【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり

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恋人編(後編)

第46話

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顔をゆがめて私にそんなことを言う彼に、私の口は言葉を詰まらせる。

 魔物?
 襲撃?
 なにそれ。

 あはは。
 だって、魔物は森とか山とかにいるって言ってた···
 ギルドの冒険者の人がそう言っていたのだから···

「街にいるわけないよ!ほら、早く寝よ?」

 不安が募りに募ってきた私は、フェルを布団の中に促した。
 そんなこと、ある訳がない。
 大丈夫、大丈夫。
 私は心を落ち着かせるようにそっと息を吐く。

 フェルはずっと私と一緒にいてくれるのでしょう?
 だから、こんな冗談やめてよ。
 フェルが危険な目に合うと思っただけで泣きたくなるのに。

 強ばった笑みをフェルに向ければ、彼は私の声に泣きそうな顔をした。
 なによ、その顔。
 やめてよ。
 やだよ。
 ほんとうに、
 やめて。

 お願い、だから、

「ねえ、フェル···」

「ごめんな、セレーナ。俺は行かないと」

 彼の声にひゅっと喉がなる。

 ああ、嫌だ。

 せっかく幸せな日々を取り戻したのに。
 やっと安心して暮らせると思っていたのに。

 まだ···、まだ試練があるの?
 またフェルを私から離すの?

 もう、十分でしょう?
 これまで沢山大きな壁を乗り越えてきた。
 泣きながらも頑張ってきたのに。
 フェルの隣にいたいから。
 フェルと一緒にいたいから。
 ずっと···

「魔物は街には来ないって···!」

 悲鳴に似た叫び声でフェルに訴える。
 何としてでも彼を引き止めたかったから。
 もう、この幸せを崩されたくなかったから。
 しかし彼は私の気持ちを裏切るかのようにふるふると首を振った。
 それを見て私はカチリと固まる。

 どうして。
 なんでなの。
 そんなにもこの街に執着があるの?

 私が思っていることは最低だと思う。
 ほんとうに、最低。

 ーーーだけど、愛する人を犠牲にしたくない。
 魔物の群れにフェルが飲み込まれたらと思うと震えが止まらないの。
 
 フェル、嫌だよ。
 行かないでよ。
 ねえ、お願いだから。

 フェルの言葉を聞きたくなくて、蹲ったまま耳を両手で塞ぐ。

 ああほんとうに、嫌だ。

「恐らく、上級魔物がこれから街にどんどん流れ込んでくる。あと数分もすれば、この街は魔物で溢れかえるだろう」

 困った顔をしてそう言うフェルに苛立ちを覚える。

 フェルは、私と離れ離れになってもいいの?
 これはそれほど危険なことなのでしょう?
 いくらランクがS級だとしても、数がまされば···

 ···死ぬ可能性だってあるんだよ。

 いつものギルドの依頼とは全然違うんだよ。
 もっとリスクがあって、
 もっと危険で、

 フェルが死んでしまったらと思うと耐えられない。
 嫌だよ、嫌だよ。  

 心配で、不安で、

 私は叫ぶように、フェルに縋り付くかのように言葉を発する。

「···っ!べつに、フェルが行かなくても!」

「駄目だ。この街は俺がずっと住んでいた街でもある。それに···」

 ピタリと言うのをやめ、私を見つめるフェル。
 その瞳から、意志の強さを知る。
 知らしめられる。 
 なんで貴方はそんなにも、強いの。
 この街だって貴方を差別した者ばかりじゃない。
 返す恩だってないでしょう?
 なのに、どうして、
 
「セレーナを守りたいんだ。こんなにも守りたいと思った人は生まれて初めてなんだ」

 フェルの言葉に息が詰まる。 

 ああ本当に、 

 好きで、
 好きで、
 愛してる、
 愛してるから、

 こんなにも愛されているのだと実感して、
 こんなにも熱い眼差しで見つめられて、
 こんなにも申し訳なさそうに私を見つめて、
 貴方はどれだけ私を苦しめるの。 
 私の胸の鼓動が、苦しさと、愛おしさと、歓喜とで速くなる。

 だけど、

 だから────

「分かった。私も、できる限り街の人たちを助けるわ」

「セレーナは避難「だめだよ」

 彼の言葉を遮り、私は続ける。
 フェルの顔がいろんな感情をグチャ混ぜにしたみたいに歪んでいる。
 私だって人を助けることくらい出来るんだから。

「フェルディナントの支えになりたいの。それに、この街は私にとっても大事なの」

 フェルと出会った場所。

 こんなにも思い出が詰まった街を、今思えば見離せるわけがない。

 でもやっぱりフェルが一番大事で、
 フェルが逃げようと言ったら一緒に逃げようと、
 街の者達を見放そうと、
 そう、思っていたけれど、

 フェルは優しいから、
 フェルは弱くて強いから、

 確かに私では、ただの足でまといになるかもしれない。
 けれど、私はそこら辺にいるか弱い女の子じゃない。
 守られるばかりの女じゃないの。 

 魔法だって使えないけれど、この魔物襲撃の中で苦しんでいる人がいるんだもの。

 皆を助けるんでしょう?

 ねえ、フェル。  

「···わかった。だが、できる限り気をつけてくれ。防護魔法は付けさせてくれるか?一番に守りたいのはセレーナだから」

 私の頑固さを止めることは出来ないと悟ったフェルは、私がフェルの言葉に返答する前に防御魔法を私にかけた。
 そんな彼の眉毛はみっともないくらいに不安げに垂れ下がり、瞳はゆらりゆらりと揺れている。
 本当に、心配性なんだから。
 でもそんなフェルも愛おしい。

「うん。フェルも、気をつけて」

 涙が滞りなく流れ続けるのを気にしずに、私はぎゅっとフェルに抱きついた。
 すぐにフェルも私の背中にその大きな手を回してくる。
 大きくて意外とがっしりとしたフェルの、温かくて安心する体温と香りを胸いっぱいに吸い込めば、なんだか心が少しだけ落ち着ける気がした。

 この苦しい心を少しでも紛らわせるように。
 フェルが、無事に帰ってくるように。

 体を少しだけ離し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった酷い顔でフェルの瞳を見つめる。そうすれば、フェルは不器用にそっと私の頭を撫でた。

「行ってらっしゃい、フェルディナント」 

 私は、ちゃんと笑えていたかな。


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