする方に向けて小さく頭を下げた。
この帰省で驚いたことや知ったことは色々あったけれど、全部が意味のある良いものだったと思う。
フェルとの仲も無事、両親に認めてもらう事ができた。
私とママがあの部屋から退室した後、フェル達が何を話していたのか、どんな話をしていたのか私にはわからない。
もちろん、気になることは気になったけれど、ママから「男同士の話し合いに首を突っ込まないことよ」と言われたし、それ以前にいつか、もしフェルが話したいと言った時にそれを受け止めようと思ったのだ。だから、この先も自分からその内容をフェルに聞きに行くことはないだろう。
それにパパは見送りの時、最初の渋い顔はどこへやら何故だか上機嫌だった。フェルとパパの仲は良好になったようでなによりだが。
「うん!わかったー!」
私も大きな声を張り上げ、ママに答える。
そして、隣にいたフェルの腕に巻きついた。温かく大きな手が私の腰に回る。
フェルと一緒にいられるだけで幸せだから、1人で実家に帰ることなんてないと思うけど。
次に来る時もフェルト一緒に決まっている。
私はそう笑みを零した。
「じゃあ転移するよセレーナ。」
「うん。」
そして私達はその村を後にしたのだった。
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